姓は「矢代」で固定
第5話 よりどころ
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***
平助と組下数名は、明六ツの鐘とともに起きてきた。不寝番をしていた同じく八番組隊士の肩を叩く。
「お疲れ。交代」
「ありがとうございます!」
未明も特には何事も無かったらしい。申し送られることもなく、その位置を代わる。
今から一刻はここらに立ちっぱなしだ。基本的に何もすることがなくて、俺は門の当番はあんまり好きじゃない。段々と腹も減ってくるし、それにばかり気を取られる。
「朝飯、何かなー…」
「今日は二番組が朝の当番でしたか?」
「雪村君は確か今日は非番すね」
「それじゃあ、あんま期待はできねぇなぁ」
「ハハハッ!」
「あれ…?」
不思議そうな声を出した隊士と同じ方向を向く。
すると遠目にも分かる金髪…こちらへ向かって歩いてくる弥月は、新選組がよく世話になっている近所の町医を連れていた。
誰か具合悪いのか?
医者を呼びに出たという話は聞いていない。それに、こんな早朝から来てもらっているのに、特に焦っている様子もない。
あ。そういや、朝出かけるって言ってたな
「弥月ー?」
大きな声で名前を呼ぶと、彼はユラリとこちらを向いたのに、まるで魂が無いような動きをしていた。徐々に近づいてきて分かる、その真っ赤に腫れた目。からかう気も起きないほどに痛々しい様相。
無遠慮に問いかけて傷つけることを恐れたが、触れないほうが不自然だと悟った。
「どした?」
「…うん」
一拍置いた後の返事に、平助は目の前の彼に声が届いたことにホッとする。
けれど、弥月は不意に遠くを眺めた後、首を横に振る。そして涙を滲ませながら、顔を歪めて俯いた。泣くまいとしたのだろう、瞼を伏せたままで、歯を食いしばりながら口の端を上げる。
「帰ったの、梓月が」
「…うん?」
「たぶん、うちに帰れてるはずなんだ」
「うちって…?」
お前らの家は…?
咄嗟に平助は町医を見やるが、彼も首を横に振った。
「帰ったよ」
喉につかえるような、湿った声で。
「見送った……今度は、ちゃんとさよなら出来たから」
弥月は袖で目元を擦って、震える息を長く吐き出した。懸命に涙を振るって、起こった出来事を受け容れようとしている。
分からないことが多すぎるけれど、泣いている理由は分かった。
「良かった、な?」
相応しい声のかけ方が分からないが、『ちゃんと見送った』と言う事は兄とは納得できる別れ方をしたと、弥月は言いたいのだと思った。
「…んぅ、良かった」
また雫がほろりと零れた。
「じゃあ、泣くなよ…」
「へ、すけ」
名前を呼ばれて、助けを求められているのだと気付く。
「違ったかな? 私」
「…」
「帰れば、良かったのかな」
返事ができなかった。
「選べたのに。帰らないって、選んだのに」
弥月は自身の袂をグッと掴んで、震えながら背を丸めた。
「後悔してないのに」
弥月は堪えられずに泣き続ける。受け容れたいのに、割り切れなくて、悲しみの行き場が無いのだともがいていた。
男が人前で泣くなんてみっともないと思っていたけれど、こんなに苦しそうに泣く人を、俺は初めて見たんだと知った。まるで心が散り散りになるのを抑えるかのように、こいつは懸命にここに佇んでいた。
知らない
「ここに居ろよ」
知らない
「…ーーっ、選んだんなら!」
なんでお前が死のうと思ったのか
俺は知らない
隊士募集のために帰東していた時。
試衛館で新入隊士の稽古をつけている最中、近藤さんの上擦った声を聞いた。今届いたばかりの書状を手に持ったまま、近藤さんは青い顔で立ち上がった。
『近藤さん、どうしたんだ?』
『平助ッ! 弥月君が…!』
『弥月?』
その知らせを聞いた後、半年も経ってから屯所に帰ってきた俺。「おかえり」と出迎えてくれた弥月は、前と変わらず笑っていた。
そこにあったはずの首の傷なんて綺麗に治っていて。もしかしたら悪い冗談だったのかと思って、こっそり左之さんに聞いたら、間違いなくそこに大きな傷があったと。
心の片隅でずっと気になっていたけれど、お前の中で終わったことを蒸し返して、俺のせいで傷つけるのが怖かった。
我武者羅に生きようとしていたお前が
仲間の痛みを抱えるお前が
壊れる
目の前で体躯を折る彼に、平助はそう思った。
弥月の両肩に手を置いてグッと掴む。どうやって慰めたら良いか分からない。
俺には大事な家族なんていない
お前のその気持ちは分かってやれない
「弥月、ここに居ろ! 間違ってないから!」
それでも、家族との再会がどれだけお前にとって幸せなことだったのかを知っている。
身体の強さに似合わない、お前の心の弱さを知っている。
どうしてか俺も涙が滲んだ。
目の前の友に何もしてやれない虚しさを感じながら、泣きじゃくる子どもを励ますように、平助は彼の悲しみを抱き止めた。
***
「帰った?」
「それって…?」
「そうなんだよ。帰れるってことなんだよな?」
朝餉の席に弥月が来ない理由を、平助は皆に話した。
「来たんだから帰れるってのは、分からない話じゃねえが…」
土方も相当に困惑していた。
二年半、ここに居続ける弥月を見て、誰もが心の何処かで『帰れないもの』と思い込んでいた。彼をそういう風に扱ってきた。
「一体どのようにして…?」
「訊ける雰囲気じゃねぇんだって。はじめ君が訊いてきてくれよ…」
「平助。彼、刀持ってた?」
「刀?」
「いつも提げてる方の大太刀」
「あったような…?」
「…そう」
沖田が思案する横で、斎藤も「刀…」と呟いた。
原田は最初は気の毒そうな顔をしたものの、いつの間にか不愉快そうに話を聞いていた。
「帰らなかった、つったんだろ?」
「うん…」
「あいつが女々しいのは今に始まったことじゃねえが…
男が自分で決めたなら、いつまでも情けねぇ姿して憐れまれてんのは違うだろ」
それには永倉も腕を組んで深く頷いた。けれど、千鶴は「でも」と、まるで自分事のように苦しむ顔をする。
「家族のいる家に帰れないのは、きっと寂しいです」
「…なんで帰らなかったんだ?」
土方の疑問に、全員がパッと平助を再び見る。
「えっ、知らねぇよ…?」
「帰るより、ここに居たいと思ったってことでしょ」
沖田は味噌汁を啜った。
「あの矢代が、か?」
「ねえ、山南さん」
山南は平助に呼ばれて、席を共にしていた。思案顔で「ええ」と同意を示す。
「兄君と再会したときにも、近藤さんは離隊を勧めていたのですけれどね…
彼は望んでここに居続けたのですから、有り得ない話ではありません」
「そういや言ってたな、潮時?とかって」
新八が首を傾けると、近藤は渋い顔で山南へ目配せする。山南は背を伸ばして視線を集めた。
「そうです。それまでも何度もきっかけはありました。脱走を企てた時も、行方を眩ませたままでいれば良かった時にも、彼には離隊する機会があった。
弥月君の入隊理由を鑑みて、彼が離隊を望めば、我々はそれを許可するつもりはあったのです」
「でも、一ッ月も生死不明にしても、あっけらかんと戻ってきましたもんねー」
「ありゃなぁ…もしかしたら何も考えてねぇだけかと思ってたけどよ」
「そんな訳ねぇだろ!? 自分の首切ってるんだぜ!?
酔っ払いの腹切りと一緒にすんなよ!」
「誰が酔っ払いだ! 俺は素面で斬ったつってんだろ!!」
「左之、平助。喧しい」
土方にジロリと睨まれて、二人共それぞれにぶつくさと言いながら、立ち上がりかけていたのを座り直す。
「首、を…?」
「今じゃないから。昔の話」
千鶴の困惑と焦りに、沖田は淡々と応えてから「まあ」と続ける。
「今回こそは様子見るしかないんじゃないですか? 自分で選んでここに残ったって話なら」
「仕方ありませんね。未来に帰る理由や手段が何であれ、本人に尋ねるしかありませんし…
彼にも心の整理をする時間が必要でしょう」
その山南の結論に、それ以上は誰も異を唱えなかった。
空いた席に置かれたままの膳には、誰も手を延ばそうとはしなかった。
***
平助と組下数名は、明六ツの鐘とともに起きてきた。不寝番をしていた同じく八番組隊士の肩を叩く。
「お疲れ。交代」
「ありがとうございます!」
未明も特には何事も無かったらしい。申し送られることもなく、その位置を代わる。
今から一刻はここらに立ちっぱなしだ。基本的に何もすることがなくて、俺は門の当番はあんまり好きじゃない。段々と腹も減ってくるし、それにばかり気を取られる。
「朝飯、何かなー…」
「今日は二番組が朝の当番でしたか?」
「雪村君は確か今日は非番すね」
「それじゃあ、あんま期待はできねぇなぁ」
「ハハハッ!」
「あれ…?」
不思議そうな声を出した隊士と同じ方向を向く。
すると遠目にも分かる金髪…こちらへ向かって歩いてくる弥月は、新選組がよく世話になっている近所の町医を連れていた。
誰か具合悪いのか?
医者を呼びに出たという話は聞いていない。それに、こんな早朝から来てもらっているのに、特に焦っている様子もない。
あ。そういや、朝出かけるって言ってたな
「弥月ー?」
大きな声で名前を呼ぶと、彼はユラリとこちらを向いたのに、まるで魂が無いような動きをしていた。徐々に近づいてきて分かる、その真っ赤に腫れた目。からかう気も起きないほどに痛々しい様相。
無遠慮に問いかけて傷つけることを恐れたが、触れないほうが不自然だと悟った。
「どした?」
「…うん」
一拍置いた後の返事に、平助は目の前の彼に声が届いたことにホッとする。
けれど、弥月は不意に遠くを眺めた後、首を横に振る。そして涙を滲ませながら、顔を歪めて俯いた。泣くまいとしたのだろう、瞼を伏せたままで、歯を食いしばりながら口の端を上げる。
「帰ったの、梓月が」
「…うん?」
「たぶん、うちに帰れてるはずなんだ」
「うちって…?」
お前らの家は…?
咄嗟に平助は町医を見やるが、彼も首を横に振った。
「帰ったよ」
喉につかえるような、湿った声で。
「見送った……今度は、ちゃんとさよなら出来たから」
弥月は袖で目元を擦って、震える息を長く吐き出した。懸命に涙を振るって、起こった出来事を受け容れようとしている。
分からないことが多すぎるけれど、泣いている理由は分かった。
「良かった、な?」
相応しい声のかけ方が分からないが、『ちゃんと見送った』と言う事は兄とは納得できる別れ方をしたと、弥月は言いたいのだと思った。
「…んぅ、良かった」
また雫がほろりと零れた。
「じゃあ、泣くなよ…」
「へ、すけ」
名前を呼ばれて、助けを求められているのだと気付く。
「違ったかな? 私」
「…」
「帰れば、良かったのかな」
返事ができなかった。
「選べたのに。帰らないって、選んだのに」
弥月は自身の袂をグッと掴んで、震えながら背を丸めた。
「後悔してないのに」
弥月は堪えられずに泣き続ける。受け容れたいのに、割り切れなくて、悲しみの行き場が無いのだともがいていた。
男が人前で泣くなんてみっともないと思っていたけれど、こんなに苦しそうに泣く人を、俺は初めて見たんだと知った。まるで心が散り散りになるのを抑えるかのように、こいつは懸命にここに佇んでいた。
知らない
「ここに居ろよ」
知らない
「…ーーっ、選んだんなら!」
なんでお前が死のうと思ったのか
俺は知らない
隊士募集のために帰東していた時。
試衛館で新入隊士の稽古をつけている最中、近藤さんの上擦った声を聞いた。今届いたばかりの書状を手に持ったまま、近藤さんは青い顔で立ち上がった。
『近藤さん、どうしたんだ?』
『平助ッ! 弥月君が…!』
『弥月?』
その知らせを聞いた後、半年も経ってから屯所に帰ってきた俺。「おかえり」と出迎えてくれた弥月は、前と変わらず笑っていた。
そこにあったはずの首の傷なんて綺麗に治っていて。もしかしたら悪い冗談だったのかと思って、こっそり左之さんに聞いたら、間違いなくそこに大きな傷があったと。
心の片隅でずっと気になっていたけれど、お前の中で終わったことを蒸し返して、俺のせいで傷つけるのが怖かった。
我武者羅に生きようとしていたお前が
仲間の痛みを抱えるお前が
壊れる
目の前で体躯を折る彼に、平助はそう思った。
弥月の両肩に手を置いてグッと掴む。どうやって慰めたら良いか分からない。
俺には大事な家族なんていない
お前のその気持ちは分かってやれない
「弥月、ここに居ろ! 間違ってないから!」
それでも、家族との再会がどれだけお前にとって幸せなことだったのかを知っている。
身体の強さに似合わない、お前の心の弱さを知っている。
どうしてか俺も涙が滲んだ。
目の前の友に何もしてやれない虚しさを感じながら、泣きじゃくる子どもを励ますように、平助は彼の悲しみを抱き止めた。
***
「帰った?」
「それって…?」
「そうなんだよ。帰れるってことなんだよな?」
朝餉の席に弥月が来ない理由を、平助は皆に話した。
「来たんだから帰れるってのは、分からない話じゃねえが…」
土方も相当に困惑していた。
二年半、ここに居続ける弥月を見て、誰もが心の何処かで『帰れないもの』と思い込んでいた。彼をそういう風に扱ってきた。
「一体どのようにして…?」
「訊ける雰囲気じゃねぇんだって。はじめ君が訊いてきてくれよ…」
「平助。彼、刀持ってた?」
「刀?」
「いつも提げてる方の大太刀」
「あったような…?」
「…そう」
沖田が思案する横で、斎藤も「刀…」と呟いた。
原田は最初は気の毒そうな顔をしたものの、いつの間にか不愉快そうに話を聞いていた。
「帰らなかった、つったんだろ?」
「うん…」
「あいつが女々しいのは今に始まったことじゃねえが…
男が自分で決めたなら、いつまでも情けねぇ姿して憐れまれてんのは違うだろ」
それには永倉も腕を組んで深く頷いた。けれど、千鶴は「でも」と、まるで自分事のように苦しむ顔をする。
「家族のいる家に帰れないのは、きっと寂しいです」
「…なんで帰らなかったんだ?」
土方の疑問に、全員がパッと平助を再び見る。
「えっ、知らねぇよ…?」
「帰るより、ここに居たいと思ったってことでしょ」
沖田は味噌汁を啜った。
「あの矢代が、か?」
「ねえ、山南さん」
山南は平助に呼ばれて、席を共にしていた。思案顔で「ええ」と同意を示す。
「兄君と再会したときにも、近藤さんは離隊を勧めていたのですけれどね…
彼は望んでここに居続けたのですから、有り得ない話ではありません」
「そういや言ってたな、潮時?とかって」
新八が首を傾けると、近藤は渋い顔で山南へ目配せする。山南は背を伸ばして視線を集めた。
「そうです。それまでも何度もきっかけはありました。脱走を企てた時も、行方を眩ませたままでいれば良かった時にも、彼には離隊する機会があった。
弥月君の入隊理由を鑑みて、彼が離隊を望めば、我々はそれを許可するつもりはあったのです」
「でも、一ッ月も生死不明にしても、あっけらかんと戻ってきましたもんねー」
「ありゃなぁ…もしかしたら何も考えてねぇだけかと思ってたけどよ」
「そんな訳ねぇだろ!? 自分の首切ってるんだぜ!?
酔っ払いの腹切りと一緒にすんなよ!」
「誰が酔っ払いだ! 俺は素面で斬ったつってんだろ!!」
「左之、平助。喧しい」
土方にジロリと睨まれて、二人共それぞれにぶつくさと言いながら、立ち上がりかけていたのを座り直す。
「首、を…?」
「今じゃないから。昔の話」
千鶴の困惑と焦りに、沖田は淡々と応えてから「まあ」と続ける。
「今回こそは様子見るしかないんじゃないですか? 自分で選んでここに残ったって話なら」
「仕方ありませんね。未来に帰る理由や手段が何であれ、本人に尋ねるしかありませんし…
彼にも心の整理をする時間が必要でしょう」
その山南の結論に、それ以上は誰も異を唱えなかった。
空いた席に置かれたままの膳には、誰も手を延ばそうとはしなかった。
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