薔薇の王子様と監督生の話
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小魚エスケープ!
「あっ、小エビちゃんだ〜♡」
げっ、リーチ兄弟の見るからにヤバそうな方、もといフロイド先輩だ。
次の授業が行われる教室へ向かうため、外廊下を歩いていたらバッタリ遭遇してしまった。先輩は私に気付いた途端、ニタァと嬉しそうな笑みを浮かべる。その顔は間違いなく「あ、面白そうなオモチャ見〜つけた♡」って言う顔だ。
「あ、あはは、フロイド先輩こんにちは〜」
私は軽く挨拶だけして、フロイド先輩の目の前を早歩きで通り過ぎる作戦に出た。
「ちょっと小エビちゃ〜ん、挨拶だけなんて冷たくなあい?」
あああやっぱり着いてきますよね! 期末テストのイソギンチャク事件や、ホリデーのスカラビアどっかーん事件などで色々と関わった為か、何故かフロイド先輩によく絡まれるというか、懐かれているというか。思いのほか後輩として可愛がってもらえてるし、モストロ・ラウンジでバイトした日は美味しいまかないを作ってくれるような、時々ギュッと抱き締めてくる力が骨の折れそうなくらい強烈なことさえ除けば、とっても良い先輩──なんだけど、今はタイミングが悪い!!
何せ今はグリムが拾い食いでお腹壊してて保健室だし、エースとデュースもお手洗いに行ってて別行動、珍しくひとりきりの私は格好の餌食であり、ここで先輩に捕まったらまずいのだ。長々と絡まれて授業に遅れるだけならまだしも、強制的に締め上げられてサボりの共犯にされるのが一番まずい。次の二年生との合同授業は絶対に出席したいんだもの、だってリドル先輩に会える貴重な授業だから! ザ・邪な理由ですけど何か!?
──って考えていたら、少し歩いた先で赤い薔薇のひとの後ろ姿が見えた。私は一目散にその想い人の元へ駆け寄る。
「りっ、リドル先輩!!」
「おや、監督生? 廊下を走ってはいけないと、前にも注意を──……げっ、フロイド!?」
「わあ、金魚ちゃんもいる〜♪」
リドル先輩もそんなあからさまに嫌そうな反応するんだ、これはレアなものを見た、というか金魚ちゃんなんて呼ばれてるんだ、可愛い──なんて喜んでいる場合ではない。
ちょうど良いから、このまま彼と一緒に教室の中まで逃げてしまおう、と考えていたら。突然、リドル先輩に強く手を握られてグンと引っ張られたものだから、色んな意味で心臓がどきんと跳ね上がった。
「キミはまた、随分な問題児に好かれているねッ」
逃げるよ、と一言。私の手を握ったまま、決して廊下は走らず早歩きで教室へ一目散に向かうリドル先輩。どうも彼にとって、フロイド先輩は天敵のようなものらしい。が、リドル先輩と私は一般の生徒よりも小柄な方で、追ってくる相手とは身長差と足の長さが違い過ぎる。あっという間にフロイド先輩が追い付いてきた。
「追いかけっこするの? 良いよぉ」
うう、リドル先輩の手あったかいな、とかドキドキしている暇もない。
「あれえ、なになに〜? 金魚ちゃんと小エビちゃん、おてて繋いで超仲良しじゃん。もしかして番だったのお?」
つ、つがい?
「は、はあ!? なんっ、何を言ってるんだ、キミは!!」
私にはあまり聞き慣れない言葉だったが、リドル先輩はその言葉の意味を知っているらしく、何故か顔を真っ赤にして特徴的な二本の跳ね毛もピーンッと逆立てて怒っていた。
しかもリドル先輩から慌てたように繋いでいた手を離されてしまって、きゅ、と胸の奥が冷えて寂しくなる。つい、急いでいた足が止まる。
「先輩、つがいって、どういう意味ですか?」
「えっ……そ、そんなことを、改まって聞くの……!?」
ええ? なんかリドル先輩がめちゃくちゃびっくりしてる、可愛い。
何やらアワアワと戸惑っているリドル先輩を他所に、ニヤニヤ楽しそうなフロイド先輩。190cm超えの大きな身体を屈めて、フロイド先輩の艶々で整ったお顔が私に近付いた。
「ンフフ、無知で可愛い小エビちゃあん、親切なウツボが教えてあげる〜」
ほぼゼロ距離の耳元へこそこそと届く、ねっとりした独特の甘い声。
「番ってのはあ、人間で言う恋人とか、夫婦ってこ〜と♡」
ふぇっ、と口から腑抜けた声が出る。番って、あッ、そういうこと!? 基本的には動物に向けて使うような言葉だから、ウツボ流の言い回しがいまいちピンと来なかった。理解した途端、火が付いたように全身の熱の上昇を感じる。
「アハッ、小エビちゃんも金魚ちゃんと同じくらい顔真っ赤っかになっちゃって、カワイイねえ。おもしろ〜い♡」
するすると細長〜い指で頬を撫でられた、ひええ。このままでは、あの大きなギザギザの歯で齧られて食べられちゃう──と動物的な生存本能が危険信号を訴える。
「ふ、フロイドッ!!」
激怒したハートの女王さながら声をあげてマジカルペンを構えるリドル先輩に、フロイド先輩は相変わらずヘラヘラ笑いながら、ぴょんっと軽やかなバックステップで距離を取った。このままでは"首をはねられる"と察したようだ。
「金魚ちゃんったらいけないんだぁ、ココで魔法を使ったケンカすんのお? 規則違反になっちゃうけど〜、良いのお? ま、本当にガッチャンしようとしても、そもそもオレには効かないんだけどねえ。そういえば、男の嫉妬は醜いんだって、ジェイドが言ってたっけなあ」
「う、ぐぐっ」
「……あ、噂をすれば、ジェイドとアズール居た。じゃ、小エビちゃん、また今度遊ぼうねえ〜」
フロイド先輩は元々探していたらしいふたりを見つけたら、急に私たちへの興味をスンと無くして、何事もなかったように外廊下の曲がり角の向こうへ駆けて行った。
一方、その場に残された私たちは無駄に早歩きして疲れただけで、いや、本当なんだったんだろ、今の。
ちらり、隣のリドル先輩を盗み見る。彼はまだ怒った赤い顔のまま、でも二本の跳ね毛はいつも通り可愛らしいハート型に戻っていた。ぱち、と目が合う。なんだか恥ずかしくて、反射的に視線を逸らしてしまった。先輩とは反対方向のお外を見上げる。
番、だなんて。さっきのフロイド先輩の言葉が、何度も何度も頭の中を駆け巡って、リドル先輩のことを普段以上に意識してしまって。顔が、見れない。心臓の音があまりにもうるさくて、先輩に聞こえているんじゃないかとすら錯覚した。
しばらくの静寂。葉の擦れる音すら拾えるような気まずい空気の中、先に口を開いたのはリドル先輩。
「……ユウ君」
「ひゃい」
私は頑なに先輩の方は向かず、裏返った変な返事しか出来なかった。
「先程のアイツの発言だけど、あまり気にしないように」
あ……。
「そ、そうですね。フロイド先輩ったら、変な冗談も程々にしてほしいですよね。リドル先輩と私が、そんな。迷惑でしたよね、すみません……」
先輩、さっき凄く、怒ってたから。きっと、嫌だったんだ。私、なんかと、まして今の自分は性別だって偽っているのに──。
「ボクのアリス、どうやら困った勘違いをしているようだから、念の為もう一言添えておくけれど」
先程フロイド先輩に触れられた頬を、今度はリドル先輩の男性にしては華奢な指先で撫でられた。
「キミとそういう──恋、いや、とても仲の良い関係であると思ってもらえることが、迷惑な訳ないだろう。ボクにとって嬉しいことだから、気にしないように」
え。一瞬、聞き間違いかと思った。驚いて、私はやっと先輩の方を向いた。
「……せんぱい。まだ顔、赤いです」
「キミもだよ」
むっすり不機嫌そうに口を尖らせたリドル先輩は、ふい、とその赤い顔を背けてしまった。けれど、髪の隙間から覗く耳は、薔薇の花弁のように真っ赤で。
ゆるゆると私の頬に触れていた彼の手が離れる。そしてもう一度、緩く手を握り直してくれた。ああ、嬉しい。寂しく冷えた心がぽかぽかと温度を取り戻していく。
「ボクが怒っていた理由は、フロイドが軽々しくキミに近付いたり、挙句、キミの頬に触れたりなんてするから。それだけだよ」
「……はい」
「ここが男子校で、キミが男性の格好をしていても、そんなこと何の障害にもならないから」
「は、い」
「それと、次の授業は魔法史の合同授業だったね。また問題児たちに絡まれないよう、ボクの隣席へ座るように。おわかりだね、返事は?」
「はい、女王様」
「こら、寮長だよ」
「えへへ……」
一時はどうなる事かと焦ったし、せっかくの休み時間が酷い大騒ぎで終わったけど。結果オーライ? というか、何というか。
今度モストロ・ラウンジへ行ったら、フロイド先輩にタコ焼きでも差し入れしようかな──。
2020.06.25公開