姓は「矢代」で固定
第1話 誘われて
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慶応元年八月十四日
昨年九月、弥月が沖田と川流れをした後のこと。
弥月は千姫が送り出した捜索隊に連れられて、彼女と再会し、共に八瀬の里へ戻った。そして八瀬から新選組屯所へ戻るときは、一人で洛中へ向かった。
だから今日は、独りでもちゃんと八瀬までは辿りついたんだけど…
「あれー…」
急な山の斜面を眺める。道がない。
元からここに道があったのかと問われれば、”獣道よりはマシ”な道があったと思うのだけれど。
「無い、よねぇ…」
キョロキョロウロウロと辺りを見回るが、確かにここだったはずだ。
けど…明らかにこの傾斜は…
頑張ればギリギリ登れないこともないし、崖が崩れたのだとしたら迂回すれば解決するかもしれないが、ここは少なくとも私の知っている「出入口」ではない。
ここまで来た道を振り返る。
看板のような目印もなかったけれど、見覚えのある人家があった。少し進むと右手の山間(やまあい)に巨木があって、その裏の並んだ杉の間が「出入口」だったと思うのだけれど。
…そういえば、里の結界がどうのとか言ってたような…
もう少し先までとしばらく街道を進んでみたが、次の民家…というか見たことのないボロ小屋にたどり着いて、首を捻って引き返す。
困った。迷子だ
二日連続で不在の許可を、土方さんからもぎ取った。
昨今の新選組の状況としては、監察方の仕事は比較的落ち着いている。大坂と御所の関係も膠着状態で、諸藩の細かいイザコザはあれど、情勢がどうという事がない。
だから今のうちに、こっちのこと色々解決しときたいんだけど…
「神子さま」
「…」
あ。私か
正面から歩いてきていた人を、半ば無意識に避けようとしていたのだが。その人が立ち止まって、恭しく私へ頭を垂れる。
「お迎えに上がりました」
「おむっ……ご、御苦労さまです…」
「恐れ入ります。どうぞこちらへ」
この扱い、そわそわする。仲間にグーで殴られたり、近所で不気味なものを見る眼をされる日常との落差。
仰々しく迎えられて、警戒心もなく男に付いていくが、そもそも今日は訪問の約束をしていたわけではない。
「なんで私が来たのが分かったんですか?」
「街道沿いでお見掛けしましたので。里に確認の後に参りましたので、遅くなり申し訳ありません」
「なるほど……あ、れ?」
男の後ろに付いて歩くと、先程まで山だった斜面に、急に杭を打った道が見えた。
「入口が分からないようになっています。御他言されませぬよう」
他言しなくても、どうやって急斜面がなくなったのか、仕組みが全く分からない。
弥月はそう思いつつ堅く返事をする。そうして人が踏みしめた程度の獣道をしばらく歩くと、里をぐるりと覆う壁が現れる。そして門前で大きく手を振る人影が見えた。
「弥月ちゃん!」
「千姫! 久しぶり!!」
「今日はどうしたの?」
「居てよかった!」
同時に話し出してしまい、顔を見合わせてクスリと笑う。
「姫様、弥月様、どうぞ中へ」
「お菊さんも今日はいらしたんですね、こんにちは」
「こんにちは、お久ぶりで御座います」
ゆったりと微笑みかけられる。麗しく美しい人の圧がすごい。
「はい。これ手土産」
「そんな、気なんか遣わなくていいのに!」
「いえいえ、人としてね。姫様は京の高級菓子なんか食べ慣れてるかもだけど。ここのお勧めだから」
「開けていい?」
千姫が紐を解いて、パカリと箱を開けると、色とりどりの落雁。
「あらほんと、可愛いわね!」
「いっぱい持ってきたから、みんなで食べてね。清水のところの新しい店なんだけどさぁ」
周囲の緊張感など他所に、二人ともにこにことお気に入りの菓子について話し始める。
里には滅多にない外の訪問客。それがいくら尊い身分の血縁とはいえ、里の者にとっては、里長の誘いを断り、荒くれ者達の集団に勇んで戻っていった血気盛んな若者である。
それゆえに門番も案内役も緊張して構えていたのだけれど。当の彼女たちの、親戚の家に来たようなやり取りを見て、男達は肩を下ろしてこっそりと笑った。
弥月は客間に案内されて、先程の落雁を口に放り込む。
「用事の一つは、刀の…顯明連の使い方がちょっとだけ分かって。相談にきた」
「ええ!?」
「満月の日の朝に振るとね、光る」
「光る!!? 刀が!? 満月って、明日!?」
「刀というか、宙?」
「宙…!?」
五月は雨、閏五月は膳所藩の件で昼夜逆転していて朝日に向かえなかったが、すでに三回それが起きているのだと説明する。
「…と言う感じで、明らかに変なことが起こるんだけど、それ以上の条件が何か分からなくて」
「なるほどね……私も言い伝え以外のことは知らないのだけれど……今日来たってことは、明日見せてくれるってことよね?!」
ワクワクとした表情で問われて、弥月は苦笑いする。
「急に来てごめんだけど、泊まって良ければそのつもり。あとは晴れるかどうか」
「どうぞどうぞ! お菊、用意しておいてくれる?」
「畏まりました」
「…それと、寧ろこっちが本題なんだけど、千姫には色々聞きたい事があってですね」
「なあに?」
不思議そうに首を傾ける千姫。可愛いけれど、どこかわざとらしい。
「なあに? じゃないです。千鶴ちゃんと会ったでしょう。しかも二回も」
夏に友達ができたと、千鶴ちゃんが嬉しそうに話したその名は、『お千ちゃん』。最初は気付かなかったけれど、話を聞けば聞くほど、その特徴は千姫を連想させるもので。
「あら、バレちゃった?」
「それに関して、何か私に言う事ありませんか?」
「特に…無いわよ?」
彼女は少し考えてから、また不思議そうに首を傾ける。これはきっと本気だ。
弥月がジトッと見つめるが、千姫は気にならない様子でお茶をすすった。
「だって、お喋りしただけだもの。聞いていた通り可愛いわね、千鶴ちゃん。それに正義感の強い…ちょっとポヤンとしてるけど、優しくて良い子だわ」
「ええ、良い子ですよ。でも、そうじゃなくてですね。
私たちが鬼の同族って気付いてたんですよね? あの後、次々と鬼が来て困ってるんですけど。なんで言っといてくれなかったんですか」
「…それは私が責められることじゃないわよ。弥月ちゃんのことも鬼だって言ったときに、貴女が気が付かなかったんだから」
弥月は想定外の反論に一瞬固まった後、「え?」と溢す。千姫は詰問されることは不服だという顔で、さらりと髪を流した。
「私、言ったのよ? でも、貴女が全く何も知らないみたいだったから、一気に色々言われても混乱するだけかなぁと思って、まあ一旦ね。遊びにも来てくれないし、言う機会がなかったのよ。
それでも、あの時、弥月ちゃんが命をかけて知りたがってた、時を移動する力のことはちゃんとすぐに教えたじゃない」
言った?
その心当たりがなかったが、これだけ堂々とされては、自信がなくなる。
「…じゃあせめて、新選組に戻る前に」
「あなた、私の護衛の依頼を断ったのよ。タダで何でも教えてもらえると思ったの?」
「ん゛っ」
厳しい
「そこは…友達と思って…期待しました…」
「甘いわね」
「はい…」
先程までの大きな態度を反省する。
里長である彼女の判断を甘くみていた。それだけ”鬼”の情報を慎重に扱っているということだ。
「将軍の上洛で風間達も動いていたから、貴女にも接触しただろうなとは思っていたわ。弥月ちゃんもようやく自分が鬼だって分かったのね」
「まあ…」
「風間からはなんて?」
「風間の方は……千鶴ちゃんに、自分の妻になれと」
「…」
千姫が怒りを露わに顔を歪ませる。
よかった、鬼社会的にも怒ることなんだ
「ふぅん…で?」
「で、とは…?」
「まだ続きそうだもの。どうせアイツのことだから、貴女も何か言われたのでしょう? 妾とか? 天霧にとか?
でも千鶴ちゃんより貴女の方が鬼としては優秀……どころか、圧倒的格上なんだから、正妻は貴女が順当だとは思うのよね。とはいえ、雪村家の当主を妾にだなんて無礼な話だから…
…風間千景に兄弟はいたかしら…確か、異母兄弟はいたはずだけど……いえ、でもそうね。それでも風間の妻は貴女が適任かしら」
…ん?
ちょっと分からなくなってきた。
恐らく、千姫の個人的感情と、里長の立場的な視点とは分けられるものでもないようで、一番先に考える論点が私とは違う。さきほどの不愉快そうな表情も、同じ女性としての怒りではなかったのかもしれない。
「弥月ちゃんの待遇は?」
「…風間と天霧には男と思われてます」
「え?」
千姫はポカンとした表情で。次に眉根を寄せて、私の上から下へと視線を流す。
「…まじ?」
いきなり品性がぶっ飛んだ。お菊さんがいたら卒倒するに違いない。
「はい。しかも、角がないから圧倒的格下だと思われてます」
「あぁ、やっぱり弥月ちゃんは角出したことないの? 鬼を知らないなら、そうなんだろうなぁとは思ってたんだけど」
「出したことない、というか…出せないというか…私、出せます?」
もしかして出せる?と、また新たな面白い現象に期待したのだけれど。
千姫は渋い顔で「うーん」と言いながら、唇に指を一本当てた。
「…試してみても良いんだけど、とんでもない力があるんだろうし、それがまたきっかけになって時渡りしちゃっても責任とれないのよねぇ」
「あっ…そういうもの?」
「分からないわ。でも、そしたらなんで風間は……って、もしかして、彼の角を近くで見たの?」
「…たぶん? その時は角って思ってなかったんですけど、白髪になって目が金色で、この辺に何かありましたよ」
「それそれ。それが角で、鬼化って言うの。
でも、そっか。なるほどねぇ……ふぅん……まあ、それなら判断基準としては分からないこともないかしら…」
鬼化
南雲薫で確信を得たそれ。池田屋で見た、風間の額のアレはやはりゴミではなかった。
千姫曰く、力のある鬼であれば、鬼化するときに周囲の鬼に影響を与えることができるという。それで相手が鬼化できるかどうかを判断できるのだと。
「鬼の気配もなんとなく私たちは近くにいると、相手が鬼って分かるのよ」
「出た。気配。よく分からんやつ」
「ちゃんと貴女にも有るんだけど……角もありそうなくらいには…」
訝し気にジイッと見られる。何かオーラ的なものが見えているのだろうか。
「…えっと、あの、私的には角はどっちでもいいので。
それより、千鶴ちゃんが自分は鬼って知らないみたいなので、できればそっとしておいて欲しくて。今日はどっちかと言うと、それをお願いに来たというか」
「ええ。そうだろうなぁって思って、言ってないわよ?」
それが意外で、弥月は眼を瞬かせた。
「言ったじゃない。お喋りしただけだって。
初めて会ったのは本当にたまたま偶然。将軍が参内してた日に、私も様子伺いに禁裏に行ったのよ。その時に、道端で面倒な人の相手をしてたのを、彼女と斎藤さんに助けてもらっただけで。
二回目は寧ろ、そちらの原田さんに頼まれたんだから。千鶴ちゃんが元気ないから、団子でも食べながら明るい話をしてちょうだいって」
「そう、なんだ…」
「勿論、貴女のときと一緒で、千鶴ちゃんを引き抜こうかは迷ったんだけど……雪村家の血筋を残すかどうかは大事だしね。
でもまあ……貴女をあそこに一人にさせるのも可哀そうかなって……弥月ちゃんもお友達だからね」
「…ありがとう?」
若干取ってつけたような気もするが、友達としての配慮らしい。
「それより、そっちが本題なの?」
「?」
「薩摩藩邸に時渡りしてきた疑いのある子がいるの聞いてない?」
「え、知らない」
「ちょっと忙しくて、私もまだ会いに行けてないんだけど、緑色の髪の子らしいのよ」
弥月は「あぁ」と納得する。
「そういえば、天霧が八瀬の傍系がどうとか…」
「本人は外国から来たって言うらしいんだけど。持ち物が変だから未来から来たんじゃないかって疑いがあるらしくて、うちに問い合わせがあったのよ。
でも鬼でもないって言うから可能性は低いし、急ぎなら弥月ちゃんが詳しいって返事しておいたんだけど、まだ聞いてない?」
「聞いたけど、流しました」
「あらまあ」
私と同じように、よその時代から来た人の可能性があるわけか。意外と世界ってそんなポイポイ放り出しちゃう感じ? 未来人はレアじゃなかったの?
そう思って問うと、千姫も「そんな二人も未来から同じ時間になんて無いない」と手を振るり、外国の技術にあの鬼らが驚いているだけだろうと言う。彼女も勝海舟から海外の機関車や紡績事業の話を聞いてとても驚いたらしい。
「頭が緑色は興味あるので、また見に行ってみますけど…色と言えば、千姫は赤目の鬼を見たことがありますか?」
「赤目? 鬼はよくあるわよ?」
「ほら」と千姫は自分の眼を指さす。その大きな瞳は、紅樺色のような赤紫のような色をしていた。
「そうじゃなくて、鬼化したときに、白髪で赤目の鬼です」
「目が金に変わるのは力のある証拠だから。角があるだけで、色の変わらない子は里にもいるわ」
「角がない場合は? 元々黒で、鬼化して白髪赤目になるとか」
「…角が無くて、色だけ変わる鬼? 赤目に…?」
千姫の反応をみるに、羅刹は鬼の一般的な類型ではなさそうだ。
どこまで羅刹について言うか…
個人的な友達ではあるけれど、彼女は朝廷側の人だ。今後、幕府と戦争になることを考えると、手の内は明かしすぎない方が良いだろう。
…いや、薩摩が知ってるなら同じか
お菊さんが戻ってきて、難しい顔をした二人に首を傾げる。お茶を淹れなおしながら、今の話の説明をされた。
「白髪赤目といえば、私は創世記のおとぎ話を思い出しましたけれど…」
「言われてみれば、そうね。鬼かと言われたら難しいところだけど」
頷き合った二人に、弥月は説明を求めて首を傾ける。
「記録にも残らない伝承……子どもへの寝物語り程度の話なんだけどね。人を鬼に変える者がいた、という逸話があるわ。その元人間だった鬼の特徴が白髪で赤目なの」
「!」
眼の色を変えた弥月に、千姫は「おとぎ話よ」と釘を刺すように前置きをして話しだす。
「今でこそ人間と鬼の混血は当たり前だけど、元々鬼は人間とは全く違う生き物で、万物を操る『神』だったと言われているわ」
けれど、神々は繁殖能力も生物的本能もあまりなく、いつしか数が減っていく。
そんな中、とある神が自分の血を飲ませると、他の生き物が『神のようなもの』に変わることを知った。そして姿かたちの近い『人間』に飲ませることで、それは神の子を成せる生き物になった。
「そこから派生する逸話もいくつかあるけれど…
それを繰り返した結果、神は限りなく人間に近づいた。今の『鬼』は薄まる血を守ろうとしている神の子…っていう話よ。書物も文字も存在しない時代のお話」
神から鬼に
人から鬼に
「詳しくその情報をもらえるなら、こっちでも探ってみるわよ」
「…薩摩にいそうなんですよね。そういう人。馬鹿力で治癒力もバカ高い、鬼に似た人達」
「西の里に…」
千姫が片手を上げる。
何かの提案かと思ったが、天井から大きな黒い何かが落ちてきた。
忍者!
「ほ、ホンモノ…」
「西の里のそれについて、急ぎ調べるように」
男とも女ともとれないその人は、「承知」と言って、一切の音を立てずに部屋から出て行った。
「弥月ちゃん」
先程までの声とはどことなく違う、落ち着いたその呼びかけにドキリとする。少し緊張しながら返事をすると、彼女が袂から出して、手に乗せていたのは鈴のついた組紐。
「前一緒に行った上七軒の揚屋は覚えてるかしら。あそこ私の直属の者が常駐してるから、私に手紙とか、連絡を取りたいときは、お上さんにそれと一緒に渡したら良いわ。
私からの連絡は…なにか方法あるかしら?」
「検閲とかないので、私宛てに屯所に送ってもらって大丈夫です」
千姫は「分かったわ」と頷く。私の目をじっとみつめて、ニコリと笑った。
「これで同盟成立ね」
「お、手柔らかに…」
ふふっと笑った千姫は可愛い。けれど、普段、脳まで筋肉の男達に囲まれているからか、こういう賢い女の子の対応は苦手だなぁと思った。
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