世話焼き助手とお司書さんの話
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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専属助手とはじめまして
思えばあの時、私も一目で心奪われていたのかもしれない。
半ば実家を追い出される形で帝國図書館へと送られた私は、いきなり国定図書館専属錬金術師になるよう、お国から直々に命じられた。国のため人々のため文学を守れ、お前には文豪を再びこの世に喚び戻せる力がある──そんな一方的な言葉を告げられて、こちらに拒否権は一切無かった。
文学の何ひとつも興味はなかったのに、ただ日の当らぬ地下でひっそりと薬の研究を続けられさえすればよかったのに、お父さんの跡を継ぎたかったのに。特務司書なんて肩書きを嫌々付けられて、私の心は荒みに荒んでいた。もうどうにでもなれと、自暴自棄にすらなっていたと思う。
だから、あの時。
「わたしは、ひとりで、やります。ひとりの方が、楽です。助手なんて、要りません、必要ない」
転生文豪の徳田秋声さんと織田作之助さん、どちらかを助手にしてはどうかという館長の提案に、そんな拒絶の言葉を吐き出してしまった。
言葉通りの意味もあった。転生されたばかりでお二人とも戸惑っているだろうに、助手を任せるなんて申し訳ないとも思った。……なんて、偽善染みた事を言ってはみたが、私は今すぐにでもひとりになりたかったのだ。
「失礼します」
逃げるように潜書部屋を出て行って、まだ歩き慣れてもいない廊下を、目的地もなく真っ直ぐ歩き続けた。これからの事を考えると、怖くて仕方なかった。
今までずっとひとりで引きこもっていたのに、誰かと一緒に仕事だなんて、絶対に無理だ。司書の仕事だって何ひとつわからない。その上、侵蝕者と戦う? 有碍書の浄化? 実際に戦うのは私ではないけれど、でも、ひとを扱うなんて、戦いの指示なんて、命の責任だなんて持てない。例え文豪を転生させられるだけの力があっても、私は彼らの何も知らない、何もわからない相手と、どう接しろというのだ。出来るわけがない。怖い。どうして私が。人の命を弄ぶような、こんな力、私には恐ろしい。
本当はずっとそんなことを、自分のことばかりを考えていて、今すぐどこかへ逃げて閉じこもりたかった。だけど、もう私にはどこにも逃げ帰る場所なんてない。
「ちょっ、待って、待ってって。ひとりでどこ行くねん、おっしょはん!」
もう嫌だ、と泣き出しそうになった私の腕を、誰かが掴んで引き止めた。びっくりして怯えながら振り返る、と。
「はあ、もう、やぁっと追い付いた。お嬢さん、意外と足早いなー」
あかい、いや、赤なんて表現では拙過ぎる、まるで宝石の──柘榴石みたいな、綺麗な目を見た。
織田作之助さん。彼の顔をちゃんと見たのは、その瞬間が初めてで、ただ純粋に綺麗だと美人だと思って、それ以外の感情は全て吹き飛んでしまって……。
「おーい、お嬢さん、お司書はん? ぼんやりして大丈夫か、なんや、わしがあんまり美男子やからって見惚れてますー?」
その通りだった。
誰かを、ひとの目をこんなに綺麗だと思ったのは初めてのことだった。
しかし、あんまりにも彼がこちらをにやにやと見下ろしてくるし、掴まれている腕から全身に熱が広がっていくような感覚も堪え切れず、ぶんぶんと大袈裟に首を振って俯いて「離して下さい」と震える声を吐き出した。
「あ、ごめんな。でも、離したらお司書はん、またひとりでどっか行きそうやし……」
「……わたしは、司書なんて、」
無理です、出来ません、と言いかけたその口は「ああ! そうやった」と明るいその人の声に閉ざされて。
「お司書はん、やなくて、苑宮咲枝はん、って可愛らしいお名前やったな。咲枝はん」
転生させた直後の自己紹介をきちんと覚えて、司書ではない、私の名を呼んでくれた。腕から手を離してくれたかと思えばすぐ、俯く私の顔の近くにその手をスッと差し出した。またびっくりして顔を上げれば、あの美しい柘榴石が優しく煌めいていた。
「改めまして、わしはオダサクこと、織田作之助や。これから咲枝はんの専属助手として、お茶汲みでもお掃除でもなんでも頑張らせて頂きますんで、何卒よろしゅうおたのもうします!」
そう二度目の自己紹介をやたら畏まってされたので、ああ、この手は握手を求める手なのかと理解した。
「助手、って……」
「館長はんも言うてましたやろ、ひとりじゃ大変だろうーって。わしもまあ、何が何やらようわかってないけど、ひとりよりふたりで居った方が、とりあえずなんとかなる気せえへん?」
わしもひとりで居るのは不安でしゃあないわあ、なんて、ちっとも悩みなんてなさそうな笑顔で言われても説得力に欠けるのだが。その眩しいくらいの笑顔は、私の心まで陽の光のように差し込んだ。
「おだ、さくのすけ、さん……」
「気軽にオダサクでええよ」
「……おださくさん」
「はーい、おっしょはん」
差し出された手に、恐る恐るこちらも手を伸ばせば、すぐにぎゅうっと握り締められた。異性と手なんて触れ合わせたこともない私は、大袈裟にどきんと心臓も肩も跳ねさせてしまったが、その手の温かさは不思議とほっと安心出来た。
「これから、よろしく、おねがいします」
「うん、よろしゅうな!」
とても単純だと自分でも思うけれど。わざわざここまで私を追い駆けてくれて、名を呼んでくれて、ふたりでなんとかしようと言ってくれた。私はひとりじゃないのだ、そう思えて、怖い気持ちは半分くらいマシになった。
この人といっしょなら、きっと、なんとかなる。頑張れるような気がしたんです。
今思えば、それは一目惚れだったのかもしれない、なんて。
ふと、ついひと月前の事をなんとなく思い出して、ひとり、笑った。
「……わたしも、さくのすけさんのこと、馬鹿にできませんね」
「んぇ? おっしょはん、何か言うた?」
「ふふ、なんでもない、です」
一目惚れなんて、そんなの絶対あり得ない、と思っていたんですけどね。
2016.12.02公開
2018.04.14加筆修正