姓は「矢代」で固定
第2話 淡く深く
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慶応元年九月二十五日
「お待ち下さい!」
「待てるか!ぬしらがついて来い!」
…?
こちら御所。
将軍の二条城入りの頃から、急に色々と世間が騒がしくなり、緊迫した状態がつづいていた。何かが起こるだろうと、監察方は昼夜交代で御所に張り付いている。
急な出入りが分かりやすい厩舎が私はお気に入りなのだが、特に今日は日付が変わったばかりの深夜に、やけに騒がしくなった。
「お供致します故」
「好きにせい!」
「せめて袴を…!」
「国の一大事だ、一刻を争う!身なりなど構ってられるか! 止めるでない。ここを開けろ!!」
間もなく、門番の制止すら押し切って馬で駆けて出ていった人。服もきちんと着ず、髪も散らかして、夜着の上に着物をひっかけただけで、裾をたなびかせて行った。
残ったのは彼を止めようとするも叶わずに「ああ」と嘆く人達と、慌てて騎乗して追いかけて行く人達。
んー…即時報告かな?
そうは思うが、淡い灯りにチラリと見えた顔では、誰が出ていったのか分からなかった。目的も分からないため、引き続き臣下たちの話し声に耳を傾ける。
「どうされる御積りか…」
「大樹公をお止めするしかないだろう。どうにかできるとすれば、あの御方だけだ」
現在、家茂将軍は再び大坂城にいる。
十日ほど前、突如、兵庫沖に4カ国の連合艦隊が現れた。どうやら二年前の下関戦争の賠償…本来なら長州藩の賠償金ではあるのだが……幕府にその肩代わりと、兵庫港の開港を要求してきているらしい。
その対応をするべく、将軍は結局二回参内しただけで大坂へと戻っていた。
たった二回の朝議で、長州再征について揉めていたのがどうなったのか、私達には明らかになっていない。
「公はなぜ…ようやく…」
「家茂様がお戻りになられたのは一昨日のこと。おそらく阿部様らを支持なさったのだろう…」
これは、幕府側……将軍が何かやったな…
連合国艦隊が現れたのは周知の事実。そこから一度参内して、将軍が対応へ向かったということは、朝廷の合意の元に動いているはずだ。
それなのに、今、朝廷側から将軍を止めようとする偉い人が慌てて出ていった。
『大樹公を唯一止められる』御所にいた人物…
単身で騎乗していくような人は、きっと公家ではなく武人だ。
……
…ケーキさん!? 今のが!?
弥月はギョッと目を剥く。
禁門の変では軍を率いて門を巡検していたそうだが、私とは行き会わず、その姿を見るのは初めてだった。元々あまりにも偉い人すぎるのと、幕臣からすら存在をやっかまれ度重なる暗殺の危機に見舞われて、下々の私では会う機会のない人。
あられもない寒々しい恰好で、独り馬を飛ばして行ったのは、一橋慶喜公だった。
バタバタバタスパンッ
「起きて! 土方さん!近藤さん!」
「――ッ、どうした!!?」
弥月が断りもなく部屋に飛び込んで来て、土方も布団から飛び起きる。
「慶喜さん走った、たぶん大坂!」
「??? 分かるように話せ!」
「慶喜さん、今独りで将軍を止めに行った!! たぶん幕府側と朝廷が揉める!」
「まさか! 独断で征長か!!?」
「分かんない…でも、状況的には港の話と思うし、そっちは大坂からの情報を」
「副長!! 起きておられますか!?」
同じように屯所を駆け入ってきたのは、大坂にいた監察方・尾関だった。
「どうした!?」
「老中が勝手に開港を決めたと…!」
「は!?」
近藤や伊東も集まってきて、監察方二人の話を整合する。誰も納得はいかなかったが、それぞれの状況報告に合点がいった。
あぐらをかいた土方は歯噛みしながら、自身の拳を額にゴリゴリと押し当てる。
「…俺達にできることは無ぇな…」
伊東と近藤も顔を見合わせて、眉根を寄せたまま頷き合う。自分達も同じ結論だった。
将軍が下坂したときには、既に連合国と老中の会談は終わっていたらしい。その老中らは独断で開港を約束したという。
「帝、怒りますよね…」
「『怒る』で済んだら良いがな…」
事の起こりは約十年前、ペリーが来航した時のこと。朝廷は鎖国したかったのに、大老・井伊直弼が勅許なく通称条約の調印をした。それはすでに徳川の統制力がなくなりつつあったからこそ、幕府が朝廷に伺いを立てていた中での出来事だった。
今、全く同じことが起こってしまった。そして、家茂将軍は老中の決定を支持することに決めたのだろう……朝廷の意向を無視して。
公務合体から一歩遠のいた
分かってはいても、やるせない気持ちになる。こういう小さな不信感の積み重ねが、朝廷が倒幕へと向かっていくきっかけになるのだろう。
「一橋慶喜公がどこまで執り成せるか…いえ、家老たちがどのような条約に調印したのか…」
伊東参謀が独り言のように呟く。彼が動揺するほどにこれは想定外の事態で、兵庫港はあまりにも帝の居る京に近かった。
ケーキさん…
今までは慶喜公の動静を聞くに、家茂将軍の意向ではなく帝の肩をもつ話ばかりが耳についた。大政奉還を成す人だ……自分の地位さえ保証されるならば、受け継いできた徳川の威光など捨てられる人なのだと想像していた。
けれど、必死に将軍を止めに行くあの姿は、今の大樹公を…徳川幕府の立場を、朝廷から守ろうとしているように見えた。
十五代将軍 徳川慶喜
その名を聞くのは遠くない未来。
最後の将軍が何を思って、今、走っているのか。
「土方さん、今から起こる最悪の事態は?」
「…薩摩らの揚げ足とりだな。これを好機とばかりに朝廷をそそのかして、公武合体の邪魔をする。日和見ている諸藩が一気に討幕派に傾くぞ」
やっぱりきっかけは、ここ……でも、それは未だだ
尾関が「いかがしましょう」と、局長らに問いかける。
「行軍編成はできている。我々は沙汰を待つしかない」
「お前らは持ち場に戻れ。随時報告を」
「御意」
「分かりました」
弥月は頷きながら、唾をゴクリと飲み込む。
その行軍録は、長州征討に参戦することになった時のために編成したもののはずだ。それが別の事態に使われることを想定されていた。
倒幕は未だだ
そうは分かっていても、差し迫った時代のうねりに身体が震えていた。