世話焼き助手とお司書さんの話
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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ふたりだけのひみつ
有碍書──"侵蝕者"によって汚された文学書──の世界から、無事に潜書完了して帰還した第一会派の面々。
「おっしょはあん、ばっちり浄化終わったで〜」
その会派長たる織田作之助の太陽が如き笑みに、司書は一瞬目が眩みかけるも慌てて我に帰り、小さく「おかえりなさい」と皆を出迎える。どんな小声でも彼らの耳にはしっかり届いたようで、ただいまの言葉がきちんと返ってきた。
「……おつかれさま、です」
司書はなんだかそれがとても喜ばしく思えて、先程より少し声を張って彼らを労った。
その時、口元が珍しくにこりと緩んだのを、彼女本人は気付けただろうか。彼女に堂々と想いを寄せる織田は気が付いて、どきんと胸を高鳴らせた。最近は少しずつであるが、こうして彼女の色々な表情を見られるようになって、彼は嬉しくて仕方がなかった。つられて微笑んでしまう程に。やはり可愛らしいと、心の内でこっそり感動した。
しかし、そんな司書の貴重な微笑みはすぐ、いつものへの字口に戻ってしまう。彼女の目線の先には、何故かこの場をいそいそと立ち去ろうとしている徳田秋声が居て、司書は彼が腰に縛っている羽織を素早く捕まえて、引き止めたのだ。
「うわっ! な、なに? 司書さん」
大袈裟にも思える驚きようで秋声が振り返ると、司書の口はますますムムッと尖っていた。これは、何か怒っているのだろうか? 秋声はばつの悪そうに顔を反らす。
「……疲れたしお腹空いてるから、はやく食堂行きたいんだけど」
「だめです」
「なんで」
「秋声さん、侵蝕、ちょっとされてます」
それはほんの少しの、数値で言えば5にも満たない擦り傷程度であった。
「このぐらい何も問題は無いよ、いちいち君の手を煩わせるほどじゃないから」
顔を反らしたままツンとそう言い放つも、司書は彼の羽織から手を離そうとはしない。寧ろぐいぐいっと引っ張り出した。
「だめです」
「ちょっと、」
「補修、します」
「……っ、もう、わかった、わかったから、引っ張らないでよ」
渋々観念した秋声。司書はこくりと満足そうに頷いた。補修室へすたすた歩いていく彼女の後を黙って追いかける。
彼女に余計な面倒をかけさせたくなくて、つい隠そうとした傷なのだが、どうやら無駄な努力であったらしい。逆に怒らせてしまった。しかし、それも大切にされている証拠だと思うと、なんとも、嬉しくなってしまうのが秋声は気恥ずかしかった。耳まで赤くなっている気がする。
そんな一部始終を見て、織田はけっけっけと独特の笑い声を廊下に響かせた。
「何や、何や、今日のお司書はんは随分とご機嫌やな〜」
「えっ、今の見てその感想?」
織田の隣で同じく二人の後ろ姿を見送っていた、自称・天才の無頼派文豪──太宰治は、生前からの親友の、あまりにも意外な言葉で驚いて目を丸くした。
「うん、いつもより表情豊かで生き生きしとったやろ?」
「そう、かあ……?」
まだ数日前に転生されたばかりの太宰には、織田と違って司書の表情の僅かな変化がわからない。
「えーっ、太宰クン目え悪いなあ、さっきめっちゃ笑っとったやん! 笑うとほんまごっつかわいい子やねんでぇ、まあ、わしの嫁はんはいつでも可愛らしーけどな」
「わ、笑ってたの? 俺にはすげー怒ってるように見えたけど???」
「今朝から鼻歌混じりで楽しそうにルンルンしてたからなあ、きっと何かええ事あったんやなー」
「え、鼻歌とか歌うんだ、あの子……」
物静かで大人しいどころか、主な意思表示は首を縦か横に振るだけの彼女。あまりそんな風にはしゃぐイメージが無く、意外であった。きっと彼女の微妙な感情表現は、この男にしかわからないのだろう、と太宰は呆れ気味に溜息を吐いた。
「まあ、司書ちゃん良い子だとは思うけどさー、地味でもっさりしてるし、俺好みではないなあ……でも、あの眼鏡さえ外してくれたら、それなりに……」
「おー? 太宰クン、わしに喧嘩売ってる? 買ってやってもええで」
「いや、いまいちあの子のどこを好きになったのかわかんねーなー、って話」
「……まあ、確かに派手な子ではないけど」
食堂への廊下を歩きながら、話は続く。
「わしもなー、ようわからんねん」
「は?」
「わからんけど、なんや初めて会うた瞬間、ビビビッと来てん。一目惚れや。……不思議と、懐かしかったわ」
生前の頃を思い返しているのだろうか。懐かしいと溢す彼は、柔らかに目を細め、どこか遠くを見つめていた。
「しかも、いきなりひとりで無茶しようとしよるからなあ。この子をひとりで放っといたらあかん、わしが支えたらなー思うて。それから助手させてもろうてる内に、お司書はん可愛いとこぎょーさんあってなー? もう事ある毎にどんどん好きになってしまうねんて。ほんで、この間もなー、」
「だーっ! うるせえ、もういいよ!」
これ以上は話が長くなることを察したようだ。太宰の表情が、心なしか潜書から戻ってきた直後より、げっそり疲労しているように見える。
「くそー、馬鹿なこと聞かなきゃよかった。人の惚気ほど耳に不味いもんはないね」
「何やねん、そっちが喋らせた癖に。まっ、あの子の良さはわしだけがわかってればええんや!」
太宰クンもその内わかると思うけど、なんせわしの自慢の嫁さん(予定)やからな。そう言って、疲れ果てた友人の背をベシベシ叩きながら、織田はまた声高らかに笑うのであった。
さて、潜書に補修と食事管理まで、本日の日課研究を無事全て終えて、司書は政府へ送る報告書をまとめる為に、私室でノートパソコンに向かっていた。ふんふん〜っと原曲不明な鼻歌交じりで、やはり何やら大変ご機嫌である。
助手である織田にも相変わらず機嫌の良い理由はわからないが、わからずとも、想い人のご機嫌な姿は見ているだけでこちらも気分が良い。先程「俺の好みじゃない」等とほざいた太宰に、今のにこにこ笑顔な彼女を見せてやりたいくらいだ。
(ま、こーんな可愛いお司書はん見られんのも、わしだけの特権やけどな)
人が多い場所ではつい緊張してしまうのか、元々固い表情が余計固まってしまうようで。逆に、こうして司書室に二人でいる時には、表情も気持ちも随分ほぐれて安らぐのだろう。彼女は鼻歌だって歌って聞かせてくれる。
(おっ、と、もうこんな時間か)
気が付けば時計の針は昼の三時を指していた。暇潰しに読んでいた本を閉じて、よっこいせ、と椅子から立ち上がる。
「お司書はん、そろそろ一旦休憩しましょ。何かあったかいもん持ってきますわ、たまにはコーヒーとか、」
「あ……! お茶がっ、良いです!!」
ガタンッと勢いよく彼女も立ち上がったかと思えば、いつもの何倍も大きな声を出すから、織田はびっくりして固まってしまった。
「あっ……」
自分でも想定外の行動だったらしい。みるみる顔を赤く染めていき、今度はいつもの何分の一か小さな声で「ごめんなさい」なんて謝まるものだから、可愛らしくて笑ってしまう。
「けっけっけっ、そんなにわしの淹れるお茶好きなん? しゃーないなー、今日も愛情たっぷり込めて淹れてきますわ、待っててな咲枝はん♡」
真っ赤な頬を両手で隠しながら、司書はこくこくと頷いた。
給湯室でお湯を沸かしながら、もしかしたらコーヒーのような苦い飲み物はあまり好きでなかったのかもしれない、と気付く。それならばあの慌てた反応も、まあ納得である。
またひとつ、司書の新たな可愛い一面を知れたような気がして、織田はどうしようもなく嬉しくなった。どうやら彼女のご機嫌が移ったようで、彼もまた無意識に、題名さえ知らぬ曲をふんふん鼻歌で奏でてしまっていた。
しかし、茶を淹れて司書室に帰ってきた織田は、また彼女に驚かされる事となる。
「……なにこれ、ちゃぶ台?」
先程までは確かに無かった筈の、見知らぬ卓袱台と赤い座布団二つが、どん、と司書室の中心に陣取っていた。司書机と助手用の椅子は部屋の隅へ追いやられている。
間違いなくこれを設置した本人である司書は、既に赤い座布団の上へちょこんと座っており、無言で織田をにこにこ見上げていた。ぺちぺち卓袱台の端を叩くのは、向かいに座ってほしいという意思表示だろうか。
とりあえず司書の望み通りにしようと、茶を淹れたばかりの急須と湯飲みをその卓袱台の上に並べて、織田も座布団へ腰を下ろした。
「じゃーん」
彼が素直に座ってくれたのを合図に、司書は唐突に口で効果音を添えながら、卓袱台の下からサッと謎の黒い紙箱を取り出した。……先程から織田は彼女の見慣れぬ行動や表情に驚かされっぱなしで、まともな反応も出来ずキョトンとしている。
「おださくさん」
「は、はい?」
「どらやき、お好きですか?」
──どら焼き?
あの丸いカステラ風の生地で餡子を挟み込んだ和菓子のことか。
生前から下戸で甘党だった織田は、勿論好きだと答える。司書は良かったと安堵の笑みを浮かべ、箱を開けた。
中にはぎっしりと、どら焼きが美しく整列していた。もしや、コーヒーよりお茶を求めたのは、この三時のおやつと食べ合わせを考えた為だったのか。
「わあっ、どないしたん、これ?」
「ネットでお取り寄せ、しました」
今時はインターネットとやらを使えば店頭へ行かずとも、通信販売で何でも購入が出来るそうだ。なるほど、便利な時代になったものだ、と織田は瞳を輝かせて感心した。それなら、人見知りで無闇な外出を極力避ける彼女でも、気軽に欲しいものを買える。
「ずっと、このお店のどら焼き、食べてみたくて。ふわっふわの生地に、栗をたくさん入れた粒餡と、バターも挟み込まれてて、ぜったいぜったい美味しいだろうなあ、って」
いつもより饒舌になって語る彼女の姿はとても微笑ましく、甘い物が大好きで仕方ないのだと知った。今朝からずっとご機嫌であったのは、そんな念願のどら焼きが届いたおかげであったのだろう。
「おださくさんと、いっしょに、食べたかったんです」
にこっ、と今まで見た中で一番の満面の笑みでそう言われて、湯飲みに茶を注いでいた織田の手が一瞬震えた。
「……わしと? 一緒におやつしたくて、わざわざ菓子取り寄せて、こんな寛げる準備までして、それで朝からずぅっとご機嫌だったん?」
「はい!」
何とも元気の良い返事に、彼女へと差し出した湯飲みをひっくり返してしまうかと思った。
「おっしょはあん……あかん、ずるいわ、そういうの……」
にやける口元と赤くなる頬を片手で隠すように押さえるも、隠しきれるわけもなく、しかし目の前の無邪気な彼女は彼の動揺になど全く気が付かない。
「おださくさんには、いつも助けてもらってます、から。先日読んだ書物で、甘い物、お好きだと知って。少しでも、お礼、したかったんです」
相変わらず吐き出す言葉は途切れ途切れ、それでも必死に日々の感謝の気持ちを伝えようとする彼女の、何と愛おしいことか。
ああ、また、更に彼女を好きになってしまう。誰かを想う気持ちに際限など無いのだ、と思い知る。
「はあぁ、ほんまにあかん、もう胸がいっぱいでどら焼き食べられへんかも」
「えっ」
「けっけっけ、冗談や。胸いっぱいなのはほんまやけど。わしが勝手にあんたの後を着いて回っとるだけやのに、おおきに。ありがとうな」
ふるふる、と司書は笑顔のまま首を横に振る。それはこちらの台詞、とでも言いたげに。
「初めて出逢えたのが、あなたで、よかった。いつも、ありがとう、さくのすけさん」
寝言で微かにその名を呼ばれた事はあるが、きちんと目を見てそう呼ばれたのは、初めての事だった。
(あっ、かん……そりゃあいくら何でも反則やで、ああ、もう、わしの将来の嫁はん、何でこんな可愛いのやろ……!?)
織田がつい数十分前の誰かさんのように、真っ赤な顔を両手で覆い隠して黙りこくっているので、司書は訳も分からず首を傾げるばかりである。
「さくのすけ、さん?」
「うん……今なら自責の刃かて一撃で倒せそうやわ……」
大袈裟です、と司書はくすくす笑い出す。そんなにまでどら焼きが嬉しかったのだろう、と彼女は思っており、まさか名前を呼ばれただけで身悶える程に喜ばれているとは、気がつく筈もなかった。
想い人のその口から、愛称ではない、自身の名を呼ばれる事がこんなにも嬉しいとは、彼本人も驚いていた。普段は口数少ない彼女だからこそ、余計に喜びが増しているのかもしれない。本当にどら焼きが食べられなくなりそうなくらい、彼女への愛おしさがどんどん胸の奥で膨らんでいる気さえする。
せっかくのおやつをこのまま食べられなくなってはいけないと、織田はハッと顔を上げ、箱に詰まったどら焼きをひとつ手に取った。彼女も同じくひとつ封を開けて、一緒に「いただきます」とかぶりつく。
「おっ!」
「ん、む〜っ♡」
「うーわ、うっま、めっちゃうまいやん、このどら焼き!」
「はいっ、おいしいっ、です!」
甘さ控えめの餡子とバターの組み合わせが、また絶妙でクセになる。これはお茶がますます美味しくなるというもの。栗のほんわりとした秋の味も、彼らの出逢った季節によく合っていた。
「はー、現代の和菓子ってすごいなあ、餡子にバター合わせる発想はなかったわ。こんなええもん食べさせてもろうて、大丈夫かな、後で皆から恨まれそうや〜」
「あ……みなさんには、ないしょで、お願いします……」
「せやな、数少ないから取り合いなっても困るし。わしら二人だけのひみつにしとこーな? 咲枝はん」
「……はい」
司書と助手でちょっぴり豪華なおやつの時間をこっそり楽しんでいるだけなのだが、二人だけの秘密、なんて言われてしまうと、何ともどきどきする響きだ。
「さくのすけさんとだけ、です」
更にはそんな司書の言葉で動揺して栗を喉に詰まらせて噎せたのも、それもまた、二人だけの秘密である。
普段は人見知りでも、意外と無邪気で可愛らしい彼女を、彼だけは知っているのだ。
2016.11.16公開
2018.04.01加筆修正