短い話まとめ
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バースデーボーイに口付けを
深夜0時ちょうど、ぴろん、とスマートフォンが軽快な通知音を響かせた。
実のところ密かに、その音が鳴ることを期待していたオレはすぐさまカッと目を覚まして、枕元に放っていたスマホを手に取る。画面の眩しさに少し目を細めながらも、慣れた手付きで素早くメッセージアプリを立ち上げた。
『エース君、お誕生日おめでとう!』
まだ付き合って間もない、同い年の可愛い恋人から、そんなメッセージが届いていた。
こんな短い言葉、絵文字だって付いてないシンプルで地味な一文なのに。あーあ、いつもキチンと早寝早起きしてる筈のアイツが、珍しく夜更かしなんかしちゃって。オレを祝いたいが為に、ずっとこの日が来ることを待っていてくれたんだ、そう思ったら堪らなく嬉しかった。にへ、とだらしなく顔がにやける。
『ありがと』
オレもそんな短い一言を返した。画面越しには素っ気なくて冷たいように見えるけど、ほんとの内心はベッドの上で飛び跳ねて喜びたいくらいの気持ちだ。
『こんな時間まで起きてたの? 珍しー』
『どうしてもいちばんにお祝いしたかったから。寝る前にごめんね』
『ちょっと期待してたし、嬉しい』
『ほんとう? よかった』
更に珍しいことに、あまりスタンプどころか絵文字すら付けない彼女が、にこにこ笑顔の絵文字を付けて返信してきた。可愛さのあまり、腹に申し訳程度で被せていたタオルケットをぎゅうううと握り締めてしまう。しかも。
『今日の放課後、会えるかな』
そんな言葉が続き、思わずリアルに「えっ」と声を上げてしまって。オレは慌てて自分の口を塞いだ。
『学校のひとたちとお誕生日会するだろうし、忙しいとは思うんだけど、いちおうプレゼントを用意したから。渡したいな』
──エース君に会いたい、と。
画面に表示された、そのたった数文字の言葉が愛おしくなって堪らない。オレは仰向けの身体をぐるんとうつ伏せに寝返り、枕に顔を埋めて声が漏れないよう唸った。嬉しくて、可愛くて、なんかもう、やばい。好き。すっごい好き。可愛い。そんな気持ちがいっぱいポコポコ溢れてきて、溺れてしまいそうだった。
確かに、日付が変わったばかりの今日は放課後、仲の良い同学年の友人や先輩たちがハーツラビュル寮で誕生日会を開いてくれる予定だ。けど、まあ、少しぐらい遅刻したって大丈夫だろ。ほら、主役は遅れて登場するもんだし、何かと準備があるだろうし? その辺も気を遣わないと、な!
オレはしばらく悶絶した後、全速力で走り回ったのかと思うくらい心臓ばくばく言わせながら、大丈夫だと返信した。だって──。
『オレも、お前に会いたい』
♢♢♢
バースデーボーイなんて書かれたサッシュに白スーツ羽織って粧し込んだりして、寮や部活の先輩方にクラスメイトなど、色んなひとからたくさんの祝いの言葉を貰いながら、そわそわと期待に浮かれた気分で迎えた放課後。
『正門で待ってるね』
そんな彼女の言葉を思い出してワクワクしながら、俺はメインストリートを早歩きして正門へ向かっていた。
開け放された鉄門の向こうで、女の子を主張するプリーツスカートがふわふわと秋風に揺れる様が見える。おーい、と手を振りながら声を掛ければ、オレより遥かに小柄な少女はハッと顔を上げて、元気いっぱいブンブン手を振り返してくれた。
「エースくん!」
いつもは囁くような小さい声でひそひそ喋る癖に、珍しく声なんか張っちゃって。なんだよ、もう、主役のオレより嬉しそうじゃん。はー、可愛い。
鉄門を越えて、靴の爪先がぶつかりそうなほど、彼女の近くへ距離を詰める。本当に会いに来てくれた事とか、久しぶりに会えた嬉しさで、本当は思いっきり抱き締めてやりたかったんだけど。彼女がその両腕に、きっとオレ宛だろうプレゼント袋を抱えていたから、それを潰したら悪い気がしてグッと踏み止まった。
「えっと、お誕生日、おめでとうっ」
スマホの画面越しでも言ってくれた、祝いの言葉。でも、やっぱり、照れ臭そうにふやけた笑顔で直接言ってもらえると、結構心に込み上げてくるものがある。「ん、ありがと」なんて、メッセージアプリでの会話と同じような素っ気無い返事しちゃったけど、その声は少し上擦ったし、頬も熱いし、口元がニヤけているのも自分でわかるから、たぶんオレがめちゃくちゃ喜んでいることなんて彼女にはバレバレだ。
「今日のお洋服、かっこいい……。似合ってる」
「そう? このサッシュとか、浮かれまくってるみたいで恥ずかしいんだけど。ま、お前が褒めてくれるなら、悪くないか」
しばらく粧し込んだオレに見惚れてくれていた彼女だったが、今更恥ずかしくなったのだろうか、慌てて俯いてしまう。そうして遠慮がちに「あの、これ……」なんて震える小さな声で、抱えていたプレゼント袋をオレに差し出した。オレはまた一言お礼を添えて、それを受け取る。どきどきしながら「開けても良い?」と問えば、彼女は俯いたまま首をコクコク縦に振った。
派手な黄色のプレゼント袋、その口を縛る赤いリボンを解いて、中を覗き込む。そのプレゼントはひとつじゃなくて、彼女の心遣いがたくさん詰まっていた。真っ赤なハートのワンポイントが目立つ黒いタンブラー、珍しいトランプ柄のスポーツタオルに、これまた可愛らしい赤地に白いハートマークの描かれたリストバンドまで入っている。
どれも運動部所属の男子校生には実用的で、オレのことを想って選んでくれたのだと、一目でわかるものばかりだ。……ちょっと、女の子の好みそうな可愛らしいデザイン過ぎてて、彼女から貰いました〜♡ 感バレバレなんだけど。ま、それもそれで良いかなあ、とかニヤけてしまった。
「ふはっ、可愛い」
彼女自身も、選んでくれたプレゼントの数々も含めて、うっかり吐き出してしまった言葉だった。
「うう……あんまり、エース君の趣味じゃないかも、しれないけど、」
ほんの少し顔を上げた彼女は申し訳なさそうに両手をもじもじ絡めて、オレの言葉を悪い意味に捉えてしまったみたいだけど。
「……練習試合見においでって、誘ってくれたの、嬉しくて。バスケ、頑張ってるときのエース君、とってもカッコ良かったから」
これからも応援してるね、なんて。照れ臭そうに微笑みながら言われてしまったら、可愛くて堪らなくなる。
「オレ、お前のそういうとこ好きだわ」
「んなっ、えっ!?」
「そうやって、すーぐ顔真っ赤にして照れちゃうとこも、好き。恋人にお誕生日のお祝いしてもらうとか、実は初めてなんだけど。お前で良かった」
「え、エースくんっ、」
からかわないでよう、と彼女はリンゴもビックリするぐらい真っ赤っかに染め上げた顔を、両手で覆い隠してしまう。
「からかってないしー、本心ですけど?」
「うー……余計、恥ずかしいよ……意地悪」
彼女は恥ずかしそうに指の隙間からこちらを見上げていたが、ニヤニヤ笑うオレに少しばかり腹を立てたらしい。赤い頬の隠すことを突然やめたかと思えば、むっと怒ったような顔をして、今度はその両手でムギュッとオレの両頬を挟み込んだ。
「んぐっ、いきなり何、」
自然に彼女へ向かって突き出すような形になる口は、ちゅう、と可愛らしいリップ音を立てて塞がれた。急にゼロ距離まで近付いて、すぐに離れていった彼女の唇。ほんの一瞬だけの、柔らかな感触。
「……はっ?」
今度は、オレが顔を真っ赤にする番だった。
「わたしもすき、だよ。あなたの初めてになれて、よかった」
状況把握が上手く出来ずに呆然と立ち尽くすオレに対して、彼女は満足げに赤い顔をにこにこ綻ばせている。オレの両頬から手を退かすと、逃げるように数歩後ろへ下がった。
え、待って。なに。オレ、今、彼女の方からキス──された? はじめての?
いずれオレの方からしてやるつもりが、まさか、照れ屋な彼女にいきなり先を越されるだなんて、思っても見なかった。なんて可愛らしい"プレゼント"だろう。男としてはあまりにもダサ過ぎる気がするけど、そんなことより嬉しさの方が優ってしまっている。うわ、やばい、本気で心臓が破裂しそう。
しかし、ようやく状況を理解した時には既に、耳まで赤くした悪戯っ子な彼女は、学校から借りて来たのであろう魔法のホウキに跨って空へ飛び上がっていた。
「じ、じゃあ、またねっ」
こちらがアッと引き止める間も無く、その小さな背中は遠くへ、ぴゅーっとオレンジ色の空へ飛んで行ってしまう。
なっ、アイツ!? 勝手にきっ、キスするだけしといて逃げるとか──!
「今度会った時、覚えてろよォ!!」
ああ、なんてズルいヤツ! 夕暮れの秋空を背景にヒラヒラ手を振り去っていく可愛い恋人へ、オレは思いきりベーッと舌を出して見送ってやった。
はあ、もう、嬉しいけど悔しい。こんな熱い顔で誕生日会なんて出たら、友人や先輩たちから何て言われることやら……。悔しいから、アイツに貰ったプレゼントをこれでもかってぐらい皆に自慢してやる。
そして、次にデートする時は絶対にオレの方からその生意気な唇を奪ってみせると、心に決めた。
2020.09.23公開