壱
ここはとある本丸の一室。本丸の主である審神者は日々、刀剣男士と共に歴史を守る任務にあたっている。今日も世のため、人のため、ひいては自身のおまんまのために仕事をしている…はずなのだが。
『お分かりいただけただろうか…。写真左下の植え込みにご注目いただきたい…』
「ほ~ん。確かにこの部分が顔に見えなくもないな…」
薄暗い部屋の中で唯一の光源となっているノートバソコンからは、無機質な音声読み上げソフトの声と、フリー音源のBGMが垂れ流されていた。そんなパソコンの画面を食い入るように見つめているのがこの本丸の審神者である。
「主、失礼するぞ。部屋の明かりを点けろと言ってるだろう。」
「あ、ながそねさん。すみません。でもこういうのって雰囲気が大事じゃないですか?」
審神者はパソコンの画面を指さしながら言った。訪ねてきたのは長曽祢虎徹で、この本丸の近侍だ。
「またそんなものを見ているのか。」
「新しい動画が更新されていたので、つい気になっちゃって…」
「ほんとにあんたはそういった類の話が好きだな…。」
長曽祢虎徹が呆れたように言った。
「ながそねさんも一緒に見ます?」
「いや、遠慮しておく。」
「あれ、もしかして怖いですか?」
「べ、別にそういうわけじゃないが…。」
「またまたぁ。怖いなら怖いって言っても良いんですよ。…ってちょっとまって…あれ、何…?」
審神者が、長曽祢虎徹の後ろの方をじっと見ている。
「なんだ主、おれをからかうつもりか?そんなのでおれは…」
「いや、ほんとですって!ほら、なんか影みたいなのが…。」
そう言いながら審神者が長曽祢虎徹の肩のさらに向こうを指さす。長曽祢虎徹が審神者が指さした方向を見ると、
「っ…⁉なんだあれは⁉」
そこには確かに黒い何かの姿があった。
「えっ⁉やっぱ変ですよね…⁉なんかそれっぽい音楽も聞こえるし…。」
「…おい、音はその機械からだ。紛らわしいから閉じてくれ。」
パソコンからは先程の動画の続きがそのまま再生されていた。
「あ。ほんとだ。えっと、『後で見る』に登録して、シャットダウン、っと…」
「あんた…緊張感ってものはないのか…。」
審神者がパソコンの電源を落とし、ふたりで再びあの影に目を凝らし、注意深く観察する。
「んー…あれ、人の形っぽいですよね…?」
「ああ。おれにも人の形に見える。」
「本丸の誰か…とかではないですよね…?」
「そうだな…あんな真っ黒で細いやつはうちにいないな…。」
「みんな鍛錬、頑張ってますもんね…。」
「ああ。そうだな。…って今そういう話じゃないだろ。」
「すみません。ちゃんとやります。…あれは、女の人…?」
「のように見えるな…。」
ふたりで黒い影を凝視していると、ゆっくりと影が動いた。どうやら先程までは下を向いていたらしい。ぎょろりとむき出しになった黄ばんだ双眸がふたりを捉え、ゆっくり͡とこちらに近づいてきた。
「「っ⁉」」
突如として動き出した影にふたりは慌てふためいた。
ひた…。 ひた…。 ひた…。
その影は気味の悪い目玉でこちらを見つめながら、ゆっくりと歩きだした。
「おっ、おい!どうするんだ…!こっちに向かってくるぞ!」
「ええっ…どうするも何も、わたしは何もできないですよ…!ながそねさん、遡行軍斬る要領でどうにかなりませんか⁉」
「同じ要領って言ったって、遡行軍とああいう類いのは結構違うんだ…!」
「そんなぁ…!何とかなりませんか⁉」
「妖斬りの逸話あればともかく、おれが切ったのは《かすていら》くらいなんだ…。あんたこそ、幽霊の弱点とかなんか…そういうの知らないのか…⁉」
「ええっ…幽霊が苦手なもの…確かあった気が…なんだったっけ…」
危機が迫る中で、審神者は必死に日頃見漁っている動画の内容を思い出そうとした。
「はっ!そ、そういえば、幽霊はえっちなものが苦手だったはずです!」
「えっ…ち、って…゛ん゙んっ…!それは本当なのか…⁉」
「ネットで見ました‼」
「と、とりあえずなんでも良いからあれを追い出すぞ。」
「は、はい! えっちなもの…えっちなもの……あっ、そうだ…!」
「見つかったか…⁉ってあるじ…っ⁉」
そう言うや否や、審神者は長曽祢虎徹の羽織を剥ぎ取った。
「ながそねさん、ごめんなさいっ…‼くらえ!幽霊っ…!ながそねさんの胸筋っ…‼」
長曽祢虎徹の鍛え上げられた上半身が晒される。顕現した時からの恵まれた肉体に加え、そこにさらに磨きをかけるように鍛錬を積み重ねた彼の身体は、彼が剛刀と呼ばれた所以を文字通り体現していた。
ぴた…。
幽霊の歩みが止まった。
「どうだ…⁉効いたか…⁉」
審神者と半裸状態の長曽祢虎徹は祈るようにしながら、幽霊の様子をうかがった。
しかし、その祈りも虚しく、再び幽霊はこちらに向かってきた。
「…おい、効いてないみたいだぞ…。」
「えっ⁉うそ、なんで…⁉こんなのとんでもなくえっちなはずなのに…‼」
「あんた、おれのことなんだと思ってるんだ…って、うわ、どんどん近づいてくるぞ…⁉どうするんだ…⁉」
「わ!どうしよう…どうしよう…」
慌てふためく二人に構わず、幽霊はひたひたと距離を詰めてくる。気味の悪い目玉迫ってくる中、審神者が次の策を必死に考えていると、突然部屋の襖がスパーンと勢いよく開けられた。
「hu hu hu hu…」
怪しげな声とともに何者かが部屋に入ってきた。
「なんか増えたぞ…!」
「あぁ…どうしよう、ながそねさん…」
ふたりは最早これまでかと悟り始めた。新しくあらわれた影はつかつかとこちらへ向かい、徐々にその姿を露わにしていく。長い髪とひらひらと揺れる黒い裾。…部屋に入ってきたのは千子村正だった。
「こちらから《脱ぎ》の気配がしたのデスが…ワタシを誘わないなんてつれないデスねぇ…」
「どうか命だけは…って村正さん⁉ちょうど良かった…!今、幽霊が…」
「ん?幽霊…デスか?ワタシには見えまセンが…」
千子村正は手を額に当てながら辺りをきょろきょろと見まわした。
「いやいや、ほら、そこに…ってあれ、いない…?」
審神者がそう言いながら示す指先にはもう、件の幽霊の姿は無かった。
「…どうやら消えたみたいだな…。」
長曽祢虎徹がほっとしたように言った。
「はぁ…よかったぁ…」
審神者も安心したようにその場にへたり込んだ。長曽祢虎徹も思わず胸をなでおろす。
「ところで、長曽祢虎徹、その恰好、hu hu hu hu…さてはアナタも《こちら側》デスね…?しかし、主の前でなんて大胆…!ワタシも負けてられまセン…!」
そう言いながら千子村正は意気揚々と自身の服に手をかけた。
「ちがっ、村正、これは違うんだ…!主が…」
長曽祢虎徹がすかさず千子村正を止めた。
「なんと…主が脱げと…?ワタシには週三回までと言ってるのに…!」
「逆になんで週三回までは許してるんだ…?」
長曽祢虎徹が審神者に耳打ちをしながら問うた。
「村正のアイデンティティも尊重してあげたいから…」
「そ、そうか…寛大なんだな…って、そうではなくてだな…いや、今はこの話は置いておこう。とりあえず、幽霊が消えてよかった。」
「よく理由はわかりませんが、本当によかったです。村正さんもお騒がせしてすみませんでした。一回、一息つきましょうか!お茶、淹れますね。」
「そうだな。安心したら少し小腹も空いたな…。茶菓子も用意するとしよう。たしか、かすていらがあったはずだ。」
審神者と長曽祢虎徹は、足取り軽やかに厨に向かっていった。
部屋には千子村正だけが残っている。
「…hu hu hu hu…しかし、幽霊…デスか。不思議なものデスね。…まぁ、かつて妖刀と呼ばれたワタシには敵わないデスけど。」
千子村正は部屋をぐるりと一周する。
「妖刀のワタシに恐れをなして隠れてしまったのデスか?hu hu hu…恥ずかしがらずに出てきてください…。」
すると、千子村正は部屋の押入れの前に立った。
「…そこ、デスね?」
素早く襖をあけ、鯉口を切る。黒い影に刀が降りかかった。
「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ!」
千子村正の重い一撃とともに、黒い影は真っ二つに切れると溶ける結ようにその姿を消していった。
「hu hu hu hu…また一つ伝説をつくってしまいましたね…。」
刀を軽く振ってから鞘に納めると声がした。
「村正さーん!お茶、はいりましたよ!」
「かすていらもあるぞ。」
食堂の方から審神者と長曽祢虎徹の声が聞こえる。
「今行きマス。」
千子村正は踵を返し、部屋を後にした。
この日以降、本丸にあの不気味な目を持つ幽霊は現れていない。
『お分かりいただけただろうか…。写真左下の植え込みにご注目いただきたい…』
「ほ~ん。確かにこの部分が顔に見えなくもないな…」
薄暗い部屋の中で唯一の光源となっているノートバソコンからは、無機質な音声読み上げソフトの声と、フリー音源のBGMが垂れ流されていた。そんなパソコンの画面を食い入るように見つめているのがこの本丸の審神者である。
「主、失礼するぞ。部屋の明かりを点けろと言ってるだろう。」
「あ、ながそねさん。すみません。でもこういうのって雰囲気が大事じゃないですか?」
審神者はパソコンの画面を指さしながら言った。訪ねてきたのは長曽祢虎徹で、この本丸の近侍だ。
「またそんなものを見ているのか。」
「新しい動画が更新されていたので、つい気になっちゃって…」
「ほんとにあんたはそういった類の話が好きだな…。」
長曽祢虎徹が呆れたように言った。
「ながそねさんも一緒に見ます?」
「いや、遠慮しておく。」
「あれ、もしかして怖いですか?」
「べ、別にそういうわけじゃないが…。」
「またまたぁ。怖いなら怖いって言っても良いんですよ。…ってちょっとまって…あれ、何…?」
審神者が、長曽祢虎徹の後ろの方をじっと見ている。
「なんだ主、おれをからかうつもりか?そんなのでおれは…」
「いや、ほんとですって!ほら、なんか影みたいなのが…。」
そう言いながら審神者が長曽祢虎徹の肩のさらに向こうを指さす。長曽祢虎徹が審神者が指さした方向を見ると、
「っ…⁉なんだあれは⁉」
そこには確かに黒い何かの姿があった。
「えっ⁉やっぱ変ですよね…⁉なんかそれっぽい音楽も聞こえるし…。」
「…おい、音はその機械からだ。紛らわしいから閉じてくれ。」
パソコンからは先程の動画の続きがそのまま再生されていた。
「あ。ほんとだ。えっと、『後で見る』に登録して、シャットダウン、っと…」
「あんた…緊張感ってものはないのか…。」
審神者がパソコンの電源を落とし、ふたりで再びあの影に目を凝らし、注意深く観察する。
「んー…あれ、人の形っぽいですよね…?」
「ああ。おれにも人の形に見える。」
「本丸の誰か…とかではないですよね…?」
「そうだな…あんな真っ黒で細いやつはうちにいないな…。」
「みんな鍛錬、頑張ってますもんね…。」
「ああ。そうだな。…って今そういう話じゃないだろ。」
「すみません。ちゃんとやります。…あれは、女の人…?」
「のように見えるな…。」
ふたりで黒い影を凝視していると、ゆっくりと影が動いた。どうやら先程までは下を向いていたらしい。ぎょろりとむき出しになった黄ばんだ双眸がふたりを捉え、ゆっくり͡とこちらに近づいてきた。
「「っ⁉」」
突如として動き出した影にふたりは慌てふためいた。
ひた…。 ひた…。 ひた…。
その影は気味の悪い目玉でこちらを見つめながら、ゆっくりと歩きだした。
「おっ、おい!どうするんだ…!こっちに向かってくるぞ!」
「ええっ…どうするも何も、わたしは何もできないですよ…!ながそねさん、遡行軍斬る要領でどうにかなりませんか⁉」
「同じ要領って言ったって、遡行軍とああいう類いのは結構違うんだ…!」
「そんなぁ…!何とかなりませんか⁉」
「妖斬りの逸話あればともかく、おれが切ったのは《かすていら》くらいなんだ…。あんたこそ、幽霊の弱点とかなんか…そういうの知らないのか…⁉」
「ええっ…幽霊が苦手なもの…確かあった気が…なんだったっけ…」
危機が迫る中で、審神者は必死に日頃見漁っている動画の内容を思い出そうとした。
「はっ!そ、そういえば、幽霊はえっちなものが苦手だったはずです!」
「えっ…ち、って…゛ん゙んっ…!それは本当なのか…⁉」
「ネットで見ました‼」
「と、とりあえずなんでも良いからあれを追い出すぞ。」
「は、はい! えっちなもの…えっちなもの……あっ、そうだ…!」
「見つかったか…⁉ってあるじ…っ⁉」
そう言うや否や、審神者は長曽祢虎徹の羽織を剥ぎ取った。
「ながそねさん、ごめんなさいっ…‼くらえ!幽霊っ…!ながそねさんの胸筋っ…‼」
長曽祢虎徹の鍛え上げられた上半身が晒される。顕現した時からの恵まれた肉体に加え、そこにさらに磨きをかけるように鍛錬を積み重ねた彼の身体は、彼が剛刀と呼ばれた所以を文字通り体現していた。
ぴた…。
幽霊の歩みが止まった。
「どうだ…⁉効いたか…⁉」
審神者と半裸状態の長曽祢虎徹は祈るようにしながら、幽霊の様子をうかがった。
しかし、その祈りも虚しく、再び幽霊はこちらに向かってきた。
「…おい、効いてないみたいだぞ…。」
「えっ⁉うそ、なんで…⁉こんなのとんでもなくえっちなはずなのに…‼」
「あんた、おれのことなんだと思ってるんだ…って、うわ、どんどん近づいてくるぞ…⁉どうするんだ…⁉」
「わ!どうしよう…どうしよう…」
慌てふためく二人に構わず、幽霊はひたひたと距離を詰めてくる。気味の悪い目玉迫ってくる中、審神者が次の策を必死に考えていると、突然部屋の襖がスパーンと勢いよく開けられた。
「hu hu hu hu…」
怪しげな声とともに何者かが部屋に入ってきた。
「なんか増えたぞ…!」
「あぁ…どうしよう、ながそねさん…」
ふたりは最早これまでかと悟り始めた。新しくあらわれた影はつかつかとこちらへ向かい、徐々にその姿を露わにしていく。長い髪とひらひらと揺れる黒い裾。…部屋に入ってきたのは千子村正だった。
「こちらから《脱ぎ》の気配がしたのデスが…ワタシを誘わないなんてつれないデスねぇ…」
「どうか命だけは…って村正さん⁉ちょうど良かった…!今、幽霊が…」
「ん?幽霊…デスか?ワタシには見えまセンが…」
千子村正は手を額に当てながら辺りをきょろきょろと見まわした。
「いやいや、ほら、そこに…ってあれ、いない…?」
審神者がそう言いながら示す指先にはもう、件の幽霊の姿は無かった。
「…どうやら消えたみたいだな…。」
長曽祢虎徹がほっとしたように言った。
「はぁ…よかったぁ…」
審神者も安心したようにその場にへたり込んだ。長曽祢虎徹も思わず胸をなでおろす。
「ところで、長曽祢虎徹、その恰好、hu hu hu hu…さてはアナタも《こちら側》デスね…?しかし、主の前でなんて大胆…!ワタシも負けてられまセン…!」
そう言いながら千子村正は意気揚々と自身の服に手をかけた。
「ちがっ、村正、これは違うんだ…!主が…」
長曽祢虎徹がすかさず千子村正を止めた。
「なんと…主が脱げと…?ワタシには週三回までと言ってるのに…!」
「逆になんで週三回までは許してるんだ…?」
長曽祢虎徹が審神者に耳打ちをしながら問うた。
「村正のアイデンティティも尊重してあげたいから…」
「そ、そうか…寛大なんだな…って、そうではなくてだな…いや、今はこの話は置いておこう。とりあえず、幽霊が消えてよかった。」
「よく理由はわかりませんが、本当によかったです。村正さんもお騒がせしてすみませんでした。一回、一息つきましょうか!お茶、淹れますね。」
「そうだな。安心したら少し小腹も空いたな…。茶菓子も用意するとしよう。たしか、かすていらがあったはずだ。」
審神者と長曽祢虎徹は、足取り軽やかに厨に向かっていった。
部屋には千子村正だけが残っている。
「…hu hu hu hu…しかし、幽霊…デスか。不思議なものデスね。…まぁ、かつて妖刀と呼ばれたワタシには敵わないデスけど。」
千子村正は部屋をぐるりと一周する。
「妖刀のワタシに恐れをなして隠れてしまったのデスか?hu hu hu…恥ずかしがらずに出てきてください…。」
すると、千子村正は部屋の押入れの前に立った。
「…そこ、デスね?」
素早く襖をあけ、鯉口を切る。黒い影に刀が降りかかった。
「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ!」
千子村正の重い一撃とともに、黒い影は真っ二つに切れると溶ける結ようにその姿を消していった。
「hu hu hu hu…また一つ伝説をつくってしまいましたね…。」
刀を軽く振ってから鞘に納めると声がした。
「村正さーん!お茶、はいりましたよ!」
「かすていらもあるぞ。」
食堂の方から審神者と長曽祢虎徹の声が聞こえる。
「今行きマス。」
千子村正は踵を返し、部屋を後にした。
この日以降、本丸にあの不気味な目を持つ幽霊は現れていない。
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