姓は「矢代」で固定
第2話 淡く深く
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慶応元年九月十二日
「新選組には肥後勤王のが迷惑ばかけたけん、疑わすのもしょんなかです。それに、九日は重陽で人吉出のがくんちが恋しくなりよったと聞きました。どうせたいぎゃおもさん酒くろうて、いらんこつしよって、訳くちゃ分からんこつ言いよったとでしょう。だけん、そぎゃん気にせんでよかです」
謝りたいなら大坂に来いなんて言うから、どんなに威張った人かと思ったら。肥後藩留守居役はただとても忙しいだけの御仁だった。
「おどんが大坂におると書いたばってん、こぎゃん大勢で遠かつまでわざわざ来らすとは思わんで、申し訳なかったとです」
「いえ、本当にこちらの不始末でした。一時的とはいえ拘束してしまったこと、藩士の皆様には大変申し訳なく思っております」
「よかよか!寧ろたまがったとです。新選組に捕まったとに、だるも怪我しよらんだったって聞いて。そぎゃんこつあっとっとか?!って」
めっちゃ良い人
今まで武家の人と話すときは、いつも全員がピリピリしていて、すごく気を遣うやり取りばかりだったのだけれど。このおじさん、とても雰囲気が柔らかい。
「後ろのあーたたちも頭ば上げてはいよ。近藤殿、尊皇の意識の太かつ、よう働くよか兵ばい。不善しよらん兵にぎゃん謝らすと罰かぶるけん、もうよかです!」
先に沖田が身体を起こしたのを察して、弥月と烝も姿勢を戻す。
肥後藩とは壬生住みだった頃には、とてもご近所さんだったのだが。池田屋事件の折に、古高とともに活動していた宮部という男が肥後の出であり、新選組としては肥後藩自体をあまり好く思っていなかった。
けれど、その事件を受けて肥後藩は政務から勤王党を排斥し、反長州・尊攘派の上田久兵衛を京都留守居役に抜擢したらしい。以後、公務合体のために奔走しているのが、この心広いおじさんだそうだ。
拍子ぬけ〜
留守居役は、本当は折角だし宴席を設けたいのだが、この後も約束があり外せなくて申し訳ないと言う。
「こちらこそ、急に来たのにお時間いただいて!」
「ほんなこつすんまっせんなぁ…次は茶やなくて、赤酒と辛子蓮根ば出させてはいよ」
「――っ、ありがとうございます!」
頭、下げた…
浅礼だとしても、私たちに頭を下げる武家の方はすごく珍しい。本当に心から新選組を尊重してくれているのだ。
弥月は敬意を込めて、深々とお辞儀した。
肥後藩蔵屋敷を出て川沿いを歩く。
「はー!めっちゃ好い人だった!好き!」
「でも好意的すぎて、逆に胡散臭くない?」
「沖田さん、性格ひん曲がってます!あれは良い人」
「そうだぞ、総司。徳川の今後や京の治安を憂い、何一つ我々を貶めることなく、藩士に気を引き締めるよう戒めると仰って下さった。その心根を信じようではないか」
「はあい」
これからまた大阪屯所へ戻る。
できれば大坂に逗留せずに京に戻りたいところではあるけれど。大坂から京への舟は川の流れに逆らって進むため、朝に出ても到着は夕暮れだ。そのため帰りは明日で、場合によっては更に伏見に一泊する。正直なところ、帰りに歩くかどうかは体力と金銭の問題だけだ。
「しかし、今日こそは皆で宴会日和だな! 思い煩いなく皆で楽しむことができそうだ」
近藤の晴れ晴れとした笑顔と対称的に、三人はスンッと真顔になる。
「駄目だからね」
「ダメだそうです」
「申し訳ありませんが…」
「な、なんでだ? みんな…」
「ああ。違いますよ、近藤さん。特定の人だけは飲んだら駄目ですって話なので」
「特定の…? 総司はまだ禁酒しているのか?」
「僕は少しくらいなら問題ないそうですから、ご一緒したいです。まあ屯所外の方が助かるかな…って思いはありますけど」
「なら…」
近藤さんの視線が動いて、私で止まる。沖田さんと烝さんの眼差しが冷たくて、私は顔を伏せて、両手で横からの視線を遮断する。
「…ごめんなさい。やらかしました」
その空気感で、相当な何かがあったのだと近藤は察した。
「わっ、若い時はみんな何かしら、失敗するものだぞ! そんなに落ち込まなくても皆が通る道だ!」
「すみません…」
「普段飲まないのだろう? 慣れもあるからな! こういう気心知れた身内のいるときに飲んで、酔い方を覚えていくものだ!」
「…近藤さんにくっついて寝ても良いですか?」
「は?」
「良いわけないだろう」
烝はピシャリと言い切った。
私自身、あの日の自分が何をしたのかさえ把握していないのに、烝さんも私が痴態を晒したことだけは知ったらしい。すごい怒られた。
「局長、自分も嗜む程度であまり飲めませんが、それでも宜しければお供させて下さい」
「構わんとも! 俺もゆっくりと飲む方だからな」
「でしたら、小さな店ですが煮付けの旨い良い店があります」
「さすがだな。じゃあ今日はそこにしよう!」
「あの、お米は出ますか…?」
弥月が控えめに手を挙げたのを見て、烝は微笑む。
「きっと大丈夫だ。前に茶漬けを出しているのを見たことがある」
「やった!」
居酒屋さんのおかずは味が濃いから、いつもごはんが欲しくなる。
そうして先頭に立った烝と弥月。近藤は沖田と並んで歩いた。
「なあ、総司」
「はい」
「今が面白いだろう」
今?
それが今現在のことではないだろうと思いながら、沖田はその説明を求めて続く言葉を待った。
「多感な時期に自分の剣とだけ向き合っていたお前に、無理矢理にでも正面から向き合おうとする者たちがいるんだ。それに気付いてしまえば、面白くないはずがない」
「…そうですね、新しい発見はあったかな」
「下の者からも学ぶことは多いだろう?」
「ええ」
「…そうか、安心した」
沖田のわずかに不服そうな返答に、近藤は困り顔で眉を下げながらも笑った。
「お前はもう少し口下手を直さんといかんな」
「いいですよ、それは別に」
「いいや。きっと必要になる」
その断定的な言い方は珍しいな、と沖田は少し不思議に思う。叱るわけでもないが、自らその能力を欲することを期待されている気がした。
それから近藤は、前を歩く二人に横目で視線をやって、内緒にしてほしいんだが、と小声で言う。
「トシに押し切られて、梓月君を誘いに俺も行ったんだ」
「!」
沖田もサッと前を見て、コクと頷く。
「筋だけでいえば、伍長に並べるほどで…これは惜しいと俺も思ったんだが、本人が断ってな。自分は弥月君と違って、新選組の先に興味がないと」
「先?」
「全てが終わった先だそうだ」
「終わった、先…」
「ああ。150年先から来た彼らには、俺と見えてるものが違うのだろうなと感じたよ。だが、弥月君も出会った頃は似たようなことを言っていたと思わないか?」
「…すっかり新選組の名物ですけどね」
「ああ。彼女は森を見るのを止めて、木を見ることにしたのだろうと、兄君を見て思ったんだ」
梓月君と弥月君は似てるけれど、選んだものが違った。別の人間だから、それはおかしなことではない。
けれど、二人が並んだあの日、弥月君は新選組を抜けることを拒んだ。決して、ここでの生き様を知られたくないはずだったのに、まだ新選組に居続けている。
それは、彼女が『新選組の先』を知っていて、望んでいるからなのだろうか
「俺は武士になりたいと思って進んできて、俺や新選組を支える仲間が今は大勢いる。
だが、武士を捨ててきた者…身分を必要としていない者もいるだろう? 公務合体が成された後に、それぞれに望んでいるものは……150年と長い話ではなくても、十年後、二十年後……森ではなく、木が望むものは何だろうかと、あの兄妹を見てフッと…な」
『森』が新選組や徳川のことならば、『木』が一人一人の隊士のことだろうと分かった。
百五十人の隊士を抱えて、何度も切腹人を見届けて、それでも……今も尚、局長ではない『近藤さん』は、それぞれの幸せを願っていた。
沖田は眦を下げて、仲間の顔を思い出す。この関係が続いていくものと漠然と思っていたが、そうじゃない事があるのだと想像する。
「新八さんらなんかは、また元の生活に戻るだけじゃないですかね。平助はお勤めも、慣れたら意外とできる気がしますよ。
僕みたいに、ずっと近藤さんに着いていこうって人もいると思いますし、お役に立てることが生きがいというか……武士ってそういうものでしょう?」
「…そうか。総司ならそう言ってくれるのではないかと思ったんだ」
?
何度も伝えてきたはずだし、変わるようなきっかけはなかった。どうして心配していたのだろうか。
「局長をしているとな、『森を見ろ』とばかり言われるんだ。
…そうしないと、大樹を護れないのだと俺も分かってはいる。トシや総司ら組長に、木のことは任せるべきなんだと。
だから、ありがとうな」
できなくなった事を、代わりにしてくれて
それが近藤さんの気掛かりなのだろうと分かった。
共に上を目指す土方さん…副長には言えない、試衛館にいた『近藤さん』の本音なのだろうと理解した。
僕にしかできない、その先があるのだろうか
「…なんでも言ってください。僕が代わりに護ります」
「…そうか。頼んだぞ」
沖田の返答に、近藤はわずかに瞠目した。けれど、隣を見ることなく深く頷き、まっすぐに前を見据えた。
***