世話焼き助手とお司書さんの話
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帝國図書館第壱特務司書地味で物静かな元引きこもりの23歳
薬の調合が得意な錬金術師
お人好しで頑張り屋さん
瓶底のような眼鏡をかけている
おっぱいがとても大きい
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首に飾った恋結び
本日は休館日である。
特に何の予定も立てていなかったのでたまには室内でのんびりしようと、特務司書とその専属助手の織田作之助は、お互い楽な格好で司書の自室へ集まって穏やかな午後を過ごしていた。
司書は部屋着用の白いワンピース姿で、ふかふかの座椅子にゆったり体を沈めて寛ぎ、太宰治に勧められたファッション雑誌をぼんやり眺めていた。机の上の少し冷めてきた紅茶を啜りながら、何かおやつでも作ろうかなと考える。たまにはこんなまったりした日があってもいい。そう心癒されながら、この時間を共に過ごす恋人の方を見た。
織田は彼女のすぐ隣に伏せて肘をついた体勢で、司書が先日贈った本を熱心に読んでいる。彼も今日ばかりは身形に気を使わず、長い髪を簡単に一つ結びしただけで三つ編みすらしていない。逆三角に襟の開いた白いニットを緩く着こなして、まだ時期的に暑いのか長袖を肘上まで捲っている。どんな平服でも似合ってしまうところはさすが美男子だなあ、と司書は寛ぐ彼を見て妙に感心していた。また、体の線に沿うニットで彼の細身が強調されて、どきどきもしてしまう。
「作ちゃん、やっぱり、細いですね」
「えっ、いきなりどないしたん?」
ぼうっとし過ぎていたのか、つい心の声が口から漏れ出てしまったらしい。読書を中断するほど驚いた織田の赤い視線に、恥ずかしそうに苦笑する司書。
「お洋服のせい、かな。作ちゃん、こんなに細かったんだ、って、ちょっとびっくり、したの」
「え〜、今更過ぎひん? わしは生前から長身痩躯の美男子やで。それに、咲ちゃんはわしの裸やって見てはるやろ♡」
頬杖をついてふざけた様子の一言に、彼女の頬がみるみる赤くなって、織田はぺちんと額を軽く叩かれた。けれど楽しそうに「けっけっけ」と笑っている。「すけべ」なんて罵られても可愛い可愛いと笑うので、今度は彼の細い腰回りに手を伸ばした。
「でも、ほんとに細い、ちょっと、心配になるくらい。もっと、栄養のつくご飯、作らなきゃ……触っても、全然、お肉ない……」
「ひゃ〜! やめてやめて、こそばいわあ〜!」
つんつんと横腹を突かれて大袈裟な反応を見せる織田に、司書は弾むような声を上げて笑う。彼も笑いながら、しかし彼女の指でつつく攻撃から抵抗するために、ごろん、と仰向けに寝返りを打って両腕で自らの腹を守るように覆い隠した。が、今度はその片腕を彼女の小柄な手に捕らわれる。
細いなあ、白いなあ、と言いながら、司書の柔らかな指先が彼の右腕を撫でる。青く浮き出た血管に沿って手首をなぞったり、骨張った指の関節を弄んだりしている。少し擽ったいけれど、それすらも織田には心地良く感じて、何も抵抗はしなかった。されるがままに微笑んで、楽しそうな彼女を見上げている。
「大きくて、綺麗な手……ふふ、好き」
その一言は不意打ちで、どきんとした。カッと顔が熱くなるのを感じる。
織田は司書に捕らわれた右手だけでなく左手も伸ばし、今度は彼が彼女の手を弄び始めた。綺麗に切り揃えられた爪を撫でたり、指の間に己の指を絡ませたり、女性らしく柔らかい肉の感触を楽しんでいる。
「わしは、咲ちゃんのおてての方が好きやなあ。ちいさくてふにふにで、食べてしまいたくなるくらい、可愛いわ」
「もう、ふふっ、何言ってるの」
「けっけっけ、ほんまにそう思ってるんやからしゃあないやん。いつかここに、あんたはわしのもんやって証を付けて欲しいなあ」
彼は寝転がったまま、繋いだ彼女の左手を引き寄せて、その薬指の付け根へ食むように口付けた。ぽふっと湯気が出そうなほど、司書の顔がますます赤く染まる。けれど、すぐその驚きの表情を、うっとり恍惚の笑みに緩めた。
「……わたしも、わたしはあなたのものだって、証が欲しい、な」
彼女の手はするり彼の大きな手から抜け出すと、彼の鎖骨下を飾る木苺のように赤い小さな宝石に触れた。それは先日、司書が恋人である織田の為に贈った手製の首飾りであった。
「この宝石、きれいでしょう」
「うん、こんな立派なもんを作れるなんて、ほんまに咲ちゃんすごいお人やとも思ってるよ」
「えへへ。わたしの、いちばん、自信作。あなたのおめめは、きらきら、あかくてきれいで、宝石みたい。だからね、だいすきだから、ほんとの宝石にして、閉じ込めて、しまいたかった」
こちらを見下ろす彼女の目の灰色は、彼の目の赤色を映して、甘く溶かされるような熱を帯びていた。あなたはわたしのもの、わたしだけのものだ。自分にだけ向けられる、真っ直ぐな愛のこもった独占欲が、彼には嬉しいものだった。
嗚呼、いつか自分も、彼女に──
「なあ、咲枝はん、明日……いや、あかんな、やっぱり内緒にしとこ」
「? なんですか、気になる」
「んー、教えられへんなあ。まあ"いつか"必ずわかるから、その時のお楽しみっちゅうことで」
「えぇ〜……」
そんな戯れがあった、翌日のこと。
休日明けの出勤というのは、なんとなく憂鬱になりがちなものだが、その日の特務司書は普段より明らかにぐったりとしていた。今朝はそうでもなかったのだが、昼休憩の後、彼女宛ての手紙を届けに来てくれた徳田秋声に「顔色悪いよ、どうしたの」と心配の声を掛けられるほどである。その場では笑って「なんでもない、大丈夫です」と答えたが、嘘をついたことは一目瞭然であった。
原因は、朝からずっと図書館に姿を見せない、専属助手にあった。今朝、寮を出る前に彼は、どうしても今日済ませたい用事があるから先に出勤してほしい、と言った。彼に今日の潜書任務の予定は無いし、遅くても午後には出勤するというので、あっさり用事の内容も聞かず許可してしまったのだが。約束の午後になっても彼は来ない。もうすぐ夕暮れになりそうだった。それだけならまたしも、彼に持たせた携帯電話に何度メールを送っても反応がない、電話も繋がらないという、彼との連絡が全くつかないことが彼女の不安を酷く煽っていた。
館長から届いた手紙を開いて読もうとするも、集中出来なくて内容が少しも頭に入って来ない。助手のことばかり考えてしまう。もしかしたら、何かよくない事件に巻き込まれているのではないか。さっき心配してくれた秋声に、この事を相談してみるべきだろうか──と悩んでいた時である。
「おっしょはあん!」
バタンッと大きな音を立てて司書室の扉が開いたかと思えば、大きな声で飛び込んできたのは織田作之助だった。いつも通りの太陽みたいに眩しい笑顔で、司書がずっと心配していたことなど知らず、にこにこしている。
「さ、さくのすけさん!!」
──が、執務机から勢いよく立ち上がった司書の、珍しく怒ったような大声で、さすがに彼も驚いたようだ。
「どこ、行ってたんですか、全然連絡も、してくれないし……」
「あ、あー……実は、出掛けてる間に気付いたんやけど、携帯うちに忘れてて……」
「ッ、作ちゃん!? わたし、っ、わたしすごく、心配して……!」
「あぁっ、ご、ごめん、ごめんな? 泣かせたかったわけちゃうんや、今後はほんま気をつけるから」
「ぅ、うう〜……」
先程まではあんなに不安だったのに、彼の顔を見たらすっかり安心してしまったのか、司書は泣きそうだ。しかし、織田があんまりおろおろとして、必死にこちらを慰めようと頭を撫でたり、背中をさすったりしてくれたので、何とか涙が溢れることはなかった。
「……約束の時間に、遅れてしまうのは、構いません、理由を連絡して下されば。でも、その連絡手段を、忘れるなんて、よくないです、心配します」
「はい、反省してます……」
「気をつけて、くださいね。あなたは、わたしの専属助手、ですから」
今度は司書の手が伸びて、すっかり落ち込んでしまった織田の頭を撫でる。彼は切り替えが早い。すぐにぱあっと表情が明るくなった。
「ところで、今日はどこへ……?」
「あっ、そうそう! こないだから、おっしょはんに日頃のお礼ってたくさん贈り物してもらっとるやろ? わしも何かそのお返しがしたいなあ、思って」
お礼のお返しだなんて少し変な話だと思いつつ、司書は微笑むだけで黙って彼の行動を見守る。織田がどこかの店で購入してきたのであろう小さな白い紙袋が机に置かれて、その中から更に小さな赤い箱が出て来た。彼の手でゆっくり箱が口を開けて、姿を現したのは──
「指輪……?」
金色のペアリングだった。何の飾りも彫り模様もない、シンプルなものだ。
織田はそれをひとつ取り出すと、自身の左手の薬指に嵌める。また、残りのもう一つも取り出して、司書の顔を柘榴石が如く瞳でじぃっと見つめた。
「咲ちゃん、おてて出してくれる?」
「えっ、あ……は、はい……」
司書は指定されずとも、自然に左手を差し出していた。恐る恐る、彼女の指に金色を通していく。どきん、どきんと心臓が高鳴って、お互いにどこか緊張した様子であった。指輪が彼女の薬指にぴったり嵌ったのを確認して、織田はほっとしたように息を溢した。
「は〜良かった、寸法合ってた〜」
「す、すごい、ぴったり……何で……」
「昨日の夜こっそり測らせてもらった甲斐あったなあ。よかった、よかった。豪勢な宝石がついてる物や、立派な彫り入れされてる物だとか、色々あって迷うてたらこんな時間掛かってしもうて。でも、これにして良かったわ」
「……きれい、ですね」
自分の左手薬指を飾る金色に目を奪われて、司書はもう織田の声すらあまり聞こえていないようだった。感動でまた灰色の目が潤み始めていることに気付き、彼女の掌にそっと自身の掌を重ねる。執務机を挟んで、互いの左手を強く握り合った。
「結婚指輪には、まだ早いけど。わしも、あんたはわしのもんやって証が今すぐにでも欲しいと思うた。せやから、その……婚約指輪、ってことで、いつも身につけてくれへんか」
彼は祈るような声色で、金色が輝く彼女の左手を両手で包み込むように握り締める。司書の瞳から、ついに堪え切れずほろほろと涙が溢れて落ちていった。
「うれしい……うれしい、です、ありがとうございます……ぐすっ」
「もう、咲枝はんはほんまに泣き虫やねえ。こちらこそ、受け入れてくれて、ありがとう。おおきに」
わしも嬉しいよ、と優しい声音で話す彼も、貰い泣きしてしまいそうに柘榴石の目を潤ませていた。
日頃のお礼に、と彼女はこれまで色々な贈り物をくれた。お気に入りの煙草や書物、装飾品──特に、自分の為だけに作ってくれたという赤い宝石の首飾りが、彼には一生の宝物になるほど嬉しかった。だから、同じことをしたかった。そして出来れば、それは常に身に付けられるもので、揃いのものが良いと思い、この婚約指輪を贈ろうという考えに行き着いたのだ。
泣いてしまいそうな自分の目元を雑にごしごし拭ってから、その手でぽふぽふ彼女の頭を撫でる。
「これからもずっと、一緒におってな」
「……はい。長生き、してくださいね」
「うん、あんたがおってくれたら、大丈夫」
「あ、そうですね。健康管理、任せて。作ちゃんも、指輪も、大事に大事に、します」
「大事にするって、それはわしが言うべき台詞とちゃうん? まったく頼もしい嫁はんやなあ」
「ふふっ」
ああ、でも。司書は少し困ったように眉を寄せて目を伏せた。
「補修とか、錬金術の研究とか、お仕事で、指輪……汚れちゃったら、やだな……いつも、付けてたい、のに」
「けっけっけ、安心してええで〜。そういうところも、わしはちゃあんと考えてますよ、おっしょはん♡」
彼が懐から「じゃじゃーん!」と自声の効果音付きで取り出したのは、首回りをゆったりと飾れそうな長さの、焦茶色の革紐だった。
さて、日が沈み、夜も更けた頃。
仕事を終えて帰る前に喫煙所で一服していた織田の元へ、明るく「よう」と片手を上げて近付いて来るサングラスの男がひとり。坂口安吾である。織田も煙草を咥えたまま、笑ってひらひら片手を振り返した。
「よう安吾」
「やっぱりここに居たかァ、オダサク」
ちょっと探してたんだよ、なんて話しながら彼の隣にどすんと腰掛けて、安吾も愛用の煙草を一本取り出して火を付けた。
「今日も助手仕事お疲れさん。どうだ、この後飲みに行かないか? 太宰も誘ってある」
「んー、お誘いめっちゃ嬉しいなあ、でも……悪いけど、また今度お願いするわ。今日はおっしょはんに叱られてもうてなあ、にも関わらず、早速その足で飲みに行くんはさすがに気が引けてまう。しっかり反省せえへんとな」
「へえ、あの司書ちゃん怒らせるとは、珍しいこともあるもんだ。仕方ない、また今度だな」
「ほんま悪いなあ、誘ってくれておおきに」
「良いって良いって、気にすんな。どうせ今夜は断られるだろうとわかってたからな」
「へ? それってどういう……」
「ところでオダサク、アンタ最近随分洒落てるな〜? その指輪ぶら下げた首飾り、司書ちゃんも全く同じのかけてたよな?」
安吾はにやにやと笑いながら、織田の首を飾る金色の指輪を見つめる。司書と揃いのそれは焦茶色の革紐がしっかり結ばれていて、シンプルな首飾りに姿を変えていた。
手が汚れる仕事上、指輪をずっと付けておくのは心配だろうと司書の事を気遣って、首から下げられる用の紐も彼は準備していたのである。そして当然、彼女と揃いになれるよう、織田も自身の指輪を首飾りへと変えたのだ。
「ケッケッケ、さすが坂口はん、お目が高いわあ」
「もしかして、揃いの結婚指輪か? ついにふたりが結婚すんのかって、俺たち以外の文豪先生たちも注目して騒いでるぜ。すっかりお祝いムードだ。明日は自然主義の先生方から突撃取材されちまうかもな、ふっはは!」
「えぇ、ほんまに? そら有難い話やけど、さすがに結婚はまだまだ、もっと先の話やわ」
お互いに早く正式な夫婦になりたいという気持ちはあれど、彼女にも自分にも為すべきことがあるから、侵蝕者との戦いがせめて落ち着くまでは、まだ。
これは婚約指輪だと、織田はにこにこ笑って説明する。何だつまらない、安吾は残念そうに真っ白な煙を吐き出した。
「確かに今の状況を考えると、厳しいもんなのかね。しかし、あんたとしても、早くあの子を嫁に迎えた方が安心なんじゃねえのか」
「ええの、ええの。今は、これがあるだけでも十分や」
織田は吸殻を共用の灰皿に捨てて立ち上がり、くるりと安吾の方を振り返った。生前からよく慕っている先輩文士へ向かって、革紐で結ばれた金色を揺らしながら、にぃっ、と眩しいほど笑って見せる。
「わしはあの子のもん、あの子はわしのもんやって、その証やからなあ」
弟のように可愛がってきた彼は今生、とても幸せそうだった。
「──って、え、ちょっと、何泣いてんねん安吾」
「は、はあ!? 馬ッ鹿! 全然っ、泣いてねえし、見間違いだろ」
「けっけっけ、そうでっか……ほんまにもう、わしの周りは泣き虫ばっかりやなあ」
2017.09.14公開
2018.04.01加筆修正