姓は「矢代」で固定
第5話 よりどころ
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慶応二年一月二十日
朝餉の片付けも終わった時間帯に、弥月が伏見の見張り先から帰ってきて、勝手場で米の残りを拝借しているときのこと。
土方に「今から別の調査に行ってこい」と言われ、仕方なくその子細を訊くべく、弥月は茶碗を片手に、彼の部屋に坐した。
全く面白くもない。今回の任務について、土方さんの指示はこうだった。
「会津小鉄からの依頼で、尾関らを大和に向かわせた件だ」
尾関伍長と川島の監察方二名が、数日前からどこかに派遣されているのは知っていた。そのお鉢が私にも回って来たらしい。
「小鉄の兵隊・勘兵衛って百姓が、庄屋に家と山を不当に差し押さえられたんだと。それを収めてくれって話だ」
「庄屋をシバいてくれば良いってこと?」
「そこが問題なんだよ。尾関らが庄屋に検めに行っても、どうにも話が噛み合わないらしくてな。方々確認を取ってはいるが、なかなか話が進まねえ」
噛み合わない?
弥月は色々な疑問が頭に浮かんだが、一旦は話のつづきを促すべく「はあ」と相槌をうつ。
「庄屋側の意見としては、自分が貸していた家と山林なんだから、いつでも差し押さえる権利はあるはずだと。
だが、勘兵衛側の訴えは、土地は自分のものだったし、年貢はきちんと収めていた。だから、差し押さえがあるのはおかしいと宣(のたま)う」
「それ、去年の年貢の目録と、村の人別改帳見せてもらえば、すぐ分かることじゃないですか?」
不逞な人物を調査したいときには、どちらもよく使う手段だ。新選組の名を出せば、嫌がられはするものの、村長である庄屋や、領主である寺社は帳簿を確認させてくれる。
「年貢は納めてたが、土地はどちらのものかハッキリしなかった」
「なんでです?」
「勘兵衛の言う通り、確認できた古い検地帳では、代々の小作人の耕地らしき記録がある。だが、数年前から庄屋の名義になってる」
「んー…庄屋が書き換えたってことですかね?」
「ありえない話じゃないが……なんせ、勘兵衛がエタ村の奴らでな。そもそも土地や水利権を持っていることが妙だからな。検地帳の不備の可能性もありそうだと」
エタ村というと、いわゆる現代で云う被差別部落のことである。
そして、領主に納める予定年貢高は、庄屋に通知がくる。庄屋から小作人へ口頭で伝達をしているならば、どこで記録が改ざんされていても、末端の勘兵衛は知る由もない事だそうだ。
「まあ…それなら結構、庄屋さんが無理筋の気もしますね。改ざんの言質とればなんとか…」
「まだある」
「…何です」
「勘兵衛は長年、誰かに金を借りていたという情報があるらしい」
「……」
土方が渋い顔をしていた理由が、弥月ははようやく分かって来た。思わず、彼と同じように眉間にしわを寄せる。
「でも、もし担保としてなら、庄屋さんがそこを主張しない理由ってなんでしょうか」
「恐らく、証文を作ってないんじゃねえかって、川島は言っていた。証文がなければ水掛け論に過ぎない。貸した庄屋の責任だから、妥当性を主張するのも難しくなる」
返済を迫る根拠を、無理矢理に作った可能性があるのだと。
「だが、借金して首が回らなくなるような奴らの言う事を、そのまま鵜呑みにもできねえ。
かといって、勘兵衛と小鉄は古い知り合い、かつ大和の大事な情報源だから、泣きつかれてそのままにしておく事もできない」
「えぇ…」
話がヤヤコシイが、論点は『土地の持ち主は誰か』と『庄屋に借金をしていたかどうか』という話になるのだと思う。
どちらも無い証拠を出せというんだから無茶な話だ。
正直、この話に噛みたくない
「大和国って、奈良でしたっけ?」
「そうだ。興福寺の領地、八条村に庄屋が。その枝郷の西辻方村に勘兵衛が住んでいる」
興福寺を全く知らないが、曰く、大和国の市場の中心となる最も大きな寺院だそうだ。ここから歩いて半日かかる距離らしく、遠足ならバスで行きたい。
「いくら小鉄さんの依頼でも、奈良の話に新選組が介入する必要あります?」
「奈良奉行所も守護職の管轄だ」
「あー…ね」
がっくりと項垂れる。
京都守護職は大坂・京都・奈良奉行の上位だ。その私兵である新選組は、奈良内の小競り合いも依頼されたら断れない。
「でも、それならそれで順序が変じゃないですか。訴訟なら、まずは奈良奉行所通したら?って感じで」
「泣きついてきた勘兵衛は会津小鉄の兵隊だ、つったろ。奉行所は都合が悪いか、自分の味方に付く訳ねぇって分かりきってるんだろうよ」
「あ゛あぁ…」
つまり、その男は警察じゃなくて、ヤクザの親分を頼りにするような人物だ。
「会津小鉄さんの子分の『虎の威』をしろってことですね…」
「そういうこった。お前にしてほしいのは調査の方だが、首尾が上手くいけば新選組の名が売れる。庄屋に殴りこむなら、人出すから連絡しろ」
「…りょ。奈良の端まで、うちの悪名轟(とどろ)かせてきますわ」
カタギの仕事じゃないにも程がある
「伏見の方はどうします?」
私が今、島田さんと共に任されている仕事は、先日から泳がせている西国の浪士の件だ。
どうやら薩摩藩の西郷との面会を試みては失敗しているようで、長州の人間と睨んでいる。ただ、頻繁にどこかに連絡を取っているようなのに、思ったよりも警戒心が強くて偽装も多く、未だ目的が分からない。
「西郷が動くかどうかなんだろ。こっちでなんとかする」
目的は分からなくても、狙いは分かっている。
不逞浪士なら捕まえて吐かせればいい、という考えもあったのだが、彼らはこの時世に京に潜入してくる丹力のある男達。その背後の陰にある者を逃がすわけにはいかなかった。
そういうわけで、京から大和街道を南下して、これから伏見・宇治を通過し、奈良に入ろうと決めてはいたのに。私は次の行動に迷って、伏見でウロウロとしていた。
見つけてしまった…
見て見ぬふりをすれば良かったような気はする。けれど、監察方としても矢代弥月個人としても、気づいたら足を止めざるを得なかった。
そもそもは、伏見で諜報している島田さんに連絡しに来たのだが、まさかそこで知っている人と行き違ったのだ。
坂本龍馬
その特徴的な目の下のほくろを泥で誤魔化しても、語尾が「ぜよ」じゃでなくても、流石にもう完璧に顔も声も覚えた。
どうしよー…
彼に気取られない距離を測りながら後を追いつつ、誰にも聞こえない大きさで、弥月は特大の溜息を長く吐く。
監察方としては、『なぜ今、京に居るのか』『待機している浪士と関係があるのか』という問題がある。
私個人としては、梓月がもういない事と、兄に善くしてもらったお礼は言わなければならないと思っていた。
逃(のが)したくない
彼の滞在場所を把握して、屯所に連絡を入れておくだけにしてもだ。
今、慶応二年一月……明治までは残り二年。
梓月は「長州戦争は幕軍は負ける」と言っていた。いつ、どこで、彼と会えるのが最後になってもおかしくない。言うべきことは、言っておきたい。
角を曲がった坂本を、見失わないよう早足で追いかけて。不自然にならないように立ち止まってから、向こう側へとそっと顔を出す。
「ここまでだ」
「!?」
サッと血の気が引いた。
瞬時に角から頭を引っこめたが、それでも防御が足りないことは明らかで。襟に手を入れて胸元のクナイを掴むが、それを振りきる前に、正面から額に当てられたものに気付いて動きを止める。
「久しぶりだなァ。元気してたか?」
相手がこの男だったから、今、自分は死なずに済んだのだと理解した。心臓がドッドッと鳴るのを感じながら、怖気づきそうになる気持ちを正す。
額に据えられている銃口。真っ直ぐに向けられた浅黒い腕。その向こうに立つ人物の顔へ、弥月はゆっくりと視線だけを動かした。
不知火
「そのままの頭だと目立つって思わなかったか?」
「…」
「誰も気づいてねぇと思ってたんだけどよ。お前、意外と鼻が利くな」
「…」
「聞いてんのか? 弥月」
いつも通りの軽い口調なのに、そこに親しさはなかった。
「聞いてますよ」
「いつから付けてた」
「…今しがた」
「嘘吐くんじゃねぇって」
「本当。今、大和に向かう途中で、たまたま坂本を見かけただけです」
「んな偶然、あってたまるかよ」
存在を教え込むように、冷たくて硬い筒口をグッと押し付けられる。
「本当」
それしか言えることがない。
ただ、坂本と彼が一緒に動いているのだと……それが、何か重要な意味のあることなのだと分かってしまった。
顔に出してはいけない
この人は私を撃てる
鬼同志での殺し合いは御法度なのだと、彼が教えてくれた。女鬼だから、気に入ったからと、戦争の先にある私の身の心配をしてくれた。
それでも彼は、自分の大切なものを壊されるのなら、私を殺せるだろう。
「貸しにしとくか?」
「…見逃してくれるなら」
「お仲間に触れ回るんじゃねえぜ? そいつ死なせたくなかったらな」
「…」
ほんの少しだけ離される短筒。
「行けよ。大和だろ」
彼は顎を上げる。背中を見せて去れと示された。
ほんのわずかだけ考える。刀を抜けば勝てるだろうか、気配を消して追う方法はあるだろうか、私以外の誰かならば彼を出し抜くことは可能だろうかと。
誰かに負わせたくない
「…梓月の件です」
「あ?」
「『才谷さん』に用があるので、そちらの都合の良い時に伺いたいと、伝えてもらってもらっていいですか?」
ダシにしたのは梓月に申し訳ないけれど、私ができる精一杯の交渉だ。情報を得る機会がほしい。今の殺気だった不知火からでは、これ以上集めることはできないだろう。
「貸し二つか」
「…合わせて一つです」
不知火はフンッと不服そうに鼻を鳴らしてから、「大した女だ」と。
弥月は少しだけ睨むような視線を残して、不知火に背を向け、大和への道を進んだ。
***