薔薇の王子様と監督生の話
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幼馴染みの頼み事
「トレイ、頼みたいことがある」
ある日突然、幼馴染みが随分真剣な表情をして声をかけてきたものだから、ほんの少し、いや結構驚いた。
「ん? どうしたんだ、リドル? 急に改まって頼みだなんて、いつもの寮長命令じゃないのか」
「そ、そういう態度は改めようと決めたんだ。……出来る限り、だけど」
オマケに酷く落ち込んだ顔で俯いたりするものだから。せっかく今までの自分の行動を反省している最中な彼に、少々意地の悪い対応をしてしまったな、とこちらも反省する。
オーバーブロットの一件から、リドル・ローズハート寮長は暴君であることをやめた。その厳格さと怒りっぽい性格は相変わらずで、寮生の中にはまだ彼を恐れる者も少なくはないが、以前より遥かに落ち着いた対応が出来る様になってきているし、素直に彼を慕う後輩も目に見えて増えた。
いちおう先輩である俺やケイトに対しても、以前より気兼ねなく、こうして素直に頼ろうとしてくれるから。俺はただただ、嬉しくて仕方なかった。
「友人からの頼み事なら構わないぞ、何でも言ってくれ。俺に出来る事なら、な」
「あ、ありがとう、トレイ!」
パッとすぐに明るい表情を見せたリドル。その眩しい笑顔の主は、本来の彼だ。"お母様"に囚われ続ける壊れたお人形のような彼ではない。やっぱり、いつかのように無邪気に笑う、本来のお前を取り戻し始めているんだな。そう思うと、俺もつられるようにニヤけてしまった。
「実は、イチゴタルトの作り方をもう一度、しっかりと教えてもらいたいんだ」
「イチゴタルトの? この間作ったタルトはよく出来てたぞ、オイスターソースさえ入っていなければ」
「そ、それはトレイが嘘のレシピを教えたからだろう!?」
「いや、まさか本当に信じていたとは思わなくて、はは、スマン」
「まったく……。とにかく、嘘をついたお詫びに、もう一度ボクにイチゴタルトの作り方を教えるんだ!」
そう強い口調で言い放った後、リドルはハッと焦った顔をして。
「あ、ご、ごめん。ボクはまた、こんな……良ければ、教えてもらえるだろうか?」
うう、と悩ましげに頭を押さえてしまった。まあ、今までの自分を変えるなんてことは難しい、テストで全教科満点を取る方が簡単なくらいだ。
「あまり無理に自分を抑え込もうとするなよ、辛くなるぞ。一気に何もかも変えようとしなくて良い。誰かの物差しじゃなくて、自分の物差しでゆっくり、少しずつ、物事を測れるようになったらいいさ」
「うん……そうだね、ありがとう」
「さて。それで、用件はイチゴタルトの作り方だったな? もちろん教えてやるが、突然お菓子作りに目覚めた理由ぐらいは俺も知りたいな」
勉強や寮の仕事に関すること以外で頼まれ事なんて珍しいから、興味が湧いた。なんとなく察しは付いてるけど。
そして、お察しの通り、というか。何か爆発したのかと思うぐらい一気に顔を真っ赤に染め上げたリドル。その赤色は怒りではない、照れだ。最近のうちの寮長は表情豊かで面白いな。
「い、いや! 特に深い理由はないよ、意外とお菓子作りも楽しいものだったからね!!」
「フーン、本音は?」
「……──か、監督生に、作ってあげたいんだ」
ほう、と思わず感心の声が出た。あのリドルが、自分の為でもルール厳守の為でもなく、誰かの為に動こうとするなんて、あまりにも珍しかったから。
恥ずかしそうにまた俯いてしまう友人は、どうも故郷にいる弟妹たちと重なって可愛らしく見えてしまった。
「そうか。あの子には色々と世話になってしまったから、改めてお礼も兼ねて俺も喜んで手伝うよ」
「あっ、いや、気持ちは嬉しいのだけれど、出来れば作り方だけ教わりたい!」
慌てて顔を上げたリドルに、俺はキョトンと目を丸くした。
「今度こそ、あの子に完璧なイチゴタルトを食べさせてあげたい。トレイに手伝ってもらった方が効率も良いし味も間違いないだろう、でも、これはボクひとりの手で作った物でなければ意味がない……気がする」
嗚呼、なるほど。何者でもないあの子が、真紅の暴君にも恐れず立ち向かった監督生が、リドルをこうも年相応で素直な少年に戻してくれたんだな。
そして──
「あの子には、幼い頃のボクが食べたものと同じような宝石を──ボクの大好きなイチゴタルトを、一緒に味わって欲しいから」
どうやら彼が今まで経験したことのないであろう、恋、という感情もあの子が教えたらしい。
──まあ、本人に自覚があるのかどうか、怪しいところではある。けれど、彼の大きな吊り目がキラキラ輝いて、あの子に対する溢れんばかりの想いをグレーの光が全力で訴えていた。
「じゃあ、これから俺と一緒にいちど作って練習してみるか。後で、きちんと正しいレシピも渡すよ」
「それはっ、とても助かるよ、トレイ。ありがとう!」
後日、無事に彼ひとりだけでイチゴタルトを作ることに成功し、監督生にも食べてもらって大変喜んでくれたことを、リドル本人から嬉しそうに無邪気な少年の顔で聞かされた。
それからと言うもの、リドルは監督生の話をよくするようになった。あの子は頑張り屋さんで勉強熱心な良い子だとか、毎日休む暇もなく問題児たちに振り回されて疲れていないか心配だとか、ハーツラビュル寮へ転寮してきたら良いのにとまで言い出したりして。これで本人は恋心を自覚していないのだから面白い。彼からあの子の名前を聞くたびに、頬が緩む。長年抱えていた彼への罪悪感など、いつの間にか飴細工のように溶けていた。ああ、そんなにも愛おしく想える存在が出来て。本当に、良かったな。リドル。
これからも俺は静かに彼を、その初々しい恋を見守ってやろう──と、いちおう一瞬は思ったんだが。
まあ、他人の恋路に首を突っ込んで馬に蹴られる趣味はないし、下手な真似をして邪魔なんて絶対したくはないが──ほんの少し、大事な友人として気を利かせるぐらいは問題ないだろう。
「お、監督生。今、帰りか?」
「あれ、トレイ先輩! わあ、先輩は今日も甘くて良い香りがしますね」
「さっきまでアップルパイを焼いていたからだな。これからハーツラビュル寮でお茶会するところなんだ、良かったらお前も来るか?」
「え、良いんですか!?」
「ああ、お前が来てくれたら、きっと"ハートの女王様もお喜びになられる"──なーんて、な」
「! じゃ、じゃあ、是非……」
「よし、待ってるぞ。もちろん、グリムも連れて来て良いからな」
「はいっ、お邪魔します!」
ちょっとぐらい俺にも甘やかさせてくれよ。可愛らしいお前たちの幸せな姿は、何より俺が見ていて嬉しいから、な?
2020.06.19公開