姓は「矢代」で固定
第5話 よりどころ
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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***
テレビの音で目が覚めた。
昼間にソファでだらだらしていて眠くなったことを思い出しながら、弥月は身体を起こす。どうやら大分ぐっすりと寝入っていたらしい。そもそも今日は何をしてたっけ?
換気扇の音が遠退き、キッチンからお母さんが出てきた。
「弥月ちゃん、良いタイミングで起きたわね。もうご飯よ」
はぁい
弥月はコクリと頷き、足元に居た猫をなでる。
もう私はここが夢の世界だとなんとなく理解した。猫がフワフワだと思ったのに、手にその感触がないから。耳が欲しい音だけを拾い、私自身も声を出した感覚がないのに、相手に意思が伝わっていると感じたから。
このまま目覚めたくないのなら、できるだけ声を出してはいけない気がする。
「お父さんたち呼んで来てくれる?」
はぁい
立ち上がって道場へと向かう。そこにいる陰のような背格好の男三人が、父と祖父、長兄だと認識して「ご飯だよ」と声をかけた。返事はあったような、なかったような。
祖母の部屋でも同じように意思を伝えて、私はまたリビングへと戻る。
あれ、お祖母ちゃんって…?
私が消えた日に交通事故で死んでしまったと、梓月が言っていた。ならば、私が今話したのは一体誰だったのだろうか。
そか。夢、か
いよいよこれが思い出の世界なのだと理解する。違和感を受け入れさえすれば、この他愛のない日常を見続けられるのだとボンヤリと思った。
ゆらゆらとうねる廊下を歩くと、いつのまにか私より先に食卓に全員がそろっている。食卓にならぶお皿を前に座ったら、食べている感覚が生まれて美味しいと感じだした。美味しい。嬉しい。幸せ。
「なあ、榎月は?」
「今日は遅くなるってよ」
先程は居ないと思っていた皐月が、いつの間にか椅子に座っている。そういえばドイツから帰ってたっけ。
榎兄はいないんだ、髪切ってほしいのに
夢でもいいからさ
そう願うと、背後に誰かが立っていることに気付いた。
「折角伸ばしてやったのに。どんくらい?」
榎月が現れて、私の髪をすくう。本当に都合が良くて、思わず笑ってしまう。彼は手に櫛とハサミを握って、いつからか私は肩にケープも巻いていたらしい。食事中に散髪しようとする彼に、誰もそれを指摘しないのだから変な世界だ。
休日の穏やかな夕食。愛猫と愛犬がおこぼれをもらえないかと、思い思いに家族の近くに座る。お父さんが猫の視線に耐え兼ねて、ちゅーるを取りに行く。この当たり前の日常を幸福だと感じた。
ねえ、梓月は? 部活?
「なんて? 弥月」
梓月は今日は部活?
「梓月?」
長兄が不思議そうに問い返し、みんなが私を見ていた。
「梓月って?」
だから、梓…
皐月の怪訝そうな問い返しに、弥月の息が止まる。
笑顔で溢れていた食卓だったのに。段々とハッキリと見えだしていた家族の輪郭が揺らぐ。背景がうねりだす。
訊いてはいけなかった
「誰だい?」
存在しないのだと
サアッと血の気が引いた。知っていたはずなのに、言葉にしてはいけなかったのに。
気づけば、食卓が世界じゃないものの一部に浮いている。
「だめ」
これが夢だと知っていて苦しくなる。苦しくなって、意識が遠退いて行く。
「弥月?」
「どうしたの、弥月ちゃん」
もっと名前を呼んで
私、起きたくないから
ごめん、梓月、もう少しだけ……夢だって分かってるから、ここに…
「予知夢って、弥月は見たことあるか?」
梓月の声がした。私の横に誰かが立っていた。
よかった、梓月
? 梓月…
…?
…どんな顔してた?
この人は誰だろうと心の片隅で思って、そんなはずは無いと否定した。
…消えた?
誰か
消えた
「だめ…ッ!!」
弥月は跳び起きる。明かりのない真っ暗闇の中、ここはどこかと首を巡らし、立ち上がろうと手を着くと、指に触れた漆塗り……顯明連。
ハアッと息を吐き、失くしそうになった名前を探す。それはちゃんと私の中にあって、ホッとして涙が滲んだ。
「梓月…」
紡がれる音に存在を確かめる。
『予知夢って、弥月は見たことあるか?』
梓月が私に問いかけた。
私達には八瀬の『時の神』の力があるらしい。それで『時渡り』をしたのだと。
今のが この先のミライ?
あのミライが私の過去の記憶じゃない、この先の未来の世界ならば。
ここに私が居るから 未来が変わった
「そんなの…」
銀の光の向こうの世界が三千世界だとしても。私が居て、梓月が居ない世界が許されるはずがない。あの家に末子として居るべき人間は私じゃない。
弥月は顔を上げて、ここが西辻方村の空き家であることを思い出す。室内では奈良に派遣された皆が眠っている。
「矢代?」
想定外に声をかけられて、ビクッと身体を震わせる。斎藤さんだ。
「大事ないか?」
「…はい。少し…風に当たってきます」
「…分かった」
起こしてしまったらしい。けれど、彼からの了承を得、他の隊士を踏まないようにして、ソッと家から出ていく。外で見張りの隊士に声をかけられて、先程と同じように返事をした。
外も室内と同じように暗かったが、夜の中を歩くことには慣れていた。
だめだ
無かったことになったら
分かっていた。何も知らないから、私はきっと皆を助ける。彼らが死ぬべき時が分からないから、きっと助けてしまう。それが未来を変えてしまう事くらい分かっていた。
だけど、私の新選組での働きなんて、蝶の羽ばたき程度の事だと思っていた。それで未来を変わったとしても、別世界の出来事ならば許されるだろうと思っていた。
けど、あの家に私が居て、梓月が生まれない世界なんて絶対に駄目だ
どうしたらいい?
どうしたら直せる?
ドッドッと心臓が鳴る。グッと顯明連を胸に抱えた。暗闇を歩いて歩いて、どこともなく先へ進む。
千姫は『未来を回避すれば、夢見は見た通りにならない』と言っていた。今ならミライを変えられるかもしれない。
選んでられない
かつて一度決めた覚悟だ。二度目を恐れることはない。
どうやったら確実に死ねる?
一度目を失敗した身だ。不死身と思っているわけではないけれど、確実に楽に済ませたいことではあった。そう考える自分はこんな時まで自分に甘いのだからと、少し可笑しくもある。
川…
溺れなくても、浸水して流血しつづければ、失血死できるのではないか。
人が浸かれるほどの大きな川といえば、木津川か……ここからは少し遠い。明かりを持って来ればよかった。かろうじて目の前の足元が見える程度の闇に行き先を見失うが、耳に付いたのはわずかな水の流れる音。
用水路……池…
耕地用の溜池。あまり綺麗なものではないけれど、事は足りそうだ。
場所が見つかって安堵したはずなのに、ざわざわと胸が騒めいている。仕方がない。急な話だと自分でも思う。今日も気持ちに身体がついてこない。
…ダメだ。ここだと見つかる
もっと遠くへと離れなければ、彼らが探して、私のそれが見つかってしまう。それは駄目だ。
弥月は水場を求めて、再び歩を進めた。
***
テレビの音で目が覚めた。
昼間にソファでだらだらしていて眠くなったことを思い出しながら、弥月は身体を起こす。どうやら大分ぐっすりと寝入っていたらしい。そもそも今日は何をしてたっけ?
換気扇の音が遠退き、キッチンからお母さんが出てきた。
「弥月ちゃん、良いタイミングで起きたわね。もうご飯よ」
はぁい
弥月はコクリと頷き、足元に居た猫をなでる。
もう私はここが夢の世界だとなんとなく理解した。猫がフワフワだと思ったのに、手にその感触がないから。耳が欲しい音だけを拾い、私自身も声を出した感覚がないのに、相手に意思が伝わっていると感じたから。
このまま目覚めたくないのなら、できるだけ声を出してはいけない気がする。
「お父さんたち呼んで来てくれる?」
はぁい
立ち上がって道場へと向かう。そこにいる陰のような背格好の男三人が、父と祖父、長兄だと認識して「ご飯だよ」と声をかけた。返事はあったような、なかったような。
祖母の部屋でも同じように意思を伝えて、私はまたリビングへと戻る。
あれ、お祖母ちゃんって…?
私が消えた日に交通事故で死んでしまったと、梓月が言っていた。ならば、私が今話したのは一体誰だったのだろうか。
そか。夢、か
いよいよこれが思い出の世界なのだと理解する。違和感を受け入れさえすれば、この他愛のない日常を見続けられるのだとボンヤリと思った。
ゆらゆらとうねる廊下を歩くと、いつのまにか私より先に食卓に全員がそろっている。食卓にならぶお皿を前に座ったら、食べている感覚が生まれて美味しいと感じだした。美味しい。嬉しい。幸せ。
「なあ、榎月は?」
「今日は遅くなるってよ」
先程は居ないと思っていた皐月が、いつの間にか椅子に座っている。そういえばドイツから帰ってたっけ。
榎兄はいないんだ、髪切ってほしいのに
夢でもいいからさ
そう願うと、背後に誰かが立っていることに気付いた。
「折角伸ばしてやったのに。どんくらい?」
榎月が現れて、私の髪をすくう。本当に都合が良くて、思わず笑ってしまう。彼は手に櫛とハサミを握って、いつからか私は肩にケープも巻いていたらしい。食事中に散髪しようとする彼に、誰もそれを指摘しないのだから変な世界だ。
休日の穏やかな夕食。愛猫と愛犬がおこぼれをもらえないかと、思い思いに家族の近くに座る。お父さんが猫の視線に耐え兼ねて、ちゅーるを取りに行く。この当たり前の日常を幸福だと感じた。
ねえ、梓月は? 部活?
「なんて? 弥月」
梓月は今日は部活?
「梓月?」
長兄が不思議そうに問い返し、みんなが私を見ていた。
「梓月って?」
だから、梓…
皐月の怪訝そうな問い返しに、弥月の息が止まる。
笑顔で溢れていた食卓だったのに。段々とハッキリと見えだしていた家族の輪郭が揺らぐ。背景がうねりだす。
訊いてはいけなかった
「誰だい?」
存在しないのだと
サアッと血の気が引いた。知っていたはずなのに、言葉にしてはいけなかったのに。
気づけば、食卓が世界じゃないものの一部に浮いている。
「だめ」
これが夢だと知っていて苦しくなる。苦しくなって、意識が遠退いて行く。
「弥月?」
「どうしたの、弥月ちゃん」
もっと名前を呼んで
私、起きたくないから
ごめん、梓月、もう少しだけ……夢だって分かってるから、ここに…
「予知夢って、弥月は見たことあるか?」
梓月の声がした。私の横に誰かが立っていた。
よかった、梓月
? 梓月…
…?
…どんな顔してた?
この人は誰だろうと心の片隅で思って、そんなはずは無いと否定した。
…消えた?
誰か
消えた
「だめ…ッ!!」
弥月は跳び起きる。明かりのない真っ暗闇の中、ここはどこかと首を巡らし、立ち上がろうと手を着くと、指に触れた漆塗り……顯明連。
ハアッと息を吐き、失くしそうになった名前を探す。それはちゃんと私の中にあって、ホッとして涙が滲んだ。
「梓月…」
紡がれる音に存在を確かめる。
『予知夢って、弥月は見たことあるか?』
梓月が私に問いかけた。
私達には八瀬の『時の神』の力があるらしい。それで『時渡り』をしたのだと。
今のが この先のミライ?
あのミライが私の過去の記憶じゃない、この先の未来の世界ならば。
ここに私が居るから 未来が変わった
「そんなの…」
銀の光の向こうの世界が三千世界だとしても。私が居て、梓月が居ない世界が許されるはずがない。あの家に末子として居るべき人間は私じゃない。
弥月は顔を上げて、ここが西辻方村の空き家であることを思い出す。室内では奈良に派遣された皆が眠っている。
「矢代?」
想定外に声をかけられて、ビクッと身体を震わせる。斎藤さんだ。
「大事ないか?」
「…はい。少し…風に当たってきます」
「…分かった」
起こしてしまったらしい。けれど、彼からの了承を得、他の隊士を踏まないようにして、ソッと家から出ていく。外で見張りの隊士に声をかけられて、先程と同じように返事をした。
外も室内と同じように暗かったが、夜の中を歩くことには慣れていた。
だめだ
無かったことになったら
分かっていた。何も知らないから、私はきっと皆を助ける。彼らが死ぬべき時が分からないから、きっと助けてしまう。それが未来を変えてしまう事くらい分かっていた。
だけど、私の新選組での働きなんて、蝶の羽ばたき程度の事だと思っていた。それで未来を変わったとしても、別世界の出来事ならば許されるだろうと思っていた。
けど、あの家に私が居て、梓月が生まれない世界なんて絶対に駄目だ
どうしたらいい?
どうしたら直せる?
ドッドッと心臓が鳴る。グッと顯明連を胸に抱えた。暗闇を歩いて歩いて、どこともなく先へ進む。
千姫は『未来を回避すれば、夢見は見た通りにならない』と言っていた。今ならミライを変えられるかもしれない。
選んでられない
かつて一度決めた覚悟だ。二度目を恐れることはない。
どうやったら確実に死ねる?
一度目を失敗した身だ。不死身と思っているわけではないけれど、確実に楽に済ませたいことではあった。そう考える自分はこんな時まで自分に甘いのだからと、少し可笑しくもある。
川…
溺れなくても、浸水して流血しつづければ、失血死できるのではないか。
人が浸かれるほどの大きな川といえば、木津川か……ここからは少し遠い。明かりを持って来ればよかった。かろうじて目の前の足元が見える程度の闇に行き先を見失うが、耳に付いたのはわずかな水の流れる音。
用水路……池…
耕地用の溜池。あまり綺麗なものではないけれど、事は足りそうだ。
場所が見つかって安堵したはずなのに、ざわざわと胸が騒めいている。仕方がない。急な話だと自分でも思う。今日も気持ちに身体がついてこない。
…ダメだ。ここだと見つかる
もっと遠くへと離れなければ、彼らが探して、私のそれが見つかってしまう。それは駄目だ。
弥月は水場を求めて、再び歩を進めた。
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