姓は「矢代」で固定
第6話
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慶応二年二月十日
私が大和国に行き屯所を留守にしている間に、千姫から手紙が届いていた。内容は梓月が消えた後の私を心配してくれているものだった。
「こんばんは、お世話になりまーす」
「ようお越しやす、弥月様、新選組の皆はん。
今日はお二階は貸切にしてますさかい、ごゆっくり過ごしとぉくれやす」
「ありがとうございます」
今日の宴席は上七軒の揚屋だ。千姫へのお返事を出しに行ったときに、宴会の予約をさせてもらった。
皆が座敷に上がっていく後ろで、弥月は店の主人からコソッと「言伝てが」と耳打ちをされる。
「菊様は他のお店との兼ね合いで、うち経由で新選組のお座敷上がるんはややこしいそうどす。またの機会にと」
「他の店?」
「菊様は上七軒では天神をしてはりますけど、他の御勤めも…堪忍しておくれやす」
「…なるほど?」
分かったような、分からんような
代わりの芸妓や舞妓を呼んでくれているとのことで、それなら問題ないと応えて、弥月も部屋へと向かった。
そして、四半刻後。
「…これは」
「お待ちしてました〜」
遅れて到着した彼らに、ひらひらと両手を振って見せる弥月。
目立たないようにと、弥月らとは別行動で現れた山南ら羅刹隊の三人は、まだそれほど開宴から時間は経ってないはずなのに、すっかりと『出来上がった』男達に呆気にとられる。
「おっ、待ってたぜ〜、酒井くん!」
「松原さんもこっちこっち!」
着飾った芸姑らにそれぞれにお酌をされていた藤堂や永倉が、真っ赤な顔をして笑顔で声をかけ、原田が気を利かせて間を空ける。
酒井らは遅い到着で機を逸しただろうかとも思った。しかし、以前と変わりない気の置けない仲間の様子に、仕方ないなあという風に顔を綻ばせて、呼ばれた方へと足を向ける。
「山南さんはここに来てください」
弥月は片側の空いている座布団をポンポンと叩いた。
「君は素面ですか?」
「はい。酒グセ悪すぎて禁止令が出てるので。
お亀さん、良いお酒を一つ。で、ちょっと外してもらえますか?」
弥月が『ごめんね』と顔の前で手を合わせると、芸姑はにこやかに「また呼んでおくれやす」と返事をし、裾を捌いて席を立つ。
「山南さんが酔う前に話したい事があって。綺麗なお姉さんはちょっと待って下さいね」
「貴女は…私をなんだと思ってるのですか…」
「上司?」
「…そうですね。急に常識人らしいお返事が返ってきた事に驚きました。
お酌は君にしていただけるなら、それで十分ですよ。綺麗な方ですから」
「あははっ! 今度から余興に私もアレ着てきましょうか。琵琶も下手すぎてウケること必至!!」
「お似合いだと思いますよ。ただ、土方君らがいるなら控えた方が良いかと」
「気付かないんですって、それが! 土方さんも、左之さんも!」
弥月は横にパタパタと手を振る。女装しても、肩脱ぎしても裾を絡げても、彼らには疑いもされないのだと笑う。
「ここまで来たら、どこまでしてもバレないか気になるくらいです!」
「…万が一の事がありますから、はすっぱな格好はお止めなさい」
「はーい」
素面という割に、弥月は大きな声でカラカラと笑った。
お亀さんが戻ってきて、徳利を一つ受け取る。斎藤さんと源さんの間に彼女が座るのを見届けてから、山南さんの猪口に酒を注いだ。
「土方さんが話通しとくって言ってましたけど、一橋家への謝罪の結果ももう聞いてますか?」
「ええ。白紙に、と」
「その件で、どうなんだろー?って改めて思って」
私と魁さんが一橋邸の前にひっそりと待機していたのは、死にかけの大石造酒蔵を引き取る可能性が土方さんの中にあったからだ。勿論、羅刹隊の一員にする構想を含めていた。
「私は大石さん弟がどんな人か知らないから、今回は反対だったんですよ」
「では、言い出したのは貴女ではなく…」
「土方さんです」
山南さんもやはり意外だという顔をする。
松原さんの時は私の発案で、局長と副長はかなり長い時間、変若水を出すかどうかに迷っていた。
「土方さんって羅刹に反対してる風で、意外と推進派なんですかね」
「…そうではないのでしょうけれど…」
山南は弥月の疑問を否定しつつ、口元に手を当てて考える。
しばらく返事がなさそうだと踏んだ弥月は、魚の煮凝りを箸でつまんで口に入れながら、場を見渡した。
松原さんは嬉しそうに皆から酌を受けていた。芸妓さんらが全員が揃ったのなら踊りか唄はどうかと、演目は何が好きかと尋ね、酒井さんも気兼ねなく話している。彼らのための宴席でもあるから、楽しんでくれたら私もすごく嬉しい。
斎藤さんと源さんも話をしながら静かに呑んでいて。お料理もお酒も順調に減っているから、それはそれで良し。
ニコニコして様子を見ていると、徐に山南から「変若水は…」と返事が来る。
「変若水は幕府の構想です。我々の報告は容保様を通して大樹公へ直接上がっているはずですが、一橋公がそれを知らないとは思えない」
「それはまあ…」
「弟君が亡くなるにせよ、生き延びるにせよ表舞台を降りることになったのならば、大石さんが長男として、大石家の跡目に再び上がることも想定されます。
新選組としては引きつづき一橋家と繋がりを持っておきたいところ。ならば、弟君を羅刹としてでも内に取り込む方が、今後のためになる…という所でしょうか」
「なるほど…」
鬼副長激おこ沈黙の四半刻は、その作戦を練っていたということか。瞼を閉じて仮眠中なのかと思っていた。
「ですが、一橋公からは断られたんですね」
「そう聞いてます。弟さんの世話も大石家の家人がするから、引き取る必要はないと」
「そうですか…」
また思案顔になる彼。先ほどよりも顔が僅かに不審だ。土方さんの思惑通りになった方が、やはり新選組にとっては都合が良かったのだろう。
徒労感と心労が相まって、弥月は小さく溜め息を吐く。
「あと、帰りの空気がまた重くて…」
「? 生きていたのでは?」
「弟さんはまあ……でも、慶喜さんが変な人で…」
あの後、滞りなく拝謁を果たしたそうだが、きちんとした佇まいで現れた慶喜公に三人とも呆気に取られたという。結果、帰り道で青い顔の大石さんが『なぜ気付かなかった』と、土方さんに詰められていた。
弟さん重症なのに、まじで気の毒だった…
「大石伍長、十二歳で家を出る前……慶喜さんが一橋家に入った時に会ったことがあるらしいんですけど。まさか一致するはずが無いって言い訳してて」
「まあ十二の頃の話でしたら…十五年程は経つのでしょうし…」
「はい。慶喜さんが一つ歳上らしくて、当時と顔も声も違った、と」
「成長期ですからね…」
山南は弥月の湯飲みが空になっていることに気付いて、傍らにあった急須を上げて継ぎ足す。
「ところで、その土方君らは?」
さも不思議という風に問う山南さん。
この面子なら彼らもいて当然だと思ってるあたり、みんな本当に仲が良い。
「誘いましたけど。沖田さん一人が置いてかれるなら、拗ねるだろうからって土方さんには断られました」
「そういえば、彼は謹慎中でしたか」
「はい。治る見込みで予約してたんですけどね」
梓月のことや大和国での件で、みんなに心配をかけたお詫びとお礼を兼ねてのつもりだったのだけれど、関心の沖田さんは欠席だ。
三味線の音と共に舞妓の踊りが始まって。動きに合わせてなびく春色の振袖、ひらりひらりと踊る金地の扇に目を奪われる。微笑を浮かべた少女がゆったりとした足取りでくるりと回ると、美しい波模様のだらり帯が現れる。大柄の帯に相対するように、開いた襟から覗く華奢な首筋が際立って、その妖艶さに見惚れる。
「山南君、私の酌も受けてくれるかい?」
私達の話が終わるのを待っていたのだろう、寄って来た源さんが中腰で悪戯っぽくそう言って、山南さんも嬉しそうに応じた。
弥月は丁度自分の皿が空になったところだったため腰を上げる。
「じゃあ、私は斎藤さんの所行こうかな~」
「彼、たまに場に呑まれて、静かに飲み過ぎる気があるから、気を付けてあげておくれ」
「そうなんですか?」
源さんの忠告にキョトンとする。言われてみれば一緒に茶屋に入ったり、彼の晩酌を見かけたりしたことはあっても、宴席を囲むことはなかった。
あ。あったな…そういえば…
ここに来たばかりの頃…『新選組』拝命の宴会の日、酔っぱらった彼と話したことを思い出す。翌日、記憶のない人だった。
「…飲ましても良いですか? 面白いし」
「矢代君…」
「…ほどほどになさい」
なぜそうなるのかと井之上が呆れ、山南からは注意をされて、弥月は『ほどほど』とは何かを教えてもらっておく。急性アルコール中毒で死なれても困るから、と。
「斎藤さーん、お亀さん、お隣イイですか?」
返事を聞くまでもなく、先ほどまで源さんが座っていた位置に陣取る。急須と湯呑を片手に持って現れた私を、斎藤さんは不思議そうに見た。
「なんだそれは?」
「お茶です」
「散会か」
「違います! 私専用のお茶です!」
まだ料理も出きっていないのに。思考が極端すぎる。ノンアルへの理解を求む。
「…そういえば、あんたが酒を飲むのを見たことはないな」
「色々あってお酒禁止令が出てるので、今日はお茶です」
「色々…?」
「色々」
私がどっしりと頷くと、胡乱げな顔をした彼。碌な事をしなかったことは伝わったらしい。出してもない彼の溜息が聞こえた。
「風邪は治ったか」
「お陰様でめっちゃ元気ですよ。沖田さんももう問題なさそうです」
「そうか」
斎藤はホッと息を吐いた。
障子が空き、次の料理が運ばれてくる。蓋のついた温かいお椀を開けると、ふわりと香る出汁の匂い。
「真薯(しんじょ)か」
「ええ、海老の真薯どす」
とろみのある餡に浮かぶ、薄桃色の練り物。箸で切るとぷるぷるとした感触。口に入れるとふわっと溶けて、雲を食べているようだった。
「おいしー…」
「これは旨い…」
出汁まで味わい、冷める前に器を空にする。お酒を主役に話に花を咲かせている人達とは、少し別の幸せがここにある。ただただ飯が旨い。
空いた猪口に「斎藤はん」と勧める芸妓は、色香に嫌味がなく品が良い。
「ここの酒は旨いな」
「ほんま? それはよろしゅおした。御亭はんもえらい気ぃ遣うたみたいやから」
「そうなの?」
「ええ。弥月はん、ずっと来る来る言わはって、一向に来ぃひんかったんえ? そやのに急に偉い人連れて来るって言うさかい、どないな人やろかって、御亭はんもお上はんもお席始まるまでヤキモキしてはったんよ」
そう言われて、予約のときに「どんな関係の方」と訊かれたことを思い出す。なんの疑問もなく「(立場的に)偉い人」と答えたが、身内だとは言わなかった。
「…めっちゃ普通の客で申し訳ない」
「ふふっ…あちらん旦那はんらはえらい元気やけど、誰もヤなことせんから、うちらええ席呼んでもろたわぁ」
「…ちゃんと仕込んでおきましたので」
「そうなんどすか? おおきになぁ」
クスクスと芸妓は笑う。ネタにできる状況で良かった。
上七軒は花街(かがい)ではあるが、色街ではない。「酔って要らんことしたら即退場」と、若干一名に言い含めて来た。
島原や祇園とは明らかに雰囲気の違う、この店の前の通りの静けさ。それを見て、新八さんはいざとなれば遊女のいる五番町に下る心積もりまでしていたのだから、とんでもない男だ。
向かい側の席で、なにやら遊びを始めようとしている面々。店に入るときはどことなく緊張していた彼らだったが、舞妓さんらが盛り上げ上手で、とっくに通常運転している……それはそれで不安だ。
…?
ふと気になった視線。
お亀さんの向こうにいる斎藤さんが、静かに私を見ていて。何か言いたいことがあるのだろうかと、首を傾げて見せる。
「…」
「…」
「…あら。徳利、空になってしもうた。もろうてきます」
芸妓はにこりと笑った。明らかに空気を読んだ動きに弥月は苦笑しつつ、「ありがと」と手を振り、斎藤の隣に席を詰める。
「どうしました?」
「…」
答えない斎藤が猪口を煽るため、もう一杯と注いでみる。
「訊ねたい事があったのだが…」
「はい」
「それが何だったか…」
珍しい
私じゃあるまいし、訊こうと思っていたことを思い出せないらしい。
「……そうだ。あいみんらむいずゆーとは、どういう意味なのだろうか」
「…」
「あいみんらむいずゆー、だ」
「…なんて?」
うっかり雑に返して、「すみません、もう一度」と丁寧に言い直す。
「違ったか……確かこう言っていたと思うのだが…あいみんらむいずゆー」
「…」
「雪村にも訊いたのだが、おそらく最初が『私』、最後は『あなた』いう所以外は分からぬと言っていてな。単語は勉強中だが、文章を聞き取るのは難しいと」
日本語英語でとても分かりやすかった。どうやら聞き間違いではないらしい。
「I'm in love is…with you、ですか…?」
「それだ。分かるか」
「まあ、はい……誰に言われたんですか?」
「坂本だ」
!!?
「さかっ…まさか、坂本龍馬?!」
「そうだ。心を込めて伝えたら伝わると言われたのだが、やはり意味が分からなくてな…あんたなら知っているのでは、と」
「坂本龍馬に言われたんですか!?」
「そうだと言っているだろう。他に異国語を使える知り合いなどおらぬ」
「…」
…
……え?
これは一体どう受け止めたら良いのだろうか。
坂本が心を込めて伝えたのを、私が代弁するべきかも分からないし、そもそも二人はどういう関係だったのか。
至って真面目な表情の斎藤に対して、弥月は目を泳がせて、これ以上捻れないほどに首を傾ける。
「えっと、坂本が山南さんとはお知り合いと聞いてましたけど……斎藤さんも仲良いんですか?」
「仲とは? 名前と顔が一致する程度だが…」
「……」
あなたに恋をしています
ぐるぐると頭の中を流れる恋愛ソング。確かに斎藤さんは一目惚れされるだけの雰囲気はお持ちだ。立てば芍薬なんとやら。
「それで、矢代。それは一体どういう意味」
「今、坂本君の話をしていましたか?」
山南と井之上は心配する表情で、弥月達の近くに座る。
「してましたよ……彼、元気でしょうか?」
「奉行所の捕り方が手傷を負わせたそうだね」
井之上は「その後の事は沙汰がないからね」と、渋い顔をする。
「近藤さんらが、再び長州へと向かいましたが……長州の重鎮とともに居たという坂本君を薩摩が匿っているという話でしたか。薩摩がまた一枚噛んでいると言うならば、今回こそ話し合いの平行線は回避してほしいものですが…」
「前のときに、勇さんが長州の代表は謹慎恭順の姿勢であったけれど、内心では戦を覚悟しているとも言っていたね。幕軍に士気がないと言うならば、これ以上に厳しく長州藩を取り締まるべきではないのだけれど…」
宴会に相応しくない、一気に重たくなる空気と話題だけれど、心なしか助かった気がする。
自分も気になっていることがある。『長州戦争は幕府が負ける』…梓月の言い残した事の意味が、少し分からなかった。それは『戊辰戦争』とは異なるということだろうか。
ちゃんと訊いとけばよかった…
あまり兄とそういう「今後の展開」の話はしなかった……お互いに避けていた節がある。最期を分かっていて、詳しく訊くのが私は怖かった。
「あら。みなはんで小さぁなって、何の相談事どすか?」
徳利を持って戻って来た芸妓が、とろりとした声をかける。沈鬱な雰囲気の中へでも、話の区切りがついた所で入ってくるのだから、唸るほどの心配りだ。
政情不安だと話をしていたのだと、源さんが彼女へ説明をする。お菊さんと仲が良いというその芸妓さんは、自分が見聞きしている話を交えて、真剣な表情で受け答えしていた。話相手によって表情が変わるのだから、彼女らのお酌一つも芸事なのだと感心する。
「それで、矢代。先ほどの話だが、あいみんらむいずゆーとは、どういう意味なのだ?」
そして、それとなく流してしまいたかった話題が、生真面目な彼からも容赦なく戻ってくる。
「えー…っと…ぉ」
「弥月君…?」
ギョッとした表情の山南さんから向けられる疑いの目。
「君が彼に?」
私が斎藤さんに…?
「…?! ちがッ、私じゃないです!!! 私じゃない!!」
山南さんの疑惑が何かを理解した。私が斎藤さんに愛の告白をしたことになった。
「何が貴女ではないのですか?」
「言ってない! 斎藤さんに好きとか言ってない!!!」
言っていないのに顔が熱くなる。なぜか再び頭を巡りめぐる恋愛ソング。なんで私が恥ずかしがらねばならないんだ。
「好き…?」
「好きじゃない!」
反射的に斎藤さんへ返答する。ちょっと悲しそうな顔しないで。お願いだから、空気読んで。
「あらあら、さっきのはそういう事やったん? 弥月はん、照れてしもうて…可愛いらしいなあ」
「違う!!」
揶揄おうとする芸妓へ全力で叫ぶと、「なんだ、弥月。大きい声だして」と、平助が声をかけてくる。
向かい側の人達が驚いたという顔をしてこちらを見ていた。
「左之、あれだ。あいみんらむいずゆー」
「ああ、あれか」
!!?
彼らは何かを合点しあったらしいが、全く意味が分からない。
「あれ、どういう意味なんだ? 弥月」
「え。あ…」
広間全員の注目が私に集まる。
誰に向けて返事をするか、一瞬言い淀んだことで、余計に言いづらくなった。
答えあぐねていると、突にツンと袖を引っ張られる。顔を向けると、山南さんが眼鏡の下で悪い顔をして笑っていた。
「I'm in love with you」
「…?」
「お返事をいただけますか?」
弥月はヒュッと息を呑んだ。
クツクツと笑った山南は、つまんでいた弥月の袖から手を離し、彼女の手を優しく握った。