世話焼き助手とお司書さんの話
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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幸せになるお薬
とある穏やかな夕暮れ、文豪食堂にて。特務司書がいつものように文豪たちの為、本日の夕食支度をしていた時であった。
「おーっしょはあーん! わしも何かお手伝いしに来たでー」
にっこー! と元気に効果音が付きそうな笑顔で、ひょっこり食堂の台所に顔を出した織田作之助。お気に入りのジャケットは司書室に置いてきたのだろうか、ラフなYシャツ姿で、言葉通り手伝う気満々らしく、黒の手袋も嵌めてはいない。
一方、"お司書はん"こと特務司書はエプロン姿で、大きな業務用鍋に詰まった大量の食材をごろごろとかき混ぜている最中であった。「おっ、今日のお夕飯なになにー?」と鍋の中身に興味深々な彼を、司書は柔らかい微笑みを浮かべて出迎える。
「今日は、カレーです」
「おおっ!? やったあー! 早速わしの要望聞いてくれたん? さっすがわしの嫁はんっ、嬉しいなあ〜」
「えっ、あぅ、まだ、嫁になった覚えは……ないのですけれど……」
生前、大阪のとある店のライスカレーが大好きであった織田は、転生後も事ある毎にカレーを食べに行こうと仲間の文豪や司書を誘う程に大のカレー好きなのだ。今朝「せっかくなら司書の作ったカレーも食べてみたい」と言われた為に、司書は早速その日の夕飯をお手製カレーに決めたのである。織田以外にも、カレーに生前の思い入れを持って好む文豪が数名居るので、きっと喜んでもらえるだろう。それは彼女の得意料理でもあった。
「ふふーん。まだ、言うことは、いつかちゃーんとわしの嫁はんになってくれる気がある、っちゅうことやねー?」
「さ、さくのすけさんっ」
「けっけっけ、楽しみにしてますよー。ほんで、わしになんか手伝えることある?」
織田は赤い顔の司書の隣へ並び、ぐいぐいっとYシャツの長袖を肘の上まで捲る。その行動に、大胆に露出された彼の腕を見て、司書は何故か異常にどきんと胸を高鳴らせてしまった。
「……お司書はん?」
心配そうな赤い瞳にずいっと鼻先近くまで顔を覗き込まれ、わわっ!? と慌てて我に帰る。
「え、えっと、では、煮込むの、お願いします」
「おう、こないな量やと結構な力仕事やもんな。わしに任せとき、男らしいとこ見せたるわ!」
しっかり洗い場で綺麗に手を洗うと、織田はやけに真剣な顔つきで、長い木ベラ片手に業務用鍋へ向かい合った。そこまで気合い入れなくても、と苦笑いしながら、この手が空いた隙に余った具材で付け合わせにポテトサラダでも作ろうと、司書も調理を再開した。しかし、そうしてほくほくのじゃがいもを剥いたり潰したりの調理中も、司書の目は度々、鍋をかき混ぜる彼の腕へと移ってしまう。
色白で細いのにしっかりしていて、はっきりと見える筋や肘の骨のでっぱり等、妙なところにまでときめいてしまい、自分はもしや腕フェチだったのか?と混乱する。彼が開花で錬成した和装に身を包んだ時も、普段着よりちらりちらりと露出する男性らしい腕を見て、全く同じことを考えてしまったのだが。
(作之助さん、って、とても)
ふ、と口から息が漏れる。
「きれいですね、腕」
彼女からしたら、それは意外な驚きであった。だが、いきなりそんなことを言われても織田は当然戸惑う。
「へっ、腕?」
「あ……す、すみません、深い意味は」
無いんです、と慌てて言葉を濁すが、実際深い意味をもってうっかり口に出してしまった。
その理由と言うのも、なかなか複雑だ。何せ、生前の彼はある覚醒剤注射の常習者だったらしいのだ。戦後当時は、一種の強壮剤のような形で市販されていた物である。彼はそれを打ちながら自ら命を削ってまで小説を書き続けた。そんな逸話があるにも関わらず、現代に転生した彼の腕には、全く注射の痕が無いどころか、あまりに美しい白で驚いた。例えそこに痛々しい痕が残っていても、彼女は驚き、悲しんだであろうけれど。
「あー……そういうことかぁ……」
なんとなく、彼女の言葉の理由を察したのか、織田はバツの悪そうに苦笑うしかなかった。
「あんなー、お司書はん? 生前のわしと、あんたに転生してもろうたわしは、もう違いますよ。記憶は多少残ってても一回死んでて、体も別もんやねんから。そもそも現代じゃ許されてへんやろ、今のわしには要らんもんやし」
「でも、たまに変なの、飲んでる……」
じっとりした疑いの目を向けられ、織田はなんだかムッとして、空いている片手で彼女の額を軽くツンと突いた。ひょわっ、と小さな悲鳴が上がる。
「あれはただの栄養ドリンクですー! 普通にコンビニでも売っとるやつやから!! えっ、まさか、ほんまに怪しいお薬入れて飲んでると思うてたん?」
「う……(思ってた……)」
「嫌やわあ、ちょっとした冗談やて、お司書はん騙されやすいなー。ほんま危なっかしいわ、そないやから怪しいおにーさんたちばっかに好かれて絡まれるんやで」
「……おださくさん、みたいな?」
「そうそう、気ぃ付けなあかんよ、わしみたいなのにすぐ一目惚れされ……って、怪しい思っとったんかい!」
「ふふ」
「まあ、とにかく、今はもう薬に頼る必要も無くなったから、やってませんー」
それは良かった、と安心して微笑む司書に、織田はにんまり笑い返した。何か面白い事を思いついた、悪戯小僧の笑顔である。
「お司書はんがそうやってにこにこしてな、わしの隣にずーっと居てくれたら、十分なんやで。あんたのあったかい笑顔が、わしにとっていっちばん元気出る薬やからなー」
司書は一瞬目を丸くした後、すぐに彼から彼のかき混ぜる鍋へと目線をそらして。
「……そろそろ、灰汁取りしましょう」
「えええっ、ちょっとおっしょはーん!? 今の聞いとったやろ、なんか反応してや、無視されんのが一番悲しい〜」
彼の持っていた木ベラを奪い、司書はお玉で黙々と灰汁取りを始めてしまった。だが、ぷいっとそっぽを向いた彼女の耳元は赤く、ただの照れ隠しかと気付いてしまえば可愛くて、織田の口元はにやける。
(嗚呼、こうして一緒に料理なんてしてると、なんや、ほんまに、)
夫婦みたいやなあ──なんて言葉がうっかり喉の先まで出かかったが、照れ屋さんな彼女をこれ以上照れさせると怒って、全く痛くも痒くもない拳がぽこぽこ飛んでくるだろうから、口から出る手前で渋々飲み込んだ。
「うん……良い感じです。あとは、ルウを溶かすだけ」
「カレー粉やないんか。なんや分厚いチョコレートみたいやね」
「……かじっちゃ、駄目ですよ」
そんな注意をされてしまっては、もはや夫婦と言うより、親の手伝いをする子供のようである。「いや、かじらんて」と咄嗟に返したが、少し興味を持っていたのは内緒だ。
大量のカレールウを鍋の中へ落とし、ゆっくり溶かしながら混ぜれば、みるみる鍋の中身は美味しそうなカレーらしく色を変え、食欲をそそる香辛料の匂いで台所はたちまちいっぱいになる。
「はー、うまっそうなええ匂いやなあ。めっちゃお腹すいてきたわー」
「ふふ、もうちょっと、待ってください。味見なら、良いですけど」
「おうっ、味見もわしに任せてや!」
それからまたしばらく煮込み、すっかり食堂内全体が芳しいカレーの匂いでいっぱいになると、小さな二つの影が匂いに誘われて食堂へやってきた。
「くんくん、いい匂い……」
「この匂いは……今日のお夕飯、もしかしてカレーかな!?」
ぱたぱたと楽しげな足音を響かせ、台所にひょこひょこ顔を出したのは、新美南吉と宮沢賢治、童話作家の仲良し二人組だ。先程まで外で元気に遊び回っていたのだろう、手は砂まみれで、頭や肩に真っ赤な落ち葉を乗っけたままだ。微笑ましい幼き姿に司書が「おかえりなさい」と出迎えれば、これまた元気な「ただいま!」が揃って返ってきた。
「おっ、南吉クンと賢治クンやんか。おかえりー、お二人さんも一緒に味見します?」
「わあ、いいの?」
「味見したーい!」
「あーっ、こらこら、ちゃんと手え洗ってからやで!」
汚れたままに入って来ようとする二人を引き止め、ぱしぱし落ち葉を払ったり手を洗わせたりする織田の姿は、今度はまるで若い父親のようで。くすくす、司書の顔が笑みで緩む。彼が父なら母は私だろうか、なんて烏滸がましい事まで考えて、また少し耳が熱くなった。
さて、しっかり手も洗った良い子の二人に、司書はカレーを小皿に取り分けて渡してやる。ずずっ、と揃ってひとくち。
「はわあ、ちょっとからい……」
「でもでもっ、おいしいよ!」
新美の舌には少し刺激が強かったようだが、宮沢はもうひとくち! と喜んで早速気に入ったようだ。しかし、司書もひとくち味見して、多少味の調整をすべきかもしれない、と小首を傾げる。
「蜂蜜、入れます?」
「そうやなー、んー、わしには丁度ええぐらいやけど」
辛味が苦手な文豪用に、鍋を分けて甘口にしてはどうだろうか、なるほど、それはいい考え、なんて話し合っていると。
「ねえねえ、けんちゃん? 咲ちゃんとオダサクさんがこうして並んでお料理してるとさ、」
「なんだか、ほんとの奥さんと旦那さんみたい、だよねえ。なんきち!」
うふふ、と弾んだ声で、小さな二人は顔を見合わせて笑った。おやおや、なんて悪戯好きな子達であろう。
咲ちゃん、なんて可愛らしい渾名で呼ばれた司書の顔は、みるみる内に先程とは比べ物にならないくらい真っ赤な林檎色に染まっていく。織田もさすがにこれには驚いて、ぽっと顔が赤くなるも、照れよりも嬉しさの方が増したようで、すぐニカーッと白い歯を見せて心底嬉しそうに笑った。
「料理上手で美人な自慢の奥さんやで? 羨ましいやろ〜、あいたっ!」
そんな可愛い妻に無言の照れ隠しでぽこぽこ叩かれても、調子の良い夫の笑顔は終始崩れることはなく、ケッケッケと独特の高笑いが響いていた。
今の彼には、美味しいカレーとそれを作ってくれる優しい妻さえ隣に居てくれさえすれば、怪しげな薬などに頼る必要は、もうないのだ。
「うーっ、みんなして、からかって、ひどい……! 明日のライスカレー、作ってあげない、ですっ」
「えー!? そりゃ酷いわあ、明日のお昼も楽しみにしとったのにー! 何もからかってないし、本気やから許して、咲枝はあん!」
翌日の昼、司書が夕飯の余りで作ったライスカレーには、織田の分だけ特別に生卵がひとつ乗っていたそうな。
2016.12.02公開
2018.04.01加筆修正