時計ウサギと三月ウサギの話
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ウサギのハッピーサプライズ!
綺麗にアイロン掛けされた黒シャツを着て、まっさらな白いジャケットに袖を通す。キラキラと輝く青いスペードのブローチを、襟に飾った。
よし、着替えは完璧……じゃなかった。ニヤニヤ愉しげな笑みを浮かべる友人から「おーい、忘れモンだぞ」と手渡された、バースデーボーイなんて派手に書かれたサッシュを掛ければ、今日で16回目の誕生日を迎える僕──本日の主役が、完成だ。
……うう、なんだか、緊張するな。
こういうお祝いの場は"なんでもない日"のパーティーで慣れてるつもりだったけど、自分が主役となったら、変に浮き足立ってしまう。監督生から「校内新聞用のお誕生日インタビューに答えてほしい」とも頼まれているのに、僕は上手く答えられるだろうか。
皆が主役を待ってくれている談話室へ、早く向かうべきなのに。僕は鏡の前で何度も前髪を整え直したり、目元のスートメイクが崩れてないか、全く意味も無いチェックを繰り返していた。そんな時である。
ぴろん、と何処かで軽快な音が鳴った。ベッドの上に放っていた、僕のスマートフォンからだ。驚きながらもすぐに確認すると、画面に新規のメッセージを受信した通知が表示されている。
メッセージの差出人は、母さんだった。
『お誕生日おめでとう、デュース!』
簡単でも嬉しい言葉と一緒に添えられていたのは、なんと、手作りオムライスの写真。ほかほかのチキンライスをふんわり薄焼き卵で包み、真っ赤なケチャップが飾り付けられた、定番かつシンプルな卵料理である。僕の好きな、母の味だ。
僕の誕生日にはいつも、このオムライスを作ってもらっていた。寄宿制のナイトレイブンカレッジへ通い始めた今年からは、母の手料理が食べられないことを、ほんの少しだけ、寂しく思っていたけど……まさか、こうして写真を送ってくれるだなんて。
ふふっ、またサマーホリデーに家へ帰った時は、オムライス、作ってもらいたいな──。
母のおかげで、緊張は随分とほぐれた。思わずフッと安堵の笑みさえ零れてしまう。
僕は校章付きのループタイをキュッと締め直してから、思い切って寮部屋の扉を開ける。友人であるエース・トラッポラと共に、賑やかな声の聞こえてくる談話室へ向かった。
ワイワイ、ガヤガヤと、ハーツラビュル寮の談話室には、いつも以上に多く人が集まっているような気がした。クローバー先輩が今回も豪華なケーキを作ってくれたのだろうか、甘くて良い香りもする。そんな人混みの中でもよく目立つ、愛らしいウサギ耳のぴょこぴょこと揺れる後ろ姿が見えた。
「よおしっ、出来たー!!」
元気いっぱい、嬉しそうな声が響き渡る。悪戯とパーティーが好きな三月ウサギ……もとい、マーチ・ル・ラパン先輩が、何故だかエプロン姿で大喜びのバンザイをしていた。
他の先輩方や同級生たちも、はしゃぐウサギさんを囲みながら皆でテーブルを見下ろして「わあー、美味そう!」「すごいじゃないか」等と様々な歓喜の声を上げている。部屋に入ったばかりの僕には、そんな彼らの楽しそうな背中で、いったいテーブルの上に何があるのか全く見えていない。
「えっと、失礼します!」
まずは入室の挨拶をしながら、彼らのそばへ近付いた。僕の存在に気が付いてくれた途端、あちこちから「おっ、主役のご登場だ」「おめでとー!」とまた色んな声が上がって、ぱちぱち軽やかな拍手を受けて、くすぐったい照れ臭さと純粋な嬉しさで頬がニヤけた。
さて、気になっていたテーブルの上をひょっこり覗き込んでみる。
すると、そこには──大きな大きな、オムライスがあった。
「うおぉ!? デカっ!?」
驚いた。そりゃもう叫ぶほどにビックリした。何せ、ほんとのホントにデカいのである。
パーティー用のテーブルが狭く見えるほどに、ドンッとそびえる黄色の山。十数人がかりで食らい付いてもお腹いっぱいになりそうな、特大ホールケーキサイズのオムライス! しかも、ふわふわのとろとろに仕上げられた卵の上には、ケチャップで『Happy Birthday』なんて祝いの言葉まで書かれているのだ。ご丁寧に16本分のロウソクまで飾り付けてある。
もしかして、いや、もしかしなくとも。 これは、僕の為に用意してくれたもの、だろうか。僕は高まる期待にドキドキ胸を弾ませながら、愛らしいウサ耳をピッと伸ばした先輩へ、真っ直ぐ視線を向ける。
「マーチ先輩、あの、これって……?」
恐る恐る問い掛けてみたが、ケチャップのボトルを片手に持ったままの先輩は、恥ずかしいのかプイッとそっぽを向いてしまう。じわじわ頬を赤くしながら、あー、とか、うー、とか言葉にならない声で唸った。
「ま、まあ……見ての通り、誕生日のお祝い、サプライズってヤツで……。おまえ、卵料理、好きだろう? 食堂でもよくオムライス、食べてるし、さ。今日のパーティー料理は、デュースの好きな物でいっぱいにしてやろう、って。特大オムライスなんて作ったら、ビックリして、よ、喜んでもらえるかと思ったから、ちょっと張り切り過ぎた気もするけれど、その……」
ごにょごにょ、もじもじと吃りながらもそう答えてくれたマーチ先輩。
「だあーっ、もう! と、とにかくだ!!」
そうして意を決したように、僕の方をバッと見上げる。
「──お誕生日おめでとう、デュース」
今日いちばん、嬉しい言葉をくれた。
春の野花がふんわりと風に揺れるような、優しい笑顔で。愛おしげに僕を真っ直ぐ見つめ返してくれるその眼差しは、なんだか、妙に故郷の母を思い出させる。きゅう、と堪らない愛おしさで胸が苦しくなった。
ああ、このひとは僕への贈り物を、一生懸命に考えてくれたんだろう。日頃の僕をよく見て、僕の他愛無い言葉さえも覚えていてくれた、そういうところも嬉しいと思う。マスターシェフを受講して培った調理技術で、両手を絆創膏や火傷まみれにしてまで、僕の為に──こうも、大きな愛情表現をくれたのだ。
更には「マーチちゃんね、デュースちゃんのために何日も前から練習して頑張ってたんだよ〜?」とケイト・ダイヤモンド先輩が教えてくれて、それにトレイ・クローバー先輩が続いて「おかげで俺たちは毎晩オムライス生活だったけどな。見た目のインパクトに気を取られるが、味は保証出来るから安心して良いぞ」なんて幼馴染みをからかっていた。
当のマーチ先輩はケチャップよりも真っ赤な顔で「アッこら、余計なこと言うなよ!? いじわるなチェシャ猫どもめ!」とダンダン足を鳴らして怒っている。日夜努力するこのひとの姿が、容易に想像出来た。じんわりと、目頭が熱くなる。
「せんぱいッ、俺……じゃないっ、僕、すごく嬉しい、です……!」
「わ、わっ、デュースったら、泣かないでおくれよ、今日の主役だろう!?」
両目にたっぷり溜め込んでしまった涙を見て、大慌てで耳をぴこぴこ揺らしながら焦るマーチ先輩も可愛い。僕はなんとか涙を堪えて飲み込んで、代わりにめいっぱい笑い返して見せた。
「はいっ、ありがとうございます!」
「うんうん、やっぱりパーティーの主役は笑顔じゃないと。……へへっ、喜んでもらえて、よかった」
ほっと安心したらしい、今度は先輩の方が微笑みながらも少し瞳を潤ませている。
僕はつい愛おしさのあまり、彼へ向かって両腕を伸ばしそうになるが、周囲に先輩や友人たちの大勢居ることを思い出して、抱き締めたくなる気持ちをぐっと抑えた。
あっ、そうだ!
不意に良いことを思い付いた。
「あの、マーチ先輩! この特大オムライスと一緒に、僕と写真を撮ってくれませんか」
「ん? それはもちろん、構わないけれど、」
「母さんにも見せたいんです。僕に、こんな嬉しい誕生日プレゼントをくれる先輩が──大好きなひとがいるってことを、伝えたいんだ」
きっと、誰よりも喜んでくれると思うから。
「……もう、仕方ないなあ」
この日、彼とふたりで撮った写真は、いつまでも僕の宝物になった。
そして、僕にとってのオムライスは──今までよりもっと思い出深い、最高の大好物へと変わったのだった。
2021.06.03公開
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