姓は「矢代」で固定
第4話 わたしのお仕事
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
慶応二年一月二日
戸が叩かれる音がして、梓月は先生と顔を見合わせた。掴んでいた湯呑みを置いて、腰を上げる。
明日まで休診だから急患だろうかと、半ばやれやれという気持ちになるが。それにしては向こうからの声かけもなく、飛び込んでくる様子もない。不思議に思ったところで、戸が開けられた。
「あけおめ、ことよろでーーーす!!」
まだ土間に降りてすらいなかった梓月は、思わず顔をしかめた。
「勝手に開けるなよ」
「だって梓月の足音だったもん」
「そうか、弟君やったか。御慶申し入れます」
「新年おめでとうございます、先生! 今年も不束な兄共々どうぞ宜しくお願い申し上げます」
「こちらこそ色々教わります。宜しくお願い致します」
弥月は町医と深々と礼をし合った後、パッと兄を振り向く。
「初詣行こうよ!」
「どこまで?」
「市比賣神社」
「どこそれ?」
「渉成園の向こうくらい!」
元々、家族で行く初詣は定番の場所があって。誰かの厄年なんかには脚を伸ばすこともある。
渉成園ならここから30分くらいか
先生に出かけても良いか尋ねると、快く送り出してくれる。
父ほどの年齢の先生は、あまり儲けにならない仕事の仕方をしていて。小遣いは少ないけれど、俺の家事分担はさほど多くはなく、自由な時間をくれる。
「準備できたからー……え。あー…えっ、と?」
戸を開けると、外で待っていた弥月が誰かと話をしていて。その中の女の子と目が合い、ペコリと頭を下げられる。
「お久しぶりです、梓月さん。
もしかしたら、私、名前をお伝えしたことがなかったような気がします。雪村千鶴と言います。御慶申し上げます」
「あ、どうもご丁寧に…僕は矢代梓月です」
「僕は沖田総司」
「沖田さんは知ってます…けど」
「斎藤一だ」
「いえ、斎藤さんも知ってますけど。そうじゃなくて」
一緒に?
最初から外で待っていたらしい、見覚えのある人達。
俺の動揺を感じ取ってくれた、弥月がこちらに寄ってくる。
「そもそもはね、千鶴ちゃんが本厄だから女性の厄落としで有名な所行こうかって話ししてて。そしたら」
「君がバカみたいに目立つのに、いざって時に戦えない千鶴ちゃんと二人で行くなんて馬鹿じゃないのかなって」
「…って言う、沖田さんのアドバイスがあり、着いてくるって言うわけ」
「はあ」
「それで通りがかりに梓月に『あけおめ』言いに来たんだけど。暇してるなら一緒に行こうって、今思いついたから」
「なるほどねー…」
寧ろ、俺の同伴がついでのついでらしい。
「俺、邪魔じゃね?」
「え、なんで。全然? 一緒に行こうよ」
陽キャ怖ぇ
梓月がちらりと横目で、少し離れた場所にいる人達を見ると、沖田も斎藤も『我関せず』という顔をしていた。
ウェルカムな雰囲気じゃないの、めっちゃキツいって
向こうの三人のうちで、唯一沖田さんとだけは何度か話したことがあるのに、彼すら乗り気には見えない。沖田さんは会えば親しげに話しかけてくれるけれど、話せば話す程に一線を引かれている感じがした。
斎藤さんはなんとなく怖くて話しかけにくい。
けど、俺に友達がいないのも事実…
ここで暮らして4ヶ月。ご近所の知り合いはできたが、一緒に初詣に出かけられるような友達はいない。一瞬、坂本さんや風間さんが頭を過ぎったが、『友達』という枠組みには違和感がある。
弥月が同年代らしい彼らと、親しくする姿は少し羨ましい。友達ほしい。
「行かない?」
俺の葛藤を知らないであろう妹の提案に、もう一度あちらを見る。すると、ピンクの小袖の雪村さんと目が合った。彼女は不思議そうに目を瞬かせてから、にこりと俺に笑いかける。
「梓月さん。あの……お料理に詳しいってお聞きしたので、よければ道すがら教えてもらえませんか?」
とても気を遣ってくれている。しかも俺が居辛くて困らないように、話題まで提供された。
確かに、俺はたまに気が向いたら家で焼菓子を作ることがあって。いつか独り暮らしをしたいと思って、母の手伝いをして台所に立っている時間も、兄妹の中では長かった。
「弥月さんの言う、ケーキ?とかも作れたら良いなって思ってて……色々、教えていただきたいです」
眉をハの字に下げて、乞うように上目遣いで見上げてくる雪村さん。可愛いっすね。俺に気があるのかと勘違いします。
超絶美少女と一緒におしゃべり
「…行き、ます」
***
「可愛い! まじカワ、激カワ!熱ッ!」
千鶴ちゃんが厄年だと聞いて、初詣に行くことにした。私はそこまで信心深くないけれど、彼女を隠れ蓑に女人厄除けの神社に参拝するのも乙だろう。
土方さんも誘おうとしたのに、元日以外しばらくは近藤さんと挨拶回りで忙しいらしい。因みに、元日は家で過ごすものだと言われて、雑煮を作る他はみんな寝正月をして過ごした。
『弥月君、これを』
そして今朝、弥月は出かけに近藤に折り畳んだ紙を握らされた。任務について綴ってあるのだろうと察して、わずかに頭を下げ、すぐに胸元へしまう。
ん? 何かが、中に…?
『宜しく頼んだ』
『承知しました』
咄嗟に形式的な返事をしたが、彼の声に違和感を感じて顔を上げると、近藤さんは嬉しそうに笑っていた。
…?
監察方として頼まれる任務で、そんな風に明るく送り出されることはまずない。不思議に思いながら、門を出てから皆の後ろを少し離れて歩き、紙を開く。
金貨一枚、と…
そこには短い文章で、雪村君の年玉銀だと書いてあり……ただ、これをそのまま渡せとも、何かを買い与えろとも書かれていなかった。
『何だったの?』
『沖田さん…』
他人の目を忍んだ弥月だったが、沖田は遠慮なく隣に来た。弥月も今日の任務を理解したので、彼にそれを見せる。
『近藤さんの字だね』
『…そうなんですね』
こんな回りくどい事をしなくても、近藤さんから彼女へ直接渡す機会はいくらでもあった。
だから、沖田さんの言葉で、これの本当の出処について確信を得る。
『でも、土方さんですね』
『まあそうだろうね。
あーあー、なんで僕には無いのかな。本当にあの人ケチだなあ』
『沖田さん……いい歳して何言ってるんですか…』
『だって、寸志なら本人にこっそり渡せばいいじゃない。
他人を使って、外堀から埋めるようなことしてさ。囲い込むみたいでやり方が陰険だよね』
『…まあ、否定はしませんけど』
言われてみれば、そんな気がしてくる。
千鶴ちゃんへ現金を渡そうとしたら断られるのは想像に容易いけれど、それも様式美と思って、そろそろ自分で渡したらどうだろうか。それか自分でお出かけに誘うとか。
そんなやりとりを行きの道すがらして。今は、神社の参道に広げられた露店に、フラフラと寄り道をしているところである。
嘘です。やっぱ役得!
土方さんはATMでヨシ!
参拝の多くは女性で、それを狙った露店も女性向けの店が多い。
弥月は目ぼしい店を見つけて、簪を次から次へと千鶴にあてがって、「カワイイ」を連呼し続けていた。
千鶴ちゃん、顔面強すぎる!
可愛いからなんでも似合うのだ。最初は無難な形を試してみたが、地味な簪が彼女に負ける。
「ありがとうございます…じゃあ、これに…」
「待って! やっぱこっちも可愛いかも! これとそっちと千鶴ちゃんはどっちが好き?」
「弥月君、それ可愛いけどさ。あくまで屯所でも付ける前提なら、このあたりにしときなよ」
いつまでも決まらず見かねた沖田が、背後から手を伸ばして、一番最初に検討していた飾り気の少ないものを指さす。
「ん゛んんんん…イヤだ。可愛いのがいい…」
「付けるの君じゃないから。千鶴ちゃんだから」
「あはは…」
「まずどっちかハッキリさせたら? 男装のときに付けるものか、女装のときに付けるものか」
「……」
「千鶴ちゃんが決めなよ」
「え、あっ…と…」
「待って! お姉さん、これとこれいくら?」
「はあ……そっちの玉簪がーーー…」
値段を聞いて、また更にああでもない、こうでもないとキャッキャッと言い合う三人。
その背後には忘れられた二人。
「すみません、弟が盛り上がってしまって…」
「こちらこそすまぬ。あんたが雪村の買い物に付き合う必要などないのだが」
「それは全然構わないです。弥月が楽しそうだから、ちょっとホッとしたというか…
あいつ変わってるから、雪村さんみたいな優しい友達がいて良かったなあって」
「…そうか」
…
……
会話終了
「雪村さんって、新選組にいますけど、隊士じゃないんですよね?」
「…あんたには関係のないことだ」
「そ、うですね…」
会話終了
梓月がそれ以上の口を噤んだ理由に、斎藤は気付かず、二人の間を沈黙が流れる。
一方で、簪は二本買うことになり、一本は桜の造花がついた花簪に決まった。
「…私、男装用はこれにしようと思います」
「いいんじゃない? 派手さはないけど、よく見ると女の子らしい飾り彫りだ、し…」
沖田は一瞬言い淀んだが、弥月は気にすることなく、「うむ」と納得を示す。
「有り寄りのあり。さり気なく可愛い」
「…これなら、弥月さんとお揃いみたいで……付けてても不自然じゃないかなって」
「うん、確かに!」
私とお揃い希望とは、どこまでもカワイイが過ぎる
そうではなく、他の隊士の目を気にしてのこととは分かっているけれど。小花がヒラヒラした簪を差したまま、照れた風にはにかむご尊顔を頂戴したので、胸キュンが勝った。
「これとこれを頂けますか?」
「ああ、ここは恒例のアレが出ますので、不肖ながら私めが会計を」
「いえ!! 私、自分で買いたいです!」
千鶴が財布を出そうとするのを、弥月が止めようと前に手を出した。けれど、千鶴がさらにそれを制止する。
「弥月さんもご存知とは思いますけれど、私、去年からお給金を頂いてるんです!」
千鶴ちゃんは誇らしげに笑った。
「うん、知ってる、けど…」
弥月は困った。自分がお金を出す正当な理由があるし、それが任務だった。
しかし、給金の話は、元を辿るとかれこれ一年前。伊東らが入隊した後に、組織運営を見直すことになった。その際に『雪村小姓』は隊士ではないが、組の運営費から給金を出すことになったのだ。そうしないと、彼女の立場がハッキリとしなかった。
小遣いではなく”給金”としてお金をもらって、嬉しそうにしていた千鶴ちゃんを知っていた。けれど、欲しいものがないから使えないと、少し寂しそうに話した。
「あのね…でも、私ね、実は、千鶴ちゃん宛の年玉銀を預かってて…」
「そうなんですか?」
「うん、だから受け取ってくれる?」
「…でも、自分で働いて貯めたお金…使いたいんです」
千鶴も困った。彼らが一緒に選んでくれた簪で、自分のためにお金を使いたいと思っていた。そこまでを含めて、買い物を楽しんでいた。
「…君ら、本当に馬鹿なの。一本分ずつお金出せば良いじゃない」
「「…あっ」」
沖田は花簪を弥月に握らせ、平打ち簪を千鶴に握らせた。
「丁度良いじゃない。こっちは僕らからで、そっちは君が欲しいやつで。
近藤さんからの残ったお金は貯めてたらいいでしょ」
「天才ですか、沖田さん」
「馬鹿」
毒吐いた彼をの言葉を気にする事なく、弥月は一本分の会計を済ませる。千鶴も支払いをして、弥月から簪を受け取った。
三人が「お待たせ~」と店を離れたのを見て、梓月は内心でホッと息を吐いた。そして妹の隣を確保して歩きだす。
「梓月、これ」
「何?」
弥月に拳を出されて、中のものを受け取ると、硬貨が一つ。
「何これ?」
「んー、お礼?」
「何の?」
「…内緒。まあいつもお世話になってるからってことで」
意図が分からない。けれど、話題を変えようとする弥月に気付いて、言える理由がないのではと疑いをもった。
「お年玉のつもりなら、要らねーよ」
「…もらっといてよ。住み込みだし、お小遣いなんて殆ど無いんでしょ」
「マジでそのつもりだったのか。要らねぇ」
兄としての小さな意地だった。
「梓月の気持ちは分かるけどさ。
ここ、砂糖も肉も卵もありえないくらい高いでしょ。こっち来て全然食べてないんじゃない?」
「……」
「私、姉になってるんだから。大丈夫だって」
「…マジでその設定、嫌なんだけど」
「どうしても受け取るのイヤなら、これでなんかまた美味しいの作ってよ」
「…ケーキって分量難しいんだって。バターもめっちゃ牛乳使ってちょっとしか作れないしさ。できるか分かんねえよ」
「いいよ!」
必死に力強く返る言葉。もやりとした思いは払拭できなかったが、俺が渋々受け取ると、弥月がすごくホッとした表情をしたことに気付いた。
何、心配してんだよ
兄としての情けなさはあるけれど。それよりも、この窮屈な世界はいつまで続くのだろうかという、そこはかとない息苦しさの方が上回る。
ここではないどこかに繋がっている銀の三角。一年にたった10回もない、垣間見るだけの別の世界。
本当に帰れんのか
願いを持って良いのかどうかも分からない曖昧な存在。
ただ、俺たちはそれに縋るしかなかった。