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ラクガキ 〜病棟編4〜

2025/10/22 13:59
ゴホッ…

 ティッシュに吐き出す赤。

 最初は咳が気になっただけだった。過保護な土方さんに連れられて、嫌々病院へ行って薬をもらっても治らず。
 いつからか微熱も続いていたけれど、動けないほどではなく。でも、食欲がなくなり、いつの間にか体重が減っていた。咳は段々と酷くなり、痰も絡むようになった。


『いますぐ入院してください』


 再び病院へ行くと、かかりつけの先生は汚いものを見るような目をして言った。



  結 核



「なんで僕なんだろう」


 そんなの昔の病だと思っていた。現代にも有るとは知っていたけれど、患者数が年々少なくなっていると、ニュースで聞いたことがある。
 なぜ僕ばかりがこんな病気にかかるのだろう。


「ねえ、はじめ君。なんで神様は僕を選んだんだろう」

「総司…」

「はい、残念ながら、神様の仕業ではありません。ご飯食べずにお酒でお腹満たしてた弊害ですねー」


  …
 


「自業自得なので、お薬飲みましょうねー」

「この看護師きらい。チェンジ」

「嫌いで良いので。今日は私が担当です。結核ノート出してもらえますか?
 斎藤先生も真面目に相手してないで。詰所でリーダーが待ってるので行ってください」

「あ、ああ、すまん…それじゃあな、総司」

 
 斎藤は彼に追い払われるように、そそくさと病室を後にする。


「聞いてはいたけど、なんで君までここにいるのさ」

「今年から部署異動してきたからです。沖田さんが居るって斎藤さんから聞いてましたけど、今見てマジで驚きです」

 
 高校時代の友人……友人と称したら微妙な顔をされそうだけれど、彼とは部活の縁で出会った。それ以来、僕の周りではたまに生存確認の話題に上がる人物の一人だ。

 彼はペンで今日の服薬確認の欄に自分の名前を書いた。その苗字があの頃とは違う。


「はい、では沖田さん、副作用を覚えましたか?」

「イスコチン、手の痺れ。リファンピシン、肝障害。エブトール、視力障害。ピラマイド、関節痛」

「おっけーです。どこか痒かったり、ブツブツできたりはしていませんか?」

「大丈夫」

「吐き気は?」

「なし」

 
 毎日の内服指導。看護師が僕と話すのはこの時間くらいで、あとは基本的には放ったらかし。
 病棟の雰囲気を見るに、患者は高齢者がほとんどで、僕みたいな若者の方が珍しいようだ。


「今日は眼科検査とレントゲンがあるので……まあ、どっちも結核患者さんは順番が最後なので午後ですね。呼ばれたら行ってください」

「ねえ、僕はまだ帰れなさそう?」

「沖田さんはー……痰から結核菌陽性ですか。じゃあまあ、どんなに早くても1ヶ月かなぁ…」

「早くて」

「1ヶ月」


 彼がコクンと頷く。


「はじめ君は最初2ヶ月って言ってたけど」

「ああ、それは菌がバリバリ出てるのと胸膜炎併発なので、退院基準の陰性3回が1ヶ月だと無理じゃないかなって感じなのと…
 …耐性菌じゃなかったら良いなって話ですかね」

「薬剤、耐性菌?」

「そうです。ちゃんとパンフレット読んでますね。偉いです。
 今飲んでる標準治療薬が効かない場合、薬を変更することになるので、またそこから時間かかるかもって備えありきの説明かなと」


 絶句。

 絶句するしかない。
 いくら病気休暇をもらっているとはいえ、それだけ仕事に穴を開けることになる。なんなら、病気休暇では現場に人員は増えないはずだ。迷惑をかけているのだから1日でも早く戻りたいのに。

 さすがに気の毒になったらしい。彼はつっけんどんだった姿勢を和らげる。


「まあ日本人で耐性菌の人も珍しいですから……若者に多いのは確かですけど」

「いちいち絶望に落としこまないでよ…」

「一応ね…業務上、説明が必要かなって。他に気になることは?」


 大した会話はしていないのに、カタカタとPCに何を記録しているのか。僕は気になることは「無い」と答えたのに、まだ彼は目の前でPCを叩いていた。こちらも時間に急いでいることもないので、スマホを触りながら彼が出ていくのを待つ。
 少しして、彼は「よし」と区切りが着いたようで、カーテンを握ったのだが。


「あと、沖田さんに言っとかなきゃと思ってて」


 そのニュアンスで、「看護師として」ではないのだろうと察する。彼からその話を振ってくれるとは思っていなかった。


「沖田さん、セクハラとかはカルテに全部残してるので。気をつけてくださいね」

「!? してない!」

「ええ。雪村さんは名前を呼ばれたくらいでは記録に書きません。たぶん師長さんにも言ってません。
 でも、私がSOSだと受け取ったので、釘は刺しておこうかなって」

「ーーーっ、だって!」


 彼は白けた眼でジッと僕を見た。その眼はあの頃の彼女によく似ていた。

 全てを知っていて、そんな意地悪をしなくても良いじゃないか。


「君も! 知ってたならなんで教えてくれないのさ!」

「…千鶴ちゃんが知らないんですから、それは変でしょ。
 てか、私、忙しいから。その話は仕事が終わった後……と思ったけど、面会時間外になるから…後で電話します」


 いつもざっくばらんに生きているのに、意外と融通をきかす気がないらしい。


「早くしてよね」

「…150年待ったんなら、一日二日待てるでしょ」


 半笑いでそう言って、「じゃあ」と彼はカーテンを閉めた。すぐに隣の患者と話し始める声がする。
 彼の言い草にカチンとは来たけれど、あの頃と違って1日を無為に過ごすことが増えたのは確かで。

 彼女と1番親しく、情報を持っているであろう彼に、今は下手に出るしかないのだと、沖田は苦汁をなめさせられた。





※続くとは限らない

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