つわものもとめて三千里
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「ふぅーっ、待たせてかたじけないアシリパさん」「構わん、ウサギを食べよう。私たちはウサギのことをイセポと呼んでいる。イーッと鳴く小さいものという意味だ。イセポは大きさの割に食べるところが少ないからチタタプにする」「出た!チタタプ」「わぁい」
白石の一件を終えた二人は、急いでアシリパの元へ帰り、それから食事の支度を始めた。
「耳の軟骨も食べる。皮を剥いでチタタプにする」「無駄がないねぇ」「良いことだ」
アイヌの料理は本当に無駄がなく、皮以外はほとんど食べていると言っても過言ではないだろう。
さらにアシリパは、ウサギの耳の先が黒い理由であるアイヌの間に伝わる昔話を通して二人に教えた。
「つまりそのお話の教訓は欲を出さなければ逃げ回る必要もなかった…ってことだな」「杉元、刀次。ウサギの目玉食べて良いぞ」
しみじみと昔話の教訓を噛みしめる二人の前に突然差し出されたウサギの目玉。
「イーッ」「ヒェッ…」
「なんだその顔。目玉はその獲物を捕った男だけが食べて良いものなんだぞ」
さぁ食えと言わんばかりに目玉を近づけてくるアシリパ。その度にぷるんと目玉が揺れ、なんとも形容しがたい気分になった。
「いいのぉ?いいのぉぉ?」「ウレシイナァ」
杉元はゆっくりと目玉を口の中に運び、咀嚼した。
その表示から、脳みそと共通するものがあることは火を見るよりも明らかである。
「ウッ…あう…オエッ」「オエ?うまいか?ヒンナか?」「ヒンナ…」「よしよし、次は刀次の番だな」
目玉を口に入れた瞬間にえづいてしまう。
なんとか必死にえづかずに咀嚼、飲み込んだ。プチュンッという目玉が潰れる瞬間の感覚と、溢れた体液の味を先三日は忘れなかった。
「うぼ…ぉ、ヒンナ…」「よしよし」
珍味の後には、絶品の料理と相場が決まっているのがありがたいことで、今晩も例外ではなかったようだ。
「エゾマツタケとオシロイシメジ。去年とって干してあったキノコ類だ。そして香辛料として刻んで干したブクサ(行者にんにく)を肉に混ぜた」
いつものようにグツグツと煮込まれた鍋には、出汁や旨みが溶け出し、実に良い香りを漂わせている。食事は英気を養うのにはうってつけなのだ。
「いただきます。ハフハフ、う…うまいっ!リスより脂っこくなくてあっさりしてるなぁ」「いただきます。ん、はふ…ほんとだ!うまいっ!あらゆる食材の香りが程よいバランスで保たれている…」
疲れた体に染み渡る暖かい料理に、思わず箸が進む。
アシリパはいい嫁さんになるに違いない、そう思った刀次である。
「アシリパさん、このままでも十分美味いんだが、味噌入れたら絶対合うんじゃないの?これ」「おっ、おい、まじかよ味噌があるのか」「ミソってなんだ?」
そう言うと杉元は携帯品の中から木でできた弁当箱を取り出し、蓋をあける。中には、日本を代表する味覚、味噌がぎっしり詰まっていた。が、アシリパが何やら驚いた顔をしている。
「うわっ!杉元それオソマじゃないか!」「「オソマ?」」「うんこだ!!」「違うんだ、アシリパさん」「うんこじゃねぇよ、味噌だよ」「うんこだ!!」
味噌を完全にオソマと勘違いしたアシリパさんはこれ以降事あるごとにこいつらはオソマを食べるとしきりに言うようになった。
「美味いから食べてみろよ」「私にうんこを食わせる気か!!絶対食べないぞ!」「違うんだ、アシリパさん」
結局、杉元は自分の器にだけ味噌を溶いた。和人の刀次は、いい香りだと感じるが、オソマと言って聞かないアシリパは、怪奇の目でこちらを見てくる。
「なあ杉元、俺にも味噌分けてくれよ」「おう、好きに使え」「どうも」
が、どうしても味噌ときオハウを食べたかったのでアシリパの目は気にせず、刀次も味噌を溶かして食べる。
「んん!美味いっ!思った通りバッチリ合うぞ。ああぁ…やっぱり日本人は味噌だな」「だな!さらに味に深みが出て美味い!」
「うわぁ、うんこ食べて喜んでるよこの男たち」「人を変態みたいに言うんじゃありませんよ」
相変わらずアシリパの二人を見る目は変わりない。早くアシリパにも味噌の美味しさを知ってほしいというのが刀次の素直な思いであった。
「ヒンナヒンナ」「ヒンナヒンナァ…」「だまれ」
夜が明け、火の始末をして小屋を発つ。
しばらく歩くとアシリパが不意にこんなことを言った。
「ここをもう少し下ると熊の巣穴にぴったりの場所がある。今年もヒグマが使っているかもしれない」「ひ…????ひ?????」
「ヒグマは自分で新しく巣穴を掘るが、誰かが掘った古い巣穴も再利用する。老練な猟師はそういう巣穴をいくつも知ってるんだ」
「ちょ、アシリパさん???」
そうしている間にも巣穴から10mほどの場所にでた。
アシリパ曰く、入り口につららがあるか、生臭いとそこにいる可能性が高いらしい。
「静かに近づけ」「ぐっすり冬眠してるんだよな?カエルみたいに仮死状態で…」「いやちょっと違う。うつらうつらして籠ってるだけだ。うるさくしたら飛び起きるぞ」
アシリパからアドバイスをもらって、杉元がひとまず偵察にでた。
「ヒグマはあれ以来きらいだぜ(つららあるじゃねぇか…熊笹が丁寧に敷き詰められてる。獣にもこんな器用なことができるのか)」
軽く偵察を終えた杉元が帰ってくる。どうやら、いるようだ。巣穴の中に。
「捕まえるか?」「えっっっ」「どうやって?」
アイヌに伝わる猟法で、穴の入り口に杭を打って塞ぎ、それを警戒した熊が顔を出したのを見計らい毒矢を打ち込むというものらしい。
だが、勇敢だったアシリパの父は毒矢を握りしめて巣穴に潜り、一人でヒグマを仕留めたらしい。
「アイヌの言い伝えにこういうのがある。ヒグマは巣穴に入ってきた人間を決して殺さない」「(嘘だ)」「(絶対やだ)」
今までアシリパから教わるアイヌの生活の知恵には度々感心させられてきたが、どうもこればかりは和人としては信じがたい。
「俺たちはただでさえ危険な囚人を捕まえなきゃならんのだ。今すぐヒグマ食わなきゃ飢え死にするってわけじゃねぇし。行こうぜ」
今はそんな危険を冒すこともないだろうと杉元は踵を返し、その場を立ち去ろうとする。
刀次は、そんな杉元にちょこちょことついていく。
「ヒグマって美味いの?」「おい、勘弁してくれよ」「脳みそに塩かけて食うと美味いぞ。…!杉元、刀次。あれなんだろう?」
「どれどれ?」「どうした?アシリパさん」「あそこでなにかが光ってる」
二人は光ってる、の言葉を聞いて一斉にアシリパが指差す方向を見た。
光ってる、それにアシリパが知らないものということは明らかに人工物の証拠であり、二人の間に嫌な雰囲気が漂う。
「私たちが今朝まで泊っていた辺りだ」「…!おい、あれってもしかして…」「やばい!あれは双眼鏡だ!」
嫌な予感が的中するや否や、杉元はアシリパを脇に抱えて走り出す。足が雪にとられ思うように進めない。足に枷をつけられたように体力がどんどん奪われていく。
「いました。こちらに気が付いて逃げ出しました」
あれほどの距離があったにもかかわらず、相手はスキー板を使っているため、三人との距離は縮まるばかりで、ついにはアシリパが目視できるほどまでの距離に詰められた。
「何人いる?」「三人…いや四人だ!ものすごい速さで降りてくる!」「くそっ、スキー板を使ってやがる!このままじゃ逃げ切れねぇ!杉元ッ!アシリパさんだけでも…!」
必死の逃亡により、なんとか笹薮が群生する地帯まで逃げてくることができた。だが、追いつかれるのも時間の問題である。
「杉元ッ!刀次ッ!笹薮を通って逃げろ!足跡が目立たないから追跡が遅れる!」「杉元…」「わかってる。アシリパさん、二手に分かれよう。奴らは大人の足跡だけを追うはずだ。アシリパさん、刺青人皮これを…持って行ってくれ」「俺らが持っていればおそらく殺される。アシリパさんはまだ子供だ。殺されることはないだろう」「一切抵抗せずに奴らに渡せ!なにも知らないふりをしろ。俺らがいった通りにするんだ。いいな?」
切羽詰まった表情で二人はアシリパに逃げる術を伝え、一切抵抗するなと念を繰り返し押す。
まだ小さいアシリパを巻き込みたくない一心からの言動であった。
二人はアシリパに刺青人皮を託し、雪原を駆ける。
「ありました!こっちです。笹薮を抜けた足跡がある」
「二手に分かれています。子供はあっちです」
「よし、子供は谷垣に任せた。残りのものはついてこい」
藪の中を逃げる作戦は一瞬の時間稼ぎとなったが、すぐに見破られてしまう。
「はぁっ、はあっ、まともに歩けやしねぇ…!」「止まれ!!」
「(畜生…っこれじゃ勝ち目がねぇ)」
「銃を捨てろ!腰の銃剣もだ!それに隣の男!腰の刀を捨てろ」
すぐに足跡をたどってきた追っ手に追いつかれ、背後を取られる。
止まれの指示に従う方が賢明だろうと指示通り武器を捨て、その場に立ち止まる。
「なぜ逃げる?」「なぜって…あんたら密猟者を捕まえにきたんだろ?禁止されてる鹿を撃ってたんだ」「アイヌのガキを脅して案内させてたんだ(杉元…頭の切れる男…!)」
とっさの杉元の策に刀次も乗っかり、なんとか誤魔化そうとする。
三人のうち二人は納得したように紛らわしい、と言っていたが残りの一人の様子がおかしかった。杉元をジッと見つめ、目をそらさなかった。
「近くで怪しいやつを見なかったか?」「さぁ、誰にも会ってないね」
一人の動向はきになるが、なんとか巻けるだろうと一瞬安堵したときだ。顔に傷のある三人目の男がおもむろに口を開いた。
「その顔…野戦病院で見たことがある。第1師団にいた杉元…不死身の杉元だ」「不死身の杉元?こいつがあの…」
顔に傷のある男がそう言って銃を構えた途端、三人の中でなにかが繋がったのか一斉に銃を向ける。
すぐ後ろにはヒグマの巣があり、前には追っ手。前門の虎、後門の狼であった。
絶対絶命な状況に追い込まれた二人。
「杉元の隣のガキはどうしますか?」「構わん、捕らえろ。面倒なら足を撃ち抜いてしまえ」
膝をつき腹ばいになれとの指示を聞かない二人に痺れを切らして追っ手の一人が引き金に指をかけた瞬間だった。
杉元がヒグマの巣穴に突然飛び込んでいく。
「チクショウ!俺は不死身の杉元だぁぁぁあっ!!」
「(杉元…!?たしかにアシリパさんの知識に間違いがあったことはないが、それはあまりにも大博打すぎる…!)」
あまりにも突然の出来事に、刀次を含めた四人はあっけに取られた。
「はぁ?穴に逃げ込んだぞ」「見苦しい。もう撃とう撃とう」「しかし…死んでしまってはなにがあったか聞き出せませんよ」「このみっともない男が鬼神とも言われた兵士不死身の杉元とは…信じがたい。本物なら死なんのだろう?我々で確かめてみようじゃないか」
そう言って二人が穴に向かって発砲した瞬間だった。
グオオオオオオオッという恐ろしい雄叫びが轟き、その場にいた全員の体に衝撃が走った。雷に打たれたような衝撃に、巣穴の目の前にいた二人は呆然と立ち尽くすだけだった。
もちろん一人目、二人目と簡単に熊の爪にかかり殺されていく。
「落ち着けよ熊公。炭焼きの仕事をしていた爺さんが教えてくれた。ヒグマに出会ったら背を向けて逃げるのは自殺行為、死んだふりも意味がねぇ。ジッと動かずに穏やかに話しかけろってな」
男がヒグマに話しかけると、敵意が無いとみなしたのかヒグマはだんだんと落ち着きを取り戻していく。
「(あぁ…すごい。だが…)」「あとはゆっくり…狙いを済まして一発を、頭に…」
ダァァァンッと乾いた音が響く。
ドサッ、と音を立ててヒグマの巨体が崩れ落ちた。爺さんの仇だ、と仕留めたと思ったのか呟く男。
だが、熊の頭蓋骨は分厚く、脳は小さいため頭を狙って仕留めることは難しい。再び興奮したヒグマに簡単に噛み殺されてしまった。
「ブフゥアアアアッ!!」
次はお前だと、刀次にヒグマは狙いを定める。
過去のトラウマと重なり、足が地面に吸い付いたように離れない。
響く地を這うような低い唸り声、ピチャピチャと生き血を舐める音、かすかに聞こえる父の呻き声、全身に飛び散った血の生暖かい感触。
脳裏に焼き付いて離れないトラウマを打ち破らない限り刀次はヒグマに食い殺されるだろう。
「クソッ、クソックソォオォォオ!!テメェなんかに殺されてる場合じゃねぇんだよっ!!」「ブホァ…」
自らを奮い立たせるため、ヒグマに威嚇をするために大声で叫んだ。過去と決別するようにその場から走り出し、自らの刀を拾い抜刀する。
「(アイツ…!熊の前で走るなんてバカしやがって…!)」
走り出した刀次を追いかけ、ヒグマが迫る。
「(一発だ…一発しかチャンスはない…しくじったら、死ぬ!)」
ヒグマが二本足で立ち上がり、鋭い爪を振り下ろす。これにかかれば命はない。
「俺はもう死んでるんだ!!まだ成仏なんてできねぇ!!!!」
その言葉と同時にゆうに3mはあるヒグマの巨体が刀次の上に覆いかぶさった。
あたりが静寂に包まれ、木の上に投げ上げられた兵士の臓物がぐちゃり、と落ちる音だけがしていた。
その静けさを合図に、杉元が巣穴から出てきた。
「刀次、刀次!死んじまったのか…?!」
返事はない。母を失った子熊を抱えた杉元は、すぐにヒグマの死体の元へ行き、巨体を押しのけた。
「ブフゥーッ、ブフゥーッ…」「おい大丈夫か?」
辛うじて刀次は呼吸をしていたが、頭を強打したことにより上手く呼吸ができなくなる上に、仰向けであることから喉に血がたまり窒息の危険があった。
急いで杉元は刀次を起き上がらせ、喉に溜まった血を吐かせた。
「っぷ…う、怖かったぁぁぁぁぁ…死ぬかと思ったぜ。てか杉元がいなかったらそのまま窒息してたわ」「お前が頑丈で良かったぜ」
「てかなにそのちっこいの怖っ」「お前がこいつの母さん殺しちまったんだろうが」「それはすまないことをしたな…」「ブブブブブ」
起き上がり血を吐くと、すぐに刀次は元気になりいつものようにペラペラと喋り出す。
この子の母を殺めたのは自分だと責任を感じた。
「巣穴に入ってきた人間を殺さない。アシリパさんが言っていたことは本当だったみたいだ」「アシリパさんがチタタプにしないといいけどなぁ」
二人はアシリパとの合流を目指し歩みを進めた。
白石の一件を終えた二人は、急いでアシリパの元へ帰り、それから食事の支度を始めた。
「耳の軟骨も食べる。皮を剥いでチタタプにする」「無駄がないねぇ」「良いことだ」
アイヌの料理は本当に無駄がなく、皮以外はほとんど食べていると言っても過言ではないだろう。
さらにアシリパは、ウサギの耳の先が黒い理由であるアイヌの間に伝わる昔話を通して二人に教えた。
「つまりそのお話の教訓は欲を出さなければ逃げ回る必要もなかった…ってことだな」「杉元、刀次。ウサギの目玉食べて良いぞ」
しみじみと昔話の教訓を噛みしめる二人の前に突然差し出されたウサギの目玉。
「イーッ」「ヒェッ…」
「なんだその顔。目玉はその獲物を捕った男だけが食べて良いものなんだぞ」
さぁ食えと言わんばかりに目玉を近づけてくるアシリパ。その度にぷるんと目玉が揺れ、なんとも形容しがたい気分になった。
「いいのぉ?いいのぉぉ?」「ウレシイナァ」
杉元はゆっくりと目玉を口の中に運び、咀嚼した。
その表示から、脳みそと共通するものがあることは火を見るよりも明らかである。
「ウッ…あう…オエッ」「オエ?うまいか?ヒンナか?」「ヒンナ…」「よしよし、次は刀次の番だな」
目玉を口に入れた瞬間にえづいてしまう。
なんとか必死にえづかずに咀嚼、飲み込んだ。プチュンッという目玉が潰れる瞬間の感覚と、溢れた体液の味を先三日は忘れなかった。
「うぼ…ぉ、ヒンナ…」「よしよし」
珍味の後には、絶品の料理と相場が決まっているのがありがたいことで、今晩も例外ではなかったようだ。
「エゾマツタケとオシロイシメジ。去年とって干してあったキノコ類だ。そして香辛料として刻んで干したブクサ(行者にんにく)を肉に混ぜた」
いつものようにグツグツと煮込まれた鍋には、出汁や旨みが溶け出し、実に良い香りを漂わせている。食事は英気を養うのにはうってつけなのだ。
「いただきます。ハフハフ、う…うまいっ!リスより脂っこくなくてあっさりしてるなぁ」「いただきます。ん、はふ…ほんとだ!うまいっ!あらゆる食材の香りが程よいバランスで保たれている…」
疲れた体に染み渡る暖かい料理に、思わず箸が進む。
アシリパはいい嫁さんになるに違いない、そう思った刀次である。
「アシリパさん、このままでも十分美味いんだが、味噌入れたら絶対合うんじゃないの?これ」「おっ、おい、まじかよ味噌があるのか」「ミソってなんだ?」
そう言うと杉元は携帯品の中から木でできた弁当箱を取り出し、蓋をあける。中には、日本を代表する味覚、味噌がぎっしり詰まっていた。が、アシリパが何やら驚いた顔をしている。
「うわっ!杉元それオソマじゃないか!」「「オソマ?」」「うんこだ!!」「違うんだ、アシリパさん」「うんこじゃねぇよ、味噌だよ」「うんこだ!!」
味噌を完全にオソマと勘違いしたアシリパさんはこれ以降事あるごとにこいつらはオソマを食べるとしきりに言うようになった。
「美味いから食べてみろよ」「私にうんこを食わせる気か!!絶対食べないぞ!」「違うんだ、アシリパさん」
結局、杉元は自分の器にだけ味噌を溶いた。和人の刀次は、いい香りだと感じるが、オソマと言って聞かないアシリパは、怪奇の目でこちらを見てくる。
「なあ杉元、俺にも味噌分けてくれよ」「おう、好きに使え」「どうも」
が、どうしても味噌ときオハウを食べたかったのでアシリパの目は気にせず、刀次も味噌を溶かして食べる。
「んん!美味いっ!思った通りバッチリ合うぞ。ああぁ…やっぱり日本人は味噌だな」「だな!さらに味に深みが出て美味い!」
「うわぁ、うんこ食べて喜んでるよこの男たち」「人を変態みたいに言うんじゃありませんよ」
相変わらずアシリパの二人を見る目は変わりない。早くアシリパにも味噌の美味しさを知ってほしいというのが刀次の素直な思いであった。
「ヒンナヒンナ」「ヒンナヒンナァ…」「だまれ」
夜が明け、火の始末をして小屋を発つ。
しばらく歩くとアシリパが不意にこんなことを言った。
「ここをもう少し下ると熊の巣穴にぴったりの場所がある。今年もヒグマが使っているかもしれない」「ひ…????ひ?????」
「ヒグマは自分で新しく巣穴を掘るが、誰かが掘った古い巣穴も再利用する。老練な猟師はそういう巣穴をいくつも知ってるんだ」
「ちょ、アシリパさん???」
そうしている間にも巣穴から10mほどの場所にでた。
アシリパ曰く、入り口につららがあるか、生臭いとそこにいる可能性が高いらしい。
「静かに近づけ」「ぐっすり冬眠してるんだよな?カエルみたいに仮死状態で…」「いやちょっと違う。うつらうつらして籠ってるだけだ。うるさくしたら飛び起きるぞ」
アシリパからアドバイスをもらって、杉元がひとまず偵察にでた。
「ヒグマはあれ以来きらいだぜ(つららあるじゃねぇか…熊笹が丁寧に敷き詰められてる。獣にもこんな器用なことができるのか)」
軽く偵察を終えた杉元が帰ってくる。どうやら、いるようだ。巣穴の中に。
「捕まえるか?」「えっっっ」「どうやって?」
アイヌに伝わる猟法で、穴の入り口に杭を打って塞ぎ、それを警戒した熊が顔を出したのを見計らい毒矢を打ち込むというものらしい。
だが、勇敢だったアシリパの父は毒矢を握りしめて巣穴に潜り、一人でヒグマを仕留めたらしい。
「アイヌの言い伝えにこういうのがある。ヒグマは巣穴に入ってきた人間を決して殺さない」「(嘘だ)」「(絶対やだ)」
今までアシリパから教わるアイヌの生活の知恵には度々感心させられてきたが、どうもこればかりは和人としては信じがたい。
「俺たちはただでさえ危険な囚人を捕まえなきゃならんのだ。今すぐヒグマ食わなきゃ飢え死にするってわけじゃねぇし。行こうぜ」
今はそんな危険を冒すこともないだろうと杉元は踵を返し、その場を立ち去ろうとする。
刀次は、そんな杉元にちょこちょことついていく。
「ヒグマって美味いの?」「おい、勘弁してくれよ」「脳みそに塩かけて食うと美味いぞ。…!杉元、刀次。あれなんだろう?」
「どれどれ?」「どうした?アシリパさん」「あそこでなにかが光ってる」
二人は光ってる、の言葉を聞いて一斉にアシリパが指差す方向を見た。
光ってる、それにアシリパが知らないものということは明らかに人工物の証拠であり、二人の間に嫌な雰囲気が漂う。
「私たちが今朝まで泊っていた辺りだ」「…!おい、あれってもしかして…」「やばい!あれは双眼鏡だ!」
嫌な予感が的中するや否や、杉元はアシリパを脇に抱えて走り出す。足が雪にとられ思うように進めない。足に枷をつけられたように体力がどんどん奪われていく。
「いました。こちらに気が付いて逃げ出しました」
あれほどの距離があったにもかかわらず、相手はスキー板を使っているため、三人との距離は縮まるばかりで、ついにはアシリパが目視できるほどまでの距離に詰められた。
「何人いる?」「三人…いや四人だ!ものすごい速さで降りてくる!」「くそっ、スキー板を使ってやがる!このままじゃ逃げ切れねぇ!杉元ッ!アシリパさんだけでも…!」
必死の逃亡により、なんとか笹薮が群生する地帯まで逃げてくることができた。だが、追いつかれるのも時間の問題である。
「杉元ッ!刀次ッ!笹薮を通って逃げろ!足跡が目立たないから追跡が遅れる!」「杉元…」「わかってる。アシリパさん、二手に分かれよう。奴らは大人の足跡だけを追うはずだ。アシリパさん、刺青人皮これを…持って行ってくれ」「俺らが持っていればおそらく殺される。アシリパさんはまだ子供だ。殺されることはないだろう」「一切抵抗せずに奴らに渡せ!なにも知らないふりをしろ。俺らがいった通りにするんだ。いいな?」
切羽詰まった表情で二人はアシリパに逃げる術を伝え、一切抵抗するなと念を繰り返し押す。
まだ小さいアシリパを巻き込みたくない一心からの言動であった。
二人はアシリパに刺青人皮を託し、雪原を駆ける。
「ありました!こっちです。笹薮を抜けた足跡がある」
「二手に分かれています。子供はあっちです」
「よし、子供は谷垣に任せた。残りのものはついてこい」
藪の中を逃げる作戦は一瞬の時間稼ぎとなったが、すぐに見破られてしまう。
「はぁっ、はあっ、まともに歩けやしねぇ…!」「止まれ!!」
「(畜生…っこれじゃ勝ち目がねぇ)」
「銃を捨てろ!腰の銃剣もだ!それに隣の男!腰の刀を捨てろ」
すぐに足跡をたどってきた追っ手に追いつかれ、背後を取られる。
止まれの指示に従う方が賢明だろうと指示通り武器を捨て、その場に立ち止まる。
「なぜ逃げる?」「なぜって…あんたら密猟者を捕まえにきたんだろ?禁止されてる鹿を撃ってたんだ」「アイヌのガキを脅して案内させてたんだ(杉元…頭の切れる男…!)」
とっさの杉元の策に刀次も乗っかり、なんとか誤魔化そうとする。
三人のうち二人は納得したように紛らわしい、と言っていたが残りの一人の様子がおかしかった。杉元をジッと見つめ、目をそらさなかった。
「近くで怪しいやつを見なかったか?」「さぁ、誰にも会ってないね」
一人の動向はきになるが、なんとか巻けるだろうと一瞬安堵したときだ。顔に傷のある三人目の男がおもむろに口を開いた。
「その顔…野戦病院で見たことがある。第1師団にいた杉元…不死身の杉元だ」「不死身の杉元?こいつがあの…」
顔に傷のある男がそう言って銃を構えた途端、三人の中でなにかが繋がったのか一斉に銃を向ける。
すぐ後ろにはヒグマの巣があり、前には追っ手。前門の虎、後門の狼であった。
絶対絶命な状況に追い込まれた二人。
「杉元の隣のガキはどうしますか?」「構わん、捕らえろ。面倒なら足を撃ち抜いてしまえ」
膝をつき腹ばいになれとの指示を聞かない二人に痺れを切らして追っ手の一人が引き金に指をかけた瞬間だった。
杉元がヒグマの巣穴に突然飛び込んでいく。
「チクショウ!俺は不死身の杉元だぁぁぁあっ!!」
「(杉元…!?たしかにアシリパさんの知識に間違いがあったことはないが、それはあまりにも大博打すぎる…!)」
あまりにも突然の出来事に、刀次を含めた四人はあっけに取られた。
「はぁ?穴に逃げ込んだぞ」「見苦しい。もう撃とう撃とう」「しかし…死んでしまってはなにがあったか聞き出せませんよ」「このみっともない男が鬼神とも言われた兵士不死身の杉元とは…信じがたい。本物なら死なんのだろう?我々で確かめてみようじゃないか」
そう言って二人が穴に向かって発砲した瞬間だった。
グオオオオオオオッという恐ろしい雄叫びが轟き、その場にいた全員の体に衝撃が走った。雷に打たれたような衝撃に、巣穴の目の前にいた二人は呆然と立ち尽くすだけだった。
もちろん一人目、二人目と簡単に熊の爪にかかり殺されていく。
「落ち着けよ熊公。炭焼きの仕事をしていた爺さんが教えてくれた。ヒグマに出会ったら背を向けて逃げるのは自殺行為、死んだふりも意味がねぇ。ジッと動かずに穏やかに話しかけろってな」
男がヒグマに話しかけると、敵意が無いとみなしたのかヒグマはだんだんと落ち着きを取り戻していく。
「(あぁ…すごい。だが…)」「あとはゆっくり…狙いを済まして一発を、頭に…」
ダァァァンッと乾いた音が響く。
ドサッ、と音を立ててヒグマの巨体が崩れ落ちた。爺さんの仇だ、と仕留めたと思ったのか呟く男。
だが、熊の頭蓋骨は分厚く、脳は小さいため頭を狙って仕留めることは難しい。再び興奮したヒグマに簡単に噛み殺されてしまった。
「ブフゥアアアアッ!!」
次はお前だと、刀次にヒグマは狙いを定める。
過去のトラウマと重なり、足が地面に吸い付いたように離れない。
響く地を這うような低い唸り声、ピチャピチャと生き血を舐める音、かすかに聞こえる父の呻き声、全身に飛び散った血の生暖かい感触。
脳裏に焼き付いて離れないトラウマを打ち破らない限り刀次はヒグマに食い殺されるだろう。
「クソッ、クソックソォオォォオ!!テメェなんかに殺されてる場合じゃねぇんだよっ!!」「ブホァ…」
自らを奮い立たせるため、ヒグマに威嚇をするために大声で叫んだ。過去と決別するようにその場から走り出し、自らの刀を拾い抜刀する。
「(アイツ…!熊の前で走るなんてバカしやがって…!)」
走り出した刀次を追いかけ、ヒグマが迫る。
「(一発だ…一発しかチャンスはない…しくじったら、死ぬ!)」
ヒグマが二本足で立ち上がり、鋭い爪を振り下ろす。これにかかれば命はない。
「俺はもう死んでるんだ!!まだ成仏なんてできねぇ!!!!」
その言葉と同時にゆうに3mはあるヒグマの巨体が刀次の上に覆いかぶさった。
あたりが静寂に包まれ、木の上に投げ上げられた兵士の臓物がぐちゃり、と落ちる音だけがしていた。
その静けさを合図に、杉元が巣穴から出てきた。
「刀次、刀次!死んじまったのか…?!」
返事はない。母を失った子熊を抱えた杉元は、すぐにヒグマの死体の元へ行き、巨体を押しのけた。
「ブフゥーッ、ブフゥーッ…」「おい大丈夫か?」
辛うじて刀次は呼吸をしていたが、頭を強打したことにより上手く呼吸ができなくなる上に、仰向けであることから喉に血がたまり窒息の危険があった。
急いで杉元は刀次を起き上がらせ、喉に溜まった血を吐かせた。
「っぷ…う、怖かったぁぁぁぁぁ…死ぬかと思ったぜ。てか杉元がいなかったらそのまま窒息してたわ」「お前が頑丈で良かったぜ」
「てかなにそのちっこいの怖っ」「お前がこいつの母さん殺しちまったんだろうが」「それはすまないことをしたな…」「ブブブブブ」
起き上がり血を吐くと、すぐに刀次は元気になりいつものようにペラペラと喋り出す。
この子の母を殺めたのは自分だと責任を感じた。
「巣穴に入ってきた人間を殺さない。アシリパさんが言っていたことは本当だったみたいだ」「アシリパさんがチタタプにしないといいけどなぁ」
二人はアシリパとの合流を目指し歩みを進めた。
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