姓は「矢代」で固定
第4話 わたしのお仕事
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***
今年も来ました、年末大掃除。
「煤(すす)払ってくださーーーい」
同じ敷地内にいる貸主のお寺さんがするのだから、我々もして然るべし。西本願寺の『お煤払い』は毎年二十日に行われるが、一般的な煤払いは十三日だ。今年はお天気の関係で今日となった。
朝餉の後に、弥月は畳を叩く竹や箒を、倉庫から出して外に並べる。
「この前したとこじゃん?」
「平助。半年前の掃除をついこの前とか本気で言わないで」
松本良順先生が来た閏五月に大掃除したのは間違いないのだけれど、それからどれだけの人間が何回部屋の掃除をしたのか。三番組ならともかく、二番組の押し入れなんか、私は怖くて開けられない。
「矢代、割り当ては」
「はいはい。私まだ用具出して来るので、これ、貼りだしてもらって良いですか?」
斎藤さんに筒状に巻いた紙を渡す。昨日、千鶴ちゃんと考えた、各組の掃除の分担表だ。
「げ、おれら風呂場かよ」
「今回の道場は二組か」
「厠なー…範囲狭いけどさぁ…ハズレだわ」
「裏庭の剪定って…うちの組に、庭木切れる奴いるか?」
「この前、矢代さんが誰かとそんな話してたような…」
掲示の前で皆がやいやいと言い合っているのを背で聞く。前回の割り当ても考慮して公平になるよう振ってあるから、文句ある奴はかかってこい。
この日のために取り置いていた山積みの雑巾を、弥月が数えて各組に渡していると、張り紙を見上げていた沖田が「監察方は?」と問いかける。
「私一人で一カ所担当しろと?」
「島田君がいるじゃない」
「奥さんの産後の日達が良くないので、今日は家にいてもらってます」
「ふーん」
「私は局長の部屋と、治療室の担当です」
前者は土方さんからの指示だ。他に丁度良い人材もいないので承諾した。
「分担軽くない?」
「文句ですか。じゃあ沖田さん、こっちの仕事手伝ってくれます?」
「うん、いいよ」
「…言質取りましたよ。掃除じゃないですからね」
「うん?」
わずかに表情を曇らせた沖田さん。本気で私が自分の割り当てを軽くしたと思ったのか。
掃除じゃないお仕事とは……八木家にお世話になっている間は、それが当たり前にあったので気付かなかったもの。前回、大所帯で屯所を大掃除したときの反省点。
終わった後、ご飯を作る気がしない
昼餉はいつも朝の残りを食べているから問題はないのだけれど。多少の特別な労いがないと、隊士たちも気の毒というか……まあ、やる気にさせるためだ。夕餉は少し豪華にしたいと千鶴ちゃんと話をしていた。
「勝手場の掃除は昨日までに終わらせてるので、今から千鶴ちゃんと三人で調理開始です」
「…やっぱり僕、自分の組の所してくる」
「駄目で――す。男に二言はありませんよ」
踵を返そうとした彼の腕を絡めとる。
「私に『サボるつもりだ』みたいな言い方した報いです」
「…」
「夕飯の献立は、久しぶりに牛乳煮ですから。しかも鴨肉入り!」
「…」
「やる気になりました?」
「…あの餅みたいなの入る?」
「餅? …ああ、それは沖田さんの頑張り次第!」
二ッと笑って見せると、彼は渋々と頷いた。よっぽどモチモチした触感のアレが気に入っているらしい。まあまあ面倒な力仕事を買って出てくれるなんて、知らぬが仏とはこのこと。
「千鶴ちゃん、芋餅も入れることになったんだけど、卵あったっけ?」
「えっ?! えぇと…流石に卵の在庫は…」
勝手場で支度を始めていた彼女に声をかけると。予想通りの返答とともに、千鶴ちゃんは「沖田さん?」と不思議そうに、私と共に現れた彼を見た。
「あれ、卵なの?」
「卵はツナギです。色々研究した結果、ツナギがないと粉と芋が溶け出してしまうことが分かったので」
「研究って…大げさだなぁ」
「全然大げさじゃないですから! 本当はパスタが食べたいのに!って思いながら、何回ねりねりしたか!!」
梓月にも相談した結果、コンソメ?ブイヨン?の味?風味?的なことは革新的に改良されたが、麺だけはどうにもならなかった。芋餅のことを梓月は「それニョッキだから」と言っていた。にょっきにょきにょっきっきって言いたくなるよね。
「というわけで、卵一つ二つ買ってきてください」
いくらかお金を持って行ってもらおうと懐を探っていると、彼はヒラリと手を振った。どうやら自分持ちで構わないらしい。
「卵屋って、どこにあったっけ」
「あっち」
「島原の通りですね。川沿いの」
指をさした弥月とそれを補足した千鶴。沖田は、通りを思い起こしてもピンとは来なかったものの、行けば分かるだろうと首を縦に振った。
「でも、君。一番組組長の僕を遣いに走らせようだなんていい度胸してるよね」
「えっ」
「はいはい。頼んだの私なんですから、千鶴ちゃんに絡まないで下さい。
場所分かります? 独りで行けますか? おつかいは初めて?」
「…ねえ。最近生意気じゃない?」
不愉快そうな声につられて上目に見るけれど、沖田さんはさほど怒った表情はしていない。
最近…
そう言われても、思い出せたのは、部屋に火鉢を用意してくれていた日に邪険にしてしまったことくらいで。あとは普通に巡察をしたり、稽古をしたり、特に彼と揉めたという記憶はない。道場で叩きあったのだって、日常茶飯事でお互い様だ。
「今日は沖田組長との上下関係があるとは微塵も思ってませんけど。
沖田大先生の奢りで、ありがたーく、ただのジャガイモから芋餅に変えさせていただきますから。下々の私共は芋でも剥いて待ってますから、買ってきていただけませんか?」
「それもそれでなんかムカつく」
「じゃあ、普通にいってらっしゃいです。働かざる者なんとやら」
弥月が小首を傾げながらヒラヒラと両手を振るのを、沖田はじっと見る。彼女と言い合ったとはいえ、黙った沖田も沖田で、内心では特に不満というほどのことでもなく、それ以上掛け合いをすることを無駄と思って肩を竦めた。勝手場から出ていく彼の背に、千鶴はためらいがちに「お願いします」と声をかける。
そうして静かになった勝手場で小さく息を吐いた弥月は、板間に腰をかけ、包丁を手に取って人参の皮を剥き始めた。
「大丈夫でしょうか?」
「沖田さんが? 何も大丈夫じゃないところが無いから大丈夫。
まあちょっと苛ついたかもだけど。寧ろ、掃除サボる口実ができたって気づいたら、すぐに帰ってくるかどうかの方が、私は心配かな」
「じゃあなんで…」
そこで質問が途切れて、心なし、千鶴ちゃんが恐々と話していることに気付いた。どうやら私も苛ついていると思われたらしい。
沖田さんの勢いに負けないために、同じ調子で返していただけで、私の機嫌が悪いということはない。多少の気力は消耗したけれども。
弥月は千鶴への害意がないことを示すために、視線を合わせて小さく微笑む。
「んー…沖田さんが大人しく掃除に参加してる方がもっと心配だから?」
彼は綺麗好きである。一番組の部屋は、掃除を誰がしているかは別にして、沖田組長の目があるからいつも綺麗に保たれている。
以前そのことを溢した時に、近藤さんから『総司は掃除をさせたら人一倍丁寧だ』と聞いた。だから、掃除が苦手なわけではないのだとも知っている。
けどねー…
『総司も頑張ってるよな』
『組長らしい顔してるのが、な』
それが今のみんなの共通認識だ。
沖田さんは根性が曲がっているが、元々人のことは良く見ている。人を見て、選んで、反応まで読んで、意地の悪いことをしてくる。
そして、近藤さんが居なくなって、箍がはずれるかと思われたそれ。形(なり)を潜めているというのなら、どこにその曲がった歪みを溜めているのか。
「矢代さーん? 沖田くみちょー?」
「ん?」
「いたいた。組長知りませんか?」
「あ、知ってます。こっちで借りてます。ごめんなさい、言い忘れてました」
一番組の人らが、沖田さんを探していたらしい。
「いえ、連れていかれるの見てた奴がいたので、そんな所だろうって話はしてて。問題ないっす。確認をと思っただけで」
「ありがとう、借りてます」
頭を下げた蟻通伍長に手を振った。
部屋の掃除に組長の采配が必要ないということは、問題なく普段通りに一番組がまわっているということだ。
そうなんだよねぇ…何も出てこないんだよねぇ…
監察方として、一隊士である沖田さんの動静も把握したいのだけれど。組下に探りを入れようとも、なんら悪評が出てこないのだ。いつも通りどころか、不平不満が少ないと感じるほど、一番組が落ち着いている。
「心配ですか?」
隣でジャガイモを剥き始めた千鶴ちゃんが、首を傾げて私を見た。
唐突に場に出された疑問文。それが話のつづきなのだと理解して返事をしようとしたけれど、答えを先に頭の中で反芻して、自分の人の悪さに苦笑する。
「沖田さんが善い人してるから、そりゃあ心配するかな」
立派な悪口だ。彼女がそれに乗ってくるとは思えなくて、どう話題を変えようかと考える。すると、千鶴ちゃんはすぐに「沖田さん」と、何かを考えながらポツリと落とした。
「…善い人ですよね? ちょっと意地悪なところはありますけど…」
最後は少し困った風に。仕方ないなあと言うように。
そんな彼女の応えに面食らって。けれど、じわりと温かな笑いがこみあげる。
それが嘘やおべっかではなく、自分を良く見せようとする訳でもなく。ただ本心でそう言ってるのだと、千鶴ちゃんの表情から感じた。
ほんとに良い子だなぁ
「本人に言ったら、照れ隠しで、意地悪の割合増えそうだけどね」
「それはちょっと…困るかもしれませんけれど…」
「アハハッ、正直!」
「でも、弥月さんも土方さんも、すごく信頼されてますよね」
またもや何気なく自然に言葉にされて、どこか不思議な感じがした。けれど、自分の心と照らし合わせて、そうなんだと自覚する。今は傍から見てもそういう関係なんだと、少しこそばゆく、嬉しくなった。
「まあね。沖田さんの裏表のなさは、心の底から尊敬してるから」
千鶴ちゃんは「そうですね」とクスクスと笑う。
「だから、たぶんですけど…大丈夫だと思いますよ。沖田さん」
大丈夫?
「何が?」
「上手く言えないですけど……こう、何か気持ちの変化があったのかなって思う時がありますけど、無理をしてる感じはしないかなって」
彼女の手が止まっていた。「うーん」と呟いて、言い換えようと悩んでいるらしい。
「沖田さんの支えと言うか、中心に近藤さんがいて……沖田さんは『それだけ』のように仰られるんですけど、そんなこと無いじゃないかなって…
意地悪はされますけれど……困ってる人の、その人の立場で考えてくれる人だから…」
「土方さんが困ってるから、沖田さんが助けてるってこと?」
思わず「ない」と言いかけたが、彼女はまだ「うーん」とまた反対に首を捻った。
「近藤さんから跡をお任せされて……沖田さんが頑張ろうって思われる一番は、近藤さんなんでしょうけれど…
それだけじゃなくて、土方さんとか皆さんからの信頼は大きいんだろうなって……皆さんの力になりたい、新選組を大事にしたいって、思ってるんじゃないかなって…」
信頼してくれる人の力になりたい
一言で言ってしまうと、沖田さんには似合わない台詞。
だけど、なんとなく分かったと思う、彼女の言いたい事が。彼女の目線が。
それが偏って見ない、沖田さんの姿
彼が意地悪だと頭の片隅で思っていても、先入観に捕らわれない。目の前に見えている、今の相手の行いを真っ直ぐに受け止める。
「…すごいね、ホントに」
「はい。近藤さんは皆さんにとって、真ん中にいる凄い方なんだなって、改めて思ったところで…」
「それもそうなんだけど。千鶴ちゃんの話」
「私、ですか?」
「うん。人生何周目って感じ。人間できてるよね」
「何周目?」
「あーー…、なんか自分の頭の固さを感じた…」
話しながらも、野菜の皮を剥きつづけていた手を止めて、宙を振り仰ぐ。手元に集中していた意識を、天井よりも高くに投げると、視界が開けたような感覚になる。
「みんなのこと『監察しなきゃ』って眼で見てるから、性格歪んでる」
生意気って、そういうことか
なんとなく分かった、最近の自分の生き苦しさの原因も。
ついこの前、左之さんらの前で泣いて、怒って、文句を言って。それでもまだ視界が狭まっていた。そんな私の姿にも、私自身以外のみんなが気づいていたんだろう。
「そんなことは…」
「んや、反省だから気にしないで」
もっと、私らしくありたい
私らしいとは何か説明はできないけれど、こんな人に成りたいとは思ってなかった。
「お忙しいですもんね」
察してくれたのか穏やかにそう言う千鶴ちゃんに、気を遣われているのだと分かった。言外に、だから仕方ないのだと、許し慰めてもらっていた。
「まあね。でもちょっと反省」
誤魔化すように、にへらっと笑ってみせる。
忙しいから、気になることがたくさんあるから、他人にまで心を配れないのは仕方ない……そんな風に言い訳するのは簡単だけれど。
明日の自分はもっと、好きな私の姿でありたいと思う。
今年も来ました、年末大掃除。
「煤(すす)払ってくださーーーい」
同じ敷地内にいる貸主のお寺さんがするのだから、我々もして然るべし。西本願寺の『お煤払い』は毎年二十日に行われるが、一般的な煤払いは十三日だ。今年はお天気の関係で今日となった。
朝餉の後に、弥月は畳を叩く竹や箒を、倉庫から出して外に並べる。
「この前したとこじゃん?」
「平助。半年前の掃除をついこの前とか本気で言わないで」
松本良順先生が来た閏五月に大掃除したのは間違いないのだけれど、それからどれだけの人間が何回部屋の掃除をしたのか。三番組ならともかく、二番組の押し入れなんか、私は怖くて開けられない。
「矢代、割り当ては」
「はいはい。私まだ用具出して来るので、これ、貼りだしてもらって良いですか?」
斎藤さんに筒状に巻いた紙を渡す。昨日、千鶴ちゃんと考えた、各組の掃除の分担表だ。
「げ、おれら風呂場かよ」
「今回の道場は二組か」
「厠なー…範囲狭いけどさぁ…ハズレだわ」
「裏庭の剪定って…うちの組に、庭木切れる奴いるか?」
「この前、矢代さんが誰かとそんな話してたような…」
掲示の前で皆がやいやいと言い合っているのを背で聞く。前回の割り当ても考慮して公平になるよう振ってあるから、文句ある奴はかかってこい。
この日のために取り置いていた山積みの雑巾を、弥月が数えて各組に渡していると、張り紙を見上げていた沖田が「監察方は?」と問いかける。
「私一人で一カ所担当しろと?」
「島田君がいるじゃない」
「奥さんの産後の日達が良くないので、今日は家にいてもらってます」
「ふーん」
「私は局長の部屋と、治療室の担当です」
前者は土方さんからの指示だ。他に丁度良い人材もいないので承諾した。
「分担軽くない?」
「文句ですか。じゃあ沖田さん、こっちの仕事手伝ってくれます?」
「うん、いいよ」
「…言質取りましたよ。掃除じゃないですからね」
「うん?」
わずかに表情を曇らせた沖田さん。本気で私が自分の割り当てを軽くしたと思ったのか。
掃除じゃないお仕事とは……八木家にお世話になっている間は、それが当たり前にあったので気付かなかったもの。前回、大所帯で屯所を大掃除したときの反省点。
終わった後、ご飯を作る気がしない
昼餉はいつも朝の残りを食べているから問題はないのだけれど。多少の特別な労いがないと、隊士たちも気の毒というか……まあ、やる気にさせるためだ。夕餉は少し豪華にしたいと千鶴ちゃんと話をしていた。
「勝手場の掃除は昨日までに終わらせてるので、今から千鶴ちゃんと三人で調理開始です」
「…やっぱり僕、自分の組の所してくる」
「駄目で――す。男に二言はありませんよ」
踵を返そうとした彼の腕を絡めとる。
「私に『サボるつもりだ』みたいな言い方した報いです」
「…」
「夕飯の献立は、久しぶりに牛乳煮ですから。しかも鴨肉入り!」
「…」
「やる気になりました?」
「…あの餅みたいなの入る?」
「餅? …ああ、それは沖田さんの頑張り次第!」
二ッと笑って見せると、彼は渋々と頷いた。よっぽどモチモチした触感のアレが気に入っているらしい。まあまあ面倒な力仕事を買って出てくれるなんて、知らぬが仏とはこのこと。
「千鶴ちゃん、芋餅も入れることになったんだけど、卵あったっけ?」
「えっ?! えぇと…流石に卵の在庫は…」
勝手場で支度を始めていた彼女に声をかけると。予想通りの返答とともに、千鶴ちゃんは「沖田さん?」と不思議そうに、私と共に現れた彼を見た。
「あれ、卵なの?」
「卵はツナギです。色々研究した結果、ツナギがないと粉と芋が溶け出してしまうことが分かったので」
「研究って…大げさだなぁ」
「全然大げさじゃないですから! 本当はパスタが食べたいのに!って思いながら、何回ねりねりしたか!!」
梓月にも相談した結果、コンソメ?ブイヨン?の味?風味?的なことは革新的に改良されたが、麺だけはどうにもならなかった。芋餅のことを梓月は「それニョッキだから」と言っていた。にょっきにょきにょっきっきって言いたくなるよね。
「というわけで、卵一つ二つ買ってきてください」
いくらかお金を持って行ってもらおうと懐を探っていると、彼はヒラリと手を振った。どうやら自分持ちで構わないらしい。
「卵屋って、どこにあったっけ」
「あっち」
「島原の通りですね。川沿いの」
指をさした弥月とそれを補足した千鶴。沖田は、通りを思い起こしてもピンとは来なかったものの、行けば分かるだろうと首を縦に振った。
「でも、君。一番組組長の僕を遣いに走らせようだなんていい度胸してるよね」
「えっ」
「はいはい。頼んだの私なんですから、千鶴ちゃんに絡まないで下さい。
場所分かります? 独りで行けますか? おつかいは初めて?」
「…ねえ。最近生意気じゃない?」
不愉快そうな声につられて上目に見るけれど、沖田さんはさほど怒った表情はしていない。
最近…
そう言われても、思い出せたのは、部屋に火鉢を用意してくれていた日に邪険にしてしまったことくらいで。あとは普通に巡察をしたり、稽古をしたり、特に彼と揉めたという記憶はない。道場で叩きあったのだって、日常茶飯事でお互い様だ。
「今日は沖田組長との上下関係があるとは微塵も思ってませんけど。
沖田大先生の奢りで、ありがたーく、ただのジャガイモから芋餅に変えさせていただきますから。下々の私共は芋でも剥いて待ってますから、買ってきていただけませんか?」
「それもそれでなんかムカつく」
「じゃあ、普通にいってらっしゃいです。働かざる者なんとやら」
弥月が小首を傾げながらヒラヒラと両手を振るのを、沖田はじっと見る。彼女と言い合ったとはいえ、黙った沖田も沖田で、内心では特に不満というほどのことでもなく、それ以上掛け合いをすることを無駄と思って肩を竦めた。勝手場から出ていく彼の背に、千鶴はためらいがちに「お願いします」と声をかける。
そうして静かになった勝手場で小さく息を吐いた弥月は、板間に腰をかけ、包丁を手に取って人参の皮を剥き始めた。
「大丈夫でしょうか?」
「沖田さんが? 何も大丈夫じゃないところが無いから大丈夫。
まあちょっと苛ついたかもだけど。寧ろ、掃除サボる口実ができたって気づいたら、すぐに帰ってくるかどうかの方が、私は心配かな」
「じゃあなんで…」
そこで質問が途切れて、心なし、千鶴ちゃんが恐々と話していることに気付いた。どうやら私も苛ついていると思われたらしい。
沖田さんの勢いに負けないために、同じ調子で返していただけで、私の機嫌が悪いということはない。多少の気力は消耗したけれども。
弥月は千鶴への害意がないことを示すために、視線を合わせて小さく微笑む。
「んー…沖田さんが大人しく掃除に参加してる方がもっと心配だから?」
彼は綺麗好きである。一番組の部屋は、掃除を誰がしているかは別にして、沖田組長の目があるからいつも綺麗に保たれている。
以前そのことを溢した時に、近藤さんから『総司は掃除をさせたら人一倍丁寧だ』と聞いた。だから、掃除が苦手なわけではないのだとも知っている。
けどねー…
『総司も頑張ってるよな』
『組長らしい顔してるのが、な』
それが今のみんなの共通認識だ。
沖田さんは根性が曲がっているが、元々人のことは良く見ている。人を見て、選んで、反応まで読んで、意地の悪いことをしてくる。
そして、近藤さんが居なくなって、箍がはずれるかと思われたそれ。形(なり)を潜めているというのなら、どこにその曲がった歪みを溜めているのか。
「矢代さーん? 沖田くみちょー?」
「ん?」
「いたいた。組長知りませんか?」
「あ、知ってます。こっちで借りてます。ごめんなさい、言い忘れてました」
一番組の人らが、沖田さんを探していたらしい。
「いえ、連れていかれるの見てた奴がいたので、そんな所だろうって話はしてて。問題ないっす。確認をと思っただけで」
「ありがとう、借りてます」
頭を下げた蟻通伍長に手を振った。
部屋の掃除に組長の采配が必要ないということは、問題なく普段通りに一番組がまわっているということだ。
そうなんだよねぇ…何も出てこないんだよねぇ…
監察方として、一隊士である沖田さんの動静も把握したいのだけれど。組下に探りを入れようとも、なんら悪評が出てこないのだ。いつも通りどころか、不平不満が少ないと感じるほど、一番組が落ち着いている。
「心配ですか?」
隣でジャガイモを剥き始めた千鶴ちゃんが、首を傾げて私を見た。
唐突に場に出された疑問文。それが話のつづきなのだと理解して返事をしようとしたけれど、答えを先に頭の中で反芻して、自分の人の悪さに苦笑する。
「沖田さんが善い人してるから、そりゃあ心配するかな」
立派な悪口だ。彼女がそれに乗ってくるとは思えなくて、どう話題を変えようかと考える。すると、千鶴ちゃんはすぐに「沖田さん」と、何かを考えながらポツリと落とした。
「…善い人ですよね? ちょっと意地悪なところはありますけど…」
最後は少し困った風に。仕方ないなあと言うように。
そんな彼女の応えに面食らって。けれど、じわりと温かな笑いがこみあげる。
それが嘘やおべっかではなく、自分を良く見せようとする訳でもなく。ただ本心でそう言ってるのだと、千鶴ちゃんの表情から感じた。
ほんとに良い子だなぁ
「本人に言ったら、照れ隠しで、意地悪の割合増えそうだけどね」
「それはちょっと…困るかもしれませんけれど…」
「アハハッ、正直!」
「でも、弥月さんも土方さんも、すごく信頼されてますよね」
またもや何気なく自然に言葉にされて、どこか不思議な感じがした。けれど、自分の心と照らし合わせて、そうなんだと自覚する。今は傍から見てもそういう関係なんだと、少しこそばゆく、嬉しくなった。
「まあね。沖田さんの裏表のなさは、心の底から尊敬してるから」
千鶴ちゃんは「そうですね」とクスクスと笑う。
「だから、たぶんですけど…大丈夫だと思いますよ。沖田さん」
大丈夫?
「何が?」
「上手く言えないですけど……こう、何か気持ちの変化があったのかなって思う時がありますけど、無理をしてる感じはしないかなって」
彼女の手が止まっていた。「うーん」と呟いて、言い換えようと悩んでいるらしい。
「沖田さんの支えと言うか、中心に近藤さんがいて……沖田さんは『それだけ』のように仰られるんですけど、そんなこと無いじゃないかなって…
意地悪はされますけれど……困ってる人の、その人の立場で考えてくれる人だから…」
「土方さんが困ってるから、沖田さんが助けてるってこと?」
思わず「ない」と言いかけたが、彼女はまだ「うーん」とまた反対に首を捻った。
「近藤さんから跡をお任せされて……沖田さんが頑張ろうって思われる一番は、近藤さんなんでしょうけれど…
それだけじゃなくて、土方さんとか皆さんからの信頼は大きいんだろうなって……皆さんの力になりたい、新選組を大事にしたいって、思ってるんじゃないかなって…」
信頼してくれる人の力になりたい
一言で言ってしまうと、沖田さんには似合わない台詞。
だけど、なんとなく分かったと思う、彼女の言いたい事が。彼女の目線が。
それが偏って見ない、沖田さんの姿
彼が意地悪だと頭の片隅で思っていても、先入観に捕らわれない。目の前に見えている、今の相手の行いを真っ直ぐに受け止める。
「…すごいね、ホントに」
「はい。近藤さんは皆さんにとって、真ん中にいる凄い方なんだなって、改めて思ったところで…」
「それもそうなんだけど。千鶴ちゃんの話」
「私、ですか?」
「うん。人生何周目って感じ。人間できてるよね」
「何周目?」
「あーー…、なんか自分の頭の固さを感じた…」
話しながらも、野菜の皮を剥きつづけていた手を止めて、宙を振り仰ぐ。手元に集中していた意識を、天井よりも高くに投げると、視界が開けたような感覚になる。
「みんなのこと『監察しなきゃ』って眼で見てるから、性格歪んでる」
生意気って、そういうことか
なんとなく分かった、最近の自分の生き苦しさの原因も。
ついこの前、左之さんらの前で泣いて、怒って、文句を言って。それでもまだ視界が狭まっていた。そんな私の姿にも、私自身以外のみんなが気づいていたんだろう。
「そんなことは…」
「んや、反省だから気にしないで」
もっと、私らしくありたい
私らしいとは何か説明はできないけれど、こんな人に成りたいとは思ってなかった。
「お忙しいですもんね」
察してくれたのか穏やかにそう言う千鶴ちゃんに、気を遣われているのだと分かった。言外に、だから仕方ないのだと、許し慰めてもらっていた。
「まあね。でもちょっと反省」
誤魔化すように、にへらっと笑ってみせる。
忙しいから、気になることがたくさんあるから、他人にまで心を配れないのは仕方ない……そんな風に言い訳するのは簡単だけれど。
明日の自分はもっと、好きな私の姿でありたいと思う。