姓は「矢代」で固定
第2話 淡く深く
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慶応元年九月十四日
今回の大坂出張は近藤局長に同伴していたため、屯所に着くとすぐに四人は解散し、山崎は日付を留め置くばかりの形式的な報告書を副長の元へ持参した。
「御苦労だった。そういえば、山崎。お前結婚してたのか?」
「は? あっ、いえ!」
一瞬、時が止まった。突拍子もなさすぎて、意味を分かりかねる。
「言われてみれば直接聞いたことがなかったと思ってな。
この前の島田の事もあるだろ。俺自身が独り者だから、昔の事って話なら色々言い出しにくかったのかと思ってな」
「はあ…?」
少し前の話だが、島田君から、関係のある女性のお腹が大きくなってきたと相談を受けた。その覚悟をして関係を持ったつもりだったそうだが、いざ直面すると、いつどこで人知れず死ぬとも知れない自分とは婚姻などしない方が良いのではと悩んでいた。
俺は同じ立場として内縁でも構わないのではと応えたが、近藤局長や土方副長から、伍長なのだから遠慮なく家も用意してやれと言われて決心したらしい。実家でも後押しされたらしく、先日、晴れて夫婦となった。
島田君のそれと、俺の婚姻歴と何の関係が?
「俺は副長と同じく、ずっと独り身ですが…」
なぜそう不可解な顔をされるのか…全く疑わしくもない遍歴なのだが。
「…いや、お前に限って、嘘吐くこともねえな。お前の妻って奴が一昨日屯所に来たんだよ」
「は?」
「心当たりねぇのか?」
「ない…ですね」
副長の手前、一応考えてはみても、無いものは無い。
「どっかの女勘違いさせてきた覚えもねぇのか?」
「…ないですね」
「お前なら勘違いさせてても気付いてない事があるんじゃねぇか?」
「そう言われましても…」
「確か、お琴って名乗ってたが…」
「…こと」
琴?
「――っ?!」
烝は目を見開いた。
「なんだ、やっぱり知り合いか」
どこから説明すれば良いのかと、ハクハクと口を開け閉めする。
副長はニヤッと笑って面白いという顔をした。
「また伺うって言ってたらしいからな。そろそろ来るんじゃねぇか?」
「その人はどこに…!?」
「知らねぇよ。その時分の門番が相手しただけだからな」
「すみません、失礼します!」
そう言い終わる前に、身体はほぼ部屋から飛び出していた。
マズいマズいマズい!!!
「――っ、違う!」
勢いで再び大坂へ向かおうとしていたが、屯所を出てすぐに、その考えが間違っていることに気付いて、踵を返す。
「弥月君!」
勝手場を通り過ぎて、監察方の部屋を開ける。
居ない! なんで居ないんだ!
広間も道場も裏も見たが、姿がなかった。先ほどまで居たのに、いったいどこに行ったんだ。
それならもう大坂に…!
再び門から飛び出して西へ向くと、後ろから「あっ」と声がした。ああ、良かったと思い、振り返る。
「弥月く…」
「山崎さん、こちらの方が探しておられましたよ」
「烝くん、久しぶり〜」
最悪だ
会ってほしくない同士が、自分より先に対面を果たしていて、烝は言葉を失う。
君はどうしてそう間が悪いんだ
「なんで、一緒に…」
「あこの竹矢来からちょっと覗いて見ててん! 烝くん帰ってきてへんかなぁって。 そしたらこのお兄さんがどうしたん?って、声かけてくれてな」
「若い女の子が一人で覗いてるのも珍しいから、誰かの知り合いかなって。従兄妹さんなんですって?」
「ああ…」
「でもお兄ちゃんが養子に入ったから、もううちも妹みたいなもんやね〜」
「いや、よその家の娘だろう……俺は山崎を名乗っているし…」
「烝くん、頭硬いわあ。山崎でも林でもどっちでもうちは構わんけど、まあ夫婦になるんやから、妹は都合悪いか!」
ヒュッと息を飲む。とんでもない事を当たり前のように言ってくれた。一番聞かれたくない人の前で。
けれど、わずかに回した視界に映る弥月君は、驚いてさえいなかった。
これはどういう…すでに、琴尾から聞いていたのか…?
「あのな、琴尾…」
「仲良しなんですね、琴ちゃんと山崎さんは」
俺が幼い夢を壊さないように、どう否定しようか迷った一瞬の隙間に、隣から柔らかに発せられたその声。彼女は琴尾に向かって、穏やかに微笑んでいた。
「従兄妹って結婚できるんですか?」
「え? なんでできへんって思うの……あっ、異国ではできへんの?!」
「はい、血が近すぎるので、ハトコからしかという国もありますね」
「へえ!可哀想!」
「まあそれが当たり前の世の中だと、そういうものですよ」
「ふーん。じゃあ日本で良かった!」
「フフッ、明るくて可愛い従兄妹さんですね、山崎さん」
…さっきから、どうして『山崎さん』呼びなんだ…
恐ろしくて聞き返せやしない。
屯所外でその呼び方をされる時はままあるが、所謂『必要時』だ。どうして今が必要時と判断されたのか……慎重に取り扱わねばならない。
薄氷に立つような感覚の中、グルングルンと思考は回転していた。
この場で琴尾を刺激して、万が一弥月君を巻き込んで言い合いになれば、弥月君の立場が危うくなる可能性がある。
彼女が大人の対応をしていてくれるならば、一旦優先すべきは、好き勝手話す琴尾を弥月君から引き離すことだ。
「琴尾、一人で京に来たのか?」
「そうよ。最近、連絡来ないって叔父さんが心配してはったから、様子見にきたの。やっぱり厳かでええねえ京の都は」
「今、京の女の一人歩きは危険だ。今すぐ帰りなさい」
「烝くん、家まで送ってよ。危険なんやったら」
「俺は忙しい」
「嘘。このお兄さんが今日は手隙きのはずって言うてたもん」
ああ言えば、こう言う…
「明日は仕事がある。島之内までは遠すぎる。伏見までなら送ろう」
「ええ〜」
「山崎さん、何か急ぎの仕事があれば、代わりにしておきますよ」
「…いや、それは大丈夫だ」
言葉が丁寧であること以外、棘すら感じない弥月君の声の滑らかさ。けれど、さっきからこちらを見ているようで、俺と全く視線が合わない。
「じゃあね、琴ちゃん」
くるりと向きを変えて、屯所へ入っていく彼女。
「お兄さん、ありがとー」
琴尾が声をかけると、弥月君は振り向いて小さく手を振り返す。「気を付けてね」と言って、どこまでも琴尾にとって善い人だった。
これは、まさか…
気にしていないのか…?
あまりにも彼女が平然としすぎていて、一人取り残されたような気持ちになる。離れていく彼女の背が、心の距離のような気がした。
そんな馬鹿な…
けれど確かに、弥月君とははっきりとそういった関係になった訳ではない。俺が一方的に思いを伝えただけだ。唯一返ってきた指先の熱も、そもそもは俺がしつこくねだったからだ。
琴尾の言い分を彼女が不快に思ったり、俺を軽蔑したりするかもと想像したことすら、俺の自惚れだったのかもしれない。
「どしたの? 行こう」
「…」
心の整理がつかなくて、ただそれに頷いた。
***
弥月side
烝さんに付き添われて、手を振って帰っていく、十二、三歳と思しき少女。あの歳で大坂からここまで…新選組屯所まで来て、二泊三日して来たというのだから、かなりシッカリしている。
もう一度振り返って、そのしょんぼりと肩を落とした男の後ろ姿を見る。
うーん。消化不良起こしそう
烝さんは見た目は若いが、出会ったときに三十歳だと言っていた。少女を誑(たぶら)かしたのは、いつ頃の話だろうか。
「あれは犯罪じゃねぇか?」
「私もそう思います」
いつから見ていたのか、土方さんが近づいてきてそう言った。
「あいつら、いくつ差だ?」
「恐らく、二十くらい」
「ギリか」
待って。基準どうなってんの
気持ち悪いものを見るように、口を半開きにした弥月に、土方は首を傾げる。
「あと五年もすりゃ、立派な女だろ」
「…その時、烝さん四十前ですけどね」
「なにか問題あるか?」
「……いいです。無いです」
一瞬、反論しようと思ったが、納得させられるだけの要素がなかった。
今すぐどうこうは犯罪の風味もするが、ここに令和を持ち込んでも仕方ないし、本人らが良いなら問題ない。
「お似合いじゃねえか。山崎は尻に敷かれる方だろ」
「…まあ、確かに」
本人らが良いなら、ね
烝さんの不審な反応を鑑みるに、心当たりが無いわけではないのだろう。
私も驚きはしたが、肝心の烝さんが、完全に妹のワガママをいなす兄の顔をしていて。それが、どこかで見覚えのある応対だと思ったら、うちの長兄がよくする喋り方だった。
私も烝さんと年齢は離れているが、彼が少女趣味ということはないと思……思いたい。
「まさか許嫁がいたとはな」
「超驚きですよね。従兄妹ってよくあるんですか?」
「一般的かって言われたら微妙だけどな。まあ無い事もない」
「なるほど~」
少女漫画の回想的な理由があるとしても、琴尾ちゃんの言う結婚云々は思い込みのはずだ。
まあ、言い訳の一つもしろよと最初は少しは思ったが、そもそも不誠実な人じゃない。私に慌てて言うほどのことではないと判断したのだろう。
そして、冷たい人じゃないから、好意をバッサリと切り捨てることもができないのは見て取れた。
同時に、私の反応をずっと窺っていた。その小動物のような顔で、困り眉をしていて笑いそうになった。
面白いから無視したけど
「さて。バレたと思った烝さんが次にどう出てくるか…」
「…邪魔してやんなよ」
「しないしない。面白いし」
『林』は大坂で医業をする父方の名字だと、大坂探索のときに教えてもらったことがある。その父が養子縁組した、元従兄弟の義理の弟がいるのは知っていた。そこに妹がいるのは知らなかったけれど。
あんなに可愛い妻立候補者がいて、まさか忘れてたとも、知らなかったとも言わせない。
んー、誰だったかなぁ? きちんと告白断れなくて、誰にでも『いい人』のフリをするなって、私のこと叱ったのは…
「んふふふっ」
「…お前ら、やっぱりそういう仲だったのか?」
ニヤニヤしていた弥月は笑いを収めて、キョトンと土方を見る。
先日、女装禁止された理由を烝さんに聞いたら、そういう間違いが起こるからだと、渋々教えてもらえた。土方さんは私を女とチリほども疑っていないらしい。
つまり
両手をパチンッと叩いた。
「じゃあ、そういう事にしようかな!」
「!?」
「私と烝さんは、漢と漢のそういう関係です!」
土方さんがドン引きしていた。
別に私はそれで痛くも痒くもないけれど、烝さんは大好きな土方副長にそんな目で見られたら、とてもとても痛いはずだ。
弥月は満面の笑顔と、羽が生えたような軽い足取りで、自室へ戻っていった。
私が良いはずないじゃん、ばー――か
***