更新、コメ返、補足はここ

ラクガキ ~病棟編4~

2025/02/08 17:38

五年間、同じ病棟で勤めて退職した。
中堅クラスに入ってくるところで、みんなからの引き留めの言葉はあったが、私にはやりたい仕事があった。


「雪村千鶴です、前職は病棟で看護師をしてました。分からないことばかりでご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」


千鶴は職員室で深々と頭を下げる。

今日からこの幼稚園で養護教諭として働く。養護教諭は幼稚園では珍しいが、いわゆる「保健室の先生」だ。
養護教諭になるには教員免許が必要で、大学時代は小中学校の採用試験を受けた。けれどどこも倍率が高くて落ちてしまった。

看護師をしていることが当たり前になり、諦めの気持ちも生まれはじめていた一年ほど前。市役所勤めの友達が、市立幼稚園で空きが出たのを教えてくれて、幸運なことに試験に合格した。


あれで受かったのもよく分からないけど...


二次試験の内容が「5才児に教えるドッジボールのルールについて、グループで考えて発表する」だった。
私が競う相手は少なかったのだが、グループの全員が現役の幼稚園教諭さんで。プロの意見に囲まれて、発表者になる機会もなくて目立たなかった。



とはいえ、受かったもの! 頑張ろう!



新任は私だけで、他の方は市内で働くから顔見知りらしい。順番に先生方が、私に向けて自己紹介をしてくれる。机の位置と名前で、慌ててメモを取った。


「今日は引き続きの先生が来てくれるから、午前中はそれしててくれるかしら?」

「分かりました」


幼稚園はまだ始業式前で子どもはしばらくこないけれど、書類仕事やら、入園式までの準備やらに追われていくそうだ。

始業式で配るプリントについて、保健室で教えてもらっていると、隣の職員室のドアが開く音がした。


「おはようございます。園長先生、遅れてすみません」

「おはよう、思ったより早かったわね」

「めっちゃ急ぎましたよ。異動初日から遅刻してくる奴とかヤバいなあって思って」

「事故なら仕方ないわよ。マンション大丈夫だったの?」

「業者がすぐ来て開けてくれました。朝に自動ドア壊れるとか、本当にツいてない」

「まあ保育日じゃなくて良かったじゃない」


男性の声がした。先生らの会話を聞くに、職員の誰かが遅れて来たらしい。
前任の先生に断りを入れて、隣の職員室へ顔を出す。


「おはようございます!」

「おはようご...」


男性は止まった。目を剥いて驚いていた。


あれ?    この方、どこかで...


そう思ったが、ひとまずペコリと頭を下げて、先程と同じように自己紹介をする。


「ご指導よろしくお願いします」

「...ちょっと待って。覚えてないの?」

「あ、っと...オボエテマス」


改めて向き合って、今、思い出した。患者さんだ


しかし、頭をフル回転させても、名前が出てこない。言ってくれたら記憶が繋がるけれど、何年も前の自立の患者さんの名前なんて出てくる訳がない。


「そっか、千鶴ちゃん...これからは雪村先生か。じゃあ僕の名前は?」



1号室の3番ベッドにいたよね!!



表情は先程の愛想のよい笑顔のままで、ヒヤリと冷や汗が流れる。


「...へえ。プライマリーで僕の担当なんて言ってたのに、もう忘れたんだ。つい2年半前くらい、2ヶ月も一緒にいたのに」

「斎藤先生のお友達の...」

「うん」

「...えっと」


あのときの、認知症のお婆さんの名前はツヤ子さんだった。


「...沖田先生、知り合いだった?」

「沖田さん!   沖田総司さん!」

「ちょっと」


園長先生の助け船に涙が出そうになる。
看護師をしているとフルネームを度々口にするから、勢いで出てきたのは幸いだった。

「なんで言っちゃうんですか、園長先生」

「沖田先生が意地悪な顔してるから。新人ちゃんを初日から怖がらせないでくれる?   パワハラだよ」


上長の指摘を受けて、さすがに沖田も口をつぐんだ。
その淀んだ空気に、千鶴はそこまで気分は害されていないのだと、慌てて沖田さんに声をかける。


「沖田さん、その後、お加減いかがですか?」

「長かった薬も外来も終わったし、おかげさまで変わりないよ。年1でレントゲン勧められたから、今年もちゃんと健診行ったし」


それを聞いてホッとする。
9カ月の内服期間をきちんと終わらせられるかは、結核病院の心配事で。かかりつけ医がクリニックに変わった人のその後を知るのは初めてだった。


「看護師さんが来るとは聞いてたけど、まさか君とはね...」

「私もビックリです。でも、患者さんが帰ってからお元気そうにしてるの見ることないので、またお会いできて嬉しいです。
それに、沖田さんがいてくださって心強いです!」

「...養護の仕事は分かんないから、まあ頑張って」

「はい、よろしくお願いします!」


沖田さん...沖田先生はヒラリと手を振って、自分のデスクへと向かって行った。

コメント

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  • eodkqoto (非ログイン)2025/04/07 13:05

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