世話焼き助手とお司書さんの話
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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いつかの秋と君を想う
季節が巡るのは実に早いものだ。
少し前にずっしりと雪が積もる庭を見て、この間桜の花弁が散りゆく様を見送ったかと思えば、木々たちはあっという間に青く衣替えを済ませてしまった。もう初夏を感じつつある。
そろそろ僕らも夏に向けて衣替えしなければ、この肌に滲む暑さが辛くなってくるなあ。
「司書さん、入るよ」
裏口玄関から司書室まで歩いてきただけで、じわりと額に滲んだ汗を拭ってから、目の前の扉を開けた。風通しを良くするためだろう、半分開いていたから、わざわざノックはしなかった。
「あ……しゅうせい、せんせ」
執務机の向こうで、司書さんが控えめに小さく微笑みながら、出迎えてくれた。自然と、こちらも口元が緩む。
「館長とネコから手紙が届いていたから、持ってきたよ。はい」
「助かります、ありがとうございます」
こんなこと日課のようなもので、今更大袈裟に感謝される程のことでもないけど、彼女はどんな些細な好意であろうと、いつも僕らへのお礼を忘れない。全く、律儀な子だ。
ふと、執務机の近くまで来て、部屋中を見渡してから気が付いた。あれ、可笑しいな、専属助手君の姿がない。
「司書さん、助手の織田君は何処に?
お茶でも淹れに行っているのかな」
「いえ、彼は、ちょっと早めに、おひるごはん、食べに行きました」
「……珍しいことがあるものだね」
助手君と司書さんは四六時中いっしょにいるのが当たり前、そんな風に思っていたから意外だった。実際、僕は助手の彼よりも前にこの図書館に招魂されて、誰より長くふたりを見守ってきたけど、別行動している姿なんて数える程しか見たことがない。
「今日は、カレー会の、新入りさん歓迎会、するそうで」
「カレー会? って、ああ、織田君と国木田がふたりで開いてる会か。たまに三好君が巻き込まれている」
「はい。この間は、レトルトの……えっと、十八禁カレー?……を、いっしょに、研究したそうです」
「何その如何わしい名前のカレーは」
「すっごく、いたくてからかった、って」
「あっ、そういう意味の十八禁」
「結局、おふたりは、ひとくちで断念して……みよしくんが、ぜんぶ、完食したらしい、ですよ」
「す、凄いね、彼の辛党っぷり。今日は新入り歓迎会なんだろう、そんなとんでもないカレーのような、変な店に行ったりしてないだろうね?」
「今日はたぶん、大丈夫。いぶせ、せんせいに、美味しいカレーラーメン、食べさせてあげるんだー、って、はりきってました」
「ん? 井伏さんが好きなのは確か、カレーうどんじゃなかったっけ……」
「さくのすけさん、とっても、うれしそうでした」
「……そうか、よかったね」
「はい」
ちょっと無口で無愛想な彼女だけど、最近はこうして、僕ともよくお話して笑ってくれるようになった。彼女の喋り方は相変わらず辿々しくて、発する言葉にいちいち悩んで迷ってしまうのか、途切れ途切れでゆっくりとしているけど、だんまりされるより全然マシだ。
楽しそうに、助手君のことを話す彼女の姿は実に微笑ましい。親心にも似た思いである。
「お仕事、前より少し、余裕が出来たから。さくのすけさんにも、たまには、ゆっくりしてほしい、です」
時にはご友人と過ごす時間も大切にしてほしいのです、ちょっと寂しいけれど。なんて言葉に反して、とても嬉しそうな彼女。
だけど僕は、案外心配性なのかもしれない、少しだけ不安になった。助手君は司書さんの、心の支えでもある。いくら今は忙しくないとはいえ、仕事が立て込むと、放っておけば倒れるまで無茶をしかねない子だ。誰かがそばで見守っていないと、心配になるのは仕方がない。また、変に無理をしてはいないだろうか。
「君はひとりで、大丈夫なのかい?」
恐る恐る聞けば、彼女は分厚い眼鏡の奥で目を丸くした後、すぐにその優しい灰色を細めて弾むように笑った。
「ひとりじゃない、ですから」
司書さんは笑顔のままに語る。
"半年前、この図書館に就任したばかりの頃は本当に大変だったけれど、文豪さんたちが支えてくれたから何とかやってこれた。ひとりでは何にも出来ない自分を思い知った。同じく、だれかと協力することで乗り越えられるものがあると知った。
図書館の環境も日に日に良くなっていって、館長がもうひとり特務司書を雇ってくれたことは心から感謝しているし、食堂に専属の調理師がついてくれたり、補修担当の錬金術師も先月新たに加わって有難い。最初たったひとりだった司書も、今ではたくさんのひとに囲まれて助けてもらって、随分楽をしている。心にも体にもやっと余裕が出来た。
それにこうして、秋声先生がお話相手になってくれるので、寂しくもない。だから大丈夫。みんなのおかげです。"──と。
出会った当初『ひとりでやります。ひとりの方が楽。助手なんて必要ない』なんて泣きそうに言っていた彼女とは、まるで大違いだ。環境が変わって半年も経てば、人も変わるものか。
「君、半年前に比べたら、何と言うか、随分丸くなったよね」
「え、えぇ? ……やっぱり、わかります、か。最近、ちょっと、太ったかも、しれなくて……」
「そういう意味の丸いじゃないよ」
いや、元々の彼女こそ、こういう素直で、寂しがり屋な子だったのかな。これまでずっと、他人との関わりを避けて生きていたそうだから、誰にも知られず隠され続けていたのだろう。そんな本当の彼女を引き出せたのが、もしも、僕らのおかげであると言うのなら、うん、嬉しいものだ。
「司書さんさえ良ければ、これからいっしょにお昼でもどうかな」
「ごいっしょして、良いんですか?」
「食堂のご飯も美味しいけど、たまには外で食べたくなる時もあるよね。それに織田君たちだけ楽しく外食だなんて、何だかズルいだろう?」
「ふふ……そう、ですね。わたしたちも、おいしいもの、食べに行きましょう」
「うん。なにか食べたいものはある?」
「えっと……カレー、たべたいです」
「ふっ、そうだね、カレーの話ばかりしていたから、僕も食べたくなってきたよ」
(秋声先生も、半年前に比べたら丸く、ううん、よく笑ってくださるようになって、嬉しいな)
「……どうしたのさ、ニヤニヤして」
「ふふふ、なんでもないです」
彼女は大いに喜んで早速出掛けようと立ち上がったが、鞄を抱えた途中で、あっ、と声を上げて、朝焼けの空を思わせる灰色が僕を見つめる。
「せんせい、」
「うん?」
「また半年、よろしくお願いします」
律儀にぺこりと、頭を下げた。
「……ああ、こちらこそ」
この世に転生して半年か、あっという間だった。きっと、二度目の秋を迎える頃も、僕は全く同じことを思うのだろうな。
2017.05.28公開
2018.04.15加筆修正