姓は「矢代」で固定
第2話 淡く深く
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***
通い慣れた道。雲の切れ間の淡い月光を頼りに、弥月は夜を走る。
西本願寺の屯所から四半刻足らずでたどり着いた二条城。壬生寺の本堂ならすっぽり入るだろう幅の堀が、敷地を囲んでいる。
堀の向こうの塀の上に見える人影。大きく手を振ると、向こうの影もユラユラと揺れた。
水の中に沈めてある縄を手繰り寄せ、力一杯引くと宙へ浮く。堀の外よりも内の方に高さがあるため、縄は傾斜をつけて空を繋いだ。準備が整った合図を送ると、縄を伝って物が向こうから下りてくる。
弥月は届いた紙をその場で広げた。
…読めない
最大限に顔を近づけたが、雲が丁度月にかかって暗い。たぶん私にも読めるようには書いてくれているはずだけれど読めない。
弥月は諦めて懐にそれを入れて、縄を元通り片付けて屯所へと足を向けた。
「将軍、やっぱそろそろ出発しそうですって」
弥月は書付けを開いて、土方へ「はい」と渡す。
昨日まで私が送っていた報告とそう大差ないけれど、定時連絡を受けた身としては、同じでも言わなければならない。
「随分と時間かかったな」
「薩摩がゴリゴリに反対してましたから」
月初のこと、家茂将軍が帰東しようとしていたのを、慶喜さんと容保様はなんとか押し留めることに成功した。そして、慶喜さんは薩摩の大久保さんと揉めつつも、艦隊の件を将軍の顔を立てた状態で片付けた。
それなのに、大久保さんは懲りもせず『征長の勅命に従わなかったら、その藩は朝敵。つまり薩摩も朝敵ということか』と、幕府と朝廷に脅しをかけていたのだ。
「あと、もしかしたら体調悪いかも?虚弱?」
数日潜伏をしていて気になっていたことを口にすると、土方さんが険しい顔をする。返事が無いのは、根拠を求められているのろう。
「雰囲気的に。家茂さん、若いのに休憩多いなって。あとは…元気なら、部屋に引き籠りすぎかな。全然姿見れない」
「…」
「気になるなら、松本先生つついてみます?」
「…いや、流石に溢さねぇだろうよ」
土方さんも気にはなるらしいが、それには同感だった。松本御典医様が守秘義務を守れないとは思えない。
言うことは言ったので退室しようとして、文机の上に目を留める。
もう夜も更けているのに、どこまで仕事をするつもりか。後ろの山が終わった分で、左の薄い方がこれからの分であることを、他人事ながら願う。
「千鶴ちゃんは元気?」
「夕飯は食ってたな」
まるでさほど興味が無いかのように応えたが、私は知っている。
彼女が倒れそうになったときの土方さんの焦り様を。抱え上げた速さを。昼餉のご飯を、自らお粥に炊き直したことを知っている。
「土方さんって、幾つでしたっけ?」
脈絡のない質問に、土方は目を細めて弥月を見る。
「年齢」
「…三十だ」
「全然ギリじゃないですね」
少し考えて意味が分かったらしい。表情は微塵も変えず、今度は文机に向かって「用が無いなら出ていけ」と言われた。
ここは否定すべきとこですよ
くだらない戯言に付き合う気はないと言いたいのだろうけれど、意味が分かったのなら、それなりに応じるべきだった。否定せぬは肯定なり。
「風間千景、梓月の所でちょっと話したら、根っからの悪い人じゃなさそうだったんですけど、やっぱりおススメはしないので。
私が防波堤なので、私のこと大事にしてくださいね」
「…なんの話だ」
「私が、千鶴ちゃんのお婿さんです」
あ
土方さんの筆がグシャッとなったのを見た。どこまで書けていたのか知らないが、あの書き損じの仕方は、最初から書き直しだろう。
「私が死ぬまでは、風間は待ってくれるらしいので」
「…」
「大丈夫。私、千鶴ちゃん大好きですけど、恋愛感情とかないので」
「…」
それで無視できるているつもりなのか……注意が完全にこちらに向いている。書き損じたのを直そうと、新しい紙を掴む手が空振りしたり、動きに無駄が多すぎて不審なのだが。
土方さんの気持ちがどこまで温まっているか知らないけれど、千鶴ちゃんへの照れ隠しか、さっきみたいに急に不愛想な言い方になるのは頂けない。好意があるなら言動一致して、ずっと優しくしてあげてほしい。
「でも、千鶴ちゃんも私のこときっと好きですから、うっかりうっかり」
「…」
「どこで友情が愛情になるかなんて、ねぇ?」
「…」
「千鶴ちゃん、平隊士からは高嶺の花扱いされてますけど。私が一番仲良しと思われてるでしょうから、誰も文句は言わないですよねー」
「お前…」
やっと好き放題喋るのを止める気になったらしい。平静を装って絞り出したその声に、こっちは笑わないように必死だ。
「山崎とできてんだろ…」
…そこ?
そこはこちらも突かれたくない所ではあったが、まだ優勢だ。
弥月はク゚ッと喉を閉めかけたところを、ニコリと笑って「やだなぁ!」と吐きだす。
「どっちも行ける場合があるじゃないですか!」
「…うるせぇ。もう出てけ」
「はーい」
咄嗟に気持ちのよい返事をして、サッと退室する。まだ手数は残っていたが、これ以上やったら怒られることを察した。
ここ半年、出兵だ、将軍交代だ、誰それが他所の藩とやらかした等と、情報が集まってきて休む間もなく忙しないのが、土方副長の日常ではあるけれど。
色々あるもんね、ホントは
千鶴ちゃんと居るときだけ、目尻が下がって、肩の力が抜けていることに、彼自身は気づいてるだろうか。
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通い慣れた道。雲の切れ間の淡い月光を頼りに、弥月は夜を走る。
西本願寺の屯所から四半刻足らずでたどり着いた二条城。壬生寺の本堂ならすっぽり入るだろう幅の堀が、敷地を囲んでいる。
堀の向こうの塀の上に見える人影。大きく手を振ると、向こうの影もユラユラと揺れた。
水の中に沈めてある縄を手繰り寄せ、力一杯引くと宙へ浮く。堀の外よりも内の方に高さがあるため、縄は傾斜をつけて空を繋いだ。準備が整った合図を送ると、縄を伝って物が向こうから下りてくる。
弥月は届いた紙をその場で広げた。
…読めない
最大限に顔を近づけたが、雲が丁度月にかかって暗い。たぶん私にも読めるようには書いてくれているはずだけれど読めない。
弥月は諦めて懐にそれを入れて、縄を元通り片付けて屯所へと足を向けた。
「将軍、やっぱそろそろ出発しそうですって」
弥月は書付けを開いて、土方へ「はい」と渡す。
昨日まで私が送っていた報告とそう大差ないけれど、定時連絡を受けた身としては、同じでも言わなければならない。
「随分と時間かかったな」
「薩摩がゴリゴリに反対してましたから」
月初のこと、家茂将軍が帰東しようとしていたのを、慶喜さんと容保様はなんとか押し留めることに成功した。そして、慶喜さんは薩摩の大久保さんと揉めつつも、艦隊の件を将軍の顔を立てた状態で片付けた。
それなのに、大久保さんは懲りもせず『征長の勅命に従わなかったら、その藩は朝敵。つまり薩摩も朝敵ということか』と、幕府と朝廷に脅しをかけていたのだ。
「あと、もしかしたら体調悪いかも?虚弱?」
数日潜伏をしていて気になっていたことを口にすると、土方さんが険しい顔をする。返事が無いのは、根拠を求められているのろう。
「雰囲気的に。家茂さん、若いのに休憩多いなって。あとは…元気なら、部屋に引き籠りすぎかな。全然姿見れない」
「…」
「気になるなら、松本先生つついてみます?」
「…いや、流石に溢さねぇだろうよ」
土方さんも気にはなるらしいが、それには同感だった。松本御典医様が守秘義務を守れないとは思えない。
言うことは言ったので退室しようとして、文机の上に目を留める。
もう夜も更けているのに、どこまで仕事をするつもりか。後ろの山が終わった分で、左の薄い方がこれからの分であることを、他人事ながら願う。
「千鶴ちゃんは元気?」
「夕飯は食ってたな」
まるでさほど興味が無いかのように応えたが、私は知っている。
彼女が倒れそうになったときの土方さんの焦り様を。抱え上げた速さを。昼餉のご飯を、自らお粥に炊き直したことを知っている。
「土方さんって、幾つでしたっけ?」
脈絡のない質問に、土方は目を細めて弥月を見る。
「年齢」
「…三十だ」
「全然ギリじゃないですね」
少し考えて意味が分かったらしい。表情は微塵も変えず、今度は文机に向かって「用が無いなら出ていけ」と言われた。
ここは否定すべきとこですよ
くだらない戯言に付き合う気はないと言いたいのだろうけれど、意味が分かったのなら、それなりに応じるべきだった。否定せぬは肯定なり。
「風間千景、梓月の所でちょっと話したら、根っからの悪い人じゃなさそうだったんですけど、やっぱりおススメはしないので。
私が防波堤なので、私のこと大事にしてくださいね」
「…なんの話だ」
「私が、千鶴ちゃんのお婿さんです」
あ
土方さんの筆がグシャッとなったのを見た。どこまで書けていたのか知らないが、あの書き損じの仕方は、最初から書き直しだろう。
「私が死ぬまでは、風間は待ってくれるらしいので」
「…」
「大丈夫。私、千鶴ちゃん大好きですけど、恋愛感情とかないので」
「…」
それで無視できるているつもりなのか……注意が完全にこちらに向いている。書き損じたのを直そうと、新しい紙を掴む手が空振りしたり、動きに無駄が多すぎて不審なのだが。
土方さんの気持ちがどこまで温まっているか知らないけれど、千鶴ちゃんへの照れ隠しか、さっきみたいに急に不愛想な言い方になるのは頂けない。好意があるなら言動一致して、ずっと優しくしてあげてほしい。
「でも、千鶴ちゃんも私のこときっと好きですから、うっかりうっかり」
「…」
「どこで友情が愛情になるかなんて、ねぇ?」
「…」
「千鶴ちゃん、平隊士からは高嶺の花扱いされてますけど。私が一番仲良しと思われてるでしょうから、誰も文句は言わないですよねー」
「お前…」
やっと好き放題喋るのを止める気になったらしい。平静を装って絞り出したその声に、こっちは笑わないように必死だ。
「山崎とできてんだろ…」
…そこ?
そこはこちらも突かれたくない所ではあったが、まだ優勢だ。
弥月はク゚ッと喉を閉めかけたところを、ニコリと笑って「やだなぁ!」と吐きだす。
「どっちも行ける場合があるじゃないですか!」
「…うるせぇ。もう出てけ」
「はーい」
咄嗟に気持ちのよい返事をして、サッと退室する。まだ手数は残っていたが、これ以上やったら怒られることを察した。
ここ半年、出兵だ、将軍交代だ、誰それが他所の藩とやらかした等と、情報が集まってきて休む間もなく忙しないのが、土方副長の日常ではあるけれど。
色々あるもんね、ホントは
千鶴ちゃんと居るときだけ、目尻が下がって、肩の力が抜けていることに、彼自身は気づいてるだろうか。
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