世話焼き助手とお司書さんの話
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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歩み寄る秋
今日も今日とて、織田作之助は一方的に恋心を寄せる特務司書の為、開架図書室の奥で資料となる本を探して彷徨っていた。
若き錬金術士の手によって転生され、この図書館で暮らすようになって、まだ半月が過ぎたくらいだろうか。日に日に風は冷たさを増し、空気の乾燥をその肌で感じるようになってきた。季節は確実に冬へと近付いている。
──そうだ、資料を持っていくついでに、彼女に何か温かい飲み物でも淹れてあげようか。きっと喜んでくれるし、嗚呼、こんなにも気の利く自分を惚れ直してくれること間違いない。織田は彼女が「ありがとう」と礼を言いながら微笑む姿を思い浮かべて、にやにや口の端を緩めていた。
「織田君! こんなところに居たのか、はあ、やっと見つけた……」
そんな折、ひとりの文豪が少し息を切らしながら、彼に声を掛けてきた。
「ん? あれ、秋声先生やないですか、どないしましたん」
振り返る先に佇む、短い黒髪に紺の袴姿でなんとなく地味な印象を受けるその青年は、金沢三文豪のひとり──徳田秋声。
織田よりも先に、この図書館で転生された文豪である。努力家で真面目な青年なのだが、転生した後も生前から引き継いだ自身の地味さを気にしているようで、少し捻くれ者の天邪鬼になってしまっている。
「館長から司書さん宛てに手紙を渡されて、届けて欲しいと頼まれてね……君を探していたんだ」
「はあ、手紙ぐらいお司書はんに直接渡してくれたらええのに。まっ、わしはあの子の専属助手ですからね、ちゃんと受け取りますよ。ありがとうございますう」
織田は彼の手からしっかり茶封筒を受け取り、資料の本と一緒に抱え込んだ。もうすっかり助手仕事が板に付いてしまっている彼を見て、徳田は苦笑う。
「悪いね、助かるよ。君にこんな事を言うのは、なんだか申し訳ない気がするけど、……僕はどうも苦手なんだ、彼女が」
徳田の言う彼女とは。彼らをこの世に転生させた錬金術士であり、共に文学を守る特務司書で、そして何より、織田の一目惚れした想い人であるが故に、申し訳ないなんて言葉が出たのだろう。
「あー……えー……っと、いちおう、理由を聞いても?」
だが、織田も彼女が他の文豪たちに苦手意識を持たれてしまう、その理由になんとなく感付いていないでもなかった。常に助手として行動しているのだ、相手の良い一面を知れば、悪い一面も見えてくる。完璧な人間など、この世にはいない。
「寧ろ僕は、君が何故そこまで彼女を好きになれるのか全くわからないし、逆に理由を知りたいぐらいだけどね」
「えー!? 秋声せんせ、わしのお惚気聞いてくれはるんですー?」
「ぜひ遠慮したいな。……僕からしたら、あの子は冷たくて不気味なんだ」
どうしてそんなイメージを抱くようになってしまったのか。そのきっかけは、彼女が正式にこの図書館の特務司書に就任した日……織田作之助を転生させた、その直後の事だった。
見事、ひとりめの文豪を転生させた錬金術士であり新人特務司書を前に、館長は何と優秀な腕前かと褒め称え、彼女にこう言った。「きっと一人で仕事の全てを行うのは大変だろう」徳田秋声か織田作之助、どちらかに助手として力を借りてはどうか、と。
「なっ……どうして僕らがそんなことまでしなくちゃいけないんだ」
その時、徳田は驚いて咄嗟に吐き出してしまった言葉を、今では酷く後悔していた。
「ただでさえ、転生されたばかりで記憶も混濁しているし、いきなり本の世界に潜れだの新たな文豪を探せだのこちらの拒否権無く好き勝手命令して、わけのわからない敵とも戦わされて……! ッ、ひとを便利な道具みたいに!! 僕らにこれ以上、何をしろって言うんだ……」
当時は本当に混乱していた事もあり、ましてやつい先日精神的に喪失するほど傷付いた経験もあった為、徳田は図書館に関わる人間をあまり信用出来ずにいたのだ。なのに、今度は新人司書の助手をやれだなんて。
「わしは大歓迎やで、司書のお嬢さん! お茶汲みでもお掃除でも、出来ることならなーんでもやりまっせ?」
一方、織田は転生したばかりでも最初から乗り気だった。この時にはもう既に、司書に一目惚れしていたのだろう。自身の今後や現状より、彼女のことを知りたい、という思いが勝ったらしい。
瓶底のような眼鏡のせいで感情が読めず、自らなかなか言葉も話さない女相手に、何故そこまで? と徳田には理解出来ないが、人の直感というのは不思議なものである。
しかし、その女司書はただ静かに、首を横に振った。それは明らかに、反対の意を示していた。
「助手は必要ニャい、と?」
そう聞き返したのは館長……の足元で尻尾を揺らしている、人語を喋るネコである。司書はそれに、今度はこくりと首を縦に振り、ようやく口を開いた。
「わたしは、ひとりで、やります。ひとりの方が、楽です。助手なんて、要りません、必要ない」
小さな小さな声だった。ここが静粛な図書館の奥で無ければ、恐らく聞こえなかったであろう。途切れ途切れの、まるで人形が口を利いたかのような、冷え切った言葉だった。
失礼します。最後にまた小さくそう言って、司書は彼らに背を向けて、ひとりでこの場を立ち去ろうと歩き出した。
「ああっ、ちょっと待ってや、おっしょはーん! そんな寂しいこと言わんと、わしにもお手伝いさせてやー!」
その後を大慌てで追いかけて行く織田。遠退いていく二つの後ろ姿を、徳田は館長とネコと共に、黙って見送ることしか出来なかった。
以来、織田はいつの間にか彼女専属の助手として、常にその隣に並び、忙しく駆け回るようになった。逆に徳田は、冷静さを欠いた自身の発言や不甲斐なさを悔やみ、また、人形のような無感情の彼女を冷たく不気味に感じ、司書を避けるようになってしまったのだった。
織田は深く深く息を吐き出して、なるほど、と苦笑するしかなかった。
「そんなこともありましたなあ。うん……確かに、あの子は……咲枝はんは、表情の変化が微妙やし、言葉足りんくて他人に勘違いさせる厄介なとこあるけど、悪い子やないんですよ? 先生」
「それは、僕でもわかるよ」
徳田は織田よりも数日長くこの図書館で過ごしている。織田と同じくらい、本の世界を破壊する侵蝕者相手に、その世界を綴った文豪のひとりとして、戦い続けている。
司書は文豪たちが戦いで傷付く度に、彼らの武器であり命とも呼べる本を補修して、その手で触れて癒してくれる。彼らが疲れて腹を減らせば、食堂で手製の料理を振る舞ってもくれる。たったひとりでは重荷過ぎる仕事の数々を懸命にこなして、必死に彼らを生かそうとしている。人として、接してくれるのだ。
彼女はその表情も読み難いし口数も少ないが、決して悪い子などではない。寧ろ良い子過ぎて無理をしていないか、徳田ですら心配になる程だ。
「だけど、僕はきっと……あの子に嫌われてしまっていると、思う」
そう言って、徳田は悲しげに目を伏せた。精神的に不安定な状態だったとはいえ、あの時、荒くれた感情に任せて吐き出してしまった言葉は、きっと彼女の心を悲しませ傷付けてしまっただろう。僕は彼女の助手を嫌がるようなことを言ってしまったのだから、と。
「……ん、ふっ」
それを聞いて、織田は。
「あッははは! くくっ、そりゃ絶対ありえませんわあ、せんせー!」
腹を抱えて笑い出した。持っていた資料の本と手紙を落っことしそうな勢いで、げらげらと。徳田が微塵も予想していなかった反応で呆気にとられる中、図書館に似つかわしくない独特の笑い声が響く。
「ケッケッケ! んじゃあ、そんなおもろい秋声先生には、助手のわしから一つ、良いこと教えてあげますわ」
織田はずっと腕に抱えていた本たちの中から、ある一冊を取り出し、徳田の眼前にその表紙を見せ付けた。
「これは、僕の……」
「はい。徳田秋声先生が書かれた"あらくれ"──先日の潜書で、ようやっと浄化出来た本ですわ」
「……どうして、織田君が僕なんかの本を」
「先生、今のわしはお司書はんの助手ですよ。あの子に頼まれましてね、秋声せんせのご本をもっとたくさん読みたい、言うて。せやから、ここまで取りに来てたんです」
いじらしい子やと思いません?
織田は見せた本をまたその腕に抱え直して、司書室に籠る愛しい彼女を想いながら、眩しく微笑む。
この間は秋声先生の"新世帯"読んで、面白かったあ〜! ってほくほく顔で喜んではりましたよ。あれはさすがに妬けましたわあ。そう語る織田の苦笑は作家として悔しそうでもあった。
「もし先生のことをほんまに嫌いやったとして、そんな嫌いなやつの本を読みたいと思いますかね? あの子はただの読者ですよ」
錬金術に関する本以外はまともに読んだことがなかったらしい彼女だが、それでも、自分に力を貸してくれる文豪たちのことをもっと知りたい、学びたいと思った。彼らが綴った作品を、読んでみたくなったそうだ。
感情表現が他人と比べて極端に苦手で、人との対話も得意でないことを、彼女は自分でも欠点として理解している。しかし、長年連れ添った性格は、簡単に改善できるものでもない。だから、彼らと直接対話をするより先に、彼らの生前遺した本を手に取った。
少しでも、彼らの想いを知る為に。そんなきっかけから、今では純粋にひとりの読者として、皆の作品を楽しんでいるのだ。
「あの子はほんのちょっと、自分の想いを伝えるっちゅーことが苦手なだけなんですよ、せんせ」
「……ほんの少し、って言える程度じゃないよ。言葉が足りなさ過ぎて、僕はずっと余計な心配をしてしまったじゃないか」
「まあまあ、その辺は大目に見てあげてください。たぶん……ですけど、あの時のお司書はんの言葉は、先生やわしのことを思うて"心配しなくてもひとりで大丈夫"っちゅう意味で言うたんやと思いますよ、きっと」
ひとりでやれる、助手なんて必要ない。司書のあの言葉は、転生したばかりの二人を気遣った言葉だったのだろうか。「わたしはひとりでも大丈夫だから、お二人にこれ以上の負担をかけさせたくはない、助手なんて申し訳ない」そんな真意があったのではないか。恐らく、という完全な推測になってしまうが。
「結局、彼女の本心は謎だけど……」
徳田は先程織田に預けた筈の茶封筒を、彼の腕の中からスッと抜き取った。
「僕らには言葉が足りなかっただけらしい。……少しくらいは、話をしてみたくなったよ」
館長が徳田に、司書へ渡してほしいと頼まれた手紙。それを再び手に取った彼を見て、織田は満足げにニンマリと笑った。
「ほな、せんせ、また後で。わしはお茶淹れてから行きますんで、ゆっくり相手してやってくださいね」
「ああ、ありがとう織田君」
あの子から少しでもこちらを知ろうと努力してくれているのなら、こちらからも歩み寄ってみよう。
彼女が彼らを知らぬように、彼らもまた、彼女のことを何も知らないだけなのだ。
司書室にコンコン、と控えめに扉を叩く音が鳴った。
「司書さん、居る? 館長から、その……手紙を預かっているんだけど」
2017.01.05再公開
2018.04.01加筆修正