ハートさん家の料理人
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しろくま君の恋人さん
おれは彼女の荷物持ち役が好きだ。
「うわあ〜、すっげえでっかい海老〜!」
「すごい! さすが、新世界の海産物はとんでもないですね!? ベポくんの背より大きいよ、こんな巨大海老で天丼なんて作ったら圧巻だろうなあ。ジャンバールさんも大満足間違いナシ!」
「う、うまそ〜……!」
「……でも、ちょっとお値段が、」
「アァ……」
「こっちのお手頃で小さめの海老をたくさん買って行きましょう、と言っても、こっちもベポくんのお顔くらいサイズあるから充分だね。今日のお夕飯はこれで、豪華な海老天丼にしよっか」
「おおっ、やったー!!」
新しい島へ、町へ着く度、食料調達に出掛ける彼女の、おれは専属荷物持ちになる事がお決まりだ。
こうして珍しいものを見られたり、今日のお夕飯の希望を聞いてもらえたりするから、役得──という意味もあるのだけど。
「よいしょっ、と」
「今回も凄い大荷物になっちゃいましたね、ベポくん平気?」
「うん、まだまだ軽いぐらいだよ。このままレヴィを抱っこしたって全然平気!」
「ふふ、頼もしいなあ」
いつもありがとう、そう言って背伸びをして、おれの頭をよしよし撫でてくれるレヴィア。おれの今の表情はきっと、でれでれにだらしなく緩んでいることだろう。
おれが荷物持ちを好きな一番の理由は、まるで彼女と、でっ、デートしているような気分になれるから──。
人間が3人ほど入れそうな巨大リュックは既にはち切れんばかりにぱつんぱつんで、左手には米俵を背負って、右手にはさっき買った大量のでかい海老がぎちぎちに詰まった袋をぶら下げてるけど。二人の服装もいつも通りのつなぎ姿だし、まあ、正直デートをしている様子には到底見えない。
でも、こういうのって気持ちの問題だから! おれの心は立派にデート気分だし、楽しいから良いんだ。えへへ
「ねね、ベポくん、あれ見て」
「なあに〜?」
モフモフとおれの腕を突いた、彼女の目線の先を見る。
そこには移動式の小さな屋台があって、若い人間の女の子たちがワイワイと集まっていた。ごりごりごり、と氷を削る機械音が商店街に響き渡る。屋台の奥に、可愛い白熊型の氷削り機が見えた。わあ、もしかして!
「かき氷屋さんだー!?」
たまたま上陸したこの秋島はちょうど夏の時期だから、きっとよく売れるんだろう。思わぬ好物を前に、すっかり気持ちが盛り上がる。おれ、かき氷だいすきなんだよなあ!
「寄って行こっか」
こてん、と首を傾げて覗き込むようにおれの顔を見上げる彼女。「キャプテンたちには内緒だよ?」なんて悪戯好きの子供みたいな笑顔が、ぎゅっとおれの心臓を握り締める。おれの年上の彼女が無邪気で可愛い。好き。
コクコク! つい嬉しくて声も出さずに思いっきり頷くと、彼女も嬉しそうにおれの腕を引っ張って、かき氷屋さんの列へ並んだ。
屋台の壁に所狭しと貼られた種類豊富なメニューを見ながら、ふたりでどれにしようかと楽しく悩む。わあ、おれと同じ"しろくま"なんて名前のかき氷があるのか。興味あるなあ、しかし定番のいちご味も捨て難い。おっ、アイスクリームまでトッピング出来るのか、凄いな! 贅沢だなあ!
「う〜ん……よしっ、決めた。おれ、いちご味に練乳とバニラアイスをトッピングしちゃおーっと!」
「わあ、素敵。それなら私は、あの"しろくま"って名前のかき氷にします」
後で分けっこしようね、と笑い合う。
ようやくおれたちの順番が回って来たので、迸る汗を拭いながら「いらっしゃい!」元気いっぱい迎えてくれた店主のおじさんへ、注文とお会計をお願いする。ここの店主さんは随分陽気な話したがりのようで、やっぱりおれのような種族が珍しいのか、しかし嫌悪などの感情は一切無く「"しろくま"かき氷が名物の店に本物の白熊が食いに来るとはなあ!」なんて面白そうにカラカラと笑った。少しだけ、ほっと安心する。──が。
「お嬢ちゃんのペットかい?」
店主さんの発言に、有頂天だった心が深海の底まで落っこちた。
いや、こんな事には慣れてるけど。懸賞金だって一味のペット扱いされてるせいで異常に低いから。でも、今は、今だけは、言われたくなかった。現実を突きつけないでほしかった。ここまで気にしないようにしていた、周りの奇妙な物を見る視線、ひそひそと僅かに聞こえる軽い雑言が、嫌に気になり始めた。
そう、だよな。おれは白熊で、彼女は人間なんだから。恋人同士どころか、同等の存在にすら見えないんだ、一般的にはそう。わかってた。もう種族の違いなんて気にしない、周りの嫌悪や奇異の目から彼女を守るんだって、心に決めたものの、……おれ自身が傷付かないっていうのは、難しいな。己のメンタルの弱さが恨めしい。
「もうっ、失礼なこと言わないでください!」
どんどん沈んでいくおれの心を、珍しく怒った様子の彼女の声で引っ張り上げられた。
「彼は私の、恋人さんなんですから!!」
隣にいるおれの耳がびりびり痺れるほどの大きな声。ふんっ、と鼻息荒くそう言い切った彼女に、店主さんも周囲も一気に静まり返った。
見せつけるようにおれの腕にギュッと抱き着いてくる彼女、格好良い。ポカンと開いた口が塞がらないおれ、格好悪い。けど、嬉しくて嬉しくて。どきん、どきん、心音がみるみる早まって、顔周辺がじりじり熱くなる。
くすくす、後ろで女性客らの笑い声が聞こえた。「可愛いカップル、付き合いたてかしら」「恋人っていうか恋熊の間違いじゃない?」「人間の男より優しくて頼もしそうね」「いいなあ、羨ましいかも」そのひそひそ声に負の感情は籠っていない。目の前の店主さんも「そりゃ失礼なことを言ったね、悪かった」とやはり陽気に笑ってすぐ謝ってくれた。
「お詫びと言っちゃあ何だが、お嬢ちゃんの"しろくま"にもバニラアイスをサービスさせてくれ」
「え、良いんですか? やった、ありがとうございます♡」
「白熊の彼氏君も、悪かったねえ」
「い、いいえ! ありがとう、ございますっ」
おれは熱々に火照った顔のまま、陽気な店主さんに深く頭を下げた。
ああ、そうだ。おれ、もうひとつ忘れてた。ミンク族だって悪いヤツと良いヤツが居るように、人間だって同じ、優しく迎え入れてくれるひとたちもいるんだ。おれの仲間たちが、大好きな彼女が、教えてくれたこと。だからおれは、人間の全てを嫌わずに居られたんだ。
店主さんが腕によりをかけて仕上げてくれたかき氷を受け取り、屋台の近くに設置されたベンチへ腰掛ける。一旦ドスンッと足元に荷物を置き、楽になった両前足で、いざ! 片手にスプーン、もう片手に器を構え、みるからに冷たく美味しそうなかき氷に挑む。
「あ〜〜〜むっ」
バニラアイスの欠片を乗せた、いちごと練乳の混ざり合う、ふわっふわ柔らかな氷をスプーンに山盛り掬い上げて。ぱくんっ、と一口頬張った。ひんやり、口の中に広がる心地よい溶けゆく甘さが、あぁ、たまらない!
「うんま〜い!!」
贅沢な組み合わせのかき氷は想像以上に美味しくて、思わずはぐはぐっと器の半分ほど一気に口の中へ掻き込んでしまった。
そんなおれを見て、隣に座る彼女は楽しそうに声を上げて笑う。
「そんなに一気に食べたら、頭キーンしますよ?」
「へへ、このくらい全然平気ッ……ゔ、頭キーン来た」
「ほら〜、言ったそばから」
大丈夫? と優しくおれの頭を撫でて心配してくれる声は、やっぱり少し笑っている。
ふと、彼女の持つ器に目を向けて、そこに盛られたかき氷が一切減っていない事に気が付いた。何か嫌いなものでも入っていたのかな、とその全貌を覗き込む。
メニュー表の写真で見た所"しろくま"かき氷は、練乳をたっぷり注いだかき氷に様々なフルーツが色鮮やかにトッピングされたものだったけど──?
「わっ、すげえ、本当に白熊だ!」
「ね、とっても可愛い!」
しかし、彼女の"しろくま"練乳かき氷は、まさに白熊の顔のようなフルーツの飾り付けが施されていた。大きなパイナップルの耳、バニラアイスが獣特有の長い口を表現しており、ツヤツヤの鼻先と円らな目はアズキだ。首の周りをマンゴーやミカンがネックレスのように並ぶ。極め付けに、頭のてっぺんをちょこんとサクランボの帽子が飾る。店主さんがバニラアイスをサービスしてくれた事に、隣の彼女は心底感謝していた。
なるほど、可愛いかき氷だなあ。これは女性人気が高いのも頷ける、って、白熊のおれが言うと自画自賛みたいで恥ずかしいんだけど。
「ベポくんそっくりで、本当に愛らしくて……! どうにか、このまま永久保存して持ち帰る方法は、ありませんでしょうか……!! ああ、かわいいっ」
まるでぐるまゆのコックみたいに両目をハートになんかしちゃって、すっかり白熊かき氷の虜な彼女。年上の癖によく子供っぽくなる彼女は可愛いけど、うーん、嬉しいような妬けるような、複雑な気持ちです。
「もったいなくて、食べられない……♡」
「ふーん。じゃあ、おれが代わりにぜーんぶ食べちゃおうかなあ」
「だ、ダメ〜っ! ベポくんは私のもの、かき氷のベポくんも私のものですよ!!」
「おれ、なんか斬新な求愛されてる?」
「うぅ〜、ひとくちなら良いけど、」
彼女は心の底から白熊かき氷を崩してしまう事が悲しい様子だけど、渋々、器の縁からシャクシャクとスプーンで氷をほじくり返した。練乳が真っ白に染み込んだ氷をマンゴーとバニラアイスと混ぜて、おれの口元へ差し出される。えっ。
「はい、あ〜ん♡」
そんな甘ったるい声なんて出して、あからさまに動揺するおれを、楽しそうにニヤニヤ笑っている彼女。今日もすっかり、彼女の恋人ペースに飲み込まれていく。意を決して、目の前のスプーンに齧り付く。……なんだか、さっき掻き込んだものよりもずっと何倍も、幸せな味がした。
うまい、そんな小さな声が口から零れ落ちる。彼女は満足そうに笑って「じゃあ、私も観念して美味しく頂きます」と白熊かき氷を遠慮無く崩しながら食べ始めた。
「まるで、デートしているみたい」
ぼそりと囁くような彼女の声。言葉に出すつもりはなかったのだろうか、あっ、と反射的に口元を抑える姿が、酷く愛おしく感じられる。
「──おれはっ、最初っからただの買い出しじゃなくて、レヴィアとデートしてるつもりだけど、ね!」
思い切って、ずっと意識していた事を告げてみた。途端、驚きに大きく見開かれた猫のような瞳。ぽわわ、と赤くなる彼女の頬。
そんな思いのほか初々しい反応が可愛くて、赤に色付く頬っぺたが美味しそうで、ちゅー、したくなった。さすがに公衆の面前でそんなことはしないけれど! 代わりにそっと顔を寄せて、彼女のこみかみ付近にぐりぐりと頬擦りした。擽ったそうな彼女の笑い声が鳴る。
「やっぱり。あなたは私の、自慢の恋人さんだね」
好きです、と口癖のように囁かれる彼女の声に、おれも好き、そう返せる事が幸せで仕方なかった。
ふわふわシャリシャリのかき氷をぺろりと食べ終えたら、空の器とスプーンはゴミ箱の中へお片付け。気の良い店主さんにお礼を言ってから、さて、荷物を抱え直して帰ろう。
──と思ったら、荷物がひとつ足りない。少し前に買った大量の海老がギチギチに詰まった袋がない。おかげで右手が空いてしまった。きょろきょろ慌てて辺りを見回したら、その袋は彼女の右腕が重そうに抱えていた。
「わわ、重たいでしょ、おれが持つよ」
「このぐらい私だって平気。海王類も捌ける料理人の腕力、ナメないでください?」
「そ、そういう意味じゃなくて、すッ……好きな女の子に、重い荷物を持たせて帰るなんて、男としてどうかと、おっ、思う!」
「……ふふ、わかってますよ。ベポくん優しいから。でも、複雑な恋人ゴコロも、少しは気付いてほしいなあ」
頭の上にいっぱい疑問符を浮かべてしまうおれへ向かって、何だか照れ臭そうに彼女の左手が差し出された。
「手、繋いで帰ろう?」
一瞬、思考が止まる。が、すぐに我に返って、その白い陶器のような手を取った。包み込むように柔く握り締める。おれと彼女では手の大きさも二回りくらい違うから、恋人繋ぎは難しいけど、そんな事おれたちには些細な問題だ。
嗚呼、やっぱりおれ、彼女の荷物持ち──いや、彼女とデートするの、大好きだ!
2019.10.04
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