更新、コメ返、補足はここ
[本編補足]第三章 第1話 p6.5
2024/09/24 00:19※おもしろく書けずに没になった部分
元治元年十月二十七日
近藤から江戸の様子について話を聞き、土方は眉間のシワを深くして呻った。
「まだ天狗党に手こずってんのか…幕府の御膝下だってのに、東の方も全然収まり付かねぇな…」
「長州と幕府の動きはどうなっている?」
「一昨日、諸藩の兵を何千と引連れて、長州へ討伐に向かったらしい」
「なるほどな…ならば、そちらは一先ず片がつくか」
「さあなぁ……薩摩の西郷って男が参謀格になったらしいが、どんな腹芸してくるか分かったもんじゃねぇ」
「ううむ…」
幕府は薩摩の機嫌取りをしたとみるか、幕閣の中で開国派が優勢になったとみるか。どちらにせよ、会津としては長州討伐を全力で推し進めたかったが、その実権を長州に寛容な態度を示す薩摩に握られてしまった。
「…そっちは俺らにできることが無いから様子見だな。新入隊士の方はどうなった?」
「そう、それだ! トシ、深川の伊東先生を覚えているか? 今は代替りして大蔵殿が師範を勤めているんだが」
「ああ、手紙に書いてた奴だろ。山南さんからも噂には聞いている。頭のキレる、腕も確かな男だとな。落として来たのか?」
「うむ!江戸で募ったところ五十名近くの隊士が集まったからな。大勢の人間をまとめるには、英知にも優れていなければと思ったんだ。伊東先生は伊東道場の主として門人に学をも勧める御仁で、これがまた情の深い方でな。トシも気に入ると思うぞ」
ニコニコと話す近藤に、土方はやや渋い顔を向ける。
「…しかしあれだろう。水戸の出なんだろ?」
水戸藩士といえば、根強い尊王攘夷派である。
件の天狗党も水戸藩から発生している。天狗党はかつては一橋慶喜公の支えであったにも関わらず、横浜の鎖港がいつまでも実行されないことに業を煮やし、今年一月ごろに独断で挙兵した。それが藩内の保守派との内部抗争となり、そのうちに北関東で暴徒集団と化した組織である。
それよりなにより
芹沢も水戸出身だったことが頭を掠めて、土方にとって水戸藩士には良い印象がない。あの人の傍若無人さも今となっては……などと、仮に思っても、言いたくはない。
「確かに、伊東大蔵殿は水戸学の見地をもった御人ではあるし、俺も最初は言葉の端々に勤王を感じる度に違和感を覚えはしたが……詳しく話を聴いてみると、決して今の水戸学が将軍職を蔑ろにしているわけではないんだ。
そもそも勤王家であり、禁裏守衛総督である慶喜公の出身であるにも関わらず、水戸藩が徳川を蔑ろにするはずがないんだ」
「…まあ、便宜上そりゃそうだな」
「寧ろ、公武合体を目指す俺達の考えと、根底はなんら変わらない。国を統治するために帝がいて、武力の管理役として将軍がいる……二百年以上前に鎖国をし、大政委任をしたことで、武力は国内統治のためだけに向いてしまっていたが、今こそ、国が一丸となって夷狄の脅威を退けるために、公武合体が必要だと伊藤先生も言っておられた」
「……」
鼻息荒く語る近藤に、土方は否定はしないものの、うろんげな瞳を変えられずにいた。
――ったく、人が良いというか、乗せられやすいというか…
近藤さんからの手紙が届いたときに、山南さんに彼の話はしてあった。伊東大蔵について特に悪評は言わなかったが、良い顔はしていなかった。
あの人も気を抜いていると、眼が笑っていないから分かりやすい。あれは『ゲッ』って顔だった。
「…近藤さん。これから新入隊士が入って来るってのに…その大蔵とやらは弁が立って、人望を掴むのが上手い、それでいて勤王派ってことが、隊を二分する可能性があるってこと分かってんのか?」
「それは分かってはいる。だが、我らが朝敵になるものでは無い限り、勤王派と敵対する必要も本来ないはずだろう? 長州は内裏に発砲するような不届きな者故に退ける必要があるが、伊藤殿はそうではない。大政奉還後は佐幕も勤王も関係なく、有能な物を登用し、夷敵を退ける力とすべきと説かれている。
そのために、新選組は実績を築き、自分達で兵を動かす立場にならねばいかんだろうとお考えだ。伊藤殿は一人の武人として、我々に加わってくださるつもりだと」
なるほどな……それをどこまで信用するかの問題ってことか…
それが伊東大蔵の本心か、猫を被って離反の時宜を待っているだけか分からないが、山南さんの反応を鑑みるに、一癖も二癖もある人間に違いない。
山南さんと先に打ち合わせだな
池田屋事件後、新選組として名を馳せることで、隊士志願者は集まりやすくなった。けれど、智略によって誰かに利用される可能性があるという側面を、土方が確認した瞬間であった。
元治元年十月二十七日
近藤から江戸の様子について話を聞き、土方は眉間のシワを深くして呻った。
「まだ天狗党に手こずってんのか…幕府の御膝下だってのに、東の方も全然収まり付かねぇな…」
「長州と幕府の動きはどうなっている?」
「一昨日、諸藩の兵を何千と引連れて、長州へ討伐に向かったらしい」
「なるほどな…ならば、そちらは一先ず片がつくか」
「さあなぁ……薩摩の西郷って男が参謀格になったらしいが、どんな腹芸してくるか分かったもんじゃねぇ」
「ううむ…」
幕府は薩摩の機嫌取りをしたとみるか、幕閣の中で開国派が優勢になったとみるか。どちらにせよ、会津としては長州討伐を全力で推し進めたかったが、その実権を長州に寛容な態度を示す薩摩に握られてしまった。
「…そっちは俺らにできることが無いから様子見だな。新入隊士の方はどうなった?」
「そう、それだ! トシ、深川の伊東先生を覚えているか? 今は代替りして大蔵殿が師範を勤めているんだが」
「ああ、手紙に書いてた奴だろ。山南さんからも噂には聞いている。頭のキレる、腕も確かな男だとな。落として来たのか?」
「うむ!江戸で募ったところ五十名近くの隊士が集まったからな。大勢の人間をまとめるには、英知にも優れていなければと思ったんだ。伊東先生は伊東道場の主として門人に学をも勧める御仁で、これがまた情の深い方でな。トシも気に入ると思うぞ」
ニコニコと話す近藤に、土方はやや渋い顔を向ける。
「…しかしあれだろう。水戸の出なんだろ?」
水戸藩士といえば、根強い尊王攘夷派である。
件の天狗党も水戸藩から発生している。天狗党はかつては一橋慶喜公の支えであったにも関わらず、横浜の鎖港がいつまでも実行されないことに業を煮やし、今年一月ごろに独断で挙兵した。それが藩内の保守派との内部抗争となり、そのうちに北関東で暴徒集団と化した組織である。
それよりなにより
芹沢も水戸出身だったことが頭を掠めて、土方にとって水戸藩士には良い印象がない。あの人の傍若無人さも今となっては……などと、仮に思っても、言いたくはない。
「確かに、伊東大蔵殿は水戸学の見地をもった御人ではあるし、俺も最初は言葉の端々に勤王を感じる度に違和感を覚えはしたが……詳しく話を聴いてみると、決して今の水戸学が将軍職を蔑ろにしているわけではないんだ。
そもそも勤王家であり、禁裏守衛総督である慶喜公の出身であるにも関わらず、水戸藩が徳川を蔑ろにするはずがないんだ」
「…まあ、便宜上そりゃそうだな」
「寧ろ、公武合体を目指す俺達の考えと、根底はなんら変わらない。国を統治するために帝がいて、武力の管理役として将軍がいる……二百年以上前に鎖国をし、大政委任をしたことで、武力は国内統治のためだけに向いてしまっていたが、今こそ、国が一丸となって夷狄の脅威を退けるために、公武合体が必要だと伊藤先生も言っておられた」
「……」
鼻息荒く語る近藤に、土方は否定はしないものの、うろんげな瞳を変えられずにいた。
――ったく、人が良いというか、乗せられやすいというか…
近藤さんからの手紙が届いたときに、山南さんに彼の話はしてあった。伊東大蔵について特に悪評は言わなかったが、良い顔はしていなかった。
あの人も気を抜いていると、眼が笑っていないから分かりやすい。あれは『ゲッ』って顔だった。
「…近藤さん。これから新入隊士が入って来るってのに…その大蔵とやらは弁が立って、人望を掴むのが上手い、それでいて勤王派ってことが、隊を二分する可能性があるってこと分かってんのか?」
「それは分かってはいる。だが、我らが朝敵になるものでは無い限り、勤王派と敵対する必要も本来ないはずだろう? 長州は内裏に発砲するような不届きな者故に退ける必要があるが、伊藤殿はそうではない。大政奉還後は佐幕も勤王も関係なく、有能な物を登用し、夷敵を退ける力とすべきと説かれている。
そのために、新選組は実績を築き、自分達で兵を動かす立場にならねばいかんだろうとお考えだ。伊藤殿は一人の武人として、我々に加わってくださるつもりだと」
なるほどな……それをどこまで信用するかの問題ってことか…
それが伊東大蔵の本心か、猫を被って離反の時宜を待っているだけか分からないが、山南さんの反応を鑑みるに、一癖も二癖もある人間に違いない。
山南さんと先に打ち合わせだな
池田屋事件後、新選組として名を馳せることで、隊士志願者は集まりやすくなった。けれど、智略によって誰かに利用される可能性があるという側面を、土方が確認した瞬間であった。