薔薇の王子様と監督生の話
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親睦ディナータイム!
「リドル先輩! 私もマロンタルトを捨てた事だけは、やっぱり許せません!!」
「監督生、まで……。そんな、ボクは、ボクはどうしたら……」
「ですから──」
"リドル先輩を、オンボロ寮へ来て一緒にマロンタルトを食べる刑に処します!"
──そんな、罰とは言えないような優しい約束を交わしてから、数日後。
朝からハーツラビュル寮の前で待ち伏せていたらしい監督生が、ボクを見つけた途端、嬉しそうな桃薔薇の如く笑みを咲かせて呼び止めてきた。
「先輩! やっとマロンタルト刑の準備が出来ましたので、今日の放課後、オンボロ寮で待ってますね」
え、と間抜けな声で驚くこちらを他所に、彼の腕に抱かれたグリムが「これは罰なんだから絶対来るんだゾ!」なんてギザギザの歯を見せて喧しく鳴いた。
どう、しよう。本当に、行っても良いのだろうか。だって、ボクは、彼らに酷い仕打ちを、監督生に酷い暴言を、あんな醜い姿を、晒してしまったというのに──。
心の中をどろり埋め尽くすような、黒い不安。思わず怖くなって、ボクの隣に並ぶトレイを見上げたら、彼は随分と優しい顔でくすくす微笑んでいる。
「特に急ぎの用事も無いだろう。行ってやったら良いんじゃないか? リドル」
「し、しかし……」
「あ! トレイ先輩も、良かったら来てくださいよ。ほら、幼馴染みの連帯責任ってやつですからね」
「おっ、良いのか? ああ、いや、罰なら仕方ないな、お邪魔させてもらおう」
大丈夫だ。そう言うように、トン、とボクの背中を押してくれる友人。
「──わかった」
ボクは覚悟を決めて、彼らに了解した。
そして、放課後。
「……監督生に呼ばれたのは、ボクとトレイだけの筈だよ。ケイト」
「えーっ、そんな冷たいこと言わないでよ、寮長? 今回の件はオレだって監督生ちゃんに悪いことしちゃったしー、オレもトレイと同罪だからね」
オンボロ寮への道中、いつの間にかボクたちと一緒にいたケイト・ダイヤモンド。彼は相変わらずヘラヘラと笑うばかりだ。甘い物は苦手だったんじゃないのか、それとも本当に彼も責任を感じているのだろうか。
そうこう話している内に、あのボロボロで今にも倒れそうな幽霊屋敷──オンボロ寮が見えてきた。木の板で塞がれた窓の隙間から光が漏れ、生きた者の気配がしてホッとする。ギギィッと嫌な音のする門を抜けて、石の階段を上がり、扉の前へ辿り着いた。
途端、急に目の前の扉が一人でに開く! さすが幽霊屋敷!? ……と思ったら、監督生がわざわざ玄関まで来て、ボク達を出迎えに来てくれただけだった。窓からこちらの姿を見ていたらしい。
「先輩方、お待ちしてましたよー!」
何の予告もなく着いて来たケイトに対して一切驚く素振りも見せず、寧ろ当然来ると思っていたようで、どうぞどうぞ、とあちこち蜘蛛の巣が張った廊下を案内される。床はギシギシと喧しくて、こんな大勢で歩いて大丈夫か不安になるほどだった。
しかし談話室へ出れば、外観や廊下に比べたら掃除に悪戦苦闘したであろう綺麗な空間が広がっており、何故かうちの新入り寮生であるエースとデュースの二人まで来ていた。彼らは少し羨ましいくらいに監督生と仲が良いから、きっと普通にマロンタルトを食べに来たのだろう。
「みんな、本日の主役が来たよー!」
「ふなっ、やっと来たか、まったく遅いんだゾー! オレ様はもう待ちくたびれてお腹ぺこぺこだあッ」
こちらまでビュンと飛んで来て、ボクの制服のリボンを引っ張るグリム。ボクたちの存在に気付いた途端ワッと盛り上がる、愛らしい一年生たち。
「先輩方っ、見てくださいよ。これ、ユウが作ったんですよ!」
そう言ってデュースの手が指し示す先には、いつかのタルトよりも小さなサイズ、けれど甘い匂いを漂わせた立派なホールのマロンタルトがあった。
天辺を飾る筈のマロングラッセが皿に落ちていたり、モンスターの誰かさんがかじり付いたような歯形、指でマロンクリームを舐めたであろう痕跡が残っており、少々不格好だが──そんなつまみ食いをしたくなるほど、美味しそうな出来映え。監督生の手作りとは、驚いた。
「えへへ、トレイ先輩から貰ったレシピのおかげです」
「なかなかやるじゃないか、監督生」
これにはケーキ屋の息子であるトレイも感心していた。タルト以外にも彩り豊かな料理がテーブル狭しと並んでいて、ケイトがマジカメ映え(?)すると喜んでいる。
「僕さっき味見させてもらいましたけど、スゲー美味いですよ!」
自分が作ったわけではないのに、何故だかキラキラ瞳を輝かせて自慢げなデュース。あの指の跡の犯人はキミだね?
「オレらもまた栗拾いさせられて、ついでに掃除も手伝わされて、大変だったんすよ。意外とダチ使いが荒いんだから、ユウは。ったく〜」
なんて愚痴を言いながら、天辺から転げ落ちたマロングラッセをひとつ摘んで頬張るエース。ついでにテーブルに並ぶ他の料理にも手を伸ばそうとするから、グリムに「ずるいんだゾ!!」と怒られていた。
ああ、なんてルール違反の数々。以前のボクなら、あのトランプ兵たちの首をはねていたに違いない。でも──。
「ちょっ、こらー! このマロンタルトはリドル先輩のために作ったんだよ、つまみ食いしなーいッ!!」
怒っているような口調で顔は笑っている監督生が、ルール違反の友人たちの頬を抓っている。抓られたエースとデュースも何だか楽しそうで、微笑ましくて、ああ。
やはり羨ましかった、彼らの関係性が。ボクもはやく間違いに気付いていたら、もっとトレイやケイトを友人として先輩として頼っていたら、そんな後悔の念に苛まれる。
「リドル先輩」
いつの間に、ボクの目の前に戻ってきていたのか。そう目線の変わらない監督生に、ぽんぽん、と華奢な両手でボクの肩を叩かれた。ハッとする。そうだ、ボクは今日、彼からの罰を受けに来たのだった。
「監督生……その、ハーツラビュル寮での件……別の寮生であるキミたちを巻き込んで、挙句、ユニーク魔法で苦しめたり、酷い悪口で責めたり、醜い姿を晒して迷惑をかけてしまった件……本当に、申し訳なかっ、」
「先輩、違いますよ」
えっ──?
「私が怒っているのは、マロンタルトを捨てられてしまった事だけです。それに、先輩は十分反省して下さったから、もう良いんですよ」
彼はそう言って微笑んで。ボクの肩から手を退けると、今度はその手でボクの右手をふわり包み込むように握った。
「ほんとは、最初から罰するつもりなんてなかったんです。何にも怒ってなんか、」
「嘘つけ。マロンタルト捨てられた直後は『絶対ぜったい許さん! せっかくみんなで作ったマロンタルトを!! 食べ物を粗末にするヤツは地獄行きだーッ!!』って、ユウめちゃくちゃ怒ってただろ」
「エース、空気を読みやがれ!!」
「あ痛ァッ!」
ゴチンッと外野から痛々しい音が聞こえたけど、気にしないでおこう。
「と、とにかく! 今日はただ何にも考えずに、楽しんで行ってください。マロンタルト、食べたかったんでしょう。リドル先輩」
今日ぐらいは何にも、我慢しなくていいんですよ──。
その言葉に、きゅう、と心臓の奥が締め付けられるような感じがして。じんわり、目蓋の奥が熱くなって。目の前の桃薔薇の如きひとが、酷く眩しかった。
「──あの時は、せっかく作ってくれたマロンタルトを粗末にしてしまって、ごめんなさい。ありがとう、ユウ君」
「……はい。じゃあ、この話はおしまいです! オンボロ寮へようこそ、リドル先輩。食後はみんなでトランプもしましょうね」
「ああ、楽しみだ。新入生たちには負けないよ?」
きっと今日は忘れられない、素敵な"なんでもない日"になる。彼らの楽しそうな姿を見ていたら、そう思えたんだ。
2020.06.16公開