おいしいじかん
夢主設定
帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
〜夏のおやつ編〜
季節はいつの間にか春を通り過ぎ、梅が実る頃の雨もようやく降り終わったかと思えば、今度は天から太陽がじりじりと地上を照り付ける。街中では薄着の人々が増え、清涼を求めた客で喫茶店が繁盛し、氷菓子が飛ぶように売れる季節が来た。それはこの帝國図書館も例外などなく、暑い、夏が来ていた。
そんな蒸し暑い、ある朝のこと。仕事が始まる前の一服がてら、中庭へ足を踏み入れた織田作之助は、そこに広がる色鮮やかな黄色の大群を見て、おお!と感動の声を上げた。彼の目の前に広がるは、立派な向日葵畑。その元気いっぱい太陽目掛けて咲き誇っている花々に、ホースで水やりをしていた室生犀星が、彼の存在に気付いてすぐ笑顔を向ける。
「おはよう、織田君」
「犀星先生、おはようございます!」
「見事なもんだろう? 今朝咲いたばかりなんだ」
「ほんま立派ですねえ! 朝からええもん見ましたわあ、これはおっしょはんも喜ぶやろうなあ……」
「君は本当に司書さん想いだなあ。春からせっせと仕込んでおいた甲斐があったよ」
「こんな大輪が見られるなんて、驚きましたわ。もうすーっかり、暑いですからねえ。そら向日葵も焦って咲き始めますわ……あ、今日もくろちゃんがご一緒や。おはようございますー」
「にゃあん」
犀星の足元に寄り添う黒猫にも朝の挨拶をすれば、人間のように目を細めて可愛らしいお返事をくれた。飼い主の日課を邪魔もせず、ただ大人しくお行儀良く四つの足を揃えている様は良妻の如き、実に賢い猫である。
織田はしばらく煙草を吸いに来たことも忘れ、太陽を一心に見つめる向日葵たちの姿に見惚れていた。冷たいシャワーを浴びて、向日葵たちは実に気持ち良さそうである。ああ羨ましい、その内に海や川へ行って涼みたい、なんてことも考える。水やり効果だろうか、向日葵畑の近くは涼しくて気分が良かった。
犀星が水やりを終えると、織田も慌てて我に返る。池の近くのベンチを借りて改めて一服しよう、と思ったら「そうだ、織田君」また穏やかに恩人から声を掛けられた。
「司書さんにも向日葵を持って行って、見せてあげると良い。少し待っていなさい。今、特別可愛らしいのを数本摘んであげよう」
「え、でも、今朝やっと咲いたばっかりやのに、ええんですか?」
「良いんだよ。俺も誰かに見て喜んでもらいたくて、こうして庭いじりに熱を入れてるんだから。ああ、ほら、こういう小さい子は周りに埋もれてしまって、可哀想だろう。せっかく可愛いのに」
大きく首を伸ばした他の向日葵に比べて、背の低くて目立たない小振りな向日葵を選び、ちょきんちょきんと切り取った。それを輪ゴムでまとめて即席の花束にして三本、織田の手に持たせてやる。男の手ふたつぶんぐらいの長さ、花も控えめな大きさで、これなら執務机に飾れるくらい小さな花瓶にも、問題無く収まりそうだ。
向日葵と言えば、派手で明るいイメージのある夏の花。けれど彼の手に渡った小さな向日葵たちは、どこか少し、慎ましやかな彼女を思わせた。
途端、この向日葵の花束を見て、喜ぶ司書の顔が頭に浮かんだのだろうか。織田は柘榴石の目を無邪気な子供のようにキラキラ輝かせ、犀星に向かって深々頭を下げた。「先生、おおきに!」そう言って顔を上げたかと思えば、彼は当初の目的を忘れて振り返り、中庭から図書館へ繋がる玄関に駆けて行った。
「はは、彼は本当に、嫁さん想いだなあ」
「にゃあ」
元気に揺れる三つ編みの後ろ姿が見えなくなった後、犀星は足元の愛猫とくすくす笑い合うのであった。
司書室へ戻ると、既に特務司書は執務机の前で、早速仕事に取り掛かっていた。「ただいまー!」と声をかける織田の声に、彼女はすぐ顔を上げる。「おかえりなさい」と出迎えながら、彼が随分早く戻ってきたので少し驚いて、眼鏡の奥の灰色は丸くなっていた。
織田は更に彼女を驚かせようと、執務机の前までにこにこしながら歩み寄る。じゃじゃーん!とセルフ効果音付きで、後ろ手に隠していた小さな向日葵の花束を見せた。予想通り、わあっ、と可愛らしい歓喜の声が上げる。彼女の丸い灰色が、向日葵の黄色を映して、鮮やかに煌めいていた。その小柄な黄色と良く似た、控えめだけれど眩しい笑顔に、織田の口元はますます嬉しくて緩んでしまう。
「これ、もしかして、お庭の……?」
「犀星先生が摘んでくれてん。可愛いやろお、近くで見た向日葵畑も見事なもんやったわ。後でいっしょに見に行こうな!」
「はい、是非。ちいさくて、かわいいひまわりさん、花瓶、用意してあげなきゃ」
司書は小さな向日葵たちを持って、ご機嫌な足取りで奥の研究室へ姿を消したが、数分も経たずに戻ってきた。
ふふ、どこに飾ろうかな。そう悩んでいる姿も、眺めているだけで微笑ましい。悩んだ結果、やはり自分からよく見える執務机の上に飾られる事となった。
「うんうん、ええ感じやね、一気にお部屋の雰囲気も夏らしくなりましたなあ」
「はい。やさしい黄色、癒されます」
改めて眺めるそのあたたかな黄色は、確かに彼女とよく似合う。似合うのだが、想像と違って妙にしっくり来ない。彼の中では、何かが「違う」のだ。もっと彼女に似合いの花があっただろう。黄色というよりは橙色に近く、向日葵より遥かに小さい、控えめで細かな花──嗚呼、あれは何と言う花だったか。ぼんやりと記憶にあるはずなのに、思い出せない。無理やり頭の中を探って思い出そうとすればするほど、記憶は遠く霞んでしまう。
あっ、そうだ。彼女にしては珍しい明るく弾んだ声で、織田はハッと意識を現実へ引き戻された。どないしたん? と慌てて笑顔を向ければ、司書も嬉しそうに微笑み返す。
「おやつの時間になったら、和室へ、来てくれますか」
「うん? ええけど、何で?」
「ふふ。夏らしい、いいもの、ありますから」
えー? 何やろ、気になるなあ。そう問いかければ、それは後のお楽しみです、と。口元に人差し指を置いて、司書はまた弾むように笑った。
さて、約束通り、おやつの時間。
今朝、いいものがあるからと司書に呼び出された織田は、潜書任務を終えてすぐ指定された場所へと向かった。館長の計らいで自由な憩いの場として用意された、縁側付きの和室である。ここは春のお花見の時期にも大変重宝されたが、今もガラリと夏の和室に模様変えをして、また皆に気に入られている。
新品でまだ若い匂いのする畳、張り替えたばかりの壁紙。部屋の隅には金魚鉢が置かれ、冷たい冷たい水の中をひんやり、赤い金魚が二匹悠々泳いでいる。開け放された窓の向こうは、黄色鮮やかな向日葵畑が一望出来て見事だ。軒下にかけられた風鈴が、ちりん、ちりんと、涼やかな音を鳴らした。
縁側に腰を下ろして胡座をかけば、開け放した襖と扉を涼しい風が通り抜けて、彼の疲れた身を癒した。すだれの足元に豚を模した蚊取り線香入れがあったので、手持ちのライターで中に火をつけていると、背後から「作ちゃん」控えめで優しい声が聞こえた。今生、自分をこの懐かしい愛称で呼ぶのは、彼女しかいない。すぐに振り返る。
「咲ちゃん、待っとったでー」
「お待たせしました。ちょっと、切り分けるのに、意外と時間、かかりました」
司書の両手が支える盆の上には、真っ赤で大きな半月が二つ並んでおり、それを見た織田は思わず歓喜の声を上げた。
「わっ、スイカやん!」
まるで向日葵のように眩しい笑顔を咲かせて喜ぶ彼。司書は思っていた以上に喜んでもらえたのが嬉しくて、座る彼の手元に冷えた麦茶と切り分けたスイカを並べながら、くすくす声にして笑っていた。
「スイカ、食べたいって、言ってたから」
「夏らしいええもんってこれかあ! あんな独り言を覚えててくれたんや、嬉しいなあ。まさか、わざわざ買うてきてくれたん? おおきに」
「うん、わたしも、食べたかったから。あのね、おっきいスイカに、がぶ! って、かぶりつくの、夢だったの」
「ははあ、おっしょはんは随分お上品に育てられたんやねえ……。まあ、小さく切り分けられてんのもオツやけど、やっぱりスイカは豪快に行くんが一番やで」
織田は大きな半月で切られたスイカを手に持ち、いただきます! と元気な一言。豪快との言葉通りに口を限界まで開けて、ガブリ、赤い果肉を頬張った。じゅわり、冷たくて甘い果汁が口いっぱいに広がる。唇の端から少し垂れてしまうほどだ。スイカにぽっかり歯型を開けて、ぱっと顔を上げた彼の表情は至福に満ちていた。
「あーっ、うまい! やっぱり夏はスイカやね、口ん中も気持ちも涼しくなるわあ」
「もう、作ちゃんったら、そんなに勢いよく食べたら、お洋服まで、汚れちゃいます」
「スイカ食べる時はそんなん気にせんでもええの。ほら、咲ちゃんも、ガブっと」
母親のようにハンカチで自分の口元を拭ってくれる司書の手を離して、ほらほら、と彼女の分のスイカを持って手渡す。司書はおずおずと、未経験の食べ方にどきどきしながら、豪快にとは行かないが、かぷり。彼女の表情も、幸福にとろりと溶けた。
「うん……おいしいっ」
「甘くてええスイカを選びましたなあ、さすがおっしょはん。まさに夏、って感じやねえ」
「はい、なんだかたのしい、ですね」
楽しい。確かにその通りだ、と彼はまたスイカを頬張りながら頷く。ふと、口の中で種を出そうともごもごしている司書の姿に、織田は何か良いことを思い付いたようで、きらりとスイカよりも赤い目を輝かせる。
「よっしゃ、種飛ばし勝負しよか」
「えっ……お庭に、ゴミ、飛ばすのは……さいせんせいに、怒られちゃう」
「あとで拾えば大丈夫やって。ほな、よう見とき、それっ」
「わあ、すごい。わたしも、……あれ?」
「けっけっけ、咲ちゃん下手くそやな〜!」
織田にプニプニ頬を突かれて揶揄われ、司書はむっと口を尖らせて悔しそうだ。後で間違いなく室生犀星に叱られるだろうとわかっていながらも、一対一の種飛ばし勝負は意外にも白熱してしまった。
夏の前ではこんな風に、誰でも子供に戻ってしまうものなのかもしれない。遠くに風で揺れる向日葵畑と、真っ白な入道雲の沸き立つ空を見て、どこか懐かしい気さえする夏らしさを感じるのだった。
嗚呼、夏は楽しい。
「ふぅー、ごっそさんでした!」
「はい、よろしゅうおあがり、です」
「お? なかなか大阪弁がお上手になりましたなあ、おっしょはん」
「うふふ……おおきに」
2017.08.31公開
2018.04.10加筆修正