世話焼き助手とお司書さんの話
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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あなただけの贈り物
「なあ、ちょっと相談聞いてくれへんか」
織田作之助があまりに深刻な顔でそう言い出した為、先程まで談笑していた太宰治と坂口安吾のふたりも、さすがに黙り込んだ。いつもなら文豪たちが多く集まって賑やかな談話室も、今は無頼派三羽烏のみ、静かで不穏な空気が流れる。
「な、なんか怖いんだけど……」
「どうした? アンタにしては珍しいな」
「ふたりにしか、相談出来へん問題が起きてんのや……」
一度胸元に手を当て、深呼吸をしてから、彼は言った。
「……おっしょはんな、最近もしかしたら、倦怠期っちゅうやつになってもうてる気がすんねん」
「いや、それはないだろ」
「えっ即答!」
真顔でありえないと即断言した安吾。その隣で太宰は拍子抜けして呆けた顔をしているし、織田は「ちゃんと話聞いて!」と怒り、不穏な空気など一瞬で吹き飛んだ。なんだそんなことか、心配して損をした、そう言わんばかりに安吾はケラケラ笑い出す。
「いやいやいや、あの司書ちゃんが倦怠期ィ? ふっはは! ありえないだろぉ、俺たちに会えばすぐオダサクのこと惚気てくるような子が、ないない」
顔の横でひらひら片手を振り、安吾はまだ笑っている。友人の言葉に、太宰も呆れた様子で続く。
「絶対オダサクの勘違いか考え過ぎだと思うけど。この間の休みも『作之助さんの隣に立っても恥ずかしくないくらい、可愛くなりたいんです。お洒落、教えてください』なーんて、俺のとこ相談にきたんだぜ?」
「わしの知らんとこでなんちゅー相談してんねん、可愛いな。相談相手を間違うてるけど」
「は? 馬鹿言うなよ、俺ほどお洒落な文士は居ないでしょ! さすが司書ちゃん、わかってるよねえ」
そんなドヤ顔の太宰は無視をして、思わぬところで恋人の努力家な一面を知り、あまりの衝撃に頭を抱える織田。愛おし過ぎて、溜息が出た。安吾が相変わらずニヤニヤ笑ったまま「ほらほら、心配しなくてもアンタは十分愛されてるぞー」とベシベシ織田の背中を叩く。
織田もふたりの話を聞いて、確かに自分の心配し過ぎだったらしい、そう思い直した。そんなことより結婚しよう。早速、頭の中で彼女とふたり幸せな未来図を想像し、普段通りの明るさを取り戻し始めるが、しかし。急にこんな相談を持ちかけてきたということは、何か倦怠期を疑うような、違和感を覚えたことは事実だろう。
「まあ、ふたりの言うようにわしの考え過ぎやったんや。変に疑ってもうたきっかけも、今思えば大したこと無いんやけど……」
最近、特務司書は専属助手の織田を置いて、ひとりで行動する機会が多くなった。ちょっとお散歩してきますね、そう一言だけ残して、気紛れにフラリと何処かへ行ってしまうのだ。行き先の全てはわからないが、大体は図書館内を散策しているようで、他の文豪たちと仲良く交流している様子。時にはお茶や菓子の贈り物をして、大層喜ばれているようだ。
まあ助手の彼だって、よく煙草休憩に席を外すし、友人らと食事や飲みに出掛けることもある。それと同じように、司書の彼女が気分転換も兼ねて館内を散策するのは良いことだろう。同じ職場で働く仲間として、友人として、多くの文豪と仲を深めることも大切なことだ。わかっている。頭ではわかっているのだ。
ただ、やはり、自分の知らないところで、可愛い恋人が他の男と楽しく過ごしているなんて、あまり気分の良いものではなかった。それも、自分とふたりきりで過ごせる時間を削ってでも行なっていることなら、尚更だった。彼女にそんな気は全く無いと、頭でわかっていても、心は不安に蝕まれる。
自分と過ごす時間に飽きてしまったのではないか、なんて考えてしまうほどに。
「要は、ちょっと寂しいなあ、思っただけや」
悪いなあ、変な話して。織田は恥ずかしそうに苦笑いを浮かべて、がしがしと雑に後ろ頭をかいた。
一通りの話を聞いた太宰はしばらく黙っていたが、何気無く談話室の扉の方を一瞥して、おや、と驚きに目を丸くする。安吾と顔を見合わせて、ふたりでにんまり笑った。
「じゃあ、その寂しさは司書ちゃん本人にしっかり慰めてもらうべきだな。よし、行くぞ、安吾〜」
「へ? ちょっ、ふたりとも、どこ行くん」
「おー。邪魔者はさっさと退散しますかねえ、んじゃ、ごゆっくり」
「はあ? さっきから何言うて──」
何故か急に慌しく、そそくさと談話室から出て行こうとするふたり。彼らの後ろ姿を目で追いかけた織田は、大きな二つの影が消えていった扉の向こうに、小さな一つの影を見た。
「あ……こ、こんにちは」
そう言って控えめに軽くお辞儀をしたのは、彼の心を悩ませていた張本人である司書だった。
は、と織田の口から魂が抜けるような声が出る。司書は照れ臭そうに俯き、その頬を赤らめていた。
「えっ、おっしょはん?待って、いつから、そこにおったん」
「その、あの、ぬ、盗み聞きするつもりは、なかったん、ですけど……えっと『ふたりにしか相談できないことが〜』って、言ってた辺り、から?」
「最初っからやん……」
まさか、丸々聞かれていたなんて。本人に知られてしまったとはさすがに恥ずかしい、織田の顔は羞恥で見る見る赤く染まっていった。
ふたりきりで静かになった談話室。司書はおずおずと彼の隣に腰掛ける。そして、照れている彼を見つめて少し微笑んだ後、悲しそうに目を伏せた。
「寂しい思いを、させてしまったことは、ごめんなさい。でも……わたし、作ちゃんに、ちっとも信頼、されてないんですね……」
「なっ!? いや、ちゃうねん、わしがただの心配性なだけで!」
織田は慌てて否定するも、どうせ全て聞かれていたのだから意味は無いと思い、バツの悪そうに目線を逸らして口ごもる。
「……だって、咲ちゃん、日に日に可愛くなるんやもん。周りは転生して若くて顔も体も良い、名だたる大先生方ばっかりやし。わしやって、そりゃあ……ちょっとぐらい、不安にもなるわ」
むっすり子供のように口を尖らせて拗ねてしまう彼を見て、司書は一瞬キョトンとした後すぐ「ふふっ」と声を弾ませて笑った。
「だいじょうぶ、大丈夫、ですよ?」
まるで幼子を宥める母のように、彼の頭をふわふわと撫でる司書。
「わたしが、だいすきなのは、作ちゃんだけです。心配、いらないよ。でも、ごめんね、他のせんせいたちも、すきだから、日頃のお礼、したくて」
「うん。知ってる、わかってるよ、わしの方こそごめんな、こんな嫉妬深い面倒な男で」
「ううん、めんどうなんかじゃない、うれしい。あのね、わたしが、ここへ来たのは、あなたを探していたから、なの」
「……わしを?」
「作ちゃんにも、お礼」
そう差し出されたのは白い小箱。その中には、赤い宝石がひとつぶら下がる、細いチェーンの首飾りが詰められていた。
「これは、ね? わたしが、錬金術で、作ったんです。だから、世界にひとつだけ、あなただけの、石なんです」
彼女が他の先生方に贈った物は、お茶や菓子を中心に、煙草やお酒といった贅沢品など、すぐ無くなってしまうものばかり。大切にしてもらえたらいつまでも残るような、装飾品を贈ったのは、織田作之助──彼が初めてであり、彼だけだった。
「わしにも、用意してくれてたん?」
「当然、です。いちばん、お世話になってる、から。あ、あんまり、趣味じゃ、なかった?」
「いやいや、そんなことない! めちゃくちゃセンスええし、錬金術ってほんま凄いなあ、こんな宝石作るなんてお手の物なんやね。めっちゃ嬉しいわあ、おおきに。大事にします」
「……良かった。これなら、」
このひとはわたしのもの、わたしだけのもの、その証になってくれる。
「──え?」
「ふふ、なんでもない、です」
付けてあげますね。そう言って司書はソファーの上に膝立ちして、彼の首に腕を回しながら近付く。自然、彼女の大きく育った胸が顔に触れそうなほど近寄って、どきんとした。ふわり、彼女の控えめな香水の匂いが、鼻先を掠める。急に夏の終わりを感じた、甘い香りだった。金木犀だろうか。そんなことを考えている内に、かちりと、首の後ろで金具のとまる音を聞いた。
「うん、かわいい。……わたしから、作ちゃんだけの、贈り物です」
よく、お似合いですよ。司書は彼の首元に飾った木苺のような人工石を、満足気な顔でうっとり見下ろしながら言った。
すぐに離れるかと思いきや。突然、ふに、と柔らかなものが額の端に軽く触れて、織田は大きく目を見開いて驚く。顔を上げれば、頬が真っ赤に熟れた彼女に、熱っぽい眼差しで見つめられていた。
こんな、いつ誰が来るかもわからない場所で。恥ずかしがり屋の彼女自ら、額に口を付けるだなんて。それはあまりに意外な行動だった。
「……これで少しは、信頼、してもらえました……?」
ソファーに座り直すと、今度は不安そうな潤んだ目でこちらを見上げてくる彼女。織田は愛おしさで息の詰まるほど胸が苦しくなるのを感じながら、その苦しさと同じぐらい、目の前の可愛い恋人を目一杯ぎゅうっと抱き締めるのだった。
【信頼度が上がりました】
2017.08.26公開
2018.04.28加筆修正