姓は「矢代」で固定
第6話
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僕のことを「自分の生死に関係ない人」と言ったことを許せなかった。
沖田side
謹慎にかこつけて、また数日間は療養に専念するよう土方さんに命令された。
今日はその明けの日。いつもは遅れて参加する朝稽古に早い時間から赴く。
「沖田組長!」
「おはようございます!良くなりましたか?」
「うん。おはよう」
「一番組、特に変わりないっす」
「分かった」
明六つ半までは自主参加のため、組を指揮する気はなかったのだが、早くに来ていた組下の隊士らに囲まれる。
弥月くんは弁えていて、一番組にはあくまで「人員補充」として巡察に参加し、組の統率は伍長らに任せていたらしい。伍長らは僕のもとに毎日報告に来ていた。
「肩慣らしに付き合ってよ」
「はい!」
組下一人の肩を叩いてから、首をグルリと回し、一度だけ木刀を宙に向かって振り抜く。
療養中、治療室をこっそり抜け出して素振りなどは続けていたけれど、対人戦をするのは久しぶりだった。木刀を構えて、向こうの動きを静かに見据える。型の稽古や素振りにはない感覚……敵を斬るという事に集中する。
死ねばいい
一度沸き上がった熱は、未だにあの人の顔を見るとたまに揺り返す。狙った獲物を狩り損ねたのだと、まるで心が飢えているようだった。
沖田は相手の隙を見つけては得意の突きを打ち、惜しみなく力を振るう。そうして難なく相手を打ち負かし、すぐさま「次!」と視線を他所にやった。
すると、周りからは「絶好調だな」という声も聞かれたが、彼自身は刃の通る軌道にわずかな狂いを感じていた。組下の指導よりも自身の調整をする必要性に、微かな焦りが生まれる。
近藤さんの名を落とす訳にはいかない
たとえ養子に望まれなくても、近藤勇の一番弟子は僕だ。誰よりも強く、名実ともに一番組組長でいなければいけない。近藤さんが居ないなら尚の事だ。
強い相手を求めて辺りを見回すと、目に留まったのはやたらと目立つ人……いつも通りに変な動きをしている。
弥月君も今から参加するらしい。開脚したり上体を反らしたり、柔らかな身体をくまなく曲げ伸ばししていて。同じく今来たばかりの新八さんに声をかけられて談笑する。
沖田はその笑顔を見て、黒い靄のような気持ちを抱く。
君が死にたいのなら
僕が殺す
あれから彼女を見ていると時折浮かぶ、鈍い光の中にあるような空想。瞠目して瞬きすらせずに僕を見つめながら倒れゆく、あの子の姿。
僕がその命を刈り取る瞬間、絶望に落ちる弥月君の表情を見たいのだと知った。きっとその刹那、僕は「関係のない人」では無いのだと、彼女に分からせられる気がした。
「おい、弥月。総司とまた喧嘩したのか…?」
「え?」
永倉がこっそりと「あれ」と指差した方向を振り返った弥月は、沖田に見られていたことに気付く。そして眦を下げて寄っていった。
「沖田さん。おはようございます。今日は早いですね」
「…おはよう」
「首触りますよ」
僕は心の中だけで「もういいって」と呟きながらも、半ば諦めの気持ちで大人しく立つ。すると、弥月君の手が僕の耳の後ろから顎にかけてをふにふにと押してくる。それは指圧のようで少し心地が良い。
真剣な表情の彼女は、指の感触を探っていて。瞼を何度かパチパチと瞬かせてから、瞳の焦点がこちらへ戻ってくる。
「口開けて下さい……ちょっとかがんでもらえますか?」
彼女が喉を見るのに丁度良い高さになるように膝を少し折る。
こうして触れたり見られたりするのにも慣れてしまっていた。
「…よしっ!」
肩口を叩れて診察が終わったことを知る。
そして視線が合うと、眼の形を三日月にして二カッと嬉しそうに笑った彼女。陽の光を受けて髪がキラキラと輝いている。
眩しいのに目を離したくないような気持ちになった。
「汗かいたらちゃんと着替えて下さいね」
「…おせっかい」
「はいはい」
あしらわれたと思いながらも、不愉快だとは感じなかった。毒気を抜かれるとはこの事か……先ほど燻っていたほの暗い感情はいつの間にか消えていた。
「早く木刀持って」
「朝イチ沖田さん相手はキツイです」
「嘘ばっかり。走ってきたんでしょ」
「まあねー。でも新八さんでも良いですよね?」
「ヤだ。弥月君がいい」
…
……
思うがままに口にして、なんとはなしに喉のあたりがむず痒い感じがした。
「仕方ないなぁ…揚代(あげだい)取りますからね」
「…二朱ね」
「しょっっっぱッ!!!」
「弥月は三両だもんな」
「新八さんからの指名は五両で」
「なんでだよ!」
三人のやりとりを聞いていた周りの人間はクックッと笑う。
上手だよね…
態となのだろう。こんな露骨に品のないやり取りをする人が、まさか女の子だなんて疑うはずもない。
木刀を向け合って、相手の出方を窺い流れる緊張感。お互いに得意も不得意も把握している。
弥月はやや左回りに駆け出す。沖田の剣戟を正面からは受けずに、流れるように交わしていく。その意図は簡単で、勝てない相手への一撃必殺ではなく、小さな傷の積み重ねを狙っている。
「そんな戦い方教えた覚えないんだけど?」
「今、は、監察方なので」
沖田は無理矢理に切り結んで文句をつけたが、弥月は当然と言わんばかりに真っ直ぐ返答する。
むかつく
どれだけ関係を積み重ねても、上書きされるのだと言われている気がした。
交わすついでとばかりに手数を打ち込まれるが、それよりも多く打ち返す。当たったり避けられたりもお互い様だが、沖田は数を重ねるごとに段々と自分の技が研ぎ澄まされていく感覚がした。
彼らが戦いの場を徐々に広げるため、それを避けた隊士らがふと縁の隅にいた人物に気付く。
「副長!」
「おはようございます!」
それを聞いた他の隊士も背筋を伸ばして、ここ一番と声を張り口々に挨拶を述べる。
「永倉、あれは誰が止めんだ?」
土方に声をかけられて、彼は立ち合っていた手を止める。
「ん? そのうち勝手に…じゃ、ねぇか…?」
普段通りに稽古していたはず…と永倉は思ったが、爛々とした眼をした沖田に気付いて、尻すぼみに答えた。
しばらく見ているだけでも、弥月の方がいくらか強く打ち込まれているものの、沖田が微塵も止まる気配がない。
「まあ…弥月もまだ行けそうだし…?」
「…そうか」
カアアァァン
飛ばされた木刀に弥月は見向きもせず、右から後ろに身体を引いて、右手で腰の苦無を抜いて投げる。
しかし、沖田は一歩踏み出して、彼女が投げきる前にその手を打った。
「ーーッ…」
後退する弥月を沖田は追う。凪いだ一閃を弥月は転げて交わした。摑んだ砂利玉を投げつけ、離れて立ち上がると同時に次の苦無を構える。
しかし沖田はその切っ先を存在しないものと認識した。
無意味
右に刀を上げて水平に構える。身体をわずかに引いた彼女は逃げる姿勢を取った。
はずさない
この技すらも陽動だ。背を向けて逃げる彼女には適さない。
逃さない
沖田がジリと間を詰めると、弥月はまた左回りに動き出す。その先にあるのは自分が落とした木刀。
彼女が走りそれを拾った瞬間、沖田はその背に得物を振り下ろした。弥月も上体を捻ってそれを受けに行く。
カアアァン
!!?
受けられ弾き返されたことに驚く。軸が崩れたままの姿勢でそんなことができるほど、彼女の臂力は高くない。
不思議に思って見ると、彼女の表情はまだ負けを認めていない。それどころかゾクゾクするほどの殺気を僕に向けていて……また気分が高揚する。
沖田の方から距離を取ると、彼に真っ直ぐに向いた剣先。沖田は知らず舌なめずりをした。
楽しい
また肩口で水平に得物を構える。今度こそはその心臓に届くと確信した。
「そこまで!!」
大きな声に二人はピタリと止まる。
思いがけず素直に従ってしまった事を、沖田は内心苦々しく思った。
「矢代、好き勝手しすぎだ」
土方さんはそう言うが、むしろ比較的きちんと剣を持っていた方だった。
そう思って弥月君を観ると、彼女は眼を見開いてフーッフーッと猫のように息をしていて。何が起こったか分からないような顔をしていた。
目が…?
「総司も加減しろ。死ぬぞ」
土方さんの声を無視して、彼女の眼をよく見る。
瞳が赤い…?
元々薄い色をしているから、気の所為かと思う程度の違い。
「…と」
と?
「死ぬかと思った…」
弥月は憮然とした表情でその場にストンと座る。
「こっち見て」
「?」
気の所為…?
沖田は数歩進み、弥月の目の前にしゃがんで顔を突き合わせる。パチパチと瞬いた彼女の眼は明るい茶色をしていた。
「…沖田さんが安否確認すべきは、強烈に叩いたココとココとココです」
弥月は自分の腕と手と腹を順に指さす。
「動いてるから問題ないでしょ」
「…」
「お前ら、朝から張り切りすぎだって」
「そう思うならもっと早く止めて下さい…」
呆れる新八に弥月はうんざりと答え、その後ろにいた土方に気付いて、力の抜けた顔を向ける。
「おはざーす」
「お前は…最近の適当な話し方どうにかしろ。示しがつかねぇだろうが…」
「さーせん」
土方さんはジトッとした眼をしたものの言うだけ無駄と思ったらしい。すぐに僕に視線を向ける。
「調子は」
「悪そうに見えますか」
過保護
今の斬り合いを見ていて、まさか具合が悪いようには見えないだろう。
「矢代が飯好き嫌いして食わねぇから治りが遅いんだって言ってたぞ。また痩せたんじゃねえのか」
「…キノコから牛の肉、鮪の脂身でも何でも平らげる、野良犬よりも食い意地がはった人と比べないで下さい」
「わんわん」
「…で、食ってんのか」
「疑り深いなぁ…」
沖田が素直に答える気はなさそうにするため、「わんわんわわーん」と独りで歌っている弥月へと土方は視線をやる。
しかし、弥月も代わりに説明するのを面倒に思い、求めに気付かなかったふりをして歌いながら去っていった。
「そういえばこの前、うちの伍長と決闘しようとしてましたね。しそびれた代わりに僕が相手しますよ」
「…病み上がりの餓鬼相手に本気出すのも大人気ないだろ?」
仕掛けたことを嘲笑うかのように餓鬼扱いされる。けれど、流し目で僕を見た土方さんの表情は、僕を軽んじるものではなかった。
立ててある木刀を掴んだその背に、沖田は思いがけず面映ゆい気持ちになって、グッと表情を引き締める。あの人にこんな気持ちを気付かれたくはない、と。
「ほら、来いよ」
ニヤリと土方さんは笑った。
遠い日をわずかに思い起こした沖田は、ふんとひとつ鼻を鳴らした。
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