姓は「矢代」で固定
第1話 誘われて
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慶応元年八月下旬
梓月side
この時代に来て、一カ月が経った。
外国育ちの頭の弱い日本人になりきって、時代に合わないことは少しずつ乗り超えている。外国人と言いきってしまうと、流暢な英語もできないのだから、モノを知らない頭の弱い人のふりをするしかない。余計な事を言わないよう、詮索を受けないよう、できるだけ寡黙に過ごしている。
幸い、才谷さんが親切で、あちこち紹介して歩いてくれている。彼のおかげで飯にも寝床にも困っていない。
でも、そろそろ仕事探さないとなぁ…
彼は坂本龍馬だ。
何をしているのかと彼に訊いたら、西郷隆盛と誰かを会わせるつもりだったのに、将軍が上洛したせいで西郷が上京してしまったから叶わなかったという。それを謝罪させるために追いかけてきたのだと。
薩長同盟の前、か…
今は慶応元年八月。慶応は三か、四年までだったと思う。明治より前に坂本龍馬は寺田屋で暗殺されるから、いつまでも彼の横にいるのは危険だ。
その才谷さんは今、昼飯の会計をしてくれていた。これもまた気を遣う。
「梓月、ちっくと用事を思い出したき、伏見までよー帰るか?」
「はい、大丈夫です」
京は碁盤の目になっているから、多少迷ったところで、方向さえあっていれば辿り着く自信がある。
この時代に来た初日、教えてもらったままの日付を信じるしかなかった。どれだけ走っても、電信柱もコンクリートもない。車も路面電車もなければガス燈もない。街を歩けば男は腰に刀を差していて、頭はちょんまげ。洋装なんて俺一人。あらゆる物が『江戸時代』を覆さなかった。
その事実が恐ろしくて数日引き籠っていたが、才谷さんに連れ出されて今に至る。
井戸水の組み方も、火の起こし方さえ分からない。どこでどうやって家を借りるのか、仕事を見つけるのか。どんな格好をして、どこを歩いたら危険か。
才谷さんがいなかったら、いつか藩邸から放り出されて終わりだった。最初に会ったのが彼で、本当に良かったと思う。
でも、もう一カ月だ
ここまで気持ちの紆余曲折はあったが、生活をしなければならない。金魚の糞をしていて、飯が食えるわけがない。
無一文の俺が、江戸時代で無双してみた件について
「って、訳にはいかねーもんなぁ…」
俺、何ができるんだろ…
妹が行方不明なこと以外は、極々平凡なただの高校3年生。志望校は決まっていて、夏休み前で。この先半年は遊べないと思って、ちょっと気分転換に髪をカットして、上半分を緑にしてもらっただけの受験生だ。
受験科目にするの、世界史なんだけどな…
フンドシの締め方を覚えたって、点数にもならない。
一日に何度吐くか分からない溜息を溢しながら、辻の角を曲がろうとすると、スッと目の前を通っていく集団。
「し…」
浅葱色の羽織
そっと下がって道の端に避ける。才谷さんから「新選組は危険」と、絶対に目を付けられてはいけないと言われていた。そりゃあ坂本龍馬はそうだろうと、同伴者として彼に倣っている。
笠がずれないように、顎紐を引いた。
にしても、カッケ―…
京都人的にあまり好かれていないとはいえ、日本の歴史上、ヒーロー扱いをされている人達だ。しかも、制服的なものがない時代に、その揃いの羽織は格好良い。圧がパない。
…ん
全体をばんやりと見ているつもりだったのに、最後尾の人とバチッと目があってしまったから、ペコリと頭を下げる。怪しい事はしていない。
「ねえ、君」
「…」
なぜ
「その笠、取ってくれる?」
「…なぜでしょうか」
「なんか怪しいなぁって思って」
マジでなんで
どうするべきか悩んだが、自分は何も悪いことはしていない。坂本龍馬と一緒にはいるが、そもそも自分は土佐の人間ではないし、ただの薩摩藩邸に間借りしている客人だ。
けれど、その迷っている時間すら怪しいと判断されたのだろう。彼とともにいた隊士が、鯉口を切ろうとしていた。
待って、オレ、手ぶらの人。住所不定無職だから、かなり怪しい人
「目立ちたくないので、少しでも?」
「身を隠そうとは」
「うん。いいよ」
最初に声をかけてきた男の方が偉い人らしい。咎めようとした方はそれ以上言葉を重ねなかった。
梓月は笠を前に上げて、顔と髪を彼らにだけ晒す。すると想像した通り、新選組は目を丸々とさせて「おお」「なんと」と口をそろえて驚嘆の声を出した。
「…確かにそれは目立つね」
「宜しいでしょうか?」
「うん、ごめんね。なんとなく似てる気がしたから」
誰かに間違われていたらしい。意外にも謝ってくれたし、すんなりと開放してくれる。
わずかに微笑んでいだその人は、人斬りとは思えないとても優しそうな青年だった。
「金髪は見慣れてきましたが、まさか異国には緑もいるとは」
「ホントにね」
…いねーよ。たぶん
ワイワイと話しながら行くその背を見送って、梓月は伏見へと歩を進めた。
驚いたことに、京には広大な空白地帯がある。昨年、どんどん焼きという火事があって、根こそぎ焼失したらしい。
本来は東本願寺が立っているであろうそこを、目を逸らして通り過ぎる。それが未来にあるものと関係ないと分かっていても、いつも当たり前に見ていたものが、焼けた瓦礫の山なのはどうにも辛い。
問題なく伏見屋敷に辿り着いて、笠を取り、掃き掃除をしていた下男に挨拶代わりに頭を下げる。
カラーをしたばかりの髪も、最初は悪目立ちするから黒に染めようと思った。けれど、これのおかげで「外国人」感があって、開国派の偉人に気に入られるのだと気付いた。生活に慣れるまでのパトロンは大事だ。
梓月は草履を脱いですぐに、廊下ですれ違う人を避けようとして、その人の姿に目を瞠った。
すっげー…ド金髪
弥月とは違う色合い。所謂、プラチナブロンドという淡い色の金髪。赤い目をしているから、アルビノ的な感じで色素が薄いのだろう。
そして、男も俺の頭を見ていた。仕方ない。こっちは人工物だから、根本はすでにちょっと黒くて、誤魔化せなくなってきている。
「貴様が例の異邦人か」
「あ、はい。こんにちは」
「確かに天霧の言う通り、力はなさそうだが……貴様、遠つ国の鬼の子か?」
…
…鬼? っていうか、誰?
そう思ったが、相手はこの屋敷内を堂々と歩いている外国人。間違いなく薩摩藩の賓客だ。
名前を尋ねるよりも、彼の質問に答えるべきと思いながら、梓月は意味が分からなくて返事ができずにいた。けれど、ふと似た言葉を思い出した。
「鬼は知りませんが…最近、神の子となら言われました」
「神だと?」
「時の神の子だそうです。僕も意味は分かりません」
まるで煙に巻いたような応えになったが、なぜか外国人は小さく首肯した。
「…八瀬と同系の者か。力があるようには見えんが、神と言われるとは…」
八瀬…比叡山の八瀬?
「角は何対ある」
「鬼じゃないですって。神」
自分で言ってて笑える。自称神ってヤバすぎる。頭が弱すぎるか強すぎるかの二択だ。
「すみませんけど、僕も詳しくは知らないんです。人に聞いただけですから」
「誰に」
「風間さんって人です」
「…どこの風間だ」
「どこのって…」
150年後の未来にいる、風間家のお爺さんだ。あれが弥月の血縁ということ以外、どこの誰か俺も全く知らない。
「京で会いましたけど……風間さんちの当主って言ってたような…?」
「…貴様、どこから来た。何十年…いや何百年前だ」
…ん?
「天霧め、あいつは阿呆か。自覚のない時渡りの神子を放っておくなど…」
時渡り
それなら最近聞いた。風間さんに。
「…えっとですね。今から意味わかんないこと言いますけど、僕、150年後から来たんです……お兄さん、なんか心当たりありますか?」
男は眼を見開き、言葉を失って固まった。けれど、思い出したように突然にそこに膝を着き、頭を垂れる。
「え!?」
「神子よ、名乗るのが遅れ、無礼を働いた。俺は風間千景。現在の西国の鬼の里で統領を務めている」
「え!? は!?」
「時の神の力。その自覚無き力は、原初の鬼の証。不甲斐なき我ら鬼とともにあり、この乱世を導かれたし」
「!!?」
なんだって? 何がなんだって?
「ちょ…っと、待って。なん…風間さんって言いました?」
「風間千景という」
「風間さん、ちょっと意味が分かるように説明してほしいので…立ってください、とりあえず!すぐ!立ってください!!」
掃き掃除が終わったらしい下男が、入ってきて驚いた顔をしていた。
坂本と自分にあてがわれている部屋で、彼と膝をつきあわせて、認識の違いを埋めていく。
「…つまり、貴様の祖母は神子だが、自分は違うと言いたいんだな?」
「です。僕は人間です」
「貴様は150年後から来たのだろう」
「でも、神とか鬼とか言われても困ります。僕、ふつうの高校生です」
風間さん曰く、『時渡り』は偶発的なもので、本来は予知夢だか、未来視だか……そういう能力が『時の神』にはあるらしい。見たこと無い。
「自覚がないだけのように思うが……八瀬の力は、我らと違い不明な部分が多いからな…」
風間は納得がいかない顔で、梓月を見る。梓月は返答せずに正座を説いて、あぐらになって首を傾げる。
説得してようやく彼は「普通」に話してくれている。まあ、その喋り方が「普通」というのだから…鬼の統領とはだいぶん偉いのだろう。
なんかすっげェ話
タイムワープがこうして起きているのだから、どうにも超常現象や神やら鬼やらが実在するということは理解したのだが。
「風間さんも、神の力があるんですか?」
「鬼は未だ純血であれば僅かな力を継いでいる。ただ、八瀬のは特別だ。物ではなく、時間に干渉するからな」
「ふーん…?」
なんとなく誤魔化された気がした。具体的にどうという事は教えてくれないらしい。
「じゃあこの力については、その八瀬さんに聞けばいいんですか?」
「八瀬に遣いを出したら、急ぎならば壬生狼に聞けと言われたらしい。あの男が詳しいと」
「壬生狼…って、新選組ですか?」
「ああ。はぐれ鬼が一人、そこで飼われている」
「はぐれ鬼? なんて言う名前の方ですか?」
「…」
彼はその整った眉目を寄せて、いかにも不快な表情をした。
「あのような礼儀も知らぬ、角もないはぐれ者に俺は興味が無い」
「…そうですか。どこかで一緒に行ってもらえませんか?」
「構わんが、あれはすぐに見分けがつく。稲のような頭をしている」
稲
梓月は鈴なりに実った稲穂の束を想像した。
「…ドレッド?」
「ど…? 黒いときも多いようだが…」
「イカツいですね。さすが新選組」
ちょんまげの時代に、それはパンクだ。織田信長の家臣に黒人がいたというから、そういうノリの人だろうか。
「明日空いてますか? 才谷さん帰ってから確認にはなりますけど」
「良いだろう。こちらに居る間に、未来の妻と親交を深めておくのも悪くない」
「彼女さんですか?」
「ああ。雪村千鶴という、新選組にいる俺の未来の妻だ」
「へえ」
雪村さん…
それはどこかで聞いた名前だと思ったが、最近色んな人に自己紹介されすぎて、どこの人の名前かまできちんと思い出せなかった。
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