おいしいじかん
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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〜冬の夜編〜
あと数分で日付が変わろうと言う頃。帝國図書館の隅でずっと点いていた司書室の明かりも、今ようやく消えた。
人の気配が一切なくなった図書館を出れば、早速、厳しい冬の風の洗礼を受ける。特務司書は赤いマフラーにぶるぶると顔を埋めて凍えた。……が、門の近くに、見慣れた長身の影が見えて、凍る口元が僅かに温かく緩んだ。
「さくのすけさん」
影の元へ駆け寄りながら声をかける。織田作之助はひらひらと笑顔でこちらに片手を振って、もう片手では火の消えかけた煙草を口から離した。彼女の研究の片付けが終わるまでの間、こんな寒い外で一服しながら待っていてくれたのだろう。
「ごめんなさい、お待たせして」
「ええよ、ええよ。今日もこんな遅くまで、おつかれさんでした。お司書はん」
「助手さんも、おつかれさまです」
寒かったでしょうに、と司書が申し訳なさそうに気遣えば、煙草吸いたかっただけやから、気にせんでよ、と織田は鼻先を赤くして笑った。
彼が携帯灰皿をコートの内ポケットにしまったのを確認して、ほな帰りましょうか、と二人並んで図書館から寮への道をのんびり歩き出した。
転生文豪たちには政府より彼らが寝泊りする為の寮が用意されており、この特務司書も訳あってその寮の一室を借りているのだ。図書館から歩いて10分程の距離にあるその寮から、朝と夜、出勤と退勤のどちらも、こうして二人並んで歩き、行って帰ることは気が付けば日常であった。
そんないつもの帰り道の途中、今日一日あった事をお互い笑いながら話していると、あっ、と急に織田が声をあげて足を止めた。
「お司書はん、お腹空いてたりせえへん? わしちょっと腹へってて、あったかーいお夜食でも腹ン中入れてから帰りたいなぁ」
「あったかい……?」
「そー、こないだうまいお蕎麦屋さん見つけてなー」
司書の了解の返事も待たず、こっちこっち、と彼女の手を引いて、突然の行き先変更。織田は寮へ向かう住宅街のルートから大きく離れて、大通り方面へと向かい出した。こんな時間に開いている蕎麦屋なんてあるのだろうか、と不安に思いながらも司書は黙って着いて行った。
彼に連れられてやって来たのは、見慣れぬ立ち食いそば屋であった。夜中にも関わらず、店の赤提灯は煌々と、残業帰りか二次会終わりのサラリーマンたちで路上のテーブル席も賑わい、出汁の旨い匂いが腹の虫を大いに煽ってくる。
「お蕎麦はもちろんやけど、この店は天ぷらがうまいんやで」
そう言って、織田は店の中へ。司書は相変わらず彼に手を引かれたままなので、入り口の段差で危うくコケそうになりながらも、慌ててカウンターの彼の隣に並んだ。周りでずるずる蕎麦をすする音や、ぱちぱち油がはねる音を聞いて、きゅーっと彼女の腹の虫が鳴き声を上げる。
「いらっしゃい、芋天揚げたてだよー」そんな店主の朗らかな笑みと「今日も寒いですねえ」なんて奥さんからの優しさを感じる温かいお茶で、早速心地良く出迎えられた。ここは夜に開いて朝に閉まるという終夜営業の店で、気の良い夫婦が仲良く営んでいるそうだ。
織田は早速咥え煙草に火をつけながら、隣の司書を眺めてついニヤついていた。カウンター前に並んだ種類豊富な天ぷらを前に、ああ、どうしよう、迷います、と目をキラキラさせている彼女の姿は、あまりにも微笑ましい。
「じゃあ……お芋と、ちくわの天ぷら、おそばに、のせてください」
「あ、わしも芋天のせ、カレーそばで!」
そんなのあるんですか!? と言わんばかりに驚いた顔ですぐさま織田の方を向いた司書。「ひとくち味見してみる?」との言葉に、嬉しそうに目一杯首をブンブン縦に振った。とうとう堪えきれず、織田は声をあげて笑ってしまった。
こんな店、というような言い方は店に失礼極まりないが、好きな女性を連れてくるのに立ち食いそば屋だなんて、今時お笑いにしかならないのかもしれない。けれど彼女はそんな場所を嫌がるどころか、一緒に喜んでくれる。うまいものを頬張って、おいしい、と幸せそうに綻ぶ彼女の表情が、織田は特に好ましく思っている。だからつい、新しいうまいもの屋を探し歩いて見つけては、後日すぐ司書を連れてきてしまう。彼女のおいしい顔が見たいのだ。
織田が煙草を半分も吸い終わらない内に、天そばとカレーそばが目の前へ並び、司書の表情はまた更に明るくなった。まだ煙草吸っとるから、お先にひとくちどうぞ、そう彼女の前にカレーそばの器を寄せる。
「わあ、すごい……ほんとに、そのまま、おそばに、カレーのルーが……かかってます……」
「まあ、見た目より味やで。騙されたと思って食べてみ」
更にずいっと割り箸を差し出せば、司書は意を決したように、割り箸をパキリと割って「……いただきます」いざ、カレーそばをひとくち。強張っていた表情は、一瞬でほろほろ緩んでいった。
「おいしい、ですっ」
どろりと粘度の高い家庭的なカレールーに絡まるそば、これが想像を越えてうまかった。おつゆが濃過ぎず優しい味付けの為、濃いカレーと合わせても美味しいのだろうか。
今度は自分が頼んだ天そばに箸を伸ばし、早速揚げたてのさつまいもの天ぷらをがぶり。幸せそうなほくほく顔で、今度はちくわ天もかじった。
「な、うまいやろ」
カウンターに頬杖をついてやたら自慢げな織田である。司書はこくこく幸せそうに頷いて、はっと何かに気がつくと、焦ったように突然彼の口元へちくわ天を差し出した。えっ、と思わず驚いて、手に持っていた煙草の灰が落ちる。
「お返しに、ひとくち、どうぞ」
カレーそばを少し頂いたお礼に、ちくわ天を交換、という事だろうか。照れ屋な彼女にしては意外な行動だ。それ程までにこの店の食事を気に入って、彼とその感激を共有したいと思ったのか。
織田は煙草を吸っていた途中でも構わず、彼女の差し出すちくわの天ぷらを頬張った。さくさくの衣に、ちくわのもちもち感が、絶妙で。蕎麦つゆが染みた部分がまたうまい。おいしいですよね、と満足げな彼女に、うんうん頷き返す。以前、同じ転生文豪の親友とここへ来た時も食べたちくわ天だが、何故か彼女に差し出されたそれは、余計に旨く感じた。
「はあ、もう……おっしょはん、ほんまかわいいなあー、そういうとこめっちゃ好き」
「なっ!? 何を、言ってるんですかっ、お、お店の中なのに……!」
「すまん、すまん。あとで人目に付かんとこでいっぱい言わせてもらうな」
「そ、そういうことじゃないですっ」
うっかりちくわ天落としそうになったじゃないですか、と照れて怒っている彼女を、またケッケッケと声に出して笑いながら、織田は二本目の煙草に火をつけた。
もう少し、彼女と二人でこの幸せなおいしい時間を味わっていたくて。
彼はゆっくり煙草を吸った。
「ごちそうさまでした」
「ごっそさんでした、また来ますー」
2016.12.18公開
2018.04.10加筆修正