世話焼き助手とお司書さんの話
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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彼の恋愛指南書
一目惚れなんて勘違いに過ぎない。
初めて出会ったその時、相手を一目見た瞬間、ころっと恋に落ちるなんて。私には全く理解出来ないものだった。この世に生を受けて二十年と少し、そんな甘酸っぱい経験は一度たりともない。死ぬまで味わうことなど無いと思っていた。
そもそも、何故よりにもよって私なのだろうか。詳しい説明を省くが、私は何故か"織田作之助"さんという転生文豪にやたら好かれている。私がこの手で彼を転生させて目覚めさせたその時にどうやら、一目惚れ、されてしまったらしい。直接本人から聞いたという訳ではない、食堂で他の文豪さんたちに嬉々として話していたのを、たまたま聞いてしまっただけだ。
わからない。理解が出来ない。いったい私の何処に一目惚れをする要素があったというのか。何故そこまで献身的に助手を務めてくれるのか。まったく、わからないのだ。しかし、まさか本人に聞ける度胸もない。……なので、女性向けの恋愛指南書なるものを借りて読んでいたのだが、ますますわけがわからなくなった。
「はあ……」
もう溜息しか出ない。掛けていた眼鏡を机に放って、目と目の間をぐにぐに軽く揉み解す。また溜息を吐いて、ぐったりと机の上に両手を投げ出して突っ伏した。
錬金術の本や、文豪さんたちの作品を読んでる時は、こんなに疲れないのに。楽しいのに。恋愛指南書を三分の一ぐらい読んだところでやけに疲れてしまった。どうして文字が殆どピンクで派手で丸文字なのだ。目に痛い。
──本から得た情報によれば。
一目惚れとは、まず相手の見た目を好きになって、そこから想像される「こういう人だろう」と勝手なイメージに対して好きになるものらしい。「好きかもしれない」と思った相手に対して、自分に振り向かせようと努力する。そうして相手を強く意識することで、想いがどんどん膨らんでいった結果、人はそれを一目惚れだと思い込むのである。簡単に言えば、ただの勘違いだ。
私の見た目が特別良いとは到底思えない。レンズの分厚い瓶底眼鏡で目を隠しているし、お洒落や化粧も得意ではない。眼鏡を外せばかわいい、なんて言葉は学生時代よく聞いてきたが、そんなもの印象が変わった驚きだけに過ぎない。所詮お世辞なのはわかっている。いったい彼は私の何を見て、一目惚れなんて勘違いをしてしまったのだろうか。……胸か。確かにそこだけは、人より無駄に大きい自覚があるけれども。はっきり言って重たくて邪魔なだけである。
ひとつ、伝えておきたい。彼に勘違いでも好かれていることに関して、私は決して嫌がっている訳ではない。こんな地味で可愛げもないわたしを気に掛けてくれて、その理由は一切理解出来なくても、素直にうれしいと思う。困った時、いつでも頼れる人がそばに居てくれるというのは、とても安心できる。彼はとても愛情深くて一緒に居ると楽しいひとだ。だけど、だからこそ、怖くもあるのだ。いつか愛想を尽かされるんじゃないか。私の汚い目を見てしまったら、幻滅されてしまうのでは。きっと、その内に、飽きられてしまう。彼が自分の勘違いに気付いた時、怖くて仕方ない。
あの人は私を自分の「嫁」だなんて冗談でも呼んでくれるけれど、私には、あの人の「妻」になって寄り添える自信がない。彼の生前を思うと、余計に。
「さくのすけさん……」
そう思っても拒否出来ないのは、恐らく、私も気が付けば彼に惹かれていたからだろう。例え、誰かの代わりだとしても構わないから、勘違いに気が付かないで欲しい、そう浅ましくも願ってしまう。
「ん? なあに、おっしょはん」
えっ。頭上から降ってきた声に、びっくりして顔を上げる。我が悩みの根本である助手の作之助さんが、そこに居て、私を見下ろしていた。突然名前を呼ばれたから彼も驚いたのか、柘榴色の目がきょとんと丸くなっている。
可笑しい、彼はついさっき暇だから一服してくると言って司書室を出て行った筈なのに、もう戻って来るなんて。私が悶々と悩んでいる内に、時間はあっという間に過ぎていたのか。扉の開く音すら気付かなかった。
「お、おかえりなさい」
「うん、ただいまー」
わたわたと慌ててだらしなかった体勢を整える。作之助さんは丸くなっていた目をにこにこと細めて、何故か上機嫌に私をじぃっと見つめていた。
「……あの、」
そんな熱心に見つめられては、無理です、耐えられません。ただでさえ自称しても誰もが頷く美男子相手に、目線を合わせることなんて出来ない。
「ああ、すまんすまん、やっぱりわしの嫁はん可愛いなー思うて、つい」
何を言い出すんだこの人は、私の心臓を爆発させたいのだろうか。
「太宰クンの言うてたことも一理あるかもな。眼鏡ない方がますます可愛らしく見えるわあ」
その言葉で、ハッと気が付いた。眼鏡をずっと机の上に放置したままだという事に。大慌てですぐさま眼鏡をかけ直すも、もう遅い。
「そないすぐ隠さんでも……」
「見ました、か?」
残念そうな彼の声とは正反対に、わたしの声は怯えて震える。うん、と肯定が返ってきた。
見られてしまった。隠していたのに、こんな汚い目を、とうとういちばん見せたくなかった人に、見られてしまった。燃え滓のようなこの灰色を、溝鼠のようだと蔑まれた目を。
「目も綺麗やねえ、咲枝はんは」
──?
「ひぇ、」
何とも間抜けな声が溢れてしまった。嘘だと思った。彼の言葉を一瞬聞き間違えではないかと疑ったが、分厚いレンズ越しでも眩しい笑みに、その疑いも消える。
「……汚いとは、思わないのですか。溝鼠みたいで」
「えっ、何で。誰かにそんなこと言われたことあるん? 阿呆なこと言うやっちゃなー、溝鼠とかセンスが無いわ。こんな別嬪さんの目え見て、気の利いた口説き文句のひとつも言えんのか」
「あ、はは……ありがとう、ございます……お世辞でも、嬉しいです」
「世辞ちゃうて。ほんまにあんたの目は綺麗やと思うよ。やさしい、冬の夜明け空みたいで、わしは好きやなあ」
どきんとした。そんな風に美しい風景で例えられるなんて初めてだった。
まさか、私なんぞを口説いていらっしゃる? いやいやいや、そんな馬鹿な。生みの親にさえ、お前の目は汚いと、陰気で他人に不安を与える嫌な目だと、嘆かれていたのに。この人は、好きだなんてたった一言で、私の長年の思い込みにヒビを入れてしまった。
「お司書はんて、そないダサ……えーっと、レンズ分厚い眼鏡かけんとあかんぐらい、目え悪いん?」
「いえ、全然……ほんとは、伊達なんです、これ」
「へっ、伊達なん!? だったら、そないなもん絶対かけてない方がええわ。せっかく可愛いんやから、わざわざ隠すなんて勿体無いわ〜正直邪魔やろ、それ〜?」
「割と、まあ、邪魔……。でも、さくのすけさん、だけです、そんな素敵な言葉をくれたのは」
「けっけっけ、わしが初めてとはそりゃ光栄やね。けど、咲枝はんは誰が見ても可愛いよ、自称してもええぐらいの美人さんなんやで?汚くなんか全然ないし、隠す必要なんて……あ〜、でも、他の男に余計やらしい目え向けられても困るな……う〜ん」
きっと、彼だって私の目を見たら幻滅すると、汚いと、がっかりされると思っていたのに。やっぱり私には、この人が理解できない。恋は盲目との言葉がぴったり当てはまりそう。でも、嬉しくて、泣きそうだ。いや、もう少しだけ泣いてるかも。
私はこの人を信じて、もっと好きになってしまっても良いのだろうか。隣に寄り添える存在でありたいと、願ってしまうことを、許されるだろうか。この胸の奥から湧き上がる感情も、あっさりコンプレックスを受け入れられてしまった為の、単なる勘違いかもしれないけど。ああ、そういえば、読んでいた指南書にも書いてあった気がする。
恋なんて勘違いから始まるものだ、と。
「ところで、おっしょはん、今度は誰の本読んでんの?」
「えっ」
私を見つめていた赤い瞳が、ふいに私の手元のピンク色に向く。あっ、まずい、と思った時にはまたも既に遅く、その本は彼の手に攫われてしまった。
「随分目に痛い派手な表紙やな、現代の……ほおー? 今時流行りの恋愛指南書かあ、うわ、文字ピンクで読みづらッ」
一目惚れの心理とは! 男心を理解する為の云々かんぬん……等という胡散臭い宣伝文句まで読まれてしまって、私の額にはじんわりと冷たい汗が滲み始める。羞恥で頬の熱も増し、彼と目を合わせていられず、ぎぎぎ、と古びたブリキ人形みたいにぎこちなく顔をそらした。
はぁ〜と深い深い溜息が聞こえた。次の瞬間、ぺち、と軽く頭を叩かれて。彼の大きな手だと理解する前に、わしゃわしゃと前髪を乱すように頭を撫でくしゃされた。
「わ、わっ」
「こんな乙女らしい本読んで、まさかわし以外の男に恋煩いでっか、おっしょはん」
「え、ちがっ、ちがいます! あなたの、おださくさんの、気持ちが、知りたくて──」
慌ててそこまで言いかけて我に返る。今、私は自らとんでもない墓穴を掘ってしまったのでは。これが誘導尋問というやつか。
「ははーん、なるほどー? まったくもう、こればっかりはさすがに阿呆やなと思うで、おっしょはあん。毎日毎日こんなにも愛情表現してんのに、わしの言葉ってそんな信頼出来へんもんかなー? 今後はもっともっとわかりやすくアピールせんとあかんかー?」
「いや、あの、」
「こないなもん何の役にも立ちゃへんて。指南書なんて頼るくらいなら、わしの作品を読んでほしいわ」
……怒られた、というよりは、叱られてしまった。でも、確かに彼の言う通り、これを読むくらいであれば彼の作品を読めば良かったと、時間の使い方を誤ったなと、後悔はしている。
ごめんなさい、と小さく吐き出して、恐る恐る改めて彼に目線を向けると、作之助さんは満足げでにんまり笑っていて。今度は優しくぽんぽんと頭を撫でてくれた。乱した髪を整えるように。ほっ、としたのも束の間。
「もっとわしの作品読んでよ。ほんでたくさんわしのこと知ってもらって、あわよくば、わしを好きになってほしいからなあ」
ほんの少し照れ臭そうに、そんなことを言われてしまったら。未熟な私には震えて掠れた声で「はい」と返すしかなく、額から耳から首まで真っ赤に染まる顔を、必死に両手で覆い隠す他無いのだった。
「もう既に、あなたの作品も、あなた自身も大好きです」と返せたら良かったのだろう、けど。そんなこと言ってしまったら、ほんとに心臓が爆発して私は死んでしまう気がする。
ああ、恋とは難しいですね。
私が彼に好きですと、下手でも伝えられるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうだ。
2017.01.05再公開
2018.04.01加筆修正