世話焼き助手とお司書さんの話
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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煙草の面影
秋らしく涼しいどころか肌寒くなってきた今日この頃。熱いお湯に浸かって、さっぱりとしたお風呂上がり。
まだお布団に居なかった彼を探して居間へ向かうと、半分開けた窓際に腰掛けて煙草を燻らす後ろ姿がすぐ見つかった。煙草の先の僅かな赤色だけが光る。
藍色の浴衣に垂れる、緩く三つ編みされた長い黒髪。その大きな背中に少しばかり見惚れてしまっていたが、不意に頭の中で言葉が浮かんで、そのままするりと口を抜け出した。
「──"まかりまちがって墓銘を作るとすれば、せいぜい、『私は煙草を吸った』と、いう文句ぐらいしか出て来ないであろう。"」
驚いた顔で彼が振り返る。
「おお、びっくりした。随分とまあ、ちょっと恥ずかしくなるぐらい懐かしい一節やね」
「ふふ……煙草、お好きですね」
「当たり前やん。これが無いとわしやない。これで十分や、わしは煙草を吸って来たんやから」
彼が遺したとある一節を言い合ってくすくす笑いながら、私は彼の隣にぺたりと座り込んだ。自然に彼の肩へ寄り掛かる。彼も当たり前に私の腰へ腕を回した。
この時期の夜はもうすっかり寒い。窓際に寝巻き姿では震えて、くしゅん、と小さくクシャミが出てしまう。そんな私を気遣って、彼は腰元に放っておいた半纏を掴んで広げると、私の体に羽織らせてくれた。彼の優しい気遣いで心も温めながら「ありがとう」を言った。
「咲ちゃんって、ほんま煙草の匂いに嫌な顔ひとつせえへんよね。気ぃ遣ってるわけでもなさそうやし」
「あ、うん、へいき。慣れてるから」
煙草の匂いはもはや、彼の匂いの一部でもある。それに、私にとっては懐かしい匂いでもあったから、今まで彼の煙草を不快に思ったことなど一度もない。
「わたしの、……亡くなったお父さんも、同じ煙草、吸ってたから。この匂いだけは、なんだか、安心する」
私はどうやら以前にも同じようなことを言っていたようで、彼は成る程成る程とすぐ納得した後、白い煙と共に深く溜息を吐き出した。その横顔は眉間に皺を寄せて、なんとなく機嫌が悪そうに見える。
「ふうん、女の子は父親に似てるひとを好む、ってよう言われますもんねえ」
彼が何故、少しツンとした言い方をしたのか一瞬わからなかったけど、見慣れている拗ねた横顔で気が付いた。
「あ、心配しないで。作ちゃんと、お父さんは、確かに、ちょっと似てるところもあるけど、ちがうよ。わたしは、あなただから、好きなんですよ」
「……なんや、それやとまるで、わしが咲ちゃんのお父さんにまで嫉妬してもうたみたいやんか」
「ちがうの?」
「違、わへんこともないけど……」
短くなった煙草をぐりぐり携帯灰皿に捻じ込みながら、むっすり頬を赤らめる彼。その横顔が可愛くて可愛くて、また笑いが込み上げてきてしまう。
もしかしたら本当に、私は彼に父親の面影を見て、惹かれるきっかけとなったのかもしれない。でもそれは、きっかけに過ぎないだろう。私は彼のことが好きだ。家族に対する愛情を遥かに超えて、愛している、なんて言葉では言い表せない程に。転生しても変わらず煙草を手放せなくて、私や周りのことばかり気にして笑顔で無理をする、嫉妬深くて心配性な、このひとが大好き。煙草の匂いだって、小さな頃は少し苦手で噎せていたのに、あなたの隣にいつも居たから慣れてしまった。懐かしい匂い、だけではなくなってしまった。私にとっては、愛おしい匂い。
だってあなたは、初めて出会ったあの日からずっと、私をそばで支え続けてくれた。帰る居場所を失くしたひとりぼっちの私に、彼は諦めず手を差し伸べてくれたのだから。
「あなたは生きているから、すき」
彼はきょとんと目を丸くした後、すぐに噴き出して独特な笑い声をあげた。
「けっけっけ、せやなあ、生き返ったっちゅう方が正しい気もするけど、わしは生きて、これからもあんたのそばに居れるもんな」
「ひとりぼっちに、しないでね」
「うん、あんたを置いてったりはせえへんよ。大丈夫」
約束ですよ。もちろん。そう言って、彼はニカッと眩しい笑みを浮かべてくれた。夜中でも太陽を思わせる眩しさが、言葉通り大丈夫だと私に確信させる。
嗚呼、だからこそ、わたしはあなたが大好きなのです──。
2017.11.04 公開
2018.10.15 加筆修正
引用元:「中毒」織田作之助
(http://www.aozora.gr.jp/cards/000040/files/46305_23895.html)