姓は「矢代」で固定
第4話 わたしのお仕事
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
千切っては丸め、千切っては丸め、ちぎ…
「面倒くさい」
沖田さんのその一言が皮切りだった。
作業開始して以来、餅を掴む左手の形がどうだとか、捻(ひね)り方がどうだとか。上手な隊士に教わりながら、コツを掴もうとみんなで試行錯誤していたけれど。
「やっぱり伸ばしたら良いんじゃないっすかね」
「郷に入りては、です。ここは京。丸餅かつ白味噌と決まってます」
「それ、矢代さんの好みでは…」
「そうです」
「面倒だし、次の臼(うす)からはのし餅にするよ。食べたら一緒なんだから」
「そうっすよね。江戸の出が大半なんすから、切り餅でいいっしょ」
行事の指揮をするはずの弥月の意見を通さず、沖田ら一番組隊士の話が進む。
まあいいけど
そこまでこだわりはない。食べたら一緒と、自分も思う。
会議から三日後。もちつき大会決行中である。
私は縁側での餅丸め隊に参加している。最初は餅つき隊に参加していたけれど、あれは想像以上に重労働だった。何回か搗(つ)いたり餅を返したりしたが、力自慢をしたい男達に、今はもう任せている。
だってさー…
「弥月、こっちもういいのか?」
餅つきに参加していた平助が呼びに来たが、弥月は恨みがましい目をして唇を尖らせる。
「いい。だって、力無さすぎとか遅いとか、みんな文句しか言わないじゃん」
「悪かったって。でも、仕方ないだろ。あんなんじゃ米潰れねぇし、つき上がる前に餅が冷めちまうんだって」
私がつき手のときに、同じ臼を一緒に搗いていた平助。息が合わないからと言って、すぐに交代させられたから、私はこちらに来た。
唇を尖らせながら、手元の作業を進める。
千切って歪に伸びた部分を内側へと入れ込むように、こねこねと餅を丸める。それなりに手が早い方だから、こちらが向いてはいたのだけれど、敢えて口には出さない。
「次、もうすぐ蒸し上がります!」
勝手場の方から、千鶴ちゃんの声が届くと、平助はそちらへと走っていく。
「オレ、持ってく!」
「平助君、空いてる餅箱持ってきて! 粉はたいてね!」
「あっ、ああ!」
彼はワタワタと戻ってきて、粉をはたいた餅箱を持って、また勝手場の方へ向かった。
「臼冷めてきてるぞー!」
「はーい」
「お湯通りまーーーす」
幹部だけでなく、有志で参加している隊士たちが忙しなく前を通り過ぎる。勝手場だけでは火元が足りず、境内に簡易的な竈を作って、彼らがお湯を沸かしていた。
「次、俺が返すわ」
「じゃあ僕が打ちます!」
弥月たちが縁側の板間に座って無心に餅を千切る一方で、ワイワイと賑やかな境内の中心。
杵を石臼に押し付けながら、周りを跳ねるように軽快にクルクルと回る搗き手の二人。返し手の合いの手に合わせて、再び大振りに搗き始める。
「おお、やってるなあ!」
「近藤さん」
「おかえりなさい」
「ただいま戻った。どれ、俺も混ぜてもらおう!」
午前中は副長とともに出かけると言っていたのだけれど、予定より早く帰ってきたらしい。腕捲りをして勇んでいく近藤さん。
局長の登場にまた男達の士気が上がる。この真冬に半裸で汗をかいて、「ヨイショーーー!!」と盛り上がる彼らを見て、弥月は笑みがこぼれた。
「問題ないか」
「おかえりなさい、土方さん」
「…そろそろ終わりか」
「もう半分以上は終わりですね」
積み重なった餅箱を見て、土方は一つ頷いてそこに佇む。遠くから見ているだけの姿勢をとった彼を見て、沖田は首を傾げた。
「土方さんも行ってきたらどうですか、五十肩治るかもしれませんよ」
「誰が五十肩だ」
「得意でしょう、餅つき」
「…普通だ」
「いつも親の仇のような勢いで叩くじゃないですか」
「怖っ!」
ジロリと何故か私が睨まれる。最近また私に厳しくないか。
私達に揶揄われるのが嫌だったのか、土方さんは腰を上げて臼の輪に近づいていく。左之さんから受け取った大きい方の杵を、易々と振り上げて肩に乗せた。
チッ
「…なんで今、舌打ちしたの?」
沖田は隣の弥月から離れるように身を引いた。
「だって毎日机に張り付いてる土方さんが、あの杵振り上げるんですよ。腹立ちますって」
「…それは、ね」
「私、速さと持久力で特化目指してるんですよね。やっぱ重さもっと増やした方がいいのかな?」
「止めときなよ。型くずれるし、痛めるだけだから」
「むう」
「俺、ムキムキの矢代さんなんか想像つかないっすわ」
「ほんとですよ! やめてください!」
「え。私、結構いい感じじゃないですか?」
隊士たちが蟻通伍長の意見にウンウンと頷いているので、片袖を捲って力瘤をみせる。
「ほら見て、この筋肉。斎藤さんには勝てませんけど、人生史上強そう過ぎる」
ガチマッチョも細マッチョもここでは乱立していて、彼らと比較されるから見せびらかすことはしないけれど。三頭筋も二頭筋も存在を主張しているし、特に三角筋なんかメリハリがあって、実は結構自慢したい。
「見なくても知ってます。知ってますけどね…」
「副長もそうっすけど…夢壊さないでください」
「…だそうだから、それ、仕舞ってくれる?」
皆にうんざりした顔をされる。今初めて、いつも皆に素気なくあしらわれる新八さんの気持ちを知った。寂しい。
「次できたぞー」
左之さんが運んできた餅箱。綺麗につきあがって、たぷんとした餅には存在感がある。
「はい、伸ばすよ」
「はーい」
「えぇ…」
丸め隊の指揮権を、沖田さんに完全に取られた。そもそもここは一番組の隊士が多くて、私の権力は弱い。
誰も弥月を顧みず、すぐに、餅の厚みがどうだと話が展開する。
「…私、勝手場いってきまーす」
餅を丸めないなら、ここに人手は必要ないだろう。
私は言い出しっぺとして全体指揮を申し使っているけれど、みんなの方が持ち場の役割を理解し、それぞれ良きに計らって動いている。だから私が参加したい所へふらふらと行って、気まぐれに動いても怒られないし、誰も困らない。
「千鶴ちゃん、こっちどう?」
「次のでお餅は終わりですから、今からおしるこを温めようかと」
明るい笑顔をした千鶴ちゃん。首と額には玉の汗が滲んでいた。
彼女が昨日の内から炊いてくれていた小豆は、鍋一杯のおしるこになっている。
もち米の浸水は前日から要るのだとか、この量なら臼は何回に分けたら良いか、はったい粉はどれくらい必要だとか……彼女に色々準備を整えてもらって、今日のもちつき大会が成り立っている。
「斎藤さんは……大根?」
千鶴ちゃんとともに、もち米を炊く担当をしていた彼は、勝手場の端にひっそりと居た。その傍らには大根が二本並んでいる。
「つきたての柔らかい餅は、おろしも合う」
「…楽しんでもらってるようで何よりです」
「手が空いてるのなら手伝ってくれ」
「りょー、です」
今から食べる用もあるから、構わないのだけれど……大根を自ら用意しているとは。食いしん坊か。
「千鶴。こっち、何かする事あるか?」
「原田さん……そしたら、そちらのお皿とお箸を持って行ってもらえますか? 竈の方に湯通しのお湯もお願いしてるので、そちらに」
「おッ!? なんだ今から食うのか!」
「一臼分はそれ用にと、弥月さんが…」
「一応、正月用なんですけどね。ちゃんと必要数は数えたし、功労者にはあってもいいでしょ。文句垂れ蔵がなんか言ってきたら、私が自腹切ります」
大根おろしを擦りながら、ぐっと親指を立てる。すると、左之さんがまさか同じように親指を立て返してくれるから、この人の洞察力は本当にすごい。
「沖田さんに『三臼目の小餅にしたやつ』の数をかぞえてって言ってください。あと人数も」
「分かった」
まさか大根が出てくるとは思わなかったけれど、餅は一人二つくらいあるから、おしるこも大根も味わえる。ありがたや。
それからウキウキ顔で何人かが勝手場を出入りして、臼や杵は洗い終わっただとか、境内で食べる準備が整ったと教えてくれる。
私は餅つきをしたこともないのに指揮する立場になって、多少気負っていたのだけれど。ときどき誰かが方針を確認しにくる程度で、色々と勝手に進んでいくのだから笑ってしまう。
「できたか?」
「できました! あぁ、手が疲れた!」
大根おろしって根性がないと作れないと思う。食への執着というべきか。
「弥月、もう食っていいか?! ってか、食ってるぞ!」
平助が「遅い」とでも言いたげに確認しにくる。その手には椀と箸がにぎられていた。
「聞くなら、食べる前に訊きにきてよ」
「平助、行儀が悪い」
「だって、旨いうちに食わねえと! てか、何それ?! 大根おろしか!それも旨そうじゃん!」
色々と咎められているのに、全く意に介さない彼。お伺いをたてるフリをして、私の指揮など、最初から誰も気にしていないのではないか。
なんとも言えない無力感というか、あまりの自分の権力のなさに、弥月が肩を落としたことなど誰も気づかなかった。
***
餅つきで付いた餅。一臼目は大きな丸と、それより少し小さな丸のまま寝かせた。一晩経ったその表面は、今はもうカサカサに乾燥している。
「みかんを乗せて…完成!」
「矢代、そこに乗せるのは橙(だいだい)だ」
勝手場で作業していたら、通りすがりの斎藤さんに指摘される。
はて。橙とは?
「みかんと何が違うんですか?」
「…物が違う」
広間に飾る用に作った大きな鏡餅。源さんが採ってきてくれたシダの葉っぱと、秋から用意していた干し柿。完全手作りでこの見栄えは完璧すぎるのに。
「理由が無いなら、みかんで良くないですか?」
「正月飾りとはそういうものだ。橙を用意しろ」
「見て下さい。違いが分かります?」
「……」
「今、分からんなーって思いましたよね? ね?」
弥月は腰に両手を当てて、勝ち誇った顔で彼を見る。
半眼になった彼を無視して、弥月が台座に乗せたそれを広間に運ぼうと立ち上がったところで、土方から「できたか」と声をかけられた。
「完璧です! 見てください、この美しい上下の餅の比率!」
「…蜜柑だろ、これ」
「みかんです」
「俺も橙だと指摘はしたのですが…」
前後から止められて、なんだか雲行きが怪しくなってきたとは感じるが。
今完成したばかりの物にケチをつけられたことに、弥月はすぐには承服しかねた。
「見た目が一緒なら良くないですか?」
「そういうものだ」
「どう違うんですか」
「…橙はニ三年、枝にぶら下がっててな。前の年と、次の年にできた実が一緒に生るんだ。それが家族が健康に繁栄していくようって…要は、縁起物だ」
「出たでた、歳三の功」
「無礼だ」
「さーせん」
斎藤の端的な叱責と、弥月からの気持ちのない謝罪。流れるように展開したそれは、土方も今更気にはならないほどには、よく見る光景だった。
「橙って食べれます?」
「食べん」
「じゃあ、みかんでいい」
「縁起物つったろ。橙の一つや二つケチるんじゃねぇ。買って来い」
少しの間の後、弥月は不服そうに「はーい」と返事をして、そのまま勝手場に鏡餅を置いた。
そして、外へと向かう彼の背を見ながら、土方は隣の斎藤にだけ聞こえる大きさで話す。
「今日は普通だな」
斎藤がその意味を分かりかねて、土方の顔色を窺うと。土方はクイと顎を上げて弥月を指し、斎藤も話の主旨を理解する。
「尾関や篠原は戻したが…あいつ的には『未だ』だろ」
「あの者も…前へと進もうとしているのではないでしょうか」
「…も、な。だけどな、お前もそう思うなら護ってばかり居てやるんじゃねえよ」
「護る、とは…?」
再び彼からの「分からない」という戸惑いの視線を受けた土方は、目を細めて斎藤の腰にあるものを見る。
「わざわざ訊くことじゃねぇと思ってたが……この前の件。斬ったのはあいつじゃなくて、お前なんだろ」
「……」
「俺が命を出したのは矢代に、だ。お前には『手伝え』と言ったはずだ。あいつはそれを引き受けた…それも汲んでやれ」
「…差し出がましい事をしました」
頭を垂れる彼に、土方は返事をしなかった。けれど、すでに消えた華奢な背を思い起こして、「気持ちは分かるけどな」と呟く。
「あいつは自分で選んでここに居る」
「…はい」
「俺から見たら、お前もあいつも変わんねぇんだよ。ケツは自分で拭けなきゃ困るんだ。
俺は適時適所に送り込んでるつもりだ。万一の場合の控えとしてお前を着けてはいるが……あくまで控えだ。他人の分まで背負いこむな」
「…御意」
四角四面な返事をしながら明らかに落ち込む部下。しかし、彼が周りに気を遣いすぎるだけで、自省をしてほしい訳ではなかったのだと土方は気付く。言葉通りにしか受け取らない男に、裏が伝わっていないことに溜息を吐きながら、長い前髪をかき上げた。
「あー…なんだ。年の功ってやつだ」
「…と、言いますと?」
「斎藤、お前も周りを頼れ」
キョトンとした斎藤の返事を彼は聞かずに、土方は立ち去った。
尊敬する男の意図を、またもすぐには理解しえなかった斎藤だったが、しばらく考えて、考えて、考えて。
「斎藤さん? …なにか良い事がありましたか?」
「…何故だ?」
「お顔が嬉しそうに見えたので」
そのすぐ後に勝手場に現れた千鶴が、珍しいものを見たと微笑むのにつられて、斎藤は「そうか」と目を細めて笑った。
千切っては丸め、千切っては丸め、ちぎ…
「面倒くさい」
沖田さんのその一言が皮切りだった。
作業開始して以来、餅を掴む左手の形がどうだとか、捻(ひね)り方がどうだとか。上手な隊士に教わりながら、コツを掴もうとみんなで試行錯誤していたけれど。
「やっぱり伸ばしたら良いんじゃないっすかね」
「郷に入りては、です。ここは京。丸餅かつ白味噌と決まってます」
「それ、矢代さんの好みでは…」
「そうです」
「面倒だし、次の臼(うす)からはのし餅にするよ。食べたら一緒なんだから」
「そうっすよね。江戸の出が大半なんすから、切り餅でいいっしょ」
行事の指揮をするはずの弥月の意見を通さず、沖田ら一番組隊士の話が進む。
まあいいけど
そこまでこだわりはない。食べたら一緒と、自分も思う。
会議から三日後。もちつき大会決行中である。
私は縁側での餅丸め隊に参加している。最初は餅つき隊に参加していたけれど、あれは想像以上に重労働だった。何回か搗(つ)いたり餅を返したりしたが、力自慢をしたい男達に、今はもう任せている。
だってさー…
「弥月、こっちもういいのか?」
餅つきに参加していた平助が呼びに来たが、弥月は恨みがましい目をして唇を尖らせる。
「いい。だって、力無さすぎとか遅いとか、みんな文句しか言わないじゃん」
「悪かったって。でも、仕方ないだろ。あんなんじゃ米潰れねぇし、つき上がる前に餅が冷めちまうんだって」
私がつき手のときに、同じ臼を一緒に搗いていた平助。息が合わないからと言って、すぐに交代させられたから、私はこちらに来た。
唇を尖らせながら、手元の作業を進める。
千切って歪に伸びた部分を内側へと入れ込むように、こねこねと餅を丸める。それなりに手が早い方だから、こちらが向いてはいたのだけれど、敢えて口には出さない。
「次、もうすぐ蒸し上がります!」
勝手場の方から、千鶴ちゃんの声が届くと、平助はそちらへと走っていく。
「オレ、持ってく!」
「平助君、空いてる餅箱持ってきて! 粉はたいてね!」
「あっ、ああ!」
彼はワタワタと戻ってきて、粉をはたいた餅箱を持って、また勝手場の方へ向かった。
「臼冷めてきてるぞー!」
「はーい」
「お湯通りまーーーす」
幹部だけでなく、有志で参加している隊士たちが忙しなく前を通り過ぎる。勝手場だけでは火元が足りず、境内に簡易的な竈を作って、彼らがお湯を沸かしていた。
「次、俺が返すわ」
「じゃあ僕が打ちます!」
弥月たちが縁側の板間に座って無心に餅を千切る一方で、ワイワイと賑やかな境内の中心。
杵を石臼に押し付けながら、周りを跳ねるように軽快にクルクルと回る搗き手の二人。返し手の合いの手に合わせて、再び大振りに搗き始める。
「おお、やってるなあ!」
「近藤さん」
「おかえりなさい」
「ただいま戻った。どれ、俺も混ぜてもらおう!」
午前中は副長とともに出かけると言っていたのだけれど、予定より早く帰ってきたらしい。腕捲りをして勇んでいく近藤さん。
局長の登場にまた男達の士気が上がる。この真冬に半裸で汗をかいて、「ヨイショーーー!!」と盛り上がる彼らを見て、弥月は笑みがこぼれた。
「問題ないか」
「おかえりなさい、土方さん」
「…そろそろ終わりか」
「もう半分以上は終わりですね」
積み重なった餅箱を見て、土方は一つ頷いてそこに佇む。遠くから見ているだけの姿勢をとった彼を見て、沖田は首を傾げた。
「土方さんも行ってきたらどうですか、五十肩治るかもしれませんよ」
「誰が五十肩だ」
「得意でしょう、餅つき」
「…普通だ」
「いつも親の仇のような勢いで叩くじゃないですか」
「怖っ!」
ジロリと何故か私が睨まれる。最近また私に厳しくないか。
私達に揶揄われるのが嫌だったのか、土方さんは腰を上げて臼の輪に近づいていく。左之さんから受け取った大きい方の杵を、易々と振り上げて肩に乗せた。
チッ
「…なんで今、舌打ちしたの?」
沖田は隣の弥月から離れるように身を引いた。
「だって毎日机に張り付いてる土方さんが、あの杵振り上げるんですよ。腹立ちますって」
「…それは、ね」
「私、速さと持久力で特化目指してるんですよね。やっぱ重さもっと増やした方がいいのかな?」
「止めときなよ。型くずれるし、痛めるだけだから」
「むう」
「俺、ムキムキの矢代さんなんか想像つかないっすわ」
「ほんとですよ! やめてください!」
「え。私、結構いい感じじゃないですか?」
隊士たちが蟻通伍長の意見にウンウンと頷いているので、片袖を捲って力瘤をみせる。
「ほら見て、この筋肉。斎藤さんには勝てませんけど、人生史上強そう過ぎる」
ガチマッチョも細マッチョもここでは乱立していて、彼らと比較されるから見せびらかすことはしないけれど。三頭筋も二頭筋も存在を主張しているし、特に三角筋なんかメリハリがあって、実は結構自慢したい。
「見なくても知ってます。知ってますけどね…」
「副長もそうっすけど…夢壊さないでください」
「…だそうだから、それ、仕舞ってくれる?」
皆にうんざりした顔をされる。今初めて、いつも皆に素気なくあしらわれる新八さんの気持ちを知った。寂しい。
「次できたぞー」
左之さんが運んできた餅箱。綺麗につきあがって、たぷんとした餅には存在感がある。
「はい、伸ばすよ」
「はーい」
「えぇ…」
丸め隊の指揮権を、沖田さんに完全に取られた。そもそもここは一番組の隊士が多くて、私の権力は弱い。
誰も弥月を顧みず、すぐに、餅の厚みがどうだと話が展開する。
「…私、勝手場いってきまーす」
餅を丸めないなら、ここに人手は必要ないだろう。
私は言い出しっぺとして全体指揮を申し使っているけれど、みんなの方が持ち場の役割を理解し、それぞれ良きに計らって動いている。だから私が参加したい所へふらふらと行って、気まぐれに動いても怒られないし、誰も困らない。
「千鶴ちゃん、こっちどう?」
「次のでお餅は終わりですから、今からおしるこを温めようかと」
明るい笑顔をした千鶴ちゃん。首と額には玉の汗が滲んでいた。
彼女が昨日の内から炊いてくれていた小豆は、鍋一杯のおしるこになっている。
もち米の浸水は前日から要るのだとか、この量なら臼は何回に分けたら良いか、はったい粉はどれくらい必要だとか……彼女に色々準備を整えてもらって、今日のもちつき大会が成り立っている。
「斎藤さんは……大根?」
千鶴ちゃんとともに、もち米を炊く担当をしていた彼は、勝手場の端にひっそりと居た。その傍らには大根が二本並んでいる。
「つきたての柔らかい餅は、おろしも合う」
「…楽しんでもらってるようで何よりです」
「手が空いてるのなら手伝ってくれ」
「りょー、です」
今から食べる用もあるから、構わないのだけれど……大根を自ら用意しているとは。食いしん坊か。
「千鶴。こっち、何かする事あるか?」
「原田さん……そしたら、そちらのお皿とお箸を持って行ってもらえますか? 竈の方に湯通しのお湯もお願いしてるので、そちらに」
「おッ!? なんだ今から食うのか!」
「一臼分はそれ用にと、弥月さんが…」
「一応、正月用なんですけどね。ちゃんと必要数は数えたし、功労者にはあってもいいでしょ。文句垂れ蔵がなんか言ってきたら、私が自腹切ります」
大根おろしを擦りながら、ぐっと親指を立てる。すると、左之さんがまさか同じように親指を立て返してくれるから、この人の洞察力は本当にすごい。
「沖田さんに『三臼目の小餅にしたやつ』の数をかぞえてって言ってください。あと人数も」
「分かった」
まさか大根が出てくるとは思わなかったけれど、餅は一人二つくらいあるから、おしるこも大根も味わえる。ありがたや。
それからウキウキ顔で何人かが勝手場を出入りして、臼や杵は洗い終わっただとか、境内で食べる準備が整ったと教えてくれる。
私は餅つきをしたこともないのに指揮する立場になって、多少気負っていたのだけれど。ときどき誰かが方針を確認しにくる程度で、色々と勝手に進んでいくのだから笑ってしまう。
「できたか?」
「できました! あぁ、手が疲れた!」
大根おろしって根性がないと作れないと思う。食への執着というべきか。
「弥月、もう食っていいか?! ってか、食ってるぞ!」
平助が「遅い」とでも言いたげに確認しにくる。その手には椀と箸がにぎられていた。
「聞くなら、食べる前に訊きにきてよ」
「平助、行儀が悪い」
「だって、旨いうちに食わねえと! てか、何それ?! 大根おろしか!それも旨そうじゃん!」
色々と咎められているのに、全く意に介さない彼。お伺いをたてるフリをして、私の指揮など、最初から誰も気にしていないのではないか。
なんとも言えない無力感というか、あまりの自分の権力のなさに、弥月が肩を落としたことなど誰も気づかなかった。
***
餅つきで付いた餅。一臼目は大きな丸と、それより少し小さな丸のまま寝かせた。一晩経ったその表面は、今はもうカサカサに乾燥している。
「みかんを乗せて…完成!」
「矢代、そこに乗せるのは橙(だいだい)だ」
勝手場で作業していたら、通りすがりの斎藤さんに指摘される。
はて。橙とは?
「みかんと何が違うんですか?」
「…物が違う」
広間に飾る用に作った大きな鏡餅。源さんが採ってきてくれたシダの葉っぱと、秋から用意していた干し柿。完全手作りでこの見栄えは完璧すぎるのに。
「理由が無いなら、みかんで良くないですか?」
「正月飾りとはそういうものだ。橙を用意しろ」
「見て下さい。違いが分かります?」
「……」
「今、分からんなーって思いましたよね? ね?」
弥月は腰に両手を当てて、勝ち誇った顔で彼を見る。
半眼になった彼を無視して、弥月が台座に乗せたそれを広間に運ぼうと立ち上がったところで、土方から「できたか」と声をかけられた。
「完璧です! 見てください、この美しい上下の餅の比率!」
「…蜜柑だろ、これ」
「みかんです」
「俺も橙だと指摘はしたのですが…」
前後から止められて、なんだか雲行きが怪しくなってきたとは感じるが。
今完成したばかりの物にケチをつけられたことに、弥月はすぐには承服しかねた。
「見た目が一緒なら良くないですか?」
「そういうものだ」
「どう違うんですか」
「…橙はニ三年、枝にぶら下がっててな。前の年と、次の年にできた実が一緒に生るんだ。それが家族が健康に繁栄していくようって…要は、縁起物だ」
「出たでた、歳三の功」
「無礼だ」
「さーせん」
斎藤の端的な叱責と、弥月からの気持ちのない謝罪。流れるように展開したそれは、土方も今更気にはならないほどには、よく見る光景だった。
「橙って食べれます?」
「食べん」
「じゃあ、みかんでいい」
「縁起物つったろ。橙の一つや二つケチるんじゃねぇ。買って来い」
少しの間の後、弥月は不服そうに「はーい」と返事をして、そのまま勝手場に鏡餅を置いた。
そして、外へと向かう彼の背を見ながら、土方は隣の斎藤にだけ聞こえる大きさで話す。
「今日は普通だな」
斎藤がその意味を分かりかねて、土方の顔色を窺うと。土方はクイと顎を上げて弥月を指し、斎藤も話の主旨を理解する。
「尾関や篠原は戻したが…あいつ的には『未だ』だろ」
「あの者も…前へと進もうとしているのではないでしょうか」
「…も、な。だけどな、お前もそう思うなら護ってばかり居てやるんじゃねえよ」
「護る、とは…?」
再び彼からの「分からない」という戸惑いの視線を受けた土方は、目を細めて斎藤の腰にあるものを見る。
「わざわざ訊くことじゃねぇと思ってたが……この前の件。斬ったのはあいつじゃなくて、お前なんだろ」
「……」
「俺が命を出したのは矢代に、だ。お前には『手伝え』と言ったはずだ。あいつはそれを引き受けた…それも汲んでやれ」
「…差し出がましい事をしました」
頭を垂れる彼に、土方は返事をしなかった。けれど、すでに消えた華奢な背を思い起こして、「気持ちは分かるけどな」と呟く。
「あいつは自分で選んでここに居る」
「…はい」
「俺から見たら、お前もあいつも変わんねぇんだよ。ケツは自分で拭けなきゃ困るんだ。
俺は適時適所に送り込んでるつもりだ。万一の場合の控えとしてお前を着けてはいるが……あくまで控えだ。他人の分まで背負いこむな」
「…御意」
四角四面な返事をしながら明らかに落ち込む部下。しかし、彼が周りに気を遣いすぎるだけで、自省をしてほしい訳ではなかったのだと土方は気付く。言葉通りにしか受け取らない男に、裏が伝わっていないことに溜息を吐きながら、長い前髪をかき上げた。
「あー…なんだ。年の功ってやつだ」
「…と、言いますと?」
「斎藤、お前も周りを頼れ」
キョトンとした斎藤の返事を彼は聞かずに、土方は立ち去った。
尊敬する男の意図を、またもすぐには理解しえなかった斎藤だったが、しばらく考えて、考えて、考えて。
「斎藤さん? …なにか良い事がありましたか?」
「…何故だ?」
「お顔が嬉しそうに見えたので」
そのすぐ後に勝手場に現れた千鶴が、珍しいものを見たと微笑むのにつられて、斎藤は「そうか」と目を細めて笑った。