甘いお菓子に秘めた言葉
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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今や、日本でクリスマスの次に国民的行事となったバレンタインデー。女性が意中の男性に甘いチョコレートを贈って愛を伝える日、というのが有名だろう。
そう、バレンタインとは。恋する乙女たちの為にあると言っても過言ではない、一年に一度のチャンスの日である。愛する者へ日頃の想いをチョコレートに込めて、美味しく頂かれるか、はたまた捨てられ砕け散るかの大勝負に出るのだ!
まさに日本の2月14日は恋する乙女たちの決戦の日である、と声高らかに言えるだろう!!
……そんな馬鹿、いや、大袈裟なことを、とある図書館の若き特務司書は、両の拳を力強く握りしめて声高らかに言い放った。
「やはり! バレンタインで数多くの菓子企業や高級チョコ専門店がしのぎを削る時代の真っ只中とはいえ!! 手作りチョコが本命への定番かつ王道であり一番気持ちの伝わるものだと、私は思うんですよ。先輩」
その誘いは決戦の前日だった。
彼女に「先輩」と呼ばれた同じく特務司書の苑宮咲枝は、瓶底眼鏡の奥で目をまん丸にして驚いている。
「は、はあ……」
先輩のあまりに気の抜けた返答に、一瞬がくっと肩を落とした「後輩」の特務司書、国木田陽子(仮名)であったが、そこは持ち前の明るさでぱっと気を取り直す。
「そう言うわけで! せんぱい、一緒にバレンタインチョコ作りませんか? 私、こういうの苦手で」
「えっと……」
「お願いしますー! 今度、某高級老舗専門店のチョコレート、お取り寄せして貢ぎますからー!!」
陽子は苑宮に向かってパンッと両手を合わせて深々頭を下げた。人懐っこくて可愛い後輩の頼みだ、元から断るつもりなど無かった先輩は少し慌てる。
「そ、そこまで、しなくても……良い、ですよ……?」
お友達と一緒にお菓子作り、一度やってみたいって、思っていました。そんな先輩の優しい小声に、後輩は「ッしゃあ!」と女らしからぬ雄叫びを上げて喜んだ。
「さすが心優しい咲枝パイセン! コーハイ感動で泣いちゃいそうっす、ウワァン!」
(もう、大袈裟だなあ、ふふ……)
「ここは気合入れて、すっごいお洒落でかっわいいやつ作って! ぜーったい織田センセをびっくりさせてやりましょうね!!」
「えっ!? あ、あの……!」
突然、自分の専属助手である織田作之助の名前を言われ、顔をみるみる赤く染め上げる苑宮。無言でぶんぶんと振られる両手が「誰も彼に本命チョコを渡すなんて言ってないです」と必死に訴えている。しかし、彼女とその助手が両想いである事実など、この図書館の職員も文豪も大体は気付いている。
出勤退勤はいつも一緒。手を繋いで街へ買い物に行ったり、時には二人で台所に並ぶ事さえある。お揃いの着物姿でデートをしたとか、年越しまで二人きりで過ごしたとか、色々微笑ましい話も聞いた。寧ろ、何故それで付き合っていないのか? と皆して首を傾げる程に、二人は仲睦まじいのだ。……が、苑宮曰く、自分たちは恋人や夫婦なんかじゃない、単なる司書と助手の関係だという。織田の方は、もうすっかり彼女を自分の嫁扱いしているけれども。
「いい加減、自分の気持ちはハッキリさせておいた方がいいと思いますよ?」
「そんな……わたしは……」
「織田先生って、今生でも男前でしょう? まあ私は国木田先生派ですけど、あの美男子と偶然目が合っただけでも、うっかり恋に落ちちゃう女性が居ない訳ねえと思うんですよねー」
こちらの言葉に何も答えず俯いて黙り込むだけの苑宮に、陽子はざっくり止めを刺した。
「いいんですか、他の誰かに取られても」
普段のからかう様な調子ではない、真剣な後輩の声音に、彼女の肩はびくりと揺れる。
小さな、耳を澄ませて居なければ絶対に聞こえなかったであろう、泣くような声で「……嫌」とだけ、聞こえた。陽子はにんまり笑う。
「そんじゃあ決まりです! お互いに頑張りましょ、せーんぱいっ♡」
苑宮は改めて顔を上げて、こくり、覚悟を決めた表情で頷いた。
こうして先輩を誘い出した陽子の本来の目的は、この恋愛イベントに託けて二人を明日こそくっつけてやろう! というお節介であった。
「……それで、どんなチョコレートを、作るのですか?」
「えーっと、本命だけじゃなくて文豪さんたち全員にプレゼントしてあげたいなーと思ったので、なんだっけ、あの、アレです、アレ。ぼ、坊っちゃんチョコ?」
「…………ボンボンショコラ?」
「あっ、そうそう、それです! ちっちゃいチョコを色んな種類作って詰めたら、皆さん喜んで貰えるかなー、と」
「な、なるほど……良い考えだと、思いますが、レシピは」
「知らねえです!」
キッパリと満面の笑みで言い切った陽子。ほんの少し、この共同チョコ作り戦線、先が思いやられる苑宮であった。
「……では、まず作り方を、調べるところから、始めましょうか……その後、材料の買い出し、ですね」
「はーい咲枝先生ー!」
さて、翌日。
2月14日、バレンタイン決戦の日。二人は苑宮の寮部屋を拠点に、なんとか前日からの徹夜で四十人分近くのボンボンショコラを作り上げ、今朝やっと全てラッピングし終えたところである。
「はあ、やったー! 完成ー!!」
「なんとか、間に合いましたね……」
チョコやジャムまみれのエプロン姿で、両手を仲良くぱちんと重ねて喜び合う二人。
作業を終えたテーブルにはカラフルな小型の箱たちがずらりと並び、その中でも一際目立って、本命用に大きめなハート型のプレゼント箱が二つ、存在感を放っていた。それにしても、まるでプロのショコラティエが作ったかのような出来栄えだ。味も豊富にキャラメルや苺のジャムなどを詰めていたり、見た目も可愛らしくハート型にしたりお花柄が描かれていたり、どれもひとつひとつが凝った仕上がりである。錬金術師の本気を、こんなところで発揮してしまったようだ。
「って、やっば!? 遅刻ギリギリじゃないですか!」
ふと携帯の時計を見た陽子の叫び声に、苑宮もハッと部屋の時計を見た。何て事だ、あと数分でここを出なければ、出勤時間に間に合わない!
二人は大慌てで身支度を整え、大量のプレゼント箱を紙袋に詰めて、それぞれの両手に持って寮を飛び出した。
寝不足の体に鞭打って、何とか、遅刻1分前に図書館へ辿り着いた。……までは良かった。
お互いにいつも平和な室内勤務で、普段こんなに走り回る事も無い為、ぜえぜえと死にそうな程の息切れを起こしてしまい、裏口の玄関先で二人してへたり込んでしまった。陽子なんて、座り込むどころか思いっきり死体のように倒れている。
「お、おい!? 咲枝君も陽子君も、二人して一体どうしたんだ……!?」
そんな司書たちの第一発見者は、珍しく朝から出勤していた帝国図書館の館長と。
「こら、そんなところで寝るんじゃニャイ、お前たち。汚いぞ」
政府との伝達役をしている、名前はまだ無いネコであった。
「あっ、館長ー!」
「ネコさん」
おはようございます、と二人の司書の声が嬉しそうに重なる。おはよう、とこちらも挨拶を返して「陽子君はともかく、咲枝君まで危うく遅刻とは珍しい……」そう不思議そうに首を傾げながらも心配顔の館長へ、ずいっと差し出された小さなプレゼント箱。
「これまで一度だって遅刻だけはしてないんだから、許してくださいよ。はい、館長。ハッピーバレンタイン!」
それを差し出したのは床に寝転がったままの陽子で、館長は一瞬目を丸くして驚いた後、すぐにその強面な顔をゆるゆる崩して笑った。よっ、と陽子の身体を抱え起こしてから、改めてその箱を受け取る。
「ははっ、そうか、今日はバレンタインデーだったな。まさか俺の分まで用意してくれていたとは。いつも君たちに図書館を任せっぱなしだと言うのに、すまないな……」
「まあ、そこは文句の一つや二つ言いたいところですけど。実際、私たちも館長にはお世話になりっぱなしですからね。館長のおかげで、今の私たちがあるわけですし」
「はい。日頃の、感謝の気持ち、です」
苑宮も立ち上がって陽子の隣に並ぶと、館長へ向かってぺこりとお行儀良く頭を下げた。
国定図書館専属錬金術師などと言う大層な肩書きを付けられていても、中身は普通の若くてか弱い年頃の女性たちだ。何とも心苦しい思いと、素直な喜びと、そして成長した可愛い娘たちを見守る親心のような気持ちすら湧いてきて、彼はぐっと泣きそうになるのを堪えた。最近涙腺が緩い、俺も歳を取り過ぎたな、と内心苦笑いながら「同胞たちよ、ありがとう。後でゆっくり味合わせてもらおう」館長は心の底から二人に礼を述べた。
しかし、そんな微笑ましい三人の足元で、非常に不機嫌そうなネコが一匹。びたんびたん、その筆先のような尻尾を床に叩きつけていた。
「……お前たち、まさか、この吾輩には何の用意もニャイというのか?」
「いや、ネコさんにチョコレートは絶対ダメでしょ……。ま、もちろん別の物をご用意してありますけどね!」
そう言う陽子の紙袋からガサゴソ出て来たのは、愛くるしい白猫がパッケージを飾る缶詰、それに直接プレゼント用の赤いリボンが巻かれている。ネコの翡翠色の目がキランと輝いた。
「そ、それは!? 高級まぐろをふんだんに使用したという、日本一とも名高い、吾輩が夢にまで見た極上の猫缶……!」
「ふっふっふ、愛猫家さんたちから予約殺到で、手に入れるの苦労したんですよー? この猫缶に免じて、これからはもう少しですね、私に楽な仕事を……」
「いや、そういう贔屓はしニャイ。猫缶は有り難く頂くがな」
「そんなぁー!?」
公私をしっかり分ける真面目なネコの発言で、およよ、とわざとらしく悲しみ落ち込む陽子。そんな一匹と後輩の様子を眺めて、館長と苑宮はふふっと顔を見合わせて笑っていた。
「では、今日もいつも通りに日課研究を進めながら、せっかくのバレンタインデーだ。大いに楽しんでくれ。先生たちもきっと、二人から貰えるチョコレートを楽しみに待っているだろうからな」
「だからと言って、あまり気を抜くんじゃニャイぞ、お前たち。まあ、ホワイトデーのお返しぐらいは期待していても良い」
無事に朝一番でチョコを贈りたかった人たち(?)へのプレゼントも済んで、館長とネコに見送られ、二人は玄関先を後にした。