姓は「矢代」で固定
第3話 長州訊問使
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山南side
キンと冷える夜。澄みきった空に、数え切れないほどの輝く星。
散歩に出ると言った私に、付いて来るという弥月君。灯りは要らないのかと問うたら、私を頼りにしていると戯(おど)けた。
「終わりよければ全て良し、ってことで」
童のように後ろ向きに歩きながら、弥月は楽しそうに歯を見せる。山南は頼られて悪い気はしなかったが、「危ないですよ」と声をかけ、手を引いて隣を歩かせた。
弥月君と土方君の報告を受けてから数日。
松原さんは元々感情を隠すのが上手な御人ではあったが、憑き物が落ちたように、心身ともに穏やかに過ごしている。
彼のおかげで、条件付きではあるが、羅刹隊も日中に活動していけるという前例ができた。心の静穏さが羅刹化に影響するという仮説も証明された。
「そういえば。松原さんから、なんで自分だけ日光が平気なのかって、なぜか私が訊かれたんですけど。秘密なんですか?」
「特にそういう訳ではありませんが、まだ松原さんお一人の結果でしたから…」
「分かってはいるんですよね?」
「ええ。松原さんが飲んだ変若水は、薬の土台部分が羅刹化した私の血液なので、私が飲んだものとは全く異なります」
「なるほど」
変若水は羅刹の血液から生成する。そして稀に、次の適合性が高い血液をもつ者がいる。
「たまたま山南さんが、次の羅刹を生むのに適してたってことですか?」
「恐らくは…他にもその誘因がある気はしているのですが、まだ確証はありません」
それが貴女と、雪村君の血液だとは……雪村君の血を強請るみたいで申し上げにくいですね
弥月君からの血液は定期的に提供されているけれど、少し前に雪村君からも少量もらい受けた。そして先日、それを使い切った。
女性だからという訳ではないはずなのですが…
専ら今の研究の重きは、弥月らの血にある。
弥月の血液は変若水に劇的な変化をもたらす溶質である。しかし、その効果は極端で、必ずしも狂人化を抑えるものではなく、なぜか同じ条件で使用しても、良くも悪くも変化する。不安定で他にない特殊な溶質だった。
そして、千鶴の血液も狂人化を抑えるものであるようだった。それが功を奏した試薬…松原に使った新しい変若水は、未だ再現性をもっていない。
千鶴の採血をまた頼んでも良いものかに、山南は悩んでいたところだ。
血は欲しくても、あなた達に怪我をして欲しくはないですから
未だに責務のように差し出される、自らつけた腕の傷。血液を提供してくれる誰一人、文句も不満も苦痛さえも訴えないが、私も痛みを知らないわけではない。
羅刹となる前、貴女にそれを迫った自分は、精神的にまいってたのだと今なら分かる。とても申し訳ないことをした。
「手当たり次第色々試して、この短期間でちゃんと成果が出てるって、科学的にはすごい事ですよね」
「私としては、お陰様でとしか言えませんね」
「どういたしまして〜」
それでも、この人は私たちが羅刹となっても何一つ変わらない。それが嬉しくもあり、苦しくもある。
勘違してしまいそうになる
私も君を求めても良いのかもしれないと
命の果てで見つけた珠玉。朦朧とした意識の中で、自分のものにする悦楽を追い求めた。
けれど、人の姿に返った私を、懐疑的な声と危険なものを見る目で測った彼女。問いかけるまでもなくその深意に気付いて、ヒヤリとして我に返った。
弥月君にとって私は特別な人ではないこと。そして、私はこの一方的な情動に、抑えの効かなくなる化け物であるのだと。
それはいつしか取り返しのつかない程に、君を傷つける
彼女の血が流れると満ち溢れる、花の香り。それを嗅ぐたびに、この渇きが食欲か性欲か、独占欲か……境目が曖昧なのだと知る。
松原さんのように潔く諦められたらと何度思ったか。今この瞬間ですら、仄かに燻りつづける心の火種。
貴女の全てが欲しいと
「ーーて沖田さんが言ってたんですけど、山南さんはどう思います?」
「…申し訳ありません、質問は何でしたか?」
「え? だから、土方さんの許可が下りそうだから」
隣の人が話を聞いていなかったことに驚いた弥月は、表情で困惑を訴えながら、もう一度簡潔に説明する。
「またどっかで飲み会しませんか?って」
「…はい?」
一時的に聞いていなかった自覚はあるが、そのような話だっただろうか。直前まで、網道さんは薩摩にいそうだから捜査中云々という話をしていた気がする。話が展開したのか、突飛したのか……どちらもありえる。
「外に出して可なら、お座敷でみんなで飲み会はありですよねって」
その言い方だと「いつもの人達で」ということなのだろう。そんなに大勢ならば、手酌でという訳にもいかない。
「井上さんや永倉君らも共に、ということでしょうか?」
「そうそう」
「羅刹化がいくら落ち着いてたとして、芸子さんはお知り合いも多いですから、あまり関わり合いになるべきではないと思いますよ」
「んー…島原は隊士の出入りが多いから……上七軒なら伝手で口堅い人お願いできそうなんですけど。そっちならどうですか?」
「…まあそれでしたら…」
「良かった! いつも宅飲みで可哀想って、平助が酒井さんと出かけたがってたんですよ。流石に今は外寒いし」
私は特別ではない
誰にでも優しい
そんな彼女だから、こんな私にも優しい
「疲れませんか?」
「?」
蟠(わだかま)りの端をしまい損ねて、思いがけず口から出てしまう。
脈絡のない質問に、当然、彼女は首を傾げてみせた。
「いえ…失言でした。忘れてください」
「疲れを労(ねぎら)ったことが失言ってことですか?」
「…多方面に気を遣っていて、疲れないものかと気になりました」
「誰が?」
「貴女が」
弥月は立ち止まり、先程よりもより訳が分からないという顔で首を傾ける。
「私的には、自分は気を遣わない方だと思ってます。千鶴ちゃんみたいな細やかな気遣いとか、丁寧な声かけとかできませんし。
今回は真っ直ぐな新八さんに完敗」
「ええ、それは。我々は少し考えすぎたようですね」
「そうなんですよ。多方面納得させるためってのはありましたけど、ニ回半くらい捻ったから失敗したんだなーって」
話に聞く、あにはからんや永倉君の登場。
どうやら松原君から外出の話を直接聞いていたことと、原田君らの動きを気にしていたらしい。かつての謀殺を重ね、同じ轍は踏むまいとしたのだろう。
その時、弥月君は何かを呟いて、その場でクルンと半回転しながら跳ね上がった。「3回転て人間じゃなくない?」と言い、もう一回勢いをつけて跳んで、よく回っていた。何をしているのか全く意味が分からない。
……
どこが良いんでしょうか、ね…
我が事ながらたまに分からない。比類のない変な人だ。
「行きますよ」
「はーい!…っ!」
「ーーッと!」
急に前のめりに倒れてくる人を、咄嗟に手を伸ばして支える。
「子どもじゃないんですから…」
「ありがとうございます」
クルクルと回っていたせいで、足元のわずかな高低差程度の段差に引っかかたらしい。
山南が呆れ溜め息混じりに見下ろすと、弥月は上目でにへへっと笑った。
近い
刹那、息が止まった。
私が掴んだ肩と、弥月君に掴まれた腕。
見上げる貴女は私の顔など、暗くてそれほど見えていないのでしょうけれど、私の目にはわずかな頬の赤みも鮮明に映っている。
「山南さん?」
手の中に触れる、外に傾くなだらかな鎖骨。厚みのない少年のような全体像……その実、硬く肉厚な身体つき。
細い首
「何か見えてます?」
「…ええ、そうですね」
手を離す。
獣(けだもの)のようだと、自分が嫌になる。
けれど、それに気づかない、まるで警戒心のない弥月君。それにホッとした自分は、まだ自身の可能性に期待をしているのだと気付く。
これは”未だ”ですね
質素な小袖には幾分馴染まない、キラリと光る黄金色の簪。欲しい女性につけた唾というには、他の男が察せられないほどに控えめで。けれど、この人の場合に限れば、露骨なほどの自己顕示。
弥月君の髪色では隠れてしまっていても、黒く染めたときには主張を増した。この人の隣にあるのは自分だと、吼えている獣の声が聞こえるようだった。
想起させられたのは、風になびく黒い鉢金の尾。
「何が見えてたんですか?」
「鴨葱です」
「カモネギ?」
弥月は自分を指さす。
「おいしそうって事ですか?」
「そういうことです」
「血、要ります?」
「…」
本当に鴨葱なんですから
いつも指で拭った貴女の血を舐めとっている時、目を逸らされているだけでどれだけ助かっているか、想像もしないのだろう。浅い渇きが潤ってこそ、もっと奥深くまでと昂るものがあるのだと、誰に言えようか。
今の「鴨葱」で全く伝わらなかったのだから、誰かにその忠告をお願いするしかない。さすがに自分で言うのは、合わせる顔が無い。
「お気遣いありがとうございます。薬も持っているので大丈夫ですよ」
「りょです」
再び歩き出してゆらゆらと揺れる金髪。これがたとえ手に入らなくとも、見失いたくない。
兄君が現れて、また揺らぐかと思った彼女の意志は、存外形を変えることはなくて。今も猶、同じ在り様でここに居続けている。
その理由は待ち人にあるのでしょうか…
訊問使として出かけて行った近藤局長ら。
私達がなにより恐れているのは、彼らが帰還できないこと。近藤さんは万が一を考えて、各人に言い含めて出かけていったが、帰って来なかった時のことなど、残された私達は考えられもしない。
せめて生きて帰ってきてください
たとえ手に入らなくても、弥月君の心が壊れるよりは、よっぽどましだと思った。