更新、コメ返、補足はここ

[本編補足]第三章 第5話 大津にて(たぶん没ネタ)

2024/09/12 20:11
※未完成メモ状態。地雷。



 山南side



 少しずつ遠くなっていく陽光。
 広く蒼い空が、黄金色に輝くほんのわずかな時間が、今なによりの慰めだった。


 フワリと揺れる黄金の髪。
 あの日、未だ見たことのないその色を、一目見て綺麗だと思った。

 栄養が行き届いた肌。男子と見まごう力強い体躯。健康的でしなやかに伸びる四肢。それとは不均衡さのある華奢な関節。
 瑞々しい生気に溢れた鳶(とび)色の瞳。
 男子と思えば涼やかに高く、女子と思えば落ち着いて低い、中性的な声。


 池田屋事件のあと、安藤君は虚ろな意識で矢代君を見て、彼が必死に真摯にこちらを見つめる姿が『如来ではなく真に観音菩薩のようだった』と……両性具有の人ならざる例えがピタリと思ったのだと、治療室で冗談交じりに話した。


 『山南さん』


 まだらな意識の中で、私は、自分とそうでない者との間にあった。 

 けれど、あの人の悲痛な声が、私に届いた。


『山南さん』


 聴き心地の良い声だと、好ましい声だと……今、この呼びかけに応えなければ、この人は泣いてしまうだろう。
 彼女を泣かせた日よりも、泣いてるのを慰めた日の方が、私は確かに幸せだった。


 瞼を開く。
 大事にしたいものが、手の中にあった。



  違う

  私が大事にされていた


 ゆっくりと視線を上げる。
 この虚ろな意識がまた消えてしまおうとも、君が泣く必要はないのだと伝えようとした。



  けれど



 彼女の顔を見た瞬間に、心臓が暴れ、血が沸騰したような熱さが再び沸き上がった。
 薄い唇から除く赤い実が、身の内の鬼を誘う。



  それ が ほしい 



 身震いをした。

 すぐ目の前に、馥郁(ふくいく)たる美しい人がいる。私のことだけをその瞳に映して。私のことだけを考えて。


  ああ


 吸い寄せられるように、その深部に触れにゆく。 
 逃がしはしない。命の果てで見つけた珠玉。


  この人が欲しい


 本能のままに喰らいにいく。
 この人に魅せられて欲しがる者は、未だ自分の欲に気付いてないだけ。
誰も何も分からない内に私が喰らってしまえばいい。

 唇を重ね、湿り気を交ぜ合う。

 想像よりも柔らい感触に、頭がクラクラする。


 それだけで幸せに満たされる身体。

 けれど、深みを知りたくて、自分を捩じ込んで中をねぶる。柔らかく甘い舌触り。
 
 一線を越えた。もう恐れることはない。

 もっと深く、濃い、中の香りを味わいたい。



  それは被膜の中

  味わい尽くすまで


「ーーーッ」


 家鳴りの音で我に返る。

 思い出すのも危険だ。
 頭が記憶と妄想に支配されそうになる。

 けれど、何にも満たされず止まらない瞬間がある。



  あの人の笑顔が見たい

  声を聞きたい

  名前を呼んで

  君の名前を呼ぶ


 迸る気に抗わず、恣(ほしいまま)に想いを馳せた。

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