姓は「矢代」で固定
第3話 長州訊問使
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
件の女は針仕事を個人で請け負っており、元夫との繋がりのある京屋敷や寺で仕事をもらい、生計を立てている。
「おおきに、おやかまっさんどした」
藩邸から出てきた女は、嵩(かさ)高い風呂敷を抱えていた。冬も真っ只中のこの時期の注文なら、もう綿入れではなく仕立てか繕い物だろう。
弥月は家路を歩く女の後ろをついて歩く。
歯が黒かった…
以前に調査していたとき、彼女は白い歯をしていた。それが今は黒い。
既婚女性は歯を黒くしているが、未亡人になった女性は、白い歯に戻すこともあるという。その心は『再婚する気があるかどうか』らしい。
再婚済みじゃなくて、気持ちの変化かな…
さすがにあの騒動から二ヶ月の間に、他の男性と再婚しているのなら、驚愕や畏怖を通り越してもはや尊敬する。
以前と変わらず、女は注文を品を預かっているときは寄り道をせずにまっすぐに家に帰っていく。そして、女が人通りからはずれて長屋に入る前に、弥月は歩を早めて後ろから声をかけた。
「こんにちは」
「? こんに…」
振り返って私を見て、女は硬直した。みるみる顔色を失って、飛び込むように木戸をくぐる。
「待って!」
女は自宅に走り入り、私は目の前でピシャリと戸を閉められた。
「驚かせてごめんなさい。話をさせてください」
戸板一枚向こうで、決して開けられるまいと女が気を張っている気配がする。できるだけ抑えて声をかけるが、一切の返事はなかった。
「…騒ぎにしたくありませんから、また伺います」
今日は引こう
声は届いているだろうけれど、それ以外の何も届けられない気がした。
損な役回りだ。二度と関わるつもりがなかったから、あの時暴力をチラつかせて事を収めたというのに。
元々そういう組織だと分かってはいても、嫌われているのを目の当たりにして好い気はしない。やはり悪いことはするもんじゃない。
弥月はため息を吐いて、監察方の借家に向かった。いちいち髪を染めるのが面倒なため、上手くいくまで数日はここに寝泊りする予定である。
コン コンコンコン コンコン
取り決め通りに、壁を叩いて来訪を知らせる。中からつっかえ棒が外れる音がした。誰かいるらしい。
「ただいまで…来てたんですか」
「お帰りなさい」
「お…邪魔して、ます…」
火鉢を焚いて、外よりはほんのりと温かい室内にいたのは、山南さんと松原さん。結果が気になって来たのだろうけれど、今日はまともに上げられる報告もない。
「折角来てもらいましたけど、予想どおり時間は必要そうな感じです。怖がられて逃げられました」
「おや。君なら引き止められたのでは?」
「実力行使も脅迫も十八番ですけどね。しばらく方法は任せていただけると助かります」
「…そうですね、まあ良いでしょう。松原君もそれで構いませんか?」
「私はお願いをする立場ですから…」
申し訳なさそうに、松原さんはペコリと頭を下げる。
「りょです。てか、二人とも日中移動して来たんですか?」
「ええ、今しがたですが。久しぶりに喧騒というものを感じましたよ」
彼らは顔を見合わせて、フフッと笑う。身体は気怠かったのだろうけれど、良い気分転換だったようだ。
「それは良かったです。ご飯はどうしますか?」
「弥月君は外で済ませて来たのでしょう。我々はこれからが活動時間となりますから、お休みの邪魔にならないようお暇しますよ。酒井君が心配して待っていますしね」
「…隊士の出入りのない、口の堅い料理屋さん探しときますね。今度は三人で出かけてください」
「ありがとうございます。四人で行きましょう」
山南の返事に弥月はクスッと笑いながら「はい」と返事をする。そうなってくると、どこかの店を貸切ってみんなで宴会でも良いかもしれない。
それが当たり前になればいい
「あの…」
「はい」
「…無礼を承知で、でも、このままお尋ねせずには帰れなくて…」
松原さんはひどく言いにくそうにした。
私と山南さんは気楽に共に外出する話をしているけれど、今進めているのは、土方さんを巻き込んでなんとか妥協点とした作戦で。真面目な彼は色々気を揉んでいるのかと、「どうぞ」と先を促す。
「矢代君は女性だったのですか」
丸髷を結った弥月は目をぱちくりさせる。
え
尋ねると言ったものの、松原さんは確信をしていた。
そう
そう! それ!!!
弥月は待ってましたとばかりに、パアアァァと顔を輝かせて胸を膨らませる。
「それです!!」
「は?」
「その反応が欲しくて早二年!!ありがとうございます! 貴方をお待ちしてました!!!」
「…弥月君。誤魔化しても良かったのですよ」
「山南さんも問題ないと思ったから連れてきたんでしょう?! 私がこの格好でここに帰ってくるの分かってて!」
胸の前で手を組んで、松原さんに神への祈りを捧げる。彼には”仏僧風”が正解かもしれないけれど。
松原さんは「なるほど…それで」と、驚きながらも何かに納得したらしい。独りで何度も頷いていた。
「そういえば、土方副長はこの案に渋い顔をされていましたね」
「それはこの前、女装禁止したばかりだから、バツが悪かったんだと思います」
「禁止されていたのですか?」
山南は訝しむように問う。
「デキが良すぎて気持ち悪いし、禄なことにならないから止めろって。絶対に屯所内をうろつくなって指示です。
人伝にそれ聞いて、土方さんに次の朝陽を拝ませるかどうか悩みました」
「それはバレていませんか?」
「残念ながら、疑いもないです。鬼副長含め、鬼界隈では千鶴ちゃんは私の許嫁」
変装としての違和感のなさを褒めつつも、頑として疑わないその姿勢。もはや態(わざ)とかと思うほどだ。
「許嫁とは…」
「風間が婚活中で千鶴ちゃんを狙ってたみたいなんですけど。勘違いされてて。それはそれで丁度いいや的な。みんなすぐ喧嘩したがるから」
「…酒井君には黙っておいて頂けますか?」
「風間のこと? そっか鬼のこと言ってませんでしたね」
「それもそうなんですが、どちらかと言えば、許嫁の件です」
「……」
その意味を考える。すぐに理解した。
「え」
「内緒ですよ」
「え」
「矢代さん」
俄(にわ)かに顔がニヤニヤするのを二人に咎められて、手で口元を隠す。それでも声が弾みそうになるのを、自分を制して抑えこむ。
「だってだって……やばーい!あの酒井さんがって、胸熱ッ」
「そっとしてあげて下さい」
「分かってます、分かってますって! 倍率超高くて気の毒だし、繊細な酒井さん揶揄うとかできないですけど、それはそれでキュン死する。ご飯三杯は行けるネタ」
「貴女…そういう所は女性なんですね」
山南さんに呆れたように言われる。この話題に姦しいのは、男の友情的なものがないと言いたいのだろう。
「ちゃんと黙ってますよ、大丈夫。独りで噛み締めて楽しみます。そっちのお風呂もっと使いますね、千鶴ちゃん同伴します」
「…山南さん。私、急に不安になって参りました」
「ええ。完全に同意ですが、弥月君は仕事はできますので…」
山南が自分を納得させるように頷き、弥月は松原が今まで見た中で一番楽しそうな顔をしていた。
松原は眉をハの字にし、ここにいない同僚を想って、彼の心の安寧を仏に祈った。
***
件の女は針仕事を個人で請け負っており、元夫との繋がりのある京屋敷や寺で仕事をもらい、生計を立てている。
「おおきに、おやかまっさんどした」
藩邸から出てきた女は、嵩(かさ)高い風呂敷を抱えていた。冬も真っ只中のこの時期の注文なら、もう綿入れではなく仕立てか繕い物だろう。
弥月は家路を歩く女の後ろをついて歩く。
歯が黒かった…
以前に調査していたとき、彼女は白い歯をしていた。それが今は黒い。
既婚女性は歯を黒くしているが、未亡人になった女性は、白い歯に戻すこともあるという。その心は『再婚する気があるかどうか』らしい。
再婚済みじゃなくて、気持ちの変化かな…
さすがにあの騒動から二ヶ月の間に、他の男性と再婚しているのなら、驚愕や畏怖を通り越してもはや尊敬する。
以前と変わらず、女は注文を品を預かっているときは寄り道をせずにまっすぐに家に帰っていく。そして、女が人通りからはずれて長屋に入る前に、弥月は歩を早めて後ろから声をかけた。
「こんにちは」
「? こんに…」
振り返って私を見て、女は硬直した。みるみる顔色を失って、飛び込むように木戸をくぐる。
「待って!」
女は自宅に走り入り、私は目の前でピシャリと戸を閉められた。
「驚かせてごめんなさい。話をさせてください」
戸板一枚向こうで、決して開けられるまいと女が気を張っている気配がする。できるだけ抑えて声をかけるが、一切の返事はなかった。
「…騒ぎにしたくありませんから、また伺います」
今日は引こう
声は届いているだろうけれど、それ以外の何も届けられない気がした。
損な役回りだ。二度と関わるつもりがなかったから、あの時暴力をチラつかせて事を収めたというのに。
元々そういう組織だと分かってはいても、嫌われているのを目の当たりにして好い気はしない。やはり悪いことはするもんじゃない。
弥月はため息を吐いて、監察方の借家に向かった。いちいち髪を染めるのが面倒なため、上手くいくまで数日はここに寝泊りする予定である。
コン コンコンコン コンコン
取り決め通りに、壁を叩いて来訪を知らせる。中からつっかえ棒が外れる音がした。誰かいるらしい。
「ただいまで…来てたんですか」
「お帰りなさい」
「お…邪魔して、ます…」
火鉢を焚いて、外よりはほんのりと温かい室内にいたのは、山南さんと松原さん。結果が気になって来たのだろうけれど、今日はまともに上げられる報告もない。
「折角来てもらいましたけど、予想どおり時間は必要そうな感じです。怖がられて逃げられました」
「おや。君なら引き止められたのでは?」
「実力行使も脅迫も十八番ですけどね。しばらく方法は任せていただけると助かります」
「…そうですね、まあ良いでしょう。松原君もそれで構いませんか?」
「私はお願いをする立場ですから…」
申し訳なさそうに、松原さんはペコリと頭を下げる。
「りょです。てか、二人とも日中移動して来たんですか?」
「ええ、今しがたですが。久しぶりに喧騒というものを感じましたよ」
彼らは顔を見合わせて、フフッと笑う。身体は気怠かったのだろうけれど、良い気分転換だったようだ。
「それは良かったです。ご飯はどうしますか?」
「弥月君は外で済ませて来たのでしょう。我々はこれからが活動時間となりますから、お休みの邪魔にならないようお暇しますよ。酒井君が心配して待っていますしね」
「…隊士の出入りのない、口の堅い料理屋さん探しときますね。今度は三人で出かけてください」
「ありがとうございます。四人で行きましょう」
山南の返事に弥月はクスッと笑いながら「はい」と返事をする。そうなってくると、どこかの店を貸切ってみんなで宴会でも良いかもしれない。
それが当たり前になればいい
「あの…」
「はい」
「…無礼を承知で、でも、このままお尋ねせずには帰れなくて…」
松原さんはひどく言いにくそうにした。
私と山南さんは気楽に共に外出する話をしているけれど、今進めているのは、土方さんを巻き込んでなんとか妥協点とした作戦で。真面目な彼は色々気を揉んでいるのかと、「どうぞ」と先を促す。
「矢代君は女性だったのですか」
丸髷を結った弥月は目をぱちくりさせる。
え
尋ねると言ったものの、松原さんは確信をしていた。
そう
そう! それ!!!
弥月は待ってましたとばかりに、パアアァァと顔を輝かせて胸を膨らませる。
「それです!!」
「は?」
「その反応が欲しくて早二年!!ありがとうございます! 貴方をお待ちしてました!!!」
「…弥月君。誤魔化しても良かったのですよ」
「山南さんも問題ないと思ったから連れてきたんでしょう?! 私がこの格好でここに帰ってくるの分かってて!」
胸の前で手を組んで、松原さんに神への祈りを捧げる。彼には”仏僧風”が正解かもしれないけれど。
松原さんは「なるほど…それで」と、驚きながらも何かに納得したらしい。独りで何度も頷いていた。
「そういえば、土方副長はこの案に渋い顔をされていましたね」
「それはこの前、女装禁止したばかりだから、バツが悪かったんだと思います」
「禁止されていたのですか?」
山南は訝しむように問う。
「デキが良すぎて気持ち悪いし、禄なことにならないから止めろって。絶対に屯所内をうろつくなって指示です。
人伝にそれ聞いて、土方さんに次の朝陽を拝ませるかどうか悩みました」
「それはバレていませんか?」
「残念ながら、疑いもないです。鬼副長含め、鬼界隈では千鶴ちゃんは私の許嫁」
変装としての違和感のなさを褒めつつも、頑として疑わないその姿勢。もはや態(わざ)とかと思うほどだ。
「許嫁とは…」
「風間が婚活中で千鶴ちゃんを狙ってたみたいなんですけど。勘違いされてて。それはそれで丁度いいや的な。みんなすぐ喧嘩したがるから」
「…酒井君には黙っておいて頂けますか?」
「風間のこと? そっか鬼のこと言ってませんでしたね」
「それもそうなんですが、どちらかと言えば、許嫁の件です」
「……」
その意味を考える。すぐに理解した。
「え」
「内緒ですよ」
「え」
「矢代さん」
俄(にわ)かに顔がニヤニヤするのを二人に咎められて、手で口元を隠す。それでも声が弾みそうになるのを、自分を制して抑えこむ。
「だってだって……やばーい!あの酒井さんがって、胸熱ッ」
「そっとしてあげて下さい」
「分かってます、分かってますって! 倍率超高くて気の毒だし、繊細な酒井さん揶揄うとかできないですけど、それはそれでキュン死する。ご飯三杯は行けるネタ」
「貴女…そういう所は女性なんですね」
山南さんに呆れたように言われる。この話題に姦しいのは、男の友情的なものがないと言いたいのだろう。
「ちゃんと黙ってますよ、大丈夫。独りで噛み締めて楽しみます。そっちのお風呂もっと使いますね、千鶴ちゃん同伴します」
「…山南さん。私、急に不安になって参りました」
「ええ。完全に同意ですが、弥月君は仕事はできますので…」
山南が自分を納得させるように頷き、弥月は松原が今まで見た中で一番楽しそうな顔をしていた。
松原は眉をハの字にし、ここにいない同僚を想って、彼の心の安寧を仏に祈った。
***