甘いお菓子に秘めた言葉
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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秋声の助言を受けて、喫煙所へやってきた苑宮司書。扉を開けて少し中を覗き込めば、ふわり、白い煙に早速歓迎された。
図書館の隅の空き部屋に灰皿を並べて窓を開け放っただけの、急拵えの一室ではあるが、もうすっかり喫煙者の多い文豪たちの憩いの場として愛用されている。
顔だけ出してきょろきょろと室内を見回したが、探している彼は居ない。代わりに、彼の親友と、最近やっと転生されたばかりの──名前だけなら誰もが知っているだろう──有名作家を発見した。
「あれ、司書ちゃんだ。おっはよー!」
「おはようございます、だざいさん……と、あくたがわ、せんせい」
この時間の喫煙所を真っ白に染め上げていたのは、太宰治と、芥川龍之介の二人だった。生前から芥川の大ファンであり、転生後も彼にとても会いたがっていた太宰は、最近彼が転生されてからべったり後を着いて回っている。のんびり屋な兄を慕う無邪気な弟、と言った雰囲気で、仲は良いようだ。
司書に名を呼ばれて、芥川はのほほんと笑い、口から離した煙草を持ったままにひらひらと右手を振る。彼にも「こんなとこまで来てどうしたの」と問われたので、慌てて自分の持っていた紙袋から、二つプレゼント箱を差し出した。後輩と一緒に共同製作した事を伝えると、勘付いた太宰から「あ!」と嬉しそうな声が上がる。
「司書ちゃん、それ、あれでしょ!? バレンタインのチョコレート! 俺たちの分も用意してくれてたんだ、さっすが俺のファンクラブ会員記念すべき第二号!!」
毎回それを言われる度に思うのだが、そのファンクラブは本当に存在するのだろうか、あと第一号は誰なのか。微妙に気になるところである。司書は苦笑いを浮かべながらも、やったー! とはしゃぐ太宰に箱を手渡した。司書の苦笑いも自然な笑みへと変わる。やはり、純粋に人から喜ばれることは嬉しいものだ。
キラキラと期待の眼差しを向けている芥川にも、おずおず同じ箱を手渡したが。まだ転生させたばかりで、何よりその有名過ぎる名前と、育ちの良さを感じさせる立ち振る舞いが何処か人間離れしていて、人見知りな彼女はつい彼に余計な緊張をしてしまう。けれど。
「わあ、これが噂に聞いていたバレンタインチョコだね。司書さんたちから貰えるなんて、嬉しいなあ、ありがとう。大切に頂くよ」
煙草を灰皿の上にそっちのけで、言葉通り両手で大切に箱を持って喜ぶ姿は、見た目よりも随分幼く見えて可愛らしいとさえ思えた。彼はその名前や風貌で周りから堅くて取っ付きにくい印象を持たれるが、本来は穏やかでほわほわとした、普通の優しい青年なのだ──なんて、うっかり少し失礼な事まで考えてしまった。
ひとまずの目的は果たしたところで、司書は申し訳無さそうに、あの、と小さく口を開いて二人へ聞いた。織田作之助さんは、こちらに来ませんでしたか、と。
「アイツなら出勤前に会って、ちょっと寄り道してから行くわー、とか言ってたけど。えっ、まだこっち来てないの?」
わからない、と司書は黙って首を振った。随分長い寄り道だなあ、と太宰は困った顔で笑う。
なんと、そもそも図書館内にすら居なかったとは。それは探しても見つからない訳だ。
「ったく、オダサクの癖に何やってんだよー! こんな日に仕方ないやつだな。もうアイツ探して回るより、司書室で待ってた方が良いんじゃない? 本命チョコを早く渡してやりたい、って気持ちはわかるけど」
「ほっ……!?」
「うん、その方が良いね。もし織田君をこっちで見かけたら、早く司書室へ行くよう声をかけるから。かわいい嫁ちゃんが待ってるよー、って」
「よっ……!?」
嫁じゃないです!! と司書の珍しい大声が響くも、またもうそんな照れちゃって〜、と二人は彼女の否定など全く聞いていないようだ。
「司書ちゃん、頑張れよー!」
「頑張ってね。大丈夫、上手くいくよ」
そんな言葉を背に見送られ、司書は恥ずかしくて慌てて喫煙所を出て行った。早歩きで廊下を進んで司書室へ向かう。
日頃の感謝の気持ちを込めてチョコを贈るだけのイベントで、皆していったい何を頑張れと言うのか。もう彼女はチョコ作りで徹夜して充分に頑張った。……まさか、この期に、彼へ愛の告白をしろとでも? 司書の顔がまた、ボフッと音が出そうなくらい一気に赤く染まった。そんな、無理だ、とすぐにぶんぶん首を横に振る。しかし、後輩から言われるがままに、彼へ贈るチョコはあからさまな本命用の箱に詰められている。いや、実際、本命なのだ。何も間違ってはいない。でも。
(……こわい)
振られるのも、受け入れられるのも、彼女は怖かった。
仮にここで告白して、無事に付き合えたとしよう。その後、順風満帆に事が運び、彼の言葉通りの仲睦まじい夫婦になり、幸せな日々を過ごす? 彼女にはそんな夢のような未来が見えない、想像出来なかった。途中の別ればかりを考えてしまう。
私のような人間を一生愛してくれる人なんている筈もない。彼女はそんな思い込みから、未来への不安を常に抱えていた。故に、自分の想いをずっと胸の内に隠して、言葉にも出来ない。好きだなんて口に出してしまったら、もう後戻り出来る気がしない。臆病者だと蔑まれても構わない。今の関係で十分だ。まだ単なる司書と助手の関係であれば、いつか飽きられても、まだ傷は浅く済むだろう。
やはり告白なんて止そう。しかし、そうなると、この本命チョコをどうしたものか。
何だか考える事さえ疲れてしまって、はあ、と悲しそうな溜息を吐き出した司書。その俯きながら歩く目線の端に、黒い影がタッタッと素早く横切って行った。わ!? と驚き足を止めて、その黒を咄嗟に目で追いかける。
黒の正体は、美しい黒猫だった。首に杏色のリボンを巻いている。その猫の姿に、司書は何度か見覚えがあった。
(この子は、犀星先生の……)
織田の恩人であり司書もよくお世話になっている文豪、室生犀星の飼っている雌の黒猫だった。
犀星は随分とこの猫を溺愛しており、一時も離れていたくない程に可愛くて仕方ないのか、この職場にまでも連れて来てしまうのだ。しかし、そう問題にもならなかった。黒猫は温和でとても人懐っこい性格なので、ここへ訪れる人々や文豪たちにもよく可愛がられていて、今では皆の心の癒し系職員として図書館に居ることが当たり前となっている。
黒猫は「にゃあおん」と一鳴き、尻尾を軽く一振りしてから、まるで「着いてきてください」とでも言う様に、司書の前をてちてち歩き出した。しかし、黒猫の行く先は司書室と反対方向、今来た道を戻って何処へ行こうというのか。
「にゃあ」
迷っていると黒猫が悲しそうに鳴いてしまったので、司書はこの子を信じて着いて行く事にした。