つわものもとめて三千里
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聞き込み調査も終えて、山に入るために帰路についた。
が、先程からどうも一行はつけられているのかあまり居心地の良さそうな様子ではなかった。
「何人だ?」「男がひとり。街からずっとついてきてる」「ほぉーん…」
男に勘付かれないように小声で伝達し合う。
「どこまで行く気だ?寝床を突き止めようと思ったが…ここでやっちまうか」
それなりに歩いたところで男が痺れを切らしたのか動きが見られた。
男は懐から拳銃をそっと取り出し、一行が通らなかった川にかかった丸太の上を渡り始めた。丸太にはサルオガセという植物が垂れ下がっていて、半透明な緑色ののれんのようになっていた。
男がサルオガセを手でまくり、丸太の下を通ろうと首を出した時だった。刹那、リス用の罠を応用した人間用の罠が作動し、男の首を絞め上げてしまったのだ。
「う"う"う"う"っ"」
酸素を求めて男が悶えたために、衣服がはだけていく。肩までいくとズルリ、と衣服が撫で落ちアシリパの持っているような模写の図面そっくりの文様が顔をのぞかせた。
「かかったまずは一匹目!」「鮮やかだな」
死なないように、と男が気絶するとすぐに駆けつけて罠から解放し、四肢を縄で縛って動けなくし、今晩の寝床へ運んだ。
刀次はまるで猟師に獲られた鹿みたいだという感想を抱いた。
「杉元ぉ、これ、死んでない?」「大丈夫だろ」
「う…ごほっ」
寝床を確保してからしばらくたち、ようやく捕えた男が目を覚ました。
「(よかった生きてたわ)」「はっ」「ほかの囚人はどこにいる?」
目覚めたばかりにもかかわらず、早速杉元の質問攻めが始まった。
「知るかよ」「嘘だな。お前らの墨は全員で一つのものになるんだ。一緒にいないと意味がねぇ」「俺だってそう思ってた。最初はな」「(最初は…?)」「なんではぐれた?」
変わらず淡々と静かに、しかし恐ろしい声色で質問を続けた。
「殺し合いさ。突然なんの前ぶりもなしに囚人たちが殺し合いになった。俺は訳もわからず逃げ出したのさ。誰も信用できねぇから一人で潜伏してたんだ」
嫌なことを思い出してしまったと言わんばかりの声色ではぐれた理由を杉元につたえた。
どうやら金塊のありかを示す図案は、一枚ではなくすべてを集めて一枚になるらしい。
「なるほど、囚人の中に気がついた奴がいたわけだ。皮を剥ぐ必要があるってことに」「あ?皮を剥ぐ?」
思わず男は聞き返した。当たり前だろう。自分の皮が剥がされるかもしれない状況に陥れば誰だってそうする。
「なんだ知らんのか。その入れ墨は殺して剥ぐことが前提に彫られているんだ」「(杉元…なんて恐ろしい男…!!)」
目はよく見えず、ニヤッと上がった口角だけが見えていた。
目が見えないことが逆に不安と恐怖をあおった。
それに加え、杉元の淡々とした喋りに刀次はゾクゾクした。
「くっくっ…酷いマネしやがる…それで…?俺たち囚人を一人ずつ狩ろうってか。脱獄計画を仕切っていた囚人は冷酷で凶暴な怪物だぞ。奴らに比べたら俺なんか小悪党だぞ」
一瞬、皮を剥ぐことが前提だという事実にたじろぎを見せた男だったが、すぐに杉元と刀次に警告するかのようにそう言い、防衛本能からくるものなのか、ニヤリと笑って見せた。
「金塊に目が眩んだガキみたいに若い屯田兵たちがどんな死に様をしたか見せてやりたかったぜ。特にそこの長い方の黒髪のガキ、戦争帰りでもないんだろ?命知らずだぜお前」
「……俺はもう死んでるんだ。やり残したことを片付けに来ただけだ。それに、俺はお前よりずっと強い。安心してあの世に行きな」
男の言葉にピクッと反応した刀次は、杉元を押し退け男の前にしゃがみ込み、愛刀で男の喉をツゥー、と撫でながらそう言った。
刀次の目には生気がなく、あながちこのガキの言うことは間違ってないのかもしれない。このガキは俺をなんの躊躇もなく息をするように殺しかねない。そう思った。
「ウサギを追っかけてた方が身のためだぞ、にーちゃんたち…」「言いたいことはそれだけか?なぁに…殺してしまえばひん剥かれようが痛みなんてねぇさ…」
そう一言言い放ち、杉元が拳銃の引き金を引くか引かないかの瀬戸際、薪を集めに行っていたアシリパが帰ってきた。
「オイ杉元ッ!それに刀次ッ!殺さないと約束したはずだぞ!殺すなら私は協力しない」
その一言で杉元は拳銃を下ろし、いつもの調子で振り返る。
切り替わりの速さは、まるで仮面を被ったようだった
「んー、大丈夫だアシリパさん。殺されるなら吐くかな~なんて思って(…アシリパさんが来なけりゃ殺してたかもなぁ…少なくとも俺は)」「アシリパさんそこはノって演技してくれないと」「へ?」
てっきり殺されて皮を剥がれると思っていた男は、思わず気の抜けた声を発し、その表情は安堵したものへと変わっていった。
焚き火で照らし、拘束した男の入れ墨の図案をアシリパが模写する。
なかなかの腕のようで、写しとしてみるには十分な出来だった。
「上手いじゃないかアシリパさん。よく描けてる。」「俺のも負けてないぜ」
何を言うかと杉元とアシリパは顔を見合わせる。
自信満々に刀次はアシリパ、杉元、サスケの似顔絵を描いた紙を見せつけた。褒めて褒めてと言うような期待の眼差しをしていたが、正直できは微妙だった。
「あー…なんだそりゃ」「わたしにも分からん」「えぇぇぇぇぇっ……」
ポトリ、と刀次の手から鉛筆が落ちヘナヘナとへたって刀次はその場に座り込んでしまった。萎れた花みたいだとアシリパにもからかわれる始末。
「…父も手先が器用でな。だから女にモテた。アイヌの男は好きな女に自分で掘ったマキリ(小刀)を贈る。女はその出来栄えで男と生活力をはかるんだ。このメノコマキリ(女用小刀)も父がわたしに彫ってくれたんだ。…その入れ墨を彫った男はどんなやつだ?」
アシリパは自分の父との思い出を瞳の中に宿らせ、腰に携えたメノコマキリを愛おしそうな目で見ていたが、ふっ、と目の中の思い出が消えたかと思うとアシリパは自分が最も知りたい核心に迫るために男に問いかけた。
「(アシリパさんの父親を殺した男か)」「…のっぺらぼうさ、俺たちはそう呼んでた。顔がないんだ」
顔がない男の話も気にはなるが、刀次にはどうしても誰かに見られている気がして落ち着かなかった。あたりを仕切りに見回し、不安から愛刀に手をかける。
「どうした刀次、おい?」
杉元の呼びかけは耳には入っていなかった。まずい、そう思った時には刀次の手は男の頭を守るように伸びていた。
が、パシッ その直後にどこからか狙撃され、その弾丸は男の頭を貫いた。
「…っち、クソ。貫通しちまった」
狙撃手の存在を感じ取った刀次の一足早い行動も虚しく、放たれた弾丸は刀次の掌をいとも簡単に貫いた。
杉元と刀次は飛翔音と命中音のすぐあとに届いた衝撃波の感覚で、狙撃手との距離がおよそ360mであろうと判断した。
杉元はとっさの判断でアシリパを掴んで丸太の裏に倒れ込み、狙撃手からの射線を切った。
「あっ、絵が…」男が撃たれた際に飛び散った血がアシリパの描いた絵につき、まるでダメになってしまった。
「何者だ?やっぱり仲間がいたのか?」「ふぅ~っ…男が一人だな」
木の陰と丸太の陰の間で情報を伝達し合う。わかっているのは、360m先に男が一人。と言うことだけだった。
「あっ!アシリパさん!?」「何やってんだ!狙撃されるぞ!隠れろ!!」「煙幕をはる」
丸太の陰から白いふわふわしたものが飛び出したかと思えば、それはアシリパだった。狙撃される危険を顧みず、逃走のために煙幕をはるつもりらしい。
「……!!撃ちまくって牽制するからその間に急げ!」
アシリパがいくつか生木をくべると、あっという間に煙が立ち上り、焚き火の周辺はすっかりみえなくなった。
ターン…ターン…ターン…
「兵士を殺して奪った二十六年式拳銃か。…!」
謎の男が再びこちらを狙撃しようと木に刺したナイフに銃身を置くが、既に遅く煙幕で何もみえなくなっていた。
「生木をくべたな」
針葉樹の生木は、油分が多いため燃えやすく、大量の煙を出す。
その隙に一行はその場を離れた。とはいえ、足跡が残ってしまっているのできっとつけてくるだろう。
謎の男は自分が殺した男の死体に目をやると、すぐに足跡を追いかけはじめた。
この男も、まんまと罠にかかってしまったようだ。銃刀でサルオガセをどけようと刀身を差し出して、銃を下ろした瞬間だった。
ピンッ
「なんだぁ?」
狩猟の考え方として罠は多いほど獲物がかかる確率は増える。杉元たちは人間用の罠をそこら中に仕掛けておいたのだ。まんまと入れ墨の男を捕らえたものと同じ罠に銃がかかり、謎の男は銃を手放すハメになった。
その隙を逃さず杉元が銃で殴りにかかる。男は初撃をかわし、さらには杉元の腰にあったナイフを鮮やかな手つきで抜き取ってしまった。
ガギンッ
振り下ろされたナイフと銃が擦れ合う音が響いた。
「(生け捕りにするつもりだったが手加減できるあいてじゃねぇ)」「オイ杉元!ボルト!!」「あぁ?!動くと撃つ!」
相手と距離をとり銃を構えた杉元だったが、刀次の言ったように、先ほどの絡み合った一瞬の間にボルトストッパーを押し込み、ボルトを抜き取り杉元の銃を使用不可にした。
「やはり兵士か。そして肩章の連隊番号…」
男は纏っていたローブを脱ぎ捨て正体を現した。
謎の男は、金塊を追っている屯田兵の部隊陸軍最強と謳われた北海道の第7師団の一人であった。
大日本帝国陸軍第7師団。日露戦争で旅順攻略戦・奉天会戦という激戦地に送り込まれ大損害を出しつつも勝利に貢献。道民は畏敬の念を含め「北鎮部隊」と呼ぶ。北の守りを担う陸軍最強の師団であった。
「(う、第7師団…!?)」「(囚人もやべぇがこいつら軍隊も敵に回すと厄介だ…おそらくはずれものだろうとはおもうが)」
互いは絶妙な距離を保ちながら自己紹介を始めた。
話の経緯からか、第7師団の男ならバツが悪そうに頭をボリボリと掻いて、最後の警告と言わんばかりにこう言った。
「拾った命は金には換えられんぞ。どれだけ危険な博打に手を出しているかわかっておらんのだ」「金じゃねぇ。惚れた女のためだ」
杉元はそう言うと帽子をキュッとかぶり直した。
直後、二人の激しい組合がはじまった。杉元が男の胸元を掴み上げるが、相手もナイフで応戦する。
しかし、最終的には杉元が男の手を締め上げ、持っていたナイフでとどめを刺そうとした。一瞬の出来事だった。
「杉本っ!!」このままでは殺しかねないと見たのか、アシリパが杉元を呼び止めた。
「第1師団の杉元、不死身の杉元か」
と呟いたかと思うと、男は杉元に目潰しを決めた。
「あっ、イタソ」「いってぇ」「この状況で不死身の杉元は手に負えん片腕だけに」
と正直面白いとは言い難いダジャレをかまして男は逃げようと走り出した。
「残念でした♪」
男の逃亡劇は、木の陰に隠れていた刀次の足引っ掛け攻撃(本人命名)よって幕を閉じた。大いに転がり落ちた男は、勢いのまま冬の冷たい水場に落ちていった。
「あ」
「逃せば俺たちが奴の仲間に追われるこれで良かったんだ」
「不死身の杉元、どういういみだ?」
「俺が戦争で学んだ死なない方法はひとつさ。殺されないことだ。」
ズッシリと重い言葉が杉元の口から発せられた。
杉元が言うものだから余計に重みが増す。
「アシリパさん、俺は殺人狂じゃない。…でも、殺されるくらいなら殺す。弱い奴は食われるどこの世界でもそれは同じだろう?」
「…それは当たり前のことなんだが…多分アイツ生きてるぞ」
「えっ」
が、先程からどうも一行はつけられているのかあまり居心地の良さそうな様子ではなかった。
「何人だ?」「男がひとり。街からずっとついてきてる」「ほぉーん…」
男に勘付かれないように小声で伝達し合う。
「どこまで行く気だ?寝床を突き止めようと思ったが…ここでやっちまうか」
それなりに歩いたところで男が痺れを切らしたのか動きが見られた。
男は懐から拳銃をそっと取り出し、一行が通らなかった川にかかった丸太の上を渡り始めた。丸太にはサルオガセという植物が垂れ下がっていて、半透明な緑色ののれんのようになっていた。
男がサルオガセを手でまくり、丸太の下を通ろうと首を出した時だった。刹那、リス用の罠を応用した人間用の罠が作動し、男の首を絞め上げてしまったのだ。
「う"う"う"う"っ"」
酸素を求めて男が悶えたために、衣服がはだけていく。肩までいくとズルリ、と衣服が撫で落ちアシリパの持っているような模写の図面そっくりの文様が顔をのぞかせた。
「かかったまずは一匹目!」「鮮やかだな」
死なないように、と男が気絶するとすぐに駆けつけて罠から解放し、四肢を縄で縛って動けなくし、今晩の寝床へ運んだ。
刀次はまるで猟師に獲られた鹿みたいだという感想を抱いた。
「杉元ぉ、これ、死んでない?」「大丈夫だろ」
「う…ごほっ」
寝床を確保してからしばらくたち、ようやく捕えた男が目を覚ました。
「(よかった生きてたわ)」「はっ」「ほかの囚人はどこにいる?」
目覚めたばかりにもかかわらず、早速杉元の質問攻めが始まった。
「知るかよ」「嘘だな。お前らの墨は全員で一つのものになるんだ。一緒にいないと意味がねぇ」「俺だってそう思ってた。最初はな」「(最初は…?)」「なんではぐれた?」
変わらず淡々と静かに、しかし恐ろしい声色で質問を続けた。
「殺し合いさ。突然なんの前ぶりもなしに囚人たちが殺し合いになった。俺は訳もわからず逃げ出したのさ。誰も信用できねぇから一人で潜伏してたんだ」
嫌なことを思い出してしまったと言わんばかりの声色ではぐれた理由を杉元につたえた。
どうやら金塊のありかを示す図案は、一枚ではなくすべてを集めて一枚になるらしい。
「なるほど、囚人の中に気がついた奴がいたわけだ。皮を剥ぐ必要があるってことに」「あ?皮を剥ぐ?」
思わず男は聞き返した。当たり前だろう。自分の皮が剥がされるかもしれない状況に陥れば誰だってそうする。
「なんだ知らんのか。その入れ墨は殺して剥ぐことが前提に彫られているんだ」「(杉元…なんて恐ろしい男…!!)」
目はよく見えず、ニヤッと上がった口角だけが見えていた。
目が見えないことが逆に不安と恐怖をあおった。
それに加え、杉元の淡々とした喋りに刀次はゾクゾクした。
「くっくっ…酷いマネしやがる…それで…?俺たち囚人を一人ずつ狩ろうってか。脱獄計画を仕切っていた囚人は冷酷で凶暴な怪物だぞ。奴らに比べたら俺なんか小悪党だぞ」
一瞬、皮を剥ぐことが前提だという事実にたじろぎを見せた男だったが、すぐに杉元と刀次に警告するかのようにそう言い、防衛本能からくるものなのか、ニヤリと笑って見せた。
「金塊に目が眩んだガキみたいに若い屯田兵たちがどんな死に様をしたか見せてやりたかったぜ。特にそこの長い方の黒髪のガキ、戦争帰りでもないんだろ?命知らずだぜお前」
「……俺はもう死んでるんだ。やり残したことを片付けに来ただけだ。それに、俺はお前よりずっと強い。安心してあの世に行きな」
男の言葉にピクッと反応した刀次は、杉元を押し退け男の前にしゃがみ込み、愛刀で男の喉をツゥー、と撫でながらそう言った。
刀次の目には生気がなく、あながちこのガキの言うことは間違ってないのかもしれない。このガキは俺をなんの躊躇もなく息をするように殺しかねない。そう思った。
「ウサギを追っかけてた方が身のためだぞ、にーちゃんたち…」「言いたいことはそれだけか?なぁに…殺してしまえばひん剥かれようが痛みなんてねぇさ…」
そう一言言い放ち、杉元が拳銃の引き金を引くか引かないかの瀬戸際、薪を集めに行っていたアシリパが帰ってきた。
「オイ杉元ッ!それに刀次ッ!殺さないと約束したはずだぞ!殺すなら私は協力しない」
その一言で杉元は拳銃を下ろし、いつもの調子で振り返る。
切り替わりの速さは、まるで仮面を被ったようだった
「んー、大丈夫だアシリパさん。殺されるなら吐くかな~なんて思って(…アシリパさんが来なけりゃ殺してたかもなぁ…少なくとも俺は)」「アシリパさんそこはノって演技してくれないと」「へ?」
てっきり殺されて皮を剥がれると思っていた男は、思わず気の抜けた声を発し、その表情は安堵したものへと変わっていった。
焚き火で照らし、拘束した男の入れ墨の図案をアシリパが模写する。
なかなかの腕のようで、写しとしてみるには十分な出来だった。
「上手いじゃないかアシリパさん。よく描けてる。」「俺のも負けてないぜ」
何を言うかと杉元とアシリパは顔を見合わせる。
自信満々に刀次はアシリパ、杉元、サスケの似顔絵を描いた紙を見せつけた。褒めて褒めてと言うような期待の眼差しをしていたが、正直できは微妙だった。
「あー…なんだそりゃ」「わたしにも分からん」「えぇぇぇぇぇっ……」
ポトリ、と刀次の手から鉛筆が落ちヘナヘナとへたって刀次はその場に座り込んでしまった。萎れた花みたいだとアシリパにもからかわれる始末。
「…父も手先が器用でな。だから女にモテた。アイヌの男は好きな女に自分で掘ったマキリ(小刀)を贈る。女はその出来栄えで男と生活力をはかるんだ。このメノコマキリ(女用小刀)も父がわたしに彫ってくれたんだ。…その入れ墨を彫った男はどんなやつだ?」
アシリパは自分の父との思い出を瞳の中に宿らせ、腰に携えたメノコマキリを愛おしそうな目で見ていたが、ふっ、と目の中の思い出が消えたかと思うとアシリパは自分が最も知りたい核心に迫るために男に問いかけた。
「(アシリパさんの父親を殺した男か)」「…のっぺらぼうさ、俺たちはそう呼んでた。顔がないんだ」
顔がない男の話も気にはなるが、刀次にはどうしても誰かに見られている気がして落ち着かなかった。あたりを仕切りに見回し、不安から愛刀に手をかける。
「どうした刀次、おい?」
杉元の呼びかけは耳には入っていなかった。まずい、そう思った時には刀次の手は男の頭を守るように伸びていた。
が、パシッ その直後にどこからか狙撃され、その弾丸は男の頭を貫いた。
「…っち、クソ。貫通しちまった」
狙撃手の存在を感じ取った刀次の一足早い行動も虚しく、放たれた弾丸は刀次の掌をいとも簡単に貫いた。
杉元と刀次は飛翔音と命中音のすぐあとに届いた衝撃波の感覚で、狙撃手との距離がおよそ360mであろうと判断した。
杉元はとっさの判断でアシリパを掴んで丸太の裏に倒れ込み、狙撃手からの射線を切った。
「あっ、絵が…」男が撃たれた際に飛び散った血がアシリパの描いた絵につき、まるでダメになってしまった。
「何者だ?やっぱり仲間がいたのか?」「ふぅ~っ…男が一人だな」
木の陰と丸太の陰の間で情報を伝達し合う。わかっているのは、360m先に男が一人。と言うことだけだった。
「あっ!アシリパさん!?」「何やってんだ!狙撃されるぞ!隠れろ!!」「煙幕をはる」
丸太の陰から白いふわふわしたものが飛び出したかと思えば、それはアシリパだった。狙撃される危険を顧みず、逃走のために煙幕をはるつもりらしい。
「……!!撃ちまくって牽制するからその間に急げ!」
アシリパがいくつか生木をくべると、あっという間に煙が立ち上り、焚き火の周辺はすっかりみえなくなった。
ターン…ターン…ターン…
「兵士を殺して奪った二十六年式拳銃か。…!」
謎の男が再びこちらを狙撃しようと木に刺したナイフに銃身を置くが、既に遅く煙幕で何もみえなくなっていた。
「生木をくべたな」
針葉樹の生木は、油分が多いため燃えやすく、大量の煙を出す。
その隙に一行はその場を離れた。とはいえ、足跡が残ってしまっているのできっとつけてくるだろう。
謎の男は自分が殺した男の死体に目をやると、すぐに足跡を追いかけはじめた。
この男も、まんまと罠にかかってしまったようだ。銃刀でサルオガセをどけようと刀身を差し出して、銃を下ろした瞬間だった。
ピンッ
「なんだぁ?」
狩猟の考え方として罠は多いほど獲物がかかる確率は増える。杉元たちは人間用の罠をそこら中に仕掛けておいたのだ。まんまと入れ墨の男を捕らえたものと同じ罠に銃がかかり、謎の男は銃を手放すハメになった。
その隙を逃さず杉元が銃で殴りにかかる。男は初撃をかわし、さらには杉元の腰にあったナイフを鮮やかな手つきで抜き取ってしまった。
ガギンッ
振り下ろされたナイフと銃が擦れ合う音が響いた。
「(生け捕りにするつもりだったが手加減できるあいてじゃねぇ)」「オイ杉元!ボルト!!」「あぁ?!動くと撃つ!」
相手と距離をとり銃を構えた杉元だったが、刀次の言ったように、先ほどの絡み合った一瞬の間にボルトストッパーを押し込み、ボルトを抜き取り杉元の銃を使用不可にした。
「やはり兵士か。そして肩章の連隊番号…」
男は纏っていたローブを脱ぎ捨て正体を現した。
謎の男は、金塊を追っている屯田兵の部隊陸軍最強と謳われた北海道の第7師団の一人であった。
大日本帝国陸軍第7師団。日露戦争で旅順攻略戦・奉天会戦という激戦地に送り込まれ大損害を出しつつも勝利に貢献。道民は畏敬の念を含め「北鎮部隊」と呼ぶ。北の守りを担う陸軍最強の師団であった。
「(う、第7師団…!?)」「(囚人もやべぇがこいつら軍隊も敵に回すと厄介だ…おそらくはずれものだろうとはおもうが)」
互いは絶妙な距離を保ちながら自己紹介を始めた。
話の経緯からか、第7師団の男ならバツが悪そうに頭をボリボリと掻いて、最後の警告と言わんばかりにこう言った。
「拾った命は金には換えられんぞ。どれだけ危険な博打に手を出しているかわかっておらんのだ」「金じゃねぇ。惚れた女のためだ」
杉元はそう言うと帽子をキュッとかぶり直した。
直後、二人の激しい組合がはじまった。杉元が男の胸元を掴み上げるが、相手もナイフで応戦する。
しかし、最終的には杉元が男の手を締め上げ、持っていたナイフでとどめを刺そうとした。一瞬の出来事だった。
「杉本っ!!」このままでは殺しかねないと見たのか、アシリパが杉元を呼び止めた。
「第1師団の杉元、不死身の杉元か」
と呟いたかと思うと、男は杉元に目潰しを決めた。
「あっ、イタソ」「いってぇ」「この状況で不死身の杉元は手に負えん片腕だけに」
と正直面白いとは言い難いダジャレをかまして男は逃げようと走り出した。
「残念でした♪」
男の逃亡劇は、木の陰に隠れていた刀次の足引っ掛け攻撃(本人命名)よって幕を閉じた。大いに転がり落ちた男は、勢いのまま冬の冷たい水場に落ちていった。
「あ」
「逃せば俺たちが奴の仲間に追われるこれで良かったんだ」
「不死身の杉元、どういういみだ?」
「俺が戦争で学んだ死なない方法はひとつさ。殺されないことだ。」
ズッシリと重い言葉が杉元の口から発せられた。
杉元が言うものだから余計に重みが増す。
「アシリパさん、俺は殺人狂じゃない。…でも、殺されるくらいなら殺す。弱い奴は食われるどこの世界でもそれは同じだろう?」
「…それは当たり前のことなんだが…多分アイツ生きてるぞ」
「えっ」