おいしいじかん
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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〜秋の夜長編〜
時計の針が零時をすっかり通り過ぎた頃。ごつん、という鈍い音が響き、そして額の痛みで特務司書は飛び起きた。嗚呼、どうやら作業中に居眠りをしてしまったらしいと、司書は机にぶつけた額をさすりながら察する。目の前のノートパソコンも、いつの間にか休眠状態になっていた。
明日──既に日付けが変わってしまったので今日──の朝には、有碍書『斜陽』の浄化報告書を完成させて、ネコに提出しなくてはならないのだ。居眠りなどしている場合ではない……とは言え、実はそこまで焦っているわけでもない。後輩や助手たちの手伝いがあったおかげで研究は順調に進み、報告書もあと少しで片が付くところである。去年に比べて人手は二倍近くに増えて、仕事量も気持ちも楽になった。この調子なら、徹夜だけは何とか免れそうである。
もうひと踏ん張りする為に、苦い飲み物は得意じゃないけれど眠気覚ましの珈琲でも飲もうか。今日も遅くまで付き合ってくれている専属助手にも一杯淹れてあげよう。そこまで考えて司書はふと、その助手が外へ煙草を吸いに出たっきり、未だ帰って来ていないことを思い出した。いつもなら時計の小さい針が十も進まない内に戻ってくるのに、もう三十ほど進み過ぎてしまっている。何だか不安になってきた時だった。
司書室の扉が少しだけ開いて、その隙間から見慣れた赤い瞳がきらりとこちらを覗き込んできたのである。
「おっしょはあ〜ん、お仕事捗ってますか〜?」
その陽気な声はまさしく、織田作之助の声であった。司書は無邪気な子供のようなことをする彼にくすくす笑ってしまって、もう何してるんですか、と質問に質問で答えてしまった。彼はそんな事など気にせず、ケッケッケ、と扉の向こうで笑っている。
「今日も遅くまで頑張ってるおっしょはんには、ご褒美あげたらなあかんな〜思いまして」
織田はにやにや笑ったまま、薄細い身体を無駄に活かしてスルリと隙間から司書室へ入って来る。執務机から勝手にノートパソコンを退かして、代わりに白いお皿が置かれた。
彼女の前に出されたのは、きいろいおにぎりだった。お握りにしては珍しい色で一瞬ぎょっとしたが、美味しそうな香辛料の匂いですぐに、これはカレー粉を纏ったお握りであることに気付く。黄色に合わせたのかトウモロコシの粒も混ぜ込まれている。ラップに包まれて、ちょこんとふたつ並んだ姿はどこか可愛らしい。
「どやろか? 結構、うまそうでっしゃろ?」
「うん、カレーの、良い匂い……おいしそう……えっと、作ちゃんが?」
「もっちろん、わしが咲ちゃんへの愛情た〜っぷり込めて、握らせていただきました♡」
なるほど。通りで、おにぎりひとつでもなかなかの大きさがある。
織田はその大きなお握りを手に取るとぺりぺりラップを剥いて、司書の口元へ近付けた。突然のことで彼女は戸惑う。しかし、彼は心配そうに眉をひそめて言葉を続けた。
「咲ちゃん、今日のお夕飯あんまり食えてへんかったやろ?」
「え……」
「疲れてて食欲無かったんやろうけど、ご飯はきちんと食べなあかんよ。足元もふらふらしてて危なっかしいわあ、特に今日はよう何も無いとこでコケてたやん、さっきも寝惚けて机にゴツン頭ぶつけてはったやろ」
「う、うぅ……み、見られてた……?」
「そら専属助手やもん、この1年間わしはずぅっと、あんたのこと見てきたんやで。放っとくとすぐ無理するんやから」
「……でも、このぐらい、」
「はいはい、言い訳は聞きませんよー。とりあえずお夜食たべて、ちょっと休憩しましょ、な?」
ぽすぽす頭を撫でられて、更に唇の近くへお握りが迫ってくる。こんなにも世話を焼いてくれる彼のことを心の片隅で、お母さんみたい、と思ってしまったのは内緒だ。
司書は根負けして口を開けた。差し出された大きなお握りの端っこを、ぱくり、ひとくち。
「──おいしいっ」
思わず溢れた言葉に、織田の表情がほっと安心で和らいだ。このひとくちで食欲が湧いたのか、自らの両手でお握りを持って頬張り始めた彼女の姿に、彼はますます嬉しそうに微笑む。
カレー味というのは、どうしてこうも食欲がそそられるのだろう。この微かな辛味と程良い塩気が合わない筈はない。口の中でぷちぷちとトウモロコシの優しい甘さが弾けるのも、堪らなく相性が良い。
気が付けば、あの大きなお握りをぺろりとひとつ平らげてしまっていた。もう無くなっちゃった、としょんぼりする司書。
「けっけっけ、お口に合ったみたいで良かったわあ。ふたつとも食べてええんやで、どっちもおっしょはんの為に握ったんやから」
「良いの……?」
「ええよ、ええよ。わしは味見でお腹いっぱいや」
司書はとても幸せそうに、ふたつめも手に取った。見守る織田も心底幸せそうだ。彼は美味しいものを目一杯頬張って、美味しそうな顔をする彼女がいちばん大好きなのだから。
ふたつめを半分食べ進めたところで、司書が急に何か思い出して「あっ」と声を上げた。懐かしいと目を細める。
「どないしたん?」
「ふふ……あのね、思い出したの。去年の、今頃も、作ちゃんにお夜食、握ってもらったなあ、って」
「ん……? あーっ、うんうん、そうやったねえ、なんや、たった1年前のことやのに、懐かしいわ。あん時はただの塩握りやったけど」
「あれも、すごく、おいしかった」
「えぇッ!? 塩かけ過ぎてめっちゃ辛かった記憶あんねんけど、ほんまに?」
「うん。……だって、あなたが、わたしのためだけに、作ってくれたものだから」
このカレーおにぎりもとってもおいしいよ、だいすき。彼女の言葉に、織田は照れ臭そうに笑っていた。
去年の秋は特務司書になったばかりで、人手も物資も足りなくて、毎日毎日遅くまで仕事をして倒れそうになるほどだった。侵蝕者との戦いも上手く立ち回れず、政府の役人からお叱りを受けることもあって、挫けそうになることもあった。
それでも頑張って今日まで乗り越えられたのは、専属助手の彼がずっとそばに居て支えてくれたからだと、司書は心の底から感謝している。だから、ちゃんと言っておこう。
「……あの、わたし、あなたが、いてくれるから、頑張れるの。あなたが、いなかったら、きっとすぐ、駄目になっちゃう、から。だから、あのね、こ、これからも、よろしく、おねがいします」
もう婚約までした関係で、こんな事を言うのは今更だと思う。それでも、どうしても、きちんと言葉にしておきたかった。もじもじ恥ずかしそうに俯いてしまった司書を、助手は頭を撫でてやりながら「ほんとうに今更やなあ」と高らかにいつもの独特な笑い声を上げた。
「こちらこそ、これからもよろしゅうな。あんたが昔してくれていたように、今度はわしもあんたを支えていくから。安心してええで?」
司書は嬉しくてすぐ顔を上げると、静かに微笑み頷いた。ありがとう。彼に目一杯のお礼を込めて、ぱちんとお行儀良く両の手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「うん、よろしゅうおあがり」
さあ、しっかり腹と心を満たして、もうひと踏ん張りだ。
今年の秋の夜も、まだまだ長い──。
2017.11.18公開
2018.04.10加筆修正