姓は「矢代」で固定
第2話 淡く深く
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***
山崎side
嫌われてはいないと思う。
「それでね、全員分なんて大変でしょ? みんな、自分の栗は自分で剥いてほしいねって」
出てきた栗ご飯を食べながら、他愛のない話を楽しそうに話す彼女。
まさか好意を嫌と断れずに、俺に気を遣った結果、今までどおり振る舞っているなどと想像したくもない。
昨日、どうやら彼女は最終的には近藤局長の部屋に避難していたらしい。局長自身も酒が入ってすっかり深く寝入ってしまっていたそうだが、朝起きたら部屋の隅に布団が増えていて、彼女が寝ていたと。
そして、当然、何があったのか訊かれたが、答えようがなかった。
思ったより…かなり重症だったな…
彼女は年齢もそれなりではあるし、この男社会であれやこれやと受け流している。人との距離感も近い方で、それらができるくらいには多少経験があるのかと思っていたのだが、どうやらそうでもないようで。
自分事となると途端に手立てがなくなるらしいことが、よくよく分かった。
つまり、ただの耳年増だった、と
「烝さん、お醤油とってください」
「ああ」
卵焼きがとても好きらしく、俺達が分け合うそれを、弥月君は自分用で追加注文していた。そのちょっと食い意地が張ってるところも可愛い。
素面の弥月君と、酔った近藤さんが主に話をしていて、俺と沖田さんは聞き役だった。
どうしたものか…
『虎と狼』の意味はたぶん俺が理解した通りで間違いないと思う。沖田さんが何をどういう風に言ったのか知らないが……彼女のあの逃げ方。状況を理解して羞恥に耐えかねたのだろうとは、すぐに分かった。
ただ、もう少し歩み寄ってくれても良い気がする
仕方ないとも分かっているけれど、逃げられて、少し心に来るものがあった。
しかし、『嫌なことはしたくない』と言い切ってしまった手前、強引に近づく手段は取りたくない。
…というか、逃げるか
強引にしたら嫌われるのだろうと、あの不知火という鬼を見て分かった。あれもあれで、彼女の素直な反応が返ってくることに、男が妙に満足しているところが癇に障るが。
「そんなこんなで、こっちだけ髪短いんですけどね、切っても良いですよね?」
「うーむ…」
「駄目だと言っただろう」
「私の髪なのに…なにゆえ…」
「はじめ君のこと好きだよね、君」
「もちろんです。師であり、推しですから」
…これで一滴も飲んでないんだよな
彼女の「好き」の範囲が広すぎる。そういう所も好ましかったはずなのだけれど、そうも言ってはいられない気がした。
あの部屋割りは絶対に譲れなかった。
猪口に口をつける振りをしながら、向かいに座って飲んでいる沖田さんを見る。彼からの話は相槌程度ではあるが、口元は綻んで、機嫌は良さそうだ。
沖田さんは屯所の中でいつも自由奔放にしている。けれど、武家の子として行儀作法は井上さんの兄に習ったと聞き、一番組組長として、局長らがどこに同伴しても問題ない立振る舞いができる御人だ。
ただ、そういう風に周りの状況を把握してはいても、彼は他人に感化されない。なぜなら、基本的に他人に興味がない。
沖田さんにとって『他人』扱いではない、自分の内側に入れている人間は極端に少ない。
だが、弥月君がいつの間にか入っている
「山崎君、何か用?」
「いいえ。体調が良くなったようで良かったです」
「ただの風邪って言ったでしょ」
「総司は昔から身体が弱くてなぁ、季節ごとに風邪ひいては寝込んで……食も細いのに、こんなに大きく育ってくれるとは…ううっ」
「じゃあもっと食べて蓄えなきゃ。もう冬来ますよ」
「人を熊みたいに言わないでくれる? 近藤さんもそろそろお水にしましょうか」
島田君は沖田さんの事を「飛車」と称した。自分と対局にいるような彼の魅力は、俺が一番よく分かっている。
面食いだしな…
度々弥月の口から出てくる、可愛いだのイケメンだの。
彼女の気持ちが少しでも彼に傾いたら……沖田さんが自覚したら、勝てる気がしなかった。
「烝さんもお茶頼みます?」
「ああ…」
少し動けば肩が触れるほどに近いのに、全く意識されていない。
店員と話す弥月君が、お茶を頼みながら四つと挙げていた手を下ろす。喋りながら食べ続けていたのも終わりなのだろう。正座を崩して、フウッと息を吐いた。
俺もあぐらに座り直す。
「尾関が戻ってきているから、君は客間の方で寝るといい」
「…分かりました」
弥月君は身体を揺らして、少し驚いた顔を俺へ向けたが、意外にもすぐに表情を戻して、また正面へ向き戻った。
手の中にある、彼女の手の甲は俺の掌より冷たくて。きゅっと指先を握ってやる。
「あれ? もういいの?」
沖田は不思議そうに烝と弥月を順番に見る。烝は頷いて「今日はその方が無難でしょう」と。
「…私はどんな部屋割りも、上司の命令とあれば、仕方ないと思っております」
「それ遠回しでもなく、僕と一緒が嫌って言ってるよね」
「とんでもない。ここ半日くらいは嫌いじゃないですよ」
「…僕が酔ってるからって、何言っても大丈夫って思ってない?」
手を滑らせて、今度は指の腹や爪を撫でる。
彼女の手は背の高さ分ほどには大きくて、剣だこも所々にある。けれど、撫でると滑らかに縁を流れる、女性的な柔らかな手だった。
女の子、なんだな…
薄さを感じる爪や肌。俺よりも細い指先。その感触の気持ちよさに、ずっと触っていたくなる。
隠れて彼女に触れる背徳感や、俺達の間だけにある緊張感すらも、今は酷く心地よい。
そこにあることを確認するように、一本一本をゆっくりとなぞって、形を覚える。
「山崎君も、眠そうだね」
「…ええ。少し飲み過ぎたようです」
いつの間にか伏せていた瞼を上げる。逸る脈動を表に出さないように、ゆっくりと奥から息を吐きだした。
丁度良く入った酒も相成り、夢と現実を行き来しているような感覚だった。
未だに彼女の手は俺の中にある。
ただ、あまりに彼女からの反応がなくて、されるがままになっている真意を探ろうと、彼女の横顔を見る。
…流石
動揺を誤魔化すのは少しずつ上手になっているらしい。何も読み取れるほどの変化がないかと思った。
…
…瞬き
指を絡ませてキュッと結んだ瞬間に、パチパチッと睫毛が震えた。けれど、視線がスイッと店内の動きに反応して遠くを見る。
「お茶、来ましたよ」
「ああ」
手を離してほしいという事なのだろう。少しだけ力を緩め、離す振りをして、また指先だけを握った。
…!
その瞬間、キュッと握り返された。
ずっと彼女の手を這っていた俺の指は、動かさないでと云うように掴まれていて。彼女はわずかに俯いて、困り果てて泣きそうな顔をしていた。
それは刹那のことで、その表情が消えて、スイッと視線が店員の方へと戻っていく。
ああ、悪いことをしてしまったと……それでも、反応を見られて満足した。だから、彼女の力が緩んだ時に手を引こうとした。
それなのに、不意に彼女の指が自ら滑り込んで絡まり、すぐ解けそうなほどに優しく捕まる。それから、細い親指が、確かめるようにゆっくりと拙く俺の形をなぞった。
それは彼女からの応え
ぶるりと身体が震えた。思わず自ら手を離す。
「…はい、お茶です」
「ありがとう」
両手で回される湯呑み。
俺は湧きあがった渇きと緊張を、それで飲み下したいのに、注がれたばかりのそれはあまりに熱くて。
夢にも現実にも平静を装う自信がなくて、俺は瞼をまた下ろした。
山崎side
嫌われてはいないと思う。
「それでね、全員分なんて大変でしょ? みんな、自分の栗は自分で剥いてほしいねって」
出てきた栗ご飯を食べながら、他愛のない話を楽しそうに話す彼女。
まさか好意を嫌と断れずに、俺に気を遣った結果、今までどおり振る舞っているなどと想像したくもない。
昨日、どうやら彼女は最終的には近藤局長の部屋に避難していたらしい。局長自身も酒が入ってすっかり深く寝入ってしまっていたそうだが、朝起きたら部屋の隅に布団が増えていて、彼女が寝ていたと。
そして、当然、何があったのか訊かれたが、答えようがなかった。
思ったより…かなり重症だったな…
彼女は年齢もそれなりではあるし、この男社会であれやこれやと受け流している。人との距離感も近い方で、それらができるくらいには多少経験があるのかと思っていたのだが、どうやらそうでもないようで。
自分事となると途端に手立てがなくなるらしいことが、よくよく分かった。
つまり、ただの耳年増だった、と
「烝さん、お醤油とってください」
「ああ」
卵焼きがとても好きらしく、俺達が分け合うそれを、弥月君は自分用で追加注文していた。そのちょっと食い意地が張ってるところも可愛い。
素面の弥月君と、酔った近藤さんが主に話をしていて、俺と沖田さんは聞き役だった。
どうしたものか…
『虎と狼』の意味はたぶん俺が理解した通りで間違いないと思う。沖田さんが何をどういう風に言ったのか知らないが……彼女のあの逃げ方。状況を理解して羞恥に耐えかねたのだろうとは、すぐに分かった。
ただ、もう少し歩み寄ってくれても良い気がする
仕方ないとも分かっているけれど、逃げられて、少し心に来るものがあった。
しかし、『嫌なことはしたくない』と言い切ってしまった手前、強引に近づく手段は取りたくない。
…というか、逃げるか
強引にしたら嫌われるのだろうと、あの不知火という鬼を見て分かった。あれもあれで、彼女の素直な反応が返ってくることに、男が妙に満足しているところが癇に障るが。
「そんなこんなで、こっちだけ髪短いんですけどね、切っても良いですよね?」
「うーむ…」
「駄目だと言っただろう」
「私の髪なのに…なにゆえ…」
「はじめ君のこと好きだよね、君」
「もちろんです。師であり、推しですから」
…これで一滴も飲んでないんだよな
彼女の「好き」の範囲が広すぎる。そういう所も好ましかったはずなのだけれど、そうも言ってはいられない気がした。
あの部屋割りは絶対に譲れなかった。
猪口に口をつける振りをしながら、向かいに座って飲んでいる沖田さんを見る。彼からの話は相槌程度ではあるが、口元は綻んで、機嫌は良さそうだ。
沖田さんは屯所の中でいつも自由奔放にしている。けれど、武家の子として行儀作法は井上さんの兄に習ったと聞き、一番組組長として、局長らがどこに同伴しても問題ない立振る舞いができる御人だ。
ただ、そういう風に周りの状況を把握してはいても、彼は他人に感化されない。なぜなら、基本的に他人に興味がない。
沖田さんにとって『他人』扱いではない、自分の内側に入れている人間は極端に少ない。
だが、弥月君がいつの間にか入っている
「山崎君、何か用?」
「いいえ。体調が良くなったようで良かったです」
「ただの風邪って言ったでしょ」
「総司は昔から身体が弱くてなぁ、季節ごとに風邪ひいては寝込んで……食も細いのに、こんなに大きく育ってくれるとは…ううっ」
「じゃあもっと食べて蓄えなきゃ。もう冬来ますよ」
「人を熊みたいに言わないでくれる? 近藤さんもそろそろお水にしましょうか」
島田君は沖田さんの事を「飛車」と称した。自分と対局にいるような彼の魅力は、俺が一番よく分かっている。
面食いだしな…
度々弥月の口から出てくる、可愛いだのイケメンだの。
彼女の気持ちが少しでも彼に傾いたら……沖田さんが自覚したら、勝てる気がしなかった。
「烝さんもお茶頼みます?」
「ああ…」
少し動けば肩が触れるほどに近いのに、全く意識されていない。
店員と話す弥月君が、お茶を頼みながら四つと挙げていた手を下ろす。喋りながら食べ続けていたのも終わりなのだろう。正座を崩して、フウッと息を吐いた。
俺もあぐらに座り直す。
「尾関が戻ってきているから、君は客間の方で寝るといい」
「…分かりました」
弥月君は身体を揺らして、少し驚いた顔を俺へ向けたが、意外にもすぐに表情を戻して、また正面へ向き戻った。
手の中にある、彼女の手の甲は俺の掌より冷たくて。きゅっと指先を握ってやる。
「あれ? もういいの?」
沖田は不思議そうに烝と弥月を順番に見る。烝は頷いて「今日はその方が無難でしょう」と。
「…私はどんな部屋割りも、上司の命令とあれば、仕方ないと思っております」
「それ遠回しでもなく、僕と一緒が嫌って言ってるよね」
「とんでもない。ここ半日くらいは嫌いじゃないですよ」
「…僕が酔ってるからって、何言っても大丈夫って思ってない?」
手を滑らせて、今度は指の腹や爪を撫でる。
彼女の手は背の高さ分ほどには大きくて、剣だこも所々にある。けれど、撫でると滑らかに縁を流れる、女性的な柔らかな手だった。
女の子、なんだな…
薄さを感じる爪や肌。俺よりも細い指先。その感触の気持ちよさに、ずっと触っていたくなる。
隠れて彼女に触れる背徳感や、俺達の間だけにある緊張感すらも、今は酷く心地よい。
そこにあることを確認するように、一本一本をゆっくりとなぞって、形を覚える。
「山崎君も、眠そうだね」
「…ええ。少し飲み過ぎたようです」
いつの間にか伏せていた瞼を上げる。逸る脈動を表に出さないように、ゆっくりと奥から息を吐きだした。
丁度良く入った酒も相成り、夢と現実を行き来しているような感覚だった。
未だに彼女の手は俺の中にある。
ただ、あまりに彼女からの反応がなくて、されるがままになっている真意を探ろうと、彼女の横顔を見る。
…流石
動揺を誤魔化すのは少しずつ上手になっているらしい。何も読み取れるほどの変化がないかと思った。
…
…瞬き
指を絡ませてキュッと結んだ瞬間に、パチパチッと睫毛が震えた。けれど、視線がスイッと店内の動きに反応して遠くを見る。
「お茶、来ましたよ」
「ああ」
手を離してほしいという事なのだろう。少しだけ力を緩め、離す振りをして、また指先だけを握った。
…!
その瞬間、キュッと握り返された。
ずっと彼女の手を這っていた俺の指は、動かさないでと云うように掴まれていて。彼女はわずかに俯いて、困り果てて泣きそうな顔をしていた。
それは刹那のことで、その表情が消えて、スイッと視線が店員の方へと戻っていく。
ああ、悪いことをしてしまったと……それでも、反応を見られて満足した。だから、彼女の力が緩んだ時に手を引こうとした。
それなのに、不意に彼女の指が自ら滑り込んで絡まり、すぐ解けそうなほどに優しく捕まる。それから、細い親指が、確かめるようにゆっくりと拙く俺の形をなぞった。
それは彼女からの応え
ぶるりと身体が震えた。思わず自ら手を離す。
「…はい、お茶です」
「ありがとう」
両手で回される湯呑み。
俺は湧きあがった渇きと緊張を、それで飲み下したいのに、注がれたばかりのそれはあまりに熱くて。
夢にも現実にも平静を装う自信がなくて、俺は瞼をまた下ろした。