甘いお菓子に秘めた言葉
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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さあ、いつもの仕事が始まる前に。
まずは図書館内をあちこち巡り、見かけた文豪たちへ片っ端からチョコレートを配り回る事にした。
廊下を歩く窓越しに、庭で雪と戯れている新美南吉と宮沢賢治、ついでに高村光太郎も見つけたので、司書たちも庭へ出て彼らにチョコを贈った。無邪気に喜ぶ童話組と、何だか照れ臭そうな高村の笑顔が嬉しかった。
また裏口玄関へ戻ると、今度は、北原一門の三人と、その後を追い掛ける三好達治に出会う。辛い物好きの三好も、今日ばかりは甘い物も素直に受け取って、お礼の言葉をくれたので一安心。
しばらく廊下を進んだが誰とも出会えなかったので、食堂にも顔を出すと、遅めの朝食をとっていた森鴎外と夏目漱石を見つけた。デザートに美味しく頂こう、と甘い物好きな二人も大いに喜んでくれた。
そして、食堂を出た廊下で、自然主義派の仲が良い四人組を発見。その中に国木田独歩の後ろ姿を見つけると、陽子が一目散に駆け出した。廊下を走ったら危ない、なんて注意を彼女に言ったところで今更無意味だろう。
「どっぽせーんせえーいっ!!」
後ろから思いっきりその細腰に抱きつけば、当然、桃色の髪が大きく揺れて「うわ!?」と悲鳴が上がる。しかし、この司書の助手である国木田はこう言った突然にすっかり慣れている為、すぐに冷静さを取り戻して、深い深い溜息を吐き出した。腰にまとわりつく彼女の頭を容赦無くべしべし叩きながら「あんたはもう少し落ち着いて人を呼び止められないのか」と呆れた顔で見下ろしている。
「いやあ、どっぽさんの魅惑の後ろ姿を見たら、飛び付かずにはいられないっすよねー。猫まっしぐらならぬ、はるこさんまっしぐらですよ!」
「はあ……今朝は先に出勤しててくれ、なんて言うから何事かと思ったら、今日も元気に馬鹿そうで安心したよ」
「えっ、心配してくれてたんですか♡」
「違う、そうじゃない。嫌味だバカ。いい加減、腰にスリスリすんのやめろ」
頭をべしべしではなく、ぐりぐりされ始めたので、陽子は渋々国木田の腰から離れた。が、今度は彼の左腕に、まるで恋人のように自身の両腕を絡める。また国木田の口から溜息が吐き出されるも、今度は無理やり引き剥がそうとはしなかった。なんだかんだ言って、満更嫌そうでもないのだ。
こんな二人の戯れも、彼の両隣に並ぶ田山花袋と島崎藤村にとっては、もう見慣れてしまった光景だ。何の動揺もないまま、彼女と平凡な朝の挨拶を交わしている。
「ところで、はーるちゃん? 今日はなーんか、俺たちに渡さなきゃいけない日なんじゃないのー?」
「あっ、そうでした!」
ニヤニヤと笑う花袋の一言に、陽子はあっさりパッと国木田から離れて、持ち込んだ紙袋をまたガサゴソし始めた。
ちなみにこの司書は、仲の良い文豪たちから「はるちゃん」という可愛らしい渾名で呼ばれている。
「はいっ、まずは花袋せんせーと、藤村せんせ。友愛の証のチョコレートです、どうぞ!」
「おー! 待ってたぜ、サンキュー! この手作りっぽさと愛を感じるラッピング、もしかして、司書ちゃんたちが二人で作ったのか? こりゃあ絶対美味いな!!」
「わ……僕の分、も? 嬉しいよ。二人とも、ありがとう」
美少女たちからの愛がこもったバレンタインチョコだー! なんて大袈裟にも喜んでくれた花袋と、いつもよりぱあっと表情を明るくした島崎に、苑宮もぺこりと控えめに微笑んでお辞儀をする。
仲良し先生たちの嬉しそうな姿を見て満足気な陽子は、また更に紙袋をガサゴソ。次に取り出したるは、例の本命用に大切に包んだ、大きなハート型のプレゼント箱だった。
「で、こっちは独歩せんせーの。中身のチョコは皆さんと同じですけど、量とかラッピングとか特別仕様の、本命も本命、大本命のチョコですからね! へへっ、だあいすきですよ、どっぽさん♡」
「……ん。ありがとう、陽子」
国木田の手がしっかりと彼女からの本命チョコを受け取り、もう片方の手でわしゃわしゃと頭を撫でられて「へへへ」と心底幸せそうな陽子である。
しかし、そんな二人の間にいきなり、島崎がぬっと割り込み、じっとりと冷たい目線を国木田に向けた。何やら納得行かないことがあるらしい。
「ねえねえ、国木田、ちょっと質問良いかい。今どんな気分? いや、ううん、聞かなくてもわかるよ。凄く嬉しいって顔してるね、ニヤけた顔を堪えられていないよ。なのに、どうしてもっと素直にならないの? 僕たちが居るから余計に照れてるの? でもいくら僕たちの手前で恥ずかしいからって、ここは男らしく『俺もお前が大好きだよ』ぐらいのお返事してあげて受け取る場面じゃないの? 今更何を恥ずかしがる必要があるの? ねえ、どうして? 僕にはわからないよ、国木田。だって本当は、今日必ず本命チョコをくれるだろうはるちゃんの為にって、お返しのお花を昨日からむぐもごもご」
「おーっと、うるさいぞ島崎」
国木田は彼のプレゼント箱からチョコを勝手にひとつ摘むと、それを島崎の口に突っ込んで黙らせた。先程まで少し怒った様子の島崎だったが「あ、美味しい」貰ったチョコの甘さに、怒りも蕩けてしまったようだ。はて、彼は何を言いかけたのか。陽子の耳には届かず、彼女は不思議そうに目を丸くするばかり。その答えが分かるのは、恐らく今から半日後であろう。
わいわいと盛り上がる彼女らの端で、一部始終見守っていた徳田秋声は疲れた顔をしている。そんな彼の服の裾を、くいくいっと誰かが引っ張った。苑宮である。
「あ、司書さ、……苑宮さん?」
「はい。秋声さんにも、チョコを。えっと……はっぴー、ばれんたいん……です」
そう差し出されたプレゼント箱は、国木田が貰っていたハート型より控えめで、けれど明らかに花袋や島崎のものより特別大きめサイズだった。おや? と驚く秋声に、苑宮は照れ臭そうに口元を緩める。
「これは、わたしが、包みました。秋声さんにも、ここに来てから、たくさん、いっぱい、お世話になってます、ので」
日頃のお礼、ちょっとだけ、特別仕様です。そう笑顔を見せた苑宮に、いつだったか、秋声は彼女の専属助手が「あの子は笑うと一等別嬪さんなんです」と自慢気に話していたのを、思い出した。
「まったく、良い大人たちが皆してバレンタインなんかで浮かれてどうかしてる、なんて思っていたけど、……存外、嬉しいものだね」
ありがとう。はい、これからも、よろしくお願いします。二人でほっこりと笑い合った。
「ところで、さ」
ふと秋声は彼女たちに呼び止められてから、ずっと妙に思っていた違和感を問い掛けた。
「彼とは一緒じゃないんだね。チョコレートはもう渡せた?」
秋声の言う彼、それは彼女の専属助手である織田作之助のことを言っているのだろう。こんなイベントの日には勿論、朝から一緒に居るものだと秋声は勝手に思っていたのだが。
苑宮は相変わらず小さな声で「いえ、今日は」チョコ作りに手間取っていたので、朝から一度も顔を合わせていない事、図書館内を粗方回ったけれども見つけられず、まだチョコも渡せてはいない事を伝えた。
「うーん……食堂や庭の方にも居なかったなら、喫煙所にでも居るんじゃないのかな」
秋声の言葉に、なるほど、と苑宮は頷いて、紙袋をガサガサ揺らしてくるり方向転換した。
「司書さん」
「はい」
「なんというか……ええっと、頑張って。きっと喜んでもらえるよ」
何故応援されたのだろう? 彼女は不思議そうに目を丸くしたが、ありがとうございますと笑顔で頷いて、ぱたぱたスリッパの音を鳴らしながら早歩きに去って行った。
それを友人たちと共に見送っていた国木田が、トントン、もうひとりの司書の肩を叩く。
「先輩一人で行っちゃったけど、あんたは一緒に行かなくていいのか」
「んー、まあ、そろそろ仕事始めないとですし、残りは午後から配って回りますよ」
「……あんたから真面目に仕事始めよう、なんて言葉が出て来るとはな」
「ちょっとー、どっぽさん! 私はいつだって真面目ですよ!? それに、結構空気は読めるタイプです」
あえて読まない時もありますけど、と後輩はにんまり笑った後。
「私の出番はここまでっすよ。次は先輩のターン、ってやつですね」