いばらの涙
少女小説なんて、滅多に読まないのだけれど
「ロサギガンティアが…」
読んでみようと思ったのは、街中で見かけた貴方と同じ制服を着た学生が、この本を手に貴方の話をしていたから。
私は、それを静かに、そして永遠に眠らせることにした。
だからその森は、今でもいばらを堅く張りめぐらせ、外部からの侵入を拒み続けているのだ。
たぶん、私が死ぬ、その時まで。
「栞ちゃん!」
「……………光希さん。」
「やっと気がついてくれた。何度も呼んだんだよ。」
一気に現実に引き戻される。
そうだ。ここは新しい学校の教室。
どうやら本の内容に、のめり込み過ぎて呼ばれていた事に、気づかなかったみたいだ。
「……ごめんなさい。」
「いいの。いいの。栞ちゃんがすごく難しい顔して本を読んでたから、気になって声かけただけ」
明るく話しかけてくれる光希さんは、今の学校のクラスメイト。人との距離感が近く、少し調子のよい所もあるけれど、転校生の私をよく気にかけてくれている。
聖とはまた違うタイプの、優しい人。
「栞ちゃんが、コスモス文庫とか読むの珍しいねぇ」
「そうね。普段はあまり読まないのだけど、前の学校の………」
「ん?」
「いえ…………何でもないわ」
口を噤む。
こんな話をしても、光希さんを困らせるだけ。
少し読んだだけで、この小説の作者が聖ではないことは分かった。
それでもこの本を読むと、私と聖の事が重なって、追われるような、「忘れるな」と言われているような罪悪感に苛まれてしまう。
それは、聖から逃げた酬いなのかしら………?
「栞ちゃん。小説、私も読んでみたよ!」
教室で光希さんがそう話しかけてきたのは、私があの本を読み終わってから、一週間ほど経ってからだった。
「栞ちゃんがつらそうな顔して読んでたからさぁ、気になって読んでみたんだ。悲しいお話の本だったんだねー!」
光希さんは辛そうな表情で感想を言う。
私に話を合わせるために、作ったような少しわざとらしい顔だった。
「………ええそうね。」
私が、小説の出来事と自分の体験を重ね合わせているとは思いもしないのだから、仕方ない。
寧ろ、私に話を合わせるために本を読んでくれたのだから、好意を持ってもいい程だ。
だから、魔が差しただけだ。
「………もし私がこの小説の作者で、主人公のように駆け落ちをしようとしていた事があると言ったら、光希さんはどう思う?」
こんな意地悪な質問をしたのは。
「…………」
「…………………」
無言の時間が続く。
沈黙の中での無言より、教室の騒音がある中での無言の方が、より気まずく感じられる。
「この主人公程に人を好きになった経験がまだないから………想像するのは難しいけれど……………」
しばらく時間を置いてから、光希さんはゆっくり言葉を選ぶように回答した。
「栞ちゃんが………この小説の主人公みたいに、ならなくて良かった………って思う。」
そして、私の目をしっかり見て言った。
「私は今、栞ちゃんが生きていてくれて良かったって思うよ」
「………!」
あのときの私の選択が最善であったとは言いきれない。
もっと、聖や周りの人達を傷つけない方法が沢山あったと思う。
けれど、あの時聖と共にいる事を選んでいたら、きっとこの小説の主人公達のように、死の影が私達に付いてきたに違いない………
「ありがとう………」
光希さんが出した答えは、赦されたい私を救うのに、充分な回答だった。
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