姓は「矢代」で固定
第5話 よりどころ
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***
「そこまで!」
「あーりゃあとぉざーぁした!!」
「ありがとうございました!」
「斎藤組長、三番組全員揃っています。今はそれぞれ慣らしているところです。本日も宜しくお願い致します」
「そのままで構わない。宜しく頼む」
いる
斎藤は思わず二度見しそうになったのを、すんでのところで留めた。
昼過ぎ、隊士達の師範役として道場に赴くと、そこに件の男がいた。珍しく面も胴も付けて表情は見えないが、その声と動きから、矢代であることは間違いない。
「もう一本お願いしゃーっす!」
斎藤が来たことに気付かなかった弥月らは、次の組み合わせとなりそれぞれに構えた。彼らが裸足が床板を叩く音が鳴る。
言葉だけでなく矢代の身体の使い方までもが、勢い任せのものだった。
荒れてるな…
防具を着ているということは、今日は剣術を意識しているのだろうか。今、彼が立ち合っている相手は、うちの組の芳助伍長と他二名。通常の稽古試合ならば、矢代は芳助に劣るだろう。
…なッ?!
あちらこちらで引き続き隊士達が竹刀を交える中、それを目にした者で場がざわめく。誰かが小さく「飛んだ」と呟いた。
弥月は二方向からほぼ同時に向かってきた突きを、脚力だけで上へと避けた。
確かに…飛んでいる…
どうやら力量を読み間違ったらしい。彼はあのように動きづらい格好をしていてすら、天狗のように跳ね、野猫のように敵の間をすり抜けて走る。
初めて会った頃から、剣術や柔術ではない奇天烈な動きをすると思っていた。年々それが人間の成しうる動きではなくなっている。
鬼ゆえか
元々の素質だったのだから、どうという事もないはずなのに、彼が遠ざかるような不思議な気持ちではあった。
「ありゃとーあざーっした!」
腹から出たよく通る声。面を取った矢代は、闘争心むき出しの鋭い目をしていた。手ぬぐいで顔の汗を拭くと、まるで次の敵を探すように、道場内へと視線を回す。そして、距離のある俺と目が合うと、彼は少し驚いたような顔をした。
その表情の意味を考えている間に、矢代の一文字に引き結ばれていた口元から、フッと力が抜けたのを見た。
ぶっ
「ゥあはは!! 顔に心配だ、って書いてあります!!」
!!
道場内の全員が振り返るほどの声量でゲラゲラと弥月は笑った。彼が指さした先…斎藤へと、皆の視線が集まる。
「そのような事は…」
咄嗟に「無い」と言おうとしたが、無いわけでもなくて、言葉に詰まる。
矢代は立ち上がって、心底可笑しそうに顔をくしゃくしゃにしたまま、俺の近くへと寄ってくる。
「違いました?」
「…いや」
「私、自惚れてますか?」
何も恥ずかしい事などないのに、顔を見て笑われると決まりが悪くて、溜息を吐きながら瞼を伏せる。
それを肯定と受け取ったらしい、矢代は「ありがとうございます」と言った。
「…礼を言われることはしていない」
「芳助伍長、斎藤さん借りて行ってもいいですか?」
手が止まった隊士らを集めていた彼は、「承知しました」と頷いた。
「矢代、話なら稽古の後に…」
「斎藤組長、是非行ってきて下さい。
俺ら、組長が来るまでに身体温めようと思っただけだったのに、矢代さんにしごかれたので、ここらで一休みしたいです」
普段の芳助は、俺の指導に着いてこようと懸命で、そんな風に「休憩したい」等とは言わない。しかも、それを後押しするように、安富らも頷いていた。
「えー? まだそんなに時間経ってないですよ」
「矢代さんの相手するの大変なんですよ。急に竹刀放り出して苦無持ってるし、跳んだと思ったら、足元に滑り込んでくるし。なんでも有りすぎて…
目潰しとか、玉蹴りするんじゃないかって……ヒヤヒヤしてるこっちの身にもなって下さい」
「稽古で目潰しはしませんけど。まあ、マキビシ撒いたり、手裏剣投げたり、噛み付くくらいはするかも」
「噛み…」
芳助が絶句する。斎藤は弥月の頭を後ろから拳でコンと軽く小突いた。
「稽古中は稽古をしろ」
「ほら、いざって時にちゃんと出せるように練習しなきゃですから」
「…それは最終手段だろう。剣の稽古を怠るな」
「はーい」
返事をしながらも、矢代は二イッと並びの良い歯を見せてくる。そしてそのまま彼に袂を掴まれて、俺は共に道場を出ることにした。
草履を履いて外に出て、道場の裏手で弥月は立ち止まる。
「平助から聞きました?」
「ああ」
「たぶん聞いての通りで。兄と一緒には帰り損なっちゃった感じです」
「…帰らなかったと聞いた」
「…そうですね。帰らなかった、です」
一瞬憂いる表情をしたが、再び視線を上げたその瞳は悲しんではいなかった。少しだけ困ったような表情で、俺を見て微笑んだ。
斎藤は帰る方法は何であるかや、次の機会はあるのかと、色々な疑問はもっていた。けれど、重要なことはそれではないのだと分かった。
「何故に」
「…そうですね。みんなと一緒に新選組を盛り立てたいと思ったから、って言ったら信じますか?」
「ああ」
きょとんとした顔で、弥月は斎藤を見る。
「あんたと初めて言葉を交わした日から、何度あんたの心変わりを見たと思っている。矢代の言葉に一貫性はない」
「ヴッ…」
大げさなまでに、胸に手を当てる彼。
人は、社会の善悪は変わっていくと語ったのを、あんたは覚えているだろうか
俺はその通りだと思った
だが
「俺はあんたの変わらないものをこそ信じている」
矢代はよく喋る。要ることも、要らないことも。真実も嘘も。
しかし、口にしたことが全てではないのだとも分かっている。そして、こうして話している事が冗談なのかどうか分からないほど、一朝一夕の関係ではない。
「矢代がそう言うなら……それが全てではないかもしれんが、あんたの一部なのだと分かっている」
「…」
「らしくないと言えば、らしくないと思う。だがしかし、嘘ではないのだろう」
真っ直ぐに見つめると、唇を引き結んだ彼。
「俺に言えるのはそれくらいだ」
たくさんの思いを抱えて、そこに至ったはずだ。
平助ならそれでも言葉の限りを尽くしただろう。山崎なら寄り添い、総司なら腕を引っ張って外へと連れ出しただろう。そう分かっていても、気丈に振る舞うあんたを救ってやる言葉は、俺には思いつかない。
「あんたがどんな言葉を望んでいるのか分からなくて、すまない」
矢代は首を横に振った。胸に当てたままだった手を、ぐっと握っていた。
「いいえ、ありがとうございます」
何がとは言わなかった。それでも、安堵した表情で涙をこらえる彼を見て、形式的な言葉ではないのだと知る。
「剣を握って気が紛れるならば、付き合おう」
そう言うと、彼はしっかりと頷いたので、共に道場へと身体を向ける。
「戦ってると考えなくていいって言うのはあります」
落ち着いた声で話し出した弥月は、「けど」と小さく笑う。
「この前、沖田さんにね、教えてもらったんですよ……一回頭叩かれて冷静になれって。身動き取れなくなったときには」
その指導には違和感があったが、どうやら本当にものの例えではなく、物理的に叩かれる事らしい。総司らしい強引なやり方だった。
「慰めて優しくしてもらって……でも、どれだけ泣いたって、誰にもどうにもできない事、分かってるんです。
だから、私がどうにかできるものを大切にしようと思って」
矢代はまっすぐに前を向いて歩いていたが、何かを思い出したようにフッと足を止めた。
俺がそれに気づいて振り返ると、いつも通りの屈託ない明るい顔で笑った。
「不幸になろうと思ったわけじゃないから」
その言葉並びに似た話をした覚えがあった。 些細に一言一句を覚えてはいないが、気落ちした矢代を鼓舞したことは覚えている。
自分なりに俺の言葉を受け止め、心の何処かに置いてくれていたのだと、彼は知らせてくれた。
だからあんたは信頼できる
「強くなったな」
「まだまだです。斎藤さん、ご指導いだけますか?」
「指導ならば、剣だけを握っていろ」
「はぁい」
斎藤と弥月はまた横に並んで、共に道場へと足を踏み出した。
「そこまで!」
「あーりゃあとぉざーぁした!!」
「ありがとうございました!」
「斎藤組長、三番組全員揃っています。今はそれぞれ慣らしているところです。本日も宜しくお願い致します」
「そのままで構わない。宜しく頼む」
いる
斎藤は思わず二度見しそうになったのを、すんでのところで留めた。
昼過ぎ、隊士達の師範役として道場に赴くと、そこに件の男がいた。珍しく面も胴も付けて表情は見えないが、その声と動きから、矢代であることは間違いない。
「もう一本お願いしゃーっす!」
斎藤が来たことに気付かなかった弥月らは、次の組み合わせとなりそれぞれに構えた。彼らが裸足が床板を叩く音が鳴る。
言葉だけでなく矢代の身体の使い方までもが、勢い任せのものだった。
荒れてるな…
防具を着ているということは、今日は剣術を意識しているのだろうか。今、彼が立ち合っている相手は、うちの組の芳助伍長と他二名。通常の稽古試合ならば、矢代は芳助に劣るだろう。
…なッ?!
あちらこちらで引き続き隊士達が竹刀を交える中、それを目にした者で場がざわめく。誰かが小さく「飛んだ」と呟いた。
弥月は二方向からほぼ同時に向かってきた突きを、脚力だけで上へと避けた。
確かに…飛んでいる…
どうやら力量を読み間違ったらしい。彼はあのように動きづらい格好をしていてすら、天狗のように跳ね、野猫のように敵の間をすり抜けて走る。
初めて会った頃から、剣術や柔術ではない奇天烈な動きをすると思っていた。年々それが人間の成しうる動きではなくなっている。
鬼ゆえか
元々の素質だったのだから、どうという事もないはずなのに、彼が遠ざかるような不思議な気持ちではあった。
「ありゃとーあざーっした!」
腹から出たよく通る声。面を取った矢代は、闘争心むき出しの鋭い目をしていた。手ぬぐいで顔の汗を拭くと、まるで次の敵を探すように、道場内へと視線を回す。そして、距離のある俺と目が合うと、彼は少し驚いたような顔をした。
その表情の意味を考えている間に、矢代の一文字に引き結ばれていた口元から、フッと力が抜けたのを見た。
ぶっ
「ゥあはは!! 顔に心配だ、って書いてあります!!」
!!
道場内の全員が振り返るほどの声量でゲラゲラと弥月は笑った。彼が指さした先…斎藤へと、皆の視線が集まる。
「そのような事は…」
咄嗟に「無い」と言おうとしたが、無いわけでもなくて、言葉に詰まる。
矢代は立ち上がって、心底可笑しそうに顔をくしゃくしゃにしたまま、俺の近くへと寄ってくる。
「違いました?」
「…いや」
「私、自惚れてますか?」
何も恥ずかしい事などないのに、顔を見て笑われると決まりが悪くて、溜息を吐きながら瞼を伏せる。
それを肯定と受け取ったらしい、矢代は「ありがとうございます」と言った。
「…礼を言われることはしていない」
「芳助伍長、斎藤さん借りて行ってもいいですか?」
手が止まった隊士らを集めていた彼は、「承知しました」と頷いた。
「矢代、話なら稽古の後に…」
「斎藤組長、是非行ってきて下さい。
俺ら、組長が来るまでに身体温めようと思っただけだったのに、矢代さんにしごかれたので、ここらで一休みしたいです」
普段の芳助は、俺の指導に着いてこようと懸命で、そんな風に「休憩したい」等とは言わない。しかも、それを後押しするように、安富らも頷いていた。
「えー? まだそんなに時間経ってないですよ」
「矢代さんの相手するの大変なんですよ。急に竹刀放り出して苦無持ってるし、跳んだと思ったら、足元に滑り込んでくるし。なんでも有りすぎて…
目潰しとか、玉蹴りするんじゃないかって……ヒヤヒヤしてるこっちの身にもなって下さい」
「稽古で目潰しはしませんけど。まあ、マキビシ撒いたり、手裏剣投げたり、噛み付くくらいはするかも」
「噛み…」
芳助が絶句する。斎藤は弥月の頭を後ろから拳でコンと軽く小突いた。
「稽古中は稽古をしろ」
「ほら、いざって時にちゃんと出せるように練習しなきゃですから」
「…それは最終手段だろう。剣の稽古を怠るな」
「はーい」
返事をしながらも、矢代は二イッと並びの良い歯を見せてくる。そしてそのまま彼に袂を掴まれて、俺は共に道場を出ることにした。
草履を履いて外に出て、道場の裏手で弥月は立ち止まる。
「平助から聞きました?」
「ああ」
「たぶん聞いての通りで。兄と一緒には帰り損なっちゃった感じです」
「…帰らなかったと聞いた」
「…そうですね。帰らなかった、です」
一瞬憂いる表情をしたが、再び視線を上げたその瞳は悲しんではいなかった。少しだけ困ったような表情で、俺を見て微笑んだ。
斎藤は帰る方法は何であるかや、次の機会はあるのかと、色々な疑問はもっていた。けれど、重要なことはそれではないのだと分かった。
「何故に」
「…そうですね。みんなと一緒に新選組を盛り立てたいと思ったから、って言ったら信じますか?」
「ああ」
きょとんとした顔で、弥月は斎藤を見る。
「あんたと初めて言葉を交わした日から、何度あんたの心変わりを見たと思っている。矢代の言葉に一貫性はない」
「ヴッ…」
大げさなまでに、胸に手を当てる彼。
人は、社会の善悪は変わっていくと語ったのを、あんたは覚えているだろうか
俺はその通りだと思った
だが
「俺はあんたの変わらないものをこそ信じている」
矢代はよく喋る。要ることも、要らないことも。真実も嘘も。
しかし、口にしたことが全てではないのだとも分かっている。そして、こうして話している事が冗談なのかどうか分からないほど、一朝一夕の関係ではない。
「矢代がそう言うなら……それが全てではないかもしれんが、あんたの一部なのだと分かっている」
「…」
「らしくないと言えば、らしくないと思う。だがしかし、嘘ではないのだろう」
真っ直ぐに見つめると、唇を引き結んだ彼。
「俺に言えるのはそれくらいだ」
たくさんの思いを抱えて、そこに至ったはずだ。
平助ならそれでも言葉の限りを尽くしただろう。山崎なら寄り添い、総司なら腕を引っ張って外へと連れ出しただろう。そう分かっていても、気丈に振る舞うあんたを救ってやる言葉は、俺には思いつかない。
「あんたがどんな言葉を望んでいるのか分からなくて、すまない」
矢代は首を横に振った。胸に当てたままだった手を、ぐっと握っていた。
「いいえ、ありがとうございます」
何がとは言わなかった。それでも、安堵した表情で涙をこらえる彼を見て、形式的な言葉ではないのだと知る。
「剣を握って気が紛れるならば、付き合おう」
そう言うと、彼はしっかりと頷いたので、共に道場へと身体を向ける。
「戦ってると考えなくていいって言うのはあります」
落ち着いた声で話し出した弥月は、「けど」と小さく笑う。
「この前、沖田さんにね、教えてもらったんですよ……一回頭叩かれて冷静になれって。身動き取れなくなったときには」
その指導には違和感があったが、どうやら本当にものの例えではなく、物理的に叩かれる事らしい。総司らしい強引なやり方だった。
「慰めて優しくしてもらって……でも、どれだけ泣いたって、誰にもどうにもできない事、分かってるんです。
だから、私がどうにかできるものを大切にしようと思って」
矢代はまっすぐに前を向いて歩いていたが、何かを思い出したようにフッと足を止めた。
俺がそれに気づいて振り返ると、いつも通りの屈託ない明るい顔で笑った。
「不幸になろうと思ったわけじゃないから」
その言葉並びに似た話をした覚えがあった。 些細に一言一句を覚えてはいないが、気落ちした矢代を鼓舞したことは覚えている。
自分なりに俺の言葉を受け止め、心の何処かに置いてくれていたのだと、彼は知らせてくれた。
だからあんたは信頼できる
「強くなったな」
「まだまだです。斎藤さん、ご指導いだけますか?」
「指導ならば、剣だけを握っていろ」
「はぁい」
斎藤と弥月はまた横に並んで、共に道場へと足を踏み出した。