緑の帽子屋と寮母さんの話
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帽子屋に恋した私の独白
私は
血のような赤い瞳、死人を思わせる白い肌、色素の失われた真っ白な髪──それが、私の持って生まれた見た目だった。
皆と違う色、いいえ、意地悪な神様は私に色を与えてくれなかったのだ。何色も、塗ってもらえなかった。
生みの親にさえ気味悪がられて、誰も彼もが奇異の目を向けて、何色でもない私は皆の嫌われ者だった。
日の光にだって弱い身体では、気軽な外出も許されない。夕方以降じゃないと、お散歩も出来なかった。幼い私は屋内の暗がりで、ひとり寂しく"普通"に過ごせる子供たちを羨むばかりだった。そのせいか「アイツは夜にしか活動できない魔女らしい、きっと化物なんだ」そんな根も歯もない噂が勝手にあちこちを走り回ってしまう。
──悪い魔女をやっつけろ。そんな残酷な正義感から、ただ存在しているだけで石を投げられたり、木の棒で叩かれて追いかけ回される日々、小さな体はいつも傷だらけだった。
やがて歳を重ねると、見た目の違いによる差別は少しずつ減っていったけれど、無くなる訳でもない。物珍しい視線を向けられる事も、心無い言葉をかけられる事も、いつの間にか当たり前になってしまった。
身体ばかりが大人へ成長していく内、見た目のせいで傷付けられる事に、諦める事に慣れていった。そうしなければ、生きていけなかったから。
皆と違う存在を"悪しきもの"とする、このあまりにも正しい世界は、私にとって──呼吸さえままならないほどに、ひどく、生き辛い世界だった。
もしも、ほんとうに。この手で魔法が使えたのなら、きっと、私は……。
──こんなにも呪わしい我が身を、神様が退屈で産んだ落書きみたいな自分を、消しゴムで擦るように消すのでしょう。
だけど、今は、ね。
魔法なんて、使えなくて良かったと思うの。
本当に"魔法"という不思議な力が存在する異世界──ツイステッドワンダーランドへ迷い込んでしまった、今ならそう思える。
この世界にはたくさんの、私と違う"種族"が存在している。獣のように大きな耳と尻尾を持つ獣人属や、二本の足ではなく一本のヒレを持って優雅に泳ぐ人魚、美しい蝶を思わせる羽根やドラゴンのツノを生やした妖精族に、二足歩行で火を吹く猫型モンスターなど。私がまだまだ知らないだけで、きっと他にも様々な生命が居るのでしょうね。
この世界では普通とされる人間さえも、肌の違いに留まらず、髪や瞳の色までも多種多様だった。薔薇を思わせる真っ赤な髪色の子が居て、その隣では爽やかな春の草原にも似た緑色の髪が揺れる。瞳も蜂蜜みたいで美味しそうな金色だったり、マスカットみたいな黄緑だったり。赤い色の瞳なんて、何にも珍しくなかった。髪にお洒落なピンクのメッシュを入れている子や、炎の如く燃える青い髪を持つ子だって居るのだ。黒色の髪が逆に珍しく思えるほど、皆カラフルかつ個性豊かで驚いてしまう。
でも、この世界、いや、この名門魔法士養成学校──ナイトレイブンカレッジ内において、種族や見た目の違いはそう大した事じゃないらしい。
ツイステッドワンダーランドにおいて、私の見た目は至って"普通"なのだ。
初めましてと挨拶をした時、異物を見るような視線を向けられない。驚き戸惑った表情をされることもないし、可笑しな気遣いも受けない。そんな当たり前の事が、私には不思議で新鮮な感覚だった。
元の世界で家政婦として働いていた経験を活かして、オンボロ寮の管理人と学園の雑用係を掛け持ちながら、私は忙しくも普通に生活をしているのだ。この学園ですっかり暮らし慣れた今では、二人しか居ないオンボロ寮の生徒のみならず、他寮の生徒からも"寮母さん"と親しみを持って呼んでもらえるほど、親しくなれた。彼らと、この世界と、近い存在になれたようで嬉しい。
さすがに最初の頃はどうなる事かと怯えて、未知の世界は怖くて、不安で眠れない日もあったけれど。慌ただしい日々を過ごす内に、ふと、いつの間にか呼吸が楽になっている事に気がついた。
ああ。元の世界なんかより、この歪み捩れた世界は何倍も、恐ろしいほどに居心地が良かったのです。
……いつまでも、この世界で生きて居られる保証は無いのに。
かと言って、元の世界へ帰れるという保証も無いのだけど……。
それでも、構わなかった。いつの日か醒める夢でも良いと思っていた。
精一杯、私が普通で居られる、この世界を生きよう。種族や見た目なんかで生徒を判断せずに接したい、優しく在りたい。迷いながら、間違えながら、一歩ずつ確かに成長していく生徒たちの姿を見守ろう。
ああ、ひとつ叶うならば。せめて、オンボロ寮の可愛い生徒たち、彼らの卒業を見届けるまでは、この世界で生きていたい──と。密やかに、願うばかりでした。
でも、気が付いたら私、とっても欲張りになっていたみたいだね。
最初はね、他の子たちと同じように『頑張り屋さんで良い子だなあ』なんて思いながら、遠くでそっと見守っていただけ、その筈だったのに。
視界の隅で深い抹茶色が見えた瞬間「あっ」と反射的に振り向いてしまう癖がついたのは、ううん、いつからだろう。
「こんにちは、クローバー君」
ハーツラビュル寮の副寮長であり、皆の頼れるお兄さんとして、いつも影ながら頑張っている彼──トレイ・クローバー君を見かけるたびに、私はつい、声を掛けてしまうのだ。
自分でも不思議なほどに彼を気に掛けてしまう理由は、恐らく、先日の他愛無い出来事がきっかけだ。
名も無き異世界から迷い込んだとか言う、こんな可笑しいお姉さんにも、普通を自称する優しい彼はとても親切にしてくれたので。よーし、めいっぱい褒めてあげよう! と、彼のぴょんぴょん跳ねる抹茶色した短い髪を『いい子いい子』ナデナデさせてもらった。その時、表情をふにゃふにゃ緩ませて、すごく嬉しそうな反応をしてくれたから。まあ、なんて可愛い子だろう、と愛おしく感じてしまった。
しかし、彼は18歳の男子高校生。精悍な顔立ちで背も高くて、男前と呼ぶに相応しい好青年だ。見た目はもう十分に大人だし、私よりも遥かにしっかり者の賢い子である。そんな彼を『可愛い』だなんて、失礼かもしれない、けれど……。
「わ、寮母さんっ」
こちらを振り返った途端、蜂蜜入りの琥珀糖みたいな瞳をキラキラ輝かせて、ニコッと嬉しそうな笑顔を見せてくれるその姿は、眩しいほど無邪気で若い学生さんらしくて──。
「こんにちは……って、え? なん、何ですか、どうしていきなり頭を撫でられているんだ、俺は??」
ああ、もう、やっぱり『可愛い』から、つい手を伸ばしてしまった。
「午前中の授業、お疲れ様です。苦手だって言ってた飛行術のテストがあったんでしょう? 結果はどうだったのかしら」
「なんとか合格点は貰えましたよ、へへ、ありがとうございます」
「まあ、おめでとう!」
驚きながらもはにかんでくれる彼が、ああ、可愛い。もっと頭をなでなでさせてほしいけど、他の子に揶揄われたら可哀想だから、ほどほどにしておかなくちゃ。手を退かした途端、彼が少し名残惜しそうな瞳をしたように見えた。
ちょうど大食堂へ向かう途中だったから「良かったら一緒にお昼でもどう?」と誘ってみれば、すぐに「よろこんで」とお返事が返ってきた。嬉しくて心の中でバンザイしてしまう。私ったら、彼の言動ひとつでこんなに喜んじゃって、まるでーー恋でもしてるみたい、なんて、ね。
「そういえば、今日は大荷物ですね」
「え、そうかしら」
彼に言われて、ふと自分の格好を振り返る。午前中は図書館の本を借りて、この世界についてお勉強していたから、分厚い本を何冊も抱えていたのだ。モーゼズ・トレイン先生もご協力してくださって、時折、特別授業も開いてくださるのよね。
「私もみんなを見習って、お勉強中なの。この世界のこと、まだまだ知らないことばっかりだから」
「なるほど……じゃあ、寮母さんも、えらいえらい、ですね」
彼は急にこちらへ手を伸ばしてきたと思ったら、私の頭を軽くポンポンと2回撫でてくれた。突然の事でピシリと固まる私。まるでメデューサの石化を受けたみたいだ。
「えっ、あ、ぁ、ありがと……」
必死に捻り出した言葉は動揺で震えていた。
一方、彼は爽やかな笑顔でニンマリ笑ってーー。
「いつものお返し、ですよ。ふふ、照れた寮母さんも"可愛い"な」
まさか、やり返されるなんて思わなかった。
ずるい、ずるいずるい。
ああ、こんなの、私が欲張りになってしまっても仕方ないじゃないか! 彼はこんなに魅力的で優しくて狡い子だから、好きーーにだってなってしまう。
「く、クローバー君ったら、悪戯っ子ね、もう」
「褒められることは嬉しいことだって、あなたに教わったからな」
特別授業、頑張ってくださいね。
そう微笑んでくれる彼に、また心臓がトクンと高鳴った。
「寮母さんの白い髪はふわふわで、綿飴みたいだ」
「わたあめ?」
「はは、すみません。例えが下手くそで」
「ううんっ、そんなことないよ! 嬉しい……」
私が呪っていた
ああ、私はもう、どうしようもなくーー
「……ありがとう、クローバー君」
彼のことが、好きだ。
2024.09.09公開