薔薇の王子様と監督生の話
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可愛いアリスの作り方
恋する女の子には、特別可愛らしく見える魔法がかけられるって、知ってる?
監督生ちゃん、彼に対する違和感を覚えたのは初対面。仕草がなんとなーく、男の子にしては随分と柔らかく見えた。そして彼が、本当は"彼女"であることに気がついたキッカケは、実にささやかな変化だった。
「あっ、おっかない女王様が居るんだゾ!」
「こら、グリム。いきなりすみません、リドル先輩」
ある日、午前の授業が終わった後、トレイくんとふたりで食堂の席取りをしてリドルくんを待っていた時。遠くから監督生ちゃんたちの声がしたからマジカメを閉じて、声のする方へ顔を向けた。
「いや、構わないよ。グリムが今度なにか悪い事をした時は、その軽率な口を縫ってやろうと心に決めたけれどね」
「や、やっぱりおっかないんだゾ!!」
「キミたちも今から昼食かい? 良かったら一緒に食べよう、トレイとケイトが席を取って待ってくれているから」
「わ、良いんですか? ぜひ! やった、リドル先輩とお昼……せ、先輩たちとみんなでお昼ゴハン嬉しいなあ。ふふっ」
あ──と、一瞬で気がついた。
だって、リドルくんに向けるその笑顔はまるで、光属性の魔法をかけられたみたいにキラキラと眩しく輝いて見えたから。
監督生ちゃん、やっぱり女の子なんだ。彼の前でワントーン高くなる可愛い声、落ち着きなくもじもじそわそわ前髪に触れちゃう小さな手、ずっと彼を見つめてうっとり蕩けてる瞳などなど、その全てがリドルくんを好きで好きで仕方ないと表現している。小柄な身体から溢れんばかりに、見ているだけで伝わってくる彼への想い。彼女は恋をする
初対面の時とは比べ物にならないほど、キラキラして可愛くなっちゃった監督生ちゃん。
「……あのさ、トレイくん、ユウちゃんって、」
「ああ。可愛らしいよな、あのふたり」
彼女らを兄の顔で穏やかに見守るトレイくんも、よく周囲に目が行き届く勘の鋭い副寮長だから、きっと気が付いているんだろうと思った。
しかし、問題は好意を向けられている当の本人、リドルくんは"彼女"であることに気が付いていなさそう。というか、そもそも性別とか気にしてなさそうだよね、うちの寮長。でも監督生ちゃんからの好意自体は満更じゃない感じというか、寧ろリドルくんも熱っぽい視線をあの子に向けているではないか。そういえば、最近やたらリドルくんの口から監督生ちゃんの名前が出てくるなあ、とは不思議に思ってたんだよねえ。てっきり後輩として可愛がってるだけかと思ったら、なあんだ、両想いじゃん!
どうしてあの子が性別を偽って男装しているのか、詳しく聞こうとは思わない。彼女はそもそも異世界から来た"何者でもない"人間らしいし、この学園に通う事となった経緯も突飛で複雑だから。ただでさえ魔法のひとつも使えやしないのに、男子校に女子生徒がひとり紛れ込んでいたら余計目立ってしまうから、必死に居場所を作ろうとした結果なのかな──とか、そういうのは簡単な想像で良い。
そんなことより、けーくんはリドルくんやトレイくんと同じように、可愛い可愛い監督生ちゃんをとーっても気に入っているので。
あの子の恋、応援してあげたい──なんて、余計なお世話をかけたくなってしまったのです。
思い立ったらオレの行動は早い。
昼食中に監督生ちゃんが「今日の放課後は図書館へ寄っていく」と言っていたから、オレはこっそり彼女の下校を待ち伏せすることにした。もちろん、偶然を装って。
教室で適当に時間を潰してからメインストリートへ向かえば、予定通り監督生ちゃんと、その腕に抱かれているグリちゃんを発見。うんうん、ナイスタイミング。
「ユウちゃんっ♪」
ルンッと軽やかな効果音でも付きそうなぐらい、我ながらご機嫌な声。
突然の呼びかけにびっくりして一瞬肩を震わせた監督生ちゃんだけど、こんな呼び方をする相手なんて多分オレしか居ないのだろう、すぐに振り返って。
「ケイト先輩!」
桃薔薇みたいな愛らしい笑顔を咲かせる監督生。うーん、眩しい。これはリドルくんが好きになっちゃうワケも納得、百点満点の可愛い後輩ちゃんだ。うちの問題児たちも見習って欲しい素直さだよね、ほんと。この学園では超激レア級に珍しいタイプ。
「偶然だねえ、今から帰るとこ? これから何か予定あったりする?」
「いえ、特には。オンボロ寮へ戻って、掃除でもしようかなあと思ってました」
「えっ、監督生ちゃん偉すぎ。学園長そーいうとこ疎かだもんなあ」
「オレ様もトーゼン手伝ってやってるんだゾ!」
「グリちゃんもえらい、えらい! そんな頑張り屋な後輩ちゃんたちに、けーくん先輩から朗報です。これからハーツラビュル寮でお茶会しない?」
お茶会、その言葉でユウちゃんとグリちゃんの瞳が嬉しそうにキラッキラ輝き出した。ふたりでひとりの生徒、とされているだけあって息ピッタリ同じ顔をするふたりが可笑しくて、可愛い。
「今日は特にパーティーって訳じゃないんだけど、トレイくんが次回の"なんでもない日"様に試作のケーキを作るって話をしてて、オレとリドルくんが味見係するんだ〜。ね、ふたりも一緒にどう?」
「行くに決まってるんだゾ!」
「私もぜひ行きたいです!」
「うんうん、素直でよろしい。それじゃあ早速、このままハーツラビュル寮へご案内しちゃうよー♪」
話をしている内にいつの間にか鏡舎まで辿り着いていたので、ユウちゃんの背中をぐいぐいと押して、ハーツラビュル寮へ繋がる鏡をくぐり抜けた。
薔薇の庭園を通り、真っ赤なお城みたいな寮の玄関まで来たところで、オレはわざとらしく「あっ」と声を上げた。どうしたんですか、と不思議そうな目線を向ける優しい監督生へニコリ微笑む。
「ちょっと待っててね、お茶会する前に寮服へ着替えないと! ついでだから、ユウちゃんの制服とグリちゃんのリボンも変えてあげる」
えっ、と驚くふたりを前に、オレはマジカルペンを取り出した。指揮棒の様にペンを数回ゆったりと振って、自分にしか聞こえないほど小声で呪文を唱える。キラキラと無数の光の粉がオレたちの周囲を舞って、カッと一際強い光を放った瞬間、身にまとっていた制服はハーツラビュル寮指定の寮服へ姿を変える。
オレはもちろん、いつも通りのカッコいいトランプ兵姿。グリちゃんはボロボロのリボンを赤と黒の可愛らしいリボンへ変えてやり、監督生は──
「え──ッ! け、ケイト先輩、これは、いったい!?」
頭に赤いリボンカチューシャを着けて、リドルくんの寮長服に似せた白いジャケットを羽織り、そして──ふりふりのエプロンとレースの飾りが可愛らしい、真っ赤な"スカート"をフワフワと揺らした。まるで、不思議の国へ迷い込んでしまった少女のような、愛らしい格好に姿を変えたのだった。
当然、以前の"なんでもない日"のパーティーでは他の生徒たちと同じトランプ兵の寮服で着飾ってくれたのに、どうして、と監督生は顔を真っ赤にして狼狽ている。
「わ、ユウちゃん可愛い! そのアリス風の寮服もよく似合ってるよ、写真撮っても良い?」
「え、ちょ、ちょっと先輩!? アリス風って、ど、どういう?」
「うちの寮の新しい決まりでね、他寮の意見も取り入れて我が寮をもっと良くしたい、みたいな? 新しい風吹かしていこー、って感じで。まあ色々あって、他寮から特別にひとり迷子の少女役を選ばなきゃいけなくなったんだけど、なかなかこういう可愛い女装してくれる子も似合う子も居なくてさー。異世界からやってきたオンボロ寮の監督生ちゃんは、まさに"迷子の少女"みたいなものでしょ。アリス役にはピッタリだと思ってたんだよね」
もちろん、そんな馬鹿げた新しい決まりなんて存在しない。監督生も信じられないって顔してるし、グリちゃんにまで「さすがにそれは嘘なんだゾ」と冷やかな目で勘付かれてしまったけど。
きっと少し無理やりにでも理由をつけてあげなくちゃ、監督生は──彼女はずっと男装のまま、女の子らしい格好のひとつも出来ないまま、学園生活を終えてしまう。純粋で可愛いものが好きな、ごく普通の少女にとって、それは。あまりにも、可哀想な気がしたのだ。ただでさえ孤独な環境の中、自分の望む姿ですら居られない、なんて。
「ケイト先輩……まさか、私のこと、気付い、て……?」
恐る恐る彼女が口にしようとした言葉を察して、オレはニコニコ笑顔のままに、自分の口元へそっとマジカルペンを添えた。しーっ。大丈夫。こんなところじゃ、他の誰がオレたちの話を聞いてるかわからない。言わなくても良いよ。
監督生はきっと久しぶりに穿いたであろうスカートをギュッと掴んで、ようやく嬉しそうに微笑んでくれた。ほっ、と安心する。
「あ、ありがとうございます、ケイト先輩。こんなに可愛い寮服、ちょっとだけ恥ずかしい、ですけど……えへへっ、嬉しい」
オレを見上げてふにゃふにゃと破顔するその表情は、ほんの少し泣きそうにも見えた。ああ、良かった。
「よおし、早速リドルくんに見せに行こう!」
「わ、ま、待ってください、ケイト先輩! まだっ、こ、心の準備があーっ!?」
きっと、女王様もお喜びになる。想像したら楽しくなって、まだ戸惑う彼女をずんずん寮内へ引っ張り込んだ。
案の定、スカート姿の監督生を見たリドルくんは、頭の王冠を落っことしそうになるくらいビックリして。可愛らしい迷子の少女を前にすっかり見惚れてしまい、真っ赤な顔のまま固まる女王様──という、なんとも貴重過ぎる姿を拝めたのだった。
「あーもーほんっと可愛いなあ、あのふたり。こっそり写真撮っちゃお♪」
「こらケイト、バレたら怒られるぞ?」
「トレイくんは心配性だなあ、ただの記念撮影だから大丈夫ー!」
マジカメになんてあげないよ、もったいない。恋する
2020.07.02公開