姓は「矢代」で固定
第3話 長州訊問使
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長州訊問使は今日ほどに大坂を立つはずだ。先行している烝さんらはそろそろ赤穂に着いただろうか。
自分の吐く息が白い。
薄暗い空を見上げて思う。今にも雨が降りそうな厚い雲……向こうの天気も同じだろうか。この寒空に、雨に濡れないでいて欲しい。
「矢代、行くぞ」
「はい」
先に屋敷から出て立ち止まっていたのを、土方さんに声をかけられて、その後につづく。
監察方のほとんどが長州へ向かい、動ける人数が少ないため、大坂での諸士調任務はなくなっている。だから『待機』の私は割と暇を持て余していて、体よく、土方さんの小間使いにされる日々だ。
屯所内はあれから常に緊張感が漂う。通達があってすぐは、まるで新選組が幕臣として認められたかのような悦びを感じていた者もいた。けれど、征長への出兵の要請ではなく、局長と参謀が先遣隊として向かったことの意味を、全員が徐々に理解した。
危険な場所に行きたいと思う日が来るなんて
烝さんと共にいる諸士調役兼監察方・服部さんは、元赤穂藩士で、隊内でも撃剣師範の号をもつ腕の確かな人だ。きっと兵庫以西にも伝手があるし、伊東派だから今回は参謀のために懸命に働くだろう。少なくとも、足手纏いになるような人ではない。
そのとき、目の前にひらりと舞い降りた形の曖昧なもの。上を見上げると、それはふわふわと空から降り続く。
「雪…」
「どうりで寒いわけだ」
今年の初雪だ。
「やっぱり綿入れ持たせればよかった」
邪魔になるからって、私の小言を聞き入れずに、それをも置いて行った烝さん。確かにそうだと諦めたけれど、やはり外で過ごす彼には必要だったと、今更思い直す。
「…お前」
「はい」
「…いや、何でもない」
何かを言いかけて止めた土方さんは、また空を見上げた。
「…総司が何も言ってこなかったんだが、何か知ってるか?」
「知らないです」
「お前ら一緒に出て行ってたろ。明らかに不満って顔してたあいつが、静かすぎて不気味なんだよ」
「…知らないです」
土方は歩きながら横目に弥月を見て、小さく頷きながら「分かった」と。
「近藤さんが江戸に手紙を送ったことは知ってるか?」
「飛脚に出しに行ったの私です」
「中身は?」
「知らないです」
「総司はその事を?」
「知らないですよ」
最後だけは本当のことだった。けれど、不貞腐れているとでも思われたのか、土方さんは溜息交じりに、また空を見上げ「…――ったよ」と言う。
待つことしかできないのが、こんなに歯痒いのだと、みんな言わず語らずとも同じなのだと分かっていた。
「…」
「…」
「…何か喋れ」
「…」
「お前が静かだと不気味だ」
一緒に感傷に浸っているつもりだったのに、酷い言い草だ。
「不気味な人がいっぱいですね」
「怒るなら怒れ。面倒臭ぇから」
「それはちょっと違うかも。怒ってませんから……沖田さんも」
横を向いて顔を合わせる。
「望まれましたから、待つことを」
大切な人に 生きることを
「…お前ら苦手だろ」
「ホントにね。この機に短気は直しますよ」
待つより共に動く方が良いのは、きっと土方さんも同じで。
それでも、ただ隣にあるのではなく、それぞれに託されたものがあるのだと、続く毎日を歩いていた。
慶応元年十一月七日
「ただいま―ぁ!」
「お帰りなさい」
屯所の門をくぐって清々したとばかりに声を出すと、境内を掃き掃除していた千鶴ちゃんが、振り返って返事をくれる。そして、トトトッと寄ってきて、「弥月さん」と。
「お願いがあって…明日、お時間ありませんか? お買い物に行きたいのですけど…」
「いいよー。今から行けるよ?」
「お疲れでは…」
「大丈夫。ちょっとそこまで散歩してきただけだから」
千鶴が土方を見ると、彼は頷く。
二人は世話になった肥後藩の留守居役が退任すると聞いて、朝から挨拶に伺っただけだった。
「ありがとうございます! 準備してきます!」
花が咲いたように笑顔になる千鶴ちゃん。
ものすごく不思議というか、ある意味では流石というか
私が未来から来た人…鬼の同族だと明かしてから日は経つが、彼女は特に何も変わりがないし、私の過去についても言及してこない。
本気にされなかった?
あるあるだから、今更落ち込むことも無いけれど、彼女の内心がちょっとよく分からない。
唯一、最近、彼女の内心が垣間見えて楽しくなってきたのは、彼女の視線の動きだ。今も、私に用があって声をかけたが、寄ってくるまでの合間には、私の隣の人を見ている時間の方が長かった。
買い物、一緒に行けるといいねぇ
縁結びの神に転職するのはヤブサカではないが、私も千鶴ちゃんとお買い物に行きたい。彼女から訊いてくれるなら、性別を教える覚悟はいつでもできている。つまり、全く疑われてないってことなんだが。
「お待たせしました!」
これは勘違いします。デートで間違いありません
羨ましいはずの土方さんを置いて、小走りで戻ってきた彼女と、先程と反対向きに屯所の門をくぐる。
「どこ行くの?」
「薬種問屋さんでお砂糖と、あと生薬をいくつか…」
「たまに押売りに来てるあの人らじゃ駄目なの?」
「置き薬は便利なんですけど、個人で売ってるところは贋薬もあるらしくて。
皆さんが個人で持つ分には構わないんですけど、治療室には数が必要ですし…問屋さんから買った方が無難だそうです」
「なるほど。石田散薬のことか」
いつの間にか、烝さんから薬の仕入れまで任されていたらしい。千鶴ちゃんは今や私よりも屯所内の雑事に詳しそうだ。
行きつけの問屋で、必要数を購入して帰路に着く。
商人曰く、征長準備のために薬の需要が爆上がりしているらしい。今までの値段の何倍もしていて、予算に納まりようのない金額だった。
更には、どうやら烝さんはいつも値切り交渉していたようで。慣れない二人で、親父に足元を見られている感じが半端なかった。
「さて。どっか寄り道したい所ない?」
「えっと…特に?」
あまり屯所から出ることもないのに、無欲な子だ。
「じゃあ饅頭でも買って帰ろっか。お茶請けに」
「あ」
「ん?」
「柿が生ってるところご存知ないですか?」
「柿?」
少し前はよく見たけれど、もうそろそろ終わりではないだろうか。
「干した白首大根がそろそろ沢庵作るのにちょうど良いかなって、井上さんと話してて」
「あーね」
察してクスリと笑う。あの人は安直に買ってきた甘味よりも、お手製沢庵の方が和むに違いない。
「とりあえず、ちょっと前に壬生寺に生ってたから見に行ってみよっか」
「はい!」
「可愛い」
「…はい?」
言わずには居れなかった。恋する乙女が健気で可愛い。
ごめんね、平助
どう考えてもというか、どう見てもというか、彼も恋する少年…青年なのだが。傍から見ていると、不器用な大人の方が尊い度が高すぎる。
そう思って独りで含み笑いをしていた弥月へ、千鶴は控えめに「あの…?」と問いかける。
「なんでもない。可愛いといえば、ついでに島田さんの奥さんのとこ行ってみる?」
「あ!行きたいです!もうすぐですよね?」
「のはず。よっぽどせっかちじゃなければ」
予定日は今月末から来月初旬のはずだ。
島田さんの妻は元々壬生に住んでいた女性で、彼は実家を頼れるようにと、近くに家を借りて、屯所と家を頻繁に行き来している。
暮らしがある
生まれる命がある
当たり前の事のはずなのに、たまに思い出して、忘れていたのだと知る。
冬なりに陽が高くなり、気が付くと雪は止んでいた。冬至までもうすぐで、これから増々寒くなる。
私と千鶴ちゃんは、三回目の京の冬を迎えた。